閉幕のダンス<学園祭三日目・後編>
【主な登場人物紹介】
・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校新2年生。バイオリンを弾く。
・高瀬 也梛…同高校新2年生。キーボードを弾く。
・海中 諷杝…同高校新3年生。ギターを弾く。父親の残した楽譜を探している。
【その他】
・臣原 千佳…2年生。矢㮈のクラスメイト。
・松浦 大河…2年生。同上。
・衣川 瑞流…2年生。也梛のクラスメイト。
・佐々木…3年。諷杝のクラスメイト。
四.
午後からはリレーが一番の見どころだった。
男女別部活動対抗リレーと、男女混合色別対抗リレー。
部活動対抗リレーにはバスケ部で松浦が、色別対抗リレーには学年ごとに選抜された千佳がエントリーしていた。
「千佳ちゃん部活動対抗は出ないんだね」
「あっちはあたしが出なくても速い人いっぱいいるから」
さすが強豪の陸上部。層が厚い。
部活動対抗リレーは、軽いもの部門と真剣勝負部門に分かれている。軽いもの部門とは、楽しみに重きを置いたもので、各部活動の道具をバトン代わりにして競う。弓道部は弓だったり、書道部は硯と筆セットだったりと様々だ。
一方真剣勝負の方は、バトンは普通でどの部活もガチで走る競争だ。バスケ部もこちらにエントリーしていて、松浦が直前まで渋い顔をしていた。
「ああ~こけたくねえ~。とりあえず順位を維持したまま先輩にバトン繋ぐことだけ考えよ……」
野球部、サッカー部、ラグビー部、陸上部、水球部、バレー部……と男子の部はなかなかに壮観だ。みんな迫力がある。
「松浦君、頑張って!」
「うう……ありがとう、笠木さん」
「日頃の汚名を返上してきなさい!」
千佳が不敵に笑って喝を飛ばす。
「いや臣原さん、オレそんなに汚名着せられてたっけ……?」
「知らないけど」
あっさり答える千佳に松浦ががっくりと肩を落とす。
「テキトウ且つ理不尽すぎる……」
矢㮈は隣で同情するように眉を下げた。
しかしレースが始まってみると、松浦が言う程の心配は全くいらなかった。
「あら、松浦君速いじゃない」
思わず千佳がそう漏らすくらい、彼は普通に走っていた。こけることもなく、また順位を上げることも下げることもなく、次の走者へとバトンを繋いだ。バスケ部はそのまま三位でゴールした。
「松浦君頑張ったね」
ゴール付近で先輩たちと労いの握手をする松浦を見ながら言うと、千佳は「そうねー」とアキレス腱を伸ばしながら答えた。
「次は千佳ちゃんだ」
「うん。負けないわよ」
リレーなので決して彼女一人で勝てるわけではないのだが、それでも彼女の言葉には自信が漲っている。
矢㮈は勝負云々よりも純粋に彼女の走っている姿を見たいと思う――口には出さないけれど。
千佳が待機場所に向かうのと入れ違いで、隣のクラスで青組の男子二人がそばにやってきた。生徒はだいたい色別に固まってトラックの周りを囲んでいるのだが、厳密には応援の場所を決められていない。
「松浦、真面目に走ってたね」
衣川が意外なものを見たかのように言う。
「そうだね。千佳ちゃんに喝入れられてたし、先輩たちのプレッシャーもあったみたい」
「いやあ、先輩たちと一緒に走るとか俺絶対嫌だもん。あいつすごいわ」
躊躇いなく言った衣川だが、彼はサッカー部のはずで普段先輩たちと一緒に走っているのでは?と思う。
「いよいよ次は臣原か」
高瀬が待機場所の方を見やりながら言う。
「うん。千佳ちゃんめっちゃ張り切ってたよ」
「だろうな。昨年もそうだったけど体育祭に命かけてそうな勢いだったもんな」
彼は若干困ったふうに眉間に皺を寄せた。
トラックの中に走者たちが入って来た。楕円のトラックの丁度半分の地点で二手に分かれる。一人半周、アンカーが一周だ。
「まさか臣原さんアンカー?」
衣川が手庇をつくりながら運動場に目を凝らす。
「ううん。アンカーは三年だって言ってた。丁度真ん中辺りを走るって」
「微妙な位置じゃない?」
衣川が首を傾げると、高瀬が何か納得したように頷いた。
