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  作者: 葵月詞菜


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忘年会<前編>

【主な登場人物紹介】

笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校2年生。バイオリンを弾く。

高瀬 也梛(たかせ やなぎ)…同上2年生。キーボードを弾く。

海中 諷杝(わたなか ふうり)…同上3年生。ギターを弾く。

【その他】

相田 将(あいだ しょう)…雲ノ峰高校3年。夏の音楽祭実行委員長。

淡海 あやめ(おうみ あやめ)…同上3年。将の幼馴染みで音楽仲間。

若宮 拓(わかみや たく)…高瀬の中学時代からの旧友。進学校成績優秀者。

一.

 十二月が過ぎ去る体感スピードは恐ろしく早い。

 ついこの間期末テストが終わったと思ったら、すぐにテストが返却されて、気付けば終業式の日を迎えてクリスマスが目の前に迫っていた。

 しかもクリスマスと言えば。

笠木(かさぎ)! とうとうクリスマスだね!」

 同じクラスの臣原千佳(おみはら ちか)が目の前でにこにこしている。見るからに楽しそうなのが伝わって来た。

「そうだね、千佳ちゃん……」

 対する笠木矢㮈(やな)は眉を下げて愛想笑いを返した。

 洋菓子店にとっては、クリスマスはまさに戦場である。矢㮈の実家の店もまた例外ではなく、毎年注文ケーキの配送や当日販売の対応に追われることになる。

(あたしも戦闘要員なんだよなあ)

 余程の用事がない限り家族全員が総出で取り掛かる行事だ。

「あ、そうか。笠木の家はケーキ屋さんだもんね。忙しい書き入れ時だ」

 察しの良い千佳は矢㮈の表情からすぐに思い至ったらしい。矢㮈は「そうなんだよ」と頷いた。

「千佳ちゃんはクリスマス会とかするの?」

 矢㮈の話で盛り下げるのも気が引けて、話の筋を少しずらして訊いてみた。

「クリスマスも部活だから、終わったらみんなでやろうかなって話は出てるけど」

「そっかあ」

「笠木はそういうのないの? ああ、それどころじゃないか」

「ううん。確かに忙しいんだけど、うちでも一応クリスマスパーティーはするよ。ケーキは父さんが用意してるし、あとは家族みんなに一発芸的なものが求められるかな……」

「え、何それ?」

 途端に千佳が興味を惹かれたように目を見開く。

「いや、大したもんじゃないよ? 弟がバッドで野球ボールリフティングの新記録に挑戦したり、母さんが歌い出したり、おばあちゃんとあたしがバイオリン弾いたり……」

「何それ! 笠木家のクリスマスパーティ楽しそう!」

「ははは」

 そういえば、とふいに昨年のことを思い出した。

(去年は諷杝(ふうり)と高瀬にバイトに入ってもらってその後一緒にクリスマスパーティーしたんだった)

 ダメ元で頼んだバイトを二人は引き受け、ケーキ販売を一緒にやってくれたのだった。そしてその後、バイト代とは別に笠木家のクリスマスパーティーでお腹を満たしてもらった。

(まあ、諷杝と高瀬の演奏にうちの家族が一番喜んでたような気がするけど)

 祖母までもがバイオリンを一緒に弾いていたくらいだ。

(おばあちゃん楽しそうだったな。おじいちゃんがいた頃みたいな)

 昔はよく、夫婦で弾いていたのだ。矢㮈もそこに混ぜてもらっていた。

 そんな祖母を見て、矢㮈たち家族もまた嬉しかった。

(そういえばあの二人はどうするんだろう?)

 さすがに今年はバイトに誘ってはいない。何と言っても諷杝は一応受験生だし、高瀬も相変わらず忙しそうに見えるので遠慮した。

(……でも、折角だから何かできたら良いな)

 もし二人の都合があうなら、何か思い出作りができないかと考えてしまった。

(今年もニューイヤーコンサートがあるならそれにみんなで参加するのもありかも)

 お世話になっている音楽喫茶『音響(おとひびき)』では、音楽好きのマスターが毎年年明けにニューイヤーコンサートを開催する。昨年は矢㮈一人が舞台に立ち、諷杝と高瀬は観客として聴きに来てくれていた。

 今年は三人で出られないかマスターに聞いてみようか。

 そんなことを思っていた矢㮈に、予想外のところから誘いが来たのはその日の夜のことだった。



二.

