終奏
【主な登場人物紹介】
・笠木 矢㮈…彩楸学園高校新3年生。バイオリンを弾く。
・高瀬 也梛…同高校新3年生。キーボードを弾く。
・海中 諷杝…同校卒業生。ギターを弾く。
一.
また桜が舞う季節がやってきた。
一か月前は去っていく先輩たちを見送ってどこか物寂しい気持ちでいたのに、現在は最上級生になった緊張感と最後の一年に思いを馳せている。全く現金なものである。
そして、笠木矢㮈は新しい教室の中で名簿順に並んだ自分の席に着いた。
一つ前の席から後ろ向きに体を乗り出してくるのは、良く知った元気でかわいい少女だ。
「笠木! 今年もよろしくね!」
「うん、よろしく、千佳ちゃん」
引き続き同じクラスになった臣原千佳に向けて、自然と笑みが浮かぶ。
(……千佳ちゃん、めっちゃ機嫌良いなあ)
目の前の少女は見るからに笑顔で、嬉しいオーラが全身から出ている。矢㮈はため息をつきながら、教室の後方に目を遣った。
黒髪の仏頂面の男子が、二人の男子に囲まれて何事か話している。
「千佳ちゃん相変わらず強運だね」
「あら、日頃の行いが良いのよ、きっと」
堂々と答える彼女だが、かわいいので許してしまえる気がする。恐らく矢㮈だけではないだろう。
(ならあたしには運がないのかもなあ)
千佳と同じだったことはすこぶる幸運だと思うのだが。
(よりによってまたあいつと同じとは)
千佳が大喜びの原因、それは彼女お気に入りの高瀬也梛が同じクラスであることだった。ちなみに、衣川瑞流と松浦大河も同じである。確率的にどうなっているんだろう?
矢㮈がもう一度ため息を吐いたところで、教室の前の扉から担任となる先生が入って来た。
(あ)
矢㮈は思わず目を見張った。
教壇に立ったその男性教諭は、和やかな笑みを浮かべていた。
矢㮈の運も、そこそこ良いのかもしれない。
英語教諭の並早が自己紹介をした。
二.
始業式に掃除、それからホームルームが終わると、矢㮈は並早に声をかけられた。
「笠木さん、少し良いかな」
「? はい」
並早は続いて、高瀬にも声をかける。
並早は教室を出ると進路指導室へ向かった。鍵を開けて、矢㮈たちを相談スペースへと案内した。
「一応、確認しておこうと思って」
長机を挟んで、並早と向かい合って座る。矢㮈の隣には高瀬が座っていた。
並早はファイルから紙を取り出し、それぞれの前に並べた。
二年の最後に提出した進路希望調査の紙だった。
「笠木さんも高瀬君も、音楽大学志望ということで間違いないかな?」
「え」
自分のことよりも隣のやつのことが気になって、矢㮈は思い切りそちらを振り返った。
高瀬は平然とした顔で「間違いないです」と答えた。
「は?」
矢㮈が呆然と見つめているのに気付いた彼は「何だ」と怪訝そうに言う。
「何だって……あんた、音大行くの?」
「行けるか知らないけどな」
高瀬なら問題なく行けるような気がした――いや、そういうことではない。
「もしかして……ピアノで?」
矢㮈が恐る恐る訊ねると、拍子抜けするほどあっさりと返ってきた。
「そう。ピアノで」
「!」
その瞬間の気持ちをどう表現したら良いか分からない。
ただ、自分がとても嬉しくて楽しみに感じたのは事実だった。
(一体どういう心境の変化があったんだろう)
詳しく聞いてみたい気もしたが、彼がそう簡単に口を割るとも思えなかったので今は諦めることにした。
(でも、あたしも負けていられない)
前に向き直ると、並早が微笑んでいた。
「笠木さんも間違いはないかな?」
「――はい」
矢㮈が答えると並早は頷き、少しだけ眉を下げて申し訳なさそうな顔になった。
「二人の進路を応援する気はこれでもかってくらいあるんだけど、音楽大学に進学する生徒は初めてだから、あまり力になれなかったら申し訳ない」
それでなくても受験生を担当したのは昨年が初めてだったからね、と並早はため息を吐く。
「でもできることはやるから、何でも言って」
「ありがとうございます、先生」
矢㮈が礼を伝えると、高瀬が横から口を挟んだ。
「とりあえず高校を卒業できたら大丈夫です。笠木が定期テストをクリアできるようサポートしてやってください」
「なっ」
「あはは。それなら少しはお役に立てそうだ」
並早は呑気に笑った。矢㮈は高瀬を睨み上げたが、彼は少しも意に介さない。相変わらずムカつくやつだ。
それから並早と少し雑談した後、高瀬が腕時計に目を遣った。
「あ、そろそろ時間だな。笠木も行くんだろ?」
「行くに決まってるでしょ」
「二人とも、この後何かあるのかい?」
「諷杝と約束していて」
矢㮈の返答に並早が軽く目を見開いて、
「それなら早く行ってあげてください」
「そうします」
矢㮈は挨拶をして、高瀬と共に進路指導室を後にした。
「諷杝君によろしく」
後ろから優しい声が見送ってくれた。
三.
高瀬の背には見慣れた黒いケースがあった。中身はキーボードだ。
矢㮈の手には愛用のバイオリンケースがある。
向かうは彩楸学園のすぐ近くにある音楽好きマスターの店だった。
「そういえば高瀬、寮から出たんだっけ?」
「ああ。今日から実家通学だ」
電車の乗り換えが面倒だけどな、とぼやく高瀬。
彼は昨年まで学園の敷地内にある学生寮に入っていたが、ルームメイトの卒業に伴い退寮していた。
「若葉ちゃん喜んでるでしょ」
彼の妹は兄が大好きで、元々高瀬が家を離れる時にもすごく寂しがっていたという。
「今じゃあいつの方が忙しくて家にいないけどな」
若葉はスケート選手で、練習や大会と飛び回っているらしい。
ぼそぼそと話しているうちに音楽喫茶『音響』に到着していた。
扉を開けると、カランと音が鳴って、珈琲の良い匂いに包まれた。
「あ、来た来た」
カウンター席に腰かけた焦げ茶の髪の少年が笑って片手を上げる。
矢㮈の顔にほっとしたような笑みが広がる。
高瀬もいつもの仏頂面が少し緩んでいるようだ。
カウンターの中にいるマスターが微笑んで新たに珈琲の準備を始める。
「さあ、一息ついたら演奏しようか」
少しして、店の中いっぱいに彼らの演奏と歌が響き渡った。
おわり
ちなみにですが、諷杝は卒業後すぐに渡米したわけではないので、暫しこんな感じで変わらず三人で演奏しているという感じです。
さて、最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
これにて本編は完結でございます。
前にもどこかで書きましたが、私は少しだけピアノを習っていたくらいで音楽に関して詳しいわけでもありません。ところどころ勝手に調べつつ、自由に書かせていただきました。誤り等ありましたら失礼いたしました。
高校生の頃に書き始めて、矢㮈たちと一緒に年を重ねていたはずが、気づけばすっかり追い抜いて大人になっていました(笑)
こんなに長くだらだらと書くつもりはなかったのですが、とりあえず稚拙ながらも完結させることができてほっとしています。
本編から外した小さなネタたちがあったりするので、そちらはまた気が向いたときに書いて短編集の方で掲載できればと思っています。
最後になりましたが、読んでくださった方には本当に感謝申し上げます。
少しでも楽しんでいただけた部分がありましたら嬉しい限りです。
(2024.01.13)




