序章
この序章の後、物語は一旦過去に戻りますが、どうしても最初にインパクトが欲しくてこの様な構成になっております。
「な、なんだこれは? こ、氷付けの人間!?」
ジークは岩だらけの洞窟の中で、余りにも場違いな人間を閉じ込めた氷柱を発見し、驚きの声を上げてしまった。
世界から見て北に位置する小さな島国ノアル王国。
その東に広がる森の片隅にある『ノアル大洞窟』は、危険な洞窟として有名で、冒険者達を未開の地という魅惑的な言葉で惹きつけ、毎年のように現れる挑戦者を闇の中に飲みこんでいた。
洞窟の中には、人工物と思える装飾や、階段状に削られた岩等があり、過去の人々が挑んだ歴史を数多く残していた。
しかし誰一人、洞窟の果てを確認した者はいない。底は果てしなく続き、冥府に繋がっているだとか、最下層には伝説の秘宝が隠されているだとか、様々な噂が飛び交っており、次々と無謀な挑戦者を生み出していった。
一見ジークという男も、その他大勢の冒険者と同様、洞窟の果てを踏破してやろうと試みる一人の挑戦者に見えた。若さだけが取り柄の生き急いだ冒険者に見えた。
齢20歳にも満たないであろう幼い風貌に、整った顔つき、まだ人生の荒波を経験していない若造に見えた。
他の冒険者と同様に、ギルドで洞窟探検の申請を行い、他の冒険者と同様に、死亡誓約書にサインをした。そして、他の冒険者と同様に、1万ゴールドをギルドに支払い、洞窟に挑む権利を得た。
ギルドに支払うゴールドは、1ヶ月以内にギルドの元への帰還確認が取れなかった場合、捜索隊を派遣する費用となり、又、ノアルの重要な収入源となっていた。
「こいつの捜索隊は、第5班でやってくれよ!」
ジークの申請書をひらつかせて、受付の男は気だるそうに言った。本人が目の前に居るのに、非常に不謹慎であるが、彼等にとってはそれが日常であった。例え、多人数のパーティーで挑んだ場合であっても、落下物や突起物、転落の危険性や未知のモンスター等、洞窟の厳しい環境が、五体満足での帰還を許さないことを、彼等は良く理解していた。
苦笑いを一つ浮かべ、ジークはギルドを後にした。
「では、行って来るよ」
ギルドの案内役と共に、洞窟の入り口に立ったジークは、そう一言だけ告げると、腰に付けたランタンに明かりを灯し、躊躇無く洞窟の内部へと歩を進めた。案内役の男は、まるで近所に遊びに行くかの如く、軽い足並みで挑むジークを見て、他の冒険者との毛色の違いを感じたが、どんどん明かりが遠のくのを見て、これはいけないと、ようやくいつもの言葉を告げた。
「入り口付近の川に落ちたら、滝壷まで流されます。落ちたら命はありませんよ、気を付けて下さいね!」
振り向きもせず、軽く右手を上げ、闇にジークは飲み込まれていった。
ジークは冒険者としても一流であったが、それだけで踏破出来るほど、この洞窟は甘いものでは無い。ジークにはもう一つ目的があった。他の誰しもが到達していない階層まで彼を動かした原動力は、むしろその、もう一つの目的の為であったからに他ならない。
狭い通路の様な道を下ると、急に視界が広がった、大広間の様に高さ20メートル程はあろうか、高い天井が円状に形作っており、横を湧き水から出来たと思われる川が流れていた。余りの広さに、一時の開放感を得たジークは、平らな地面を探し当て、腰を下ろした。
「この装備ではこの辺りが限界か?」
ランタンの補給用油を手に取り、ぶらぶらと左右に振って、ジークは大きな溜息を付いた。この空洞を隅から隅まで捜索すれば、まだまだ下に行く階層は見つかるだろう。しかし、動ける体力があっても、明かりが無くなれば、待っているのは死しかないのだ。
「ここもハズレか……」
ジークは落胆しつつ、ぼんやりと辺りを眺め、そう呟いた。そして、一時ほど休んだら戻るしかないと考えていた。
不意にランタンの明かりに、反射する光が飛び込んできた。なんだろう、とジークは興味を覚え、腰を上げ近づいてみることにした。
今までの道中にも、ランタンに反射する光というのは、幾つかあった。しかしそれは、水溜りであったり、クリスタル状になった鉱石であったりと、比較的小さな反射物であった。今回のそれは、明らかに今までとは違う巨大な物である。大きな鏡が置いてあるかの様な、洞窟には分不相応な光の反射であった。
どんどん距離を縮めていくジークに対して、それは次第に姿を露にした。5、6メートルはあろうか、巨大な透明の塊であった。
表面は鏡の様に綺麗にカットされており、一見巨大なクリスタルとも思えたが、手を触れた瞬間、その考えは頭から消えた。氷である。巨大な氷の塊であった。
何故こんな場所にこんな巨大な氷柱があるのだろう。ジークは不思議でならなかった。傍で流れる川が、水が凍る温度でない事を証明していたからだ。
ランタンで照らし、入念に観察していると、氷柱の中に閉じ込められている物体が確認出来た。不思議に感じたジークは、その全体図を見ようと、ランタンを頭より上に持ち上げ、氷柱の中を凝視した。ジークの目に飛び込んできたその物体は、見覚えのある形をしていた。人間である。ジークは驚きでその場に倒れそうになるのを必死でこらえた。
「な、なんだこれは? こ、氷付けの人間!?」
もちろん、相槌を打ってくれる相手など誰一人居ない。それでもジークは思わず声を上げてしまった。
中の人間は、まるで生きたまま瞬間的に凍らされたように、今にも動き出しそうな雰囲気をかもし出していた。
何故こんな場所に? 何故氷付け? この人は誰なのか? 誰がこんなことをやったのか? 全てが謎だらけである。更に不可思議なことに、先ほどからいくら触れようが、いくらランタンを近づけようが、一向に氷柱が溶けだす気配を見せないのである。まるでそこだけ時が止まったかの様であった。
閉じ込められているのは男であった。年齢は30歳位であろうか、そして、剣を腰に差している所から、一般市民とも思えなかった。剣は2本所持しているようだ。二刀流の使い手であろうか? ふいにその内の1本に目がいった、鍔が非常に珍しい形をしており、鳥が羽ばたいている様な形をしていた。又、収めている鞘の真ん中に海を跨いでノアルの隣国であるオーランド王国の紋章が見て取れた。
「オーランドの人間なのか?」
ジークはオーランドの兵士、オーランド王国護衛隊を良く知っていたが、全く見たこともない男であった。
非常に興味をそそられたジークであったが、残された時間は後僅かであった。後ろ髪を引かれる思いで、ジークはその場を後にした。
書いてる中身はただのおっさんリーマンです。
しっかりと最後まで書ききれるように頑張ります。