 高瀬也梛(たかせ やなぎ)は携帯に入ったそのメッセージを一読するなり舌打ちした。

「どうしたの、也梛」

「嫌なメールを見ちまった」

 いつもなら差出人を見てスルーを決め込むところだが、この差出人ときたらそれを見越して三通くらい立て続けに送ってくる。そうすれば也梛が嫌々でも目を通すと分かっているのだ。全く以て嫌なやつである。

 也梛はメールを開いたままの画面をルームメイトに突き出して見せた。

「僕が見て良いの?」

「お前にも関係がある内容だ」

 海中諷杝(わたなか ふうり)は小首を傾げながら画面の中に並ぶ文字を読んだ。

「忘年会のお知らせ……?」

「差出人をよく見ろ」

「ああ、若宮君だね」

 若宮拓(わかみや たく)は、也梛の中学時代からの友人――悪友である。進学校トップの成績ですでに大学も決まっており、あとは問題なく残りの高校生生活を穏便に過ごすだけの身分のはずだが、也梛は彼が大人しくじっとしているようなキャラでないことを身を以て知っている。

「若宮君、受験も終わって余裕だなあ」

「あいつは一人カラオケで一人忘年会でもしていればいいんだ」

 也梛が鼻で笑うと、諷杝が肩を竦めた。

「いやあ、若宮君は一人でいるより大勢でいる方が好きでしょ」

「巻き込まれる方は大迷惑だけどな」

 絶賛、巻き込まれようとしている也梛たちである。

「しかも今回は――もっとよく見ろ」

 也梛は画面の下の方を拡大して諷杝に見せた。

 そこには他校のよく知った名前が記載されていた。

「あれ? 淡海(おうみ)さんと相田(あいだ)君も参加するの?」

 きょとんとする諷杝に也梛も回答を持たない。淡海あやめと相田将(あいだ しょう)雲ノ峰(くものみね)高校の生徒で、也梛たちとは音楽祭で一緒に演奏したメンバーだ。しかし若宮とどういった繋がりが――。

(あ)

 今年の夏の音楽祭を思い出した。也梛たちの演奏を若宮も聴きに来ていて、その時に彼は淡海の歌に興味を持っていたのだった。

 なぜなら若宮も歌う人であり、淡海のパワフルで伸びのある歌声に触発されるものがあったのだろう。

(そういえば音楽祭が終わった後に淡海さんたちに紹介したんだっけ)

 若宮に紹介してくれと迫られ、渋々ながら淡海と相田に紹介したのは他でもない、也梛と諷杝だった。

 その後、若宮が彼女たちとどのような連絡を取っていたのかは聞いていない。

「うーん、これはまず相田君に訊いてみた方が良いかな」

 諷杝が腕組みをしながら唸った。也梛もその意見には賛成である。本当に淡海が参加するのであれば、彼女の幼馴染である彼も承知のはずだ。

「――ところで、念のための確認なんだけど、これは也梛個人に来た招待と考えちゃだめかな?」

「阿呆。相田さんたちの名前がある時点でお前も招待されてるに決まってるだろ」

「でもメールは也梛に来てる!」

「なら俺がお前を招待してやるよ」

 也梛が珍しく笑みを――不敵なそれを浮かべる。そこには「絶対お前も逃がさないからな」という決意があった。

 諷杝が困ったように微笑んで、溜め息を吐く。

「……もう一つ確認しておくけど、矢㮈(やな)ちゃんも?」

「……」

 也梛はもう一人の音楽仲間のことを考えて黙った。できれば若宮関係の騒動に彼女を巻き込みたくはないのだが。

「――もしかしたら淡海さん経由ですでに連絡が行ってるかもしれないな。明日確認してみよう」

 彩楸(さいしゅう)学園は明日が二学期の終業式だ。明後日までに寮生たちも実家に戻ることになっている。

「そういえば矢㮈ちゃんとこ、今年もクリスマス忙しいのかなあ? バイトの話は来なかったけど」

 笠木矢㮈の実家は洋菓子店を営んでいる。昨年は諷杝と一緒にクリスマスバイトを手伝い、笠木家のクリスマスパーティーにお呼ばれしたのだった。

(もう一年前のことになるのか)

「今年も一緒にクリスマスパーティーしたかったなあ」

「クリスマスはこれからだろ。直接本人に訊けよ」

 きっと彼女もその方が喜ぶだろう。顔を赤くして驚く様が目に浮かぶ。

「ちなみに也梛はクリスマス何かバイト入ってるの?」

「いや……今年は何も入れてない」

 定期的に入れていたバイトも本日が仕事納めだった。

 諷杝が「ふーん」と相槌を打って、ニヤリと笑う。

「じゃあ也梛もクリスマスは空いてるってことだね。了解」

 勝手に了解されてしまったが、特に言い返すこともないので黙っていることにした。



三.

