-13- -ネオとレイモン 二人の出会い-
10年前の戦争、
さらにその前の、ネオがノアル国王レイモンとの出会いの話です。
ノアル城下町のギルド横に居を構える酒場の扉が開き、30代から40代であろうか、一人の男が入ってきた。
店内がどよめきを見せ、マスターや客が次々に声を上げた。
「国王様!!」
「レイモン様!!」
どうやらこの国の国王が入ってきたらしい、こんな城下町のさびれた酒場に国王が訪れることは珍しいようだ、周りは酷く驚いていた。
しかしネオには全く興味は無かった。
テーブルに一人座ったネオは、マスターにいつもの一番安い酒を注文した。
国王はそのままカウンターに腰を掛け、マスターに注文を告げる。
「マスター、私にも今の若者と同じ酒を頼む」
「はい! かしこまりました!」
マスターは慌てて酒を造り出す。レイモンはネオを見て笑った。ネオはそれを見て、無愛想に背を向けた。
暫くして、レイモンの前に一杯の酒が置かれた。
「お待たせ致しました、レイモン様」
レイモンは置かれた酒を見つめ、少し沈黙し、マスターを睨み付けた。
「どういうことだ? これは」
明らかにレイモンは怒っている。マスターは慌てて答える。
「こっ、これはですね、当店で一番安い酒でありまして、こ、国王様のお口に合うものでは無いかと……」
「そんな事を言っているのでは無い!!」
レイモンは拳をテーブルに叩き付けた。
「何故私の方へ、先に酒が運ばれてくる! 私は彼より後に注文したのだ! 先に彼に持っていくのが筋だろう? それとも何か? この店では、身分の違いを見て、配る順番を入れ替える、そういうルールでもあるのか?!」
レイモンは激怒している。
「めっ、めっ、めっそうもございません!! おいっ! あの方へこれを」
マスターはおどおどしながら、店で働く女性に酒を運ぶよう告げた。そしてネオの元へ酒が運ばれてきた。
「申し訳ありません、レイモン様、どうぞ」
マスターはそう言い、レイモンにもネオと同じ酒を置く。
「ああ、それでいいのだ、ありがとう」
レイモンはすぐに怒りを納め、酒を持つと、ネオの元へと歩き出した。
「よけいな事をしたのだったらすまない、謝るよ」
レイモンは酒を持ちながら、笑顔でネオに言った。
「別に……」
ネオは無愛想に答えた。レイモンはずっと笑顔を絶やさず、
「私はレイモン、レイモン・セオドリックだ、一応この国の国王をしている、もしよかったら君の名前を教えてくれないか?」
と、ネオに尋ねた。
「ネオ、ネオ・マクスウェル、流れ者の傭兵さ」
相変わらず無愛想に答える。
「ネオか、いい名前だ、ネオ、ここに座っても?」
レイモンはテーブルを挟み、ネオと反対側の椅子を指差し、質問した。
「どうぞ……」
ネオは右肘をテーブルに置き、横向きに足を組んだまま答える。
「ふふふ、ネオ、私が考える理想の国には、まだ遠いようだな」
レイモンは椅子に座り、終始笑顔で話す、無愛想なネオとは正反対である。
「なんだよ理想の国って?」
ネオはレイモンと向き合わず、横向きのまま質問した。
「聞きたいか? では教えてやろう、私はね、ネオ、この国に住む人は、ノアルという家の下、全て平等で全員が家族の様にお互いを助け合う、そんな国を目指しているのだよ」
レイモンはとても嬉しそうにそう話す。
「平等? そんなの無理に決まってる」
ネオは呆れ顔で即答した。
「何故無理だと思う?」
レイモンはネオをじっと見つめ、質問する。
「確かに、確かにこの国はいい国だ、それは認めてやるよ。西側と違って奴隷制度も無いしな。だが、この国にも貴族や騎士団がいて、その下で働く市民がいる、その時点で平等じゃねーよな? 格差が出来てるじゃねーか」
ネオは少し口調を荒げた。
「ネオ、この国では、それは格差では無い、ただの職業の差だ」
レイモンは諭すように、ネオに語りかけた。
「ただの役割の差なのだよ、貴族はこのノアルを存続させる為に、国そのものの運営や、他国との交渉を行い、騎士団は主にノアルの防衛や自衛、たまに他国の支援にも行く、そして、城下町で働く市民達、彼らはこの国の礎を築く重要な仕事をしている。
皆の食料や服、家を作る仕事、皆に娯楽を与えるこの酒場も、りっぱな仕事だ、貴族も市民も、この国には欠かすことの出来ない、大切な職業なのだよ。私はその役割の差で、貧富の差を付けることはしない。誰一人例外無く、皆平等なのだ、誰かが苦しめば、皆で助ける、そこには、貴族も市民も無い、みな同じノアルの家に住む家族なのだよ」
レイモンは真っ直ぐネオを見つめた。ネオは何も言わなかった。
「まあ、今話したのは、私の夢だ、現実はまだまだネオの言うとおり、格差は存在するがね」
「ふんっ、そんな国が実際にあるなら、是非暮らしたいね」
ネオは皮肉っぽく話した。
「ははは、よく言われるよ、それは裏を返せば出来る訳ないって事を言いたいんだろ?