「あれ、今日もどっか行くの?」

 玄関でブーツに足を突っ込んでいた矢㮈(やな)は弟の弓響(ゆき)に声を掛けられた。

「今日は忘年会」

「忘年会……。今年の姉貴は忙しいな」

 へえ、と弓響はどうでも良さそうに相槌を打った。

 矢㮈は改めてここ数日を振り返って見た。

 クリスマス前後は毎年恒例の店の手伝いに奔走し、何とかクリスマスという戦場を乗り切った。そして、その後に笠木家のクリスマスパーティーがあったわけだが――

(まさか諷杝(ふうり)たちが来てくれるとは思わなかったなあ)

 さすがに今年は彼らにバイトをお願いすることはなかったが、もし良ければうちのクリスマス会に来ないか訊いてみたのだ。すると意外にも諷杝と高瀬は行くと即答したので一緒に過ごすことになった。

 彼らはそれぞれに手土産を用意していて、弓響が大層喜んでいた。そして今年も披露された彼らの演奏を祖母と両親が楽しそうに聴いていた。矢㮈は図らずとも彼らとクリスマスを過ごせたことに満足だった。

 昨日二十七日は、クラスメイトの臣原千佳(おみはら ちか)と約束していた通り遊びに出掛けていた。クリスマスが終わってすっかり街は年の瀬モードだったが、店のあちこちでクリスマス商品のセールをやっていて、千佳と一緒に何か掘り出し物はないかと覗きながら歩くのが楽しかった。

 そして今日二十八日は、淡海(おうみ)あやめから連絡をもらった忘年会に参加することになっていた。

(集まる予定のメンバーが若干謎だけど)

 終業式の日に高瀬から話を聞いたところによると、彼の友人の若宮拓(わかみや たく)が提案人らしい。高瀬の方には若宮から連絡が入ったようだ。

「絶対ろくな忘年会じゃないに決まってる」

 高瀬は「嫌な予感しかしない」とげんなりした顔で言った。自分の旧友のことだと言うのに随分な言いようである。

「でも何で若宮君と淡海さん?」

 この二人の繋がりがよく分からず、矢㮈は小首を傾げた。

 その横で諷杝も同じく首を傾げながら言う。

「僕たちにもよく分からないんだけど、相田(あいだ)君に確認したら確かに忘年会に参加するって言ってたんだよね」

 矢㮈と諷杝は顔を見合わせた。お互いの顔に疑問符が浮かんでいる。その横で高瀬が溜め息を吐いた。

「お前のとこに来た淡海さんからのメールには何て書いてあったんだ?」

「二十八日に忘年会するから是非参加してね! って。さすがに若宮君のことは予想もしてなかったけど」

「参加するって答えたのか?」

「答えたよ」

 矢㮈の即答に高瀬はまた溜め息を吐いた。諷杝が密やかに笑う。

「じゃあ僕たちも参加決定だ」

「……はあ」

「……? 二人は参加しない感じだったの?」

「いや、ちょっと迷ってただけ。ね、也梛」

「……どのみち若宮が言い出したんなら逃げるのも面倒だしな」

 ぶつぶつ言う高瀬は視線がどこか遠くに行ってしまっている。

 こうして、矢㮈たちは三人とも忘年会に参加することになったのであった。



 待ち合わせた諷杝(ふうり)と高瀬と共に辿り着いたのは、とある街の楽器店。実は高瀬がキーボードのメンテナンスを頼んでいる店でもある。

 店はすでに年末の休みに入っていてシャッターが下ろされていた。貼り紙には年始五日からの営業とある。

 その店の前に見知った二人の姿があった。

 背の高いスポーツ刈りの頭をした少年と、白いコートに身を包んだスタイルの良い少女である。

 雲ノ峰(くものみね)高校三年の相田将(あいだ しょう)淡海(おうみ)あやめだった。

「淡海さん、相田さん」

「あ! 矢㮈(やな)ちゃん!」

 相田が軽く会釈し、淡海が矢㮈に向かって突進してきた。

「来てくれてありがとー!」

「こちらこそ……呼んでくれてありがとうございます」

「ああ~夏以来だねえ~懐かしい~」

 淡海の謎の感激に戸惑っている矢㮈に、相田が申し訳なさそうな顔で詫びた。

「悪いな。あやめのやつ、学祭終わってから本当に勉強詰めだったからもう色々限界だったんだ」

「それで矢㮈ちゃんに癒されてるんだね」

 諷杝が納得するように頷く。何でそれで納得したんだろう?

「それにしても、何で若宮が――」

 高瀬が相田に訊ねようとしたところに、

「おっ、全員揃ってんな!」

 場違いな程に明るくて賑やかな声が割って入った。

 通りの向こうからひょっこり姿を現したのは細身の革ジャケットを羽織った黒髪の少年だった。以前の金髪には戻っていないが、全体的なオーラはチャラい。

「若宮」

 低い声で高瀬が呟く。

 若宮拓(わかみや たく)は満面の笑みを浮かべて仏頂面の高瀬の肩に手を回す。彼の方が若干背が低いので、勢いに負けた高瀬が少し屈む形になった。

「こっちも用意はできてるぜ! 今日は遠慮なく楽しんでくれ!」

 一体何の用意ができているのか。どう楽しめというのか。

 超ご機嫌の若宮の後に続いて、矢㮈たちはわけが分からないまま楽器店の裏手にある忘年会の会場へと向かった。

<後編>に続きます。

ちなみに、クリスマスバイトの話は番外編(奏~間奏曲集~)として下記に置いています。

「(9)ケーキ売りませんか」(https://ncode.syosetu.com/n7972ec/9/)


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