だがな、ネオ、いくらお前や、周りの皆が、出来る訳ないと思っても無駄だ、例え世界中の人間が無理だと言っても、このレイモン・セオドリックが出来ると思っていればいいのさ、何故なら私が諦めることをしなければ、その理想に確実に近づいていけるのだからね。一歩でも、たとえ半歩でも構わない、私は自分の信念が折れるまで、夢を追い続けるつもりだよ」
レイモンは笑顔を崩さない。ネオは、出来る出来ないは別として、このレイモンという男は、口先だけで夢を語っているのではないと、よく理解出来た。先程のマスターとのやり取りや、自分に対しての屈託ない態度。
ネオは変わった男もいるもんだと、感心した。
「どうだ、ネオ、素晴らしいと思わんか? しかし本来、家族とはそういったものだろう? 自分の利を捨て、相手の利の為に尽力する。家族なら当然だ、親の為、子の為、兄弟の為に、誰だって自分の利を捨て助けるだろ?」
レイモンの目は生き生きとしている、本当にそんな国を作りたい、そういう気持ちがネオにも伝わってきた。誰かに背中を預ける、そんな経験を一度もしたことが無かったネオにとっては、まさに眩しすぎる程の理想の国であった。
「ふんっ、いつか出来たらいいな、あんたのいう理想の国が」
今度は皮肉では無かった。真剣に夢を追う人間に対して、からかったり、馬鹿にしたりする程、ネオの心は腐ってはいなかった。
それからというもの、レイモンはことある毎に酒場を訪れ、ネオと会話をした。出会った時には、ネオの心は氷の様に冷たく閉ざされていたが、それがレイモンの情熱で、少しづつ溶けていった。
ネオは誰に対しても、一歩距離を置いて、感情に蓋をしたような対応をする人間であった。普通の人間はそんなネオに対して、自分も距離を置き、上辺だけの対応をする。
しかしこのレイモンという男は、平気でその距離を縮め、ネオを差別せず裸で向き合ってくるのだ。
ネオは顔にこそ出さないが、このレイモンという男を気に入っていた。
そして、ある日、レイモンはネオにある質問をした。
「最近は森から出るモンスターもめっきり減った、お前達が退治してくれるおかげだ、そろそろ傭兵の仕事も減ってきただろ? ネオ、お前、ノアルで傭兵の仕事が無くなったら、どうするつもりだ?」
ネオは突然の質問に少し戸惑い、視線を外して答える。
「ああ、まあ今まで通り、そうなったら仕事の多い国を探して、拠点を移すさ」
ネオは嘘を付いた。本当はまだ、レイモンの居るこのノアルに居たかった。しかし、根っからのひねくれ物であるネオは、素直にそれが言えない。
確かにレイモンの言うとおり、仕事はほとんど無くなっていた、生きていく為には、もはやこのノアルを離れるしかなかった。
ネオはレイモンに引き止めて欲しいという本心が、どうしても口から出せなかった。
「そうか、どうだネオ、この国の騎士団に入ってみんか?」
「えっ?」
突然の誘いにネオは驚く。
「ネオ、お前は以前、私に言ったな、そんな理想の国が出来たらいいと、ならばネオ、私と一緒にやらないか? その理想の国作りを」
レイモンの目はネオを真っ直ぐ見据える。
「お、俺は、俺は無理だ、騎士団なんて、一人が好きなんだ、群れるのは好きじゃねぇ」
ネオはまた嘘を付く。
「そうか、無理にとは言わんが、ネオが一人で居たいと言うなら仕方が無いな」
レイモンは酷く落ち込んだ。その様子を見て、ネオは思わず本心を話した。
「違うんだ! すまん、俺は嘘を付いてる、なんだ、その、あ、あんたと一緒に居たいとは思う、これは本当だ、だが、俺は、俺はその、人付き合いが下手なんだ、根がひねくれてるから、正直に自分の気持ちを言えねぇ、そんな男が騎士団でやっていけるとは思えない」
ネオは初めて本音で話した、自分で顔が真っ赤になっているのが判った。
「やっていけるさ、ネオ、お前は自分で思ってるほど、ひねくれた人間ではないぞ、その証拠に、ほら、私の心をこんなにも優しくさせている」
レイモンは優しい笑顔で答えた。ネオの目から涙が零れた、心の氷が溶けた瞬間であった。
「ネオ、この国に来たなら、もうお前は私の息子だ、よろしくな、ネオ。こんな親父は嫌だろうが、そこは我慢してくれ」
レイモンは嬉しそうに笑った。
ネオもぎこちなさは残っていたが、心から笑った。
そして、それから2年が過ぎ、ネオは6番までしかなかったノアル騎士団に、新たな7番隊を設立し、ノアル騎士団7番隊隊長となる。
これは余談であるが、そして更に半年後、ネオは7番隊遠征の仕事の折、オーランド先代国王である、ロバート・F・オーランドの命を救ったことがきっかけで、エクスカリバーの称号を得る。
今は亡き、ロバートは、ネオにとってレイモンに続く、二人目の父親と呼ぶべき人物であった。