「負けてたら追い上げ、勝ってたら差をつけるポジションか」
「本当は先頭かラストが良かったらしいけど」
さすがの千佳も先輩たちには気を遣ったらしい。
第一走者の五人がバトンを手にスタートラインに並ぶ。
体育教諭がスターターピストルを掲げた瞬間、その場が一斉に静まり返った。
パン、という音が弾けた瞬間、弾丸のように五人が一斉に駆け出した。フライングはない。
さすが選ばれしランナーたち。みんな速い。
矢㮈は息をするのも忘れたように、ただただ人が走る姿を見つめていた。
次々に渡されるバトン。みんな練習していたのか、誰も落とさずスムーズだ。ほとんど塊のようになってトラックを疾走していく。
一チーム六人編成の中、千佳は四人目の走者だ。矢㮈がいる丁度この前を走って行くことになる。
現在黄色が一人分先頭に出ていて、次いで青と赤、緑と紫となっている。
千佳がラインに着いた。一番手前は黄色の走者、その横に青色の走者がいる。
黄色がバトンをパスし、青と赤が並んでそれぞれにパスした。両チームの第四走者がバトンを受け取ったのはほぼ同時だったが、次の瞬間にはその差は歴然だった。
一瞬にして、青色走者が引き離される。千佳はすでに先頭を走る黄色走者の後ろにいた。
(風みたいだ……)
あっという間に矢㮈たちの前を通り過ぎ、黄色走者がちらと後ろに視線を向けた時にはもう捉えられている。
千佳はさらにギアを上げ、最後のコーナーを回って第五走者にバトンを押し付けるようにパスした。
大きな歓声が矢㮈を包み込む。走り終わった千佳は少しだけ肩で息をしていたが、後の走者たちの様子をじっと見守っていた。
「……圧巻だね」
衣川が肩を竦めて息を吐く。その隣では高瀬が無表情で千佳を見ていた。表情には出ていないが、これはきっと素直に驚いているか感心している感じだ。
千佳の追い上げのリードを守り切った赤は何とか一位をゲットしたのだった。
五.
(結局残ってしまった……)
後夜祭。自由参加だったが、赤組が優勝したこともあってクラスも盛り上がってしまい、帰るタイミングを失ってしまったのだ。
数年ぶりに後夜祭を復活させた学祭実行委員会はいくつか企画を考えていたようで、キャンプファイヤーを中心にビンゴ大会やカラオケ大会などを始めた。最後に花火があるとの噂も聞いた。
先程まで千佳と一緒だったのだが、リレーで大活躍だった彼女は先輩たちに引っ張られてどこかに行ってしまった。
矢㮈は疲れていたこともあり、企画には参加せずにぼけーっと周りを傍観していた。
日が傾き始めた運動場に集まってわいわいする生徒たちは、どこか浮足立って見えた。この少し非日常な雰囲気は嫌いではない。
周りが薄暗くなるほどに鮮やかさを増す火を見つめていると、千佳が戻って来た。――背の高い仏頂面の男子生徒を引っ張って。
「笠木、ただいまー。ごめんね、一人にさせて」
「ううん、大丈夫だけど……どういう状況?」
「戻って来る途中で高瀬君たちを見つけたから連れて来たの」
「そして俺たちはおまけかな」
「うん、おまけだな」
後ろからひょっこり現れたのは衣川と松浦だ。
高瀬は眉間に皺を寄せたまま自分の腕から千佳の手を離し、腕を組んで溜め息を吐いた。
「お前は走っている時と普段の差が激しすぎるだろ」
「ん? どういう意味? どっちも素敵って意味?」
「……」
にっこり笑う千佳に高瀬の重い溜め息が重なる。
「臣原さん超ポジティブ~」
衣川がボソリと呟き、松浦が同感とばかりに頷いていた。
「まあでも今日は臣原さん大活躍だったからね。高瀬は一曲くらい付き合ってあげるべきでは?」
「は?」
衣川がキャンプファイヤーの方に親指を向けた。
「もうすぐダンスが始まるはずだけど」
「冗談だろ」
高瀬が苦い顔をするのとは対照的に、千佳の顔が輝いた。
「えー! 高瀬君踊ってくれるの!?」
「いや踊るなんて一言も……」
「じゃあ踊って! ね!」
「だから……」
千佳の押しに後ずさりする高瀬は見物だった。矢㮈はにやにや笑いが堪え切れずに口元を手で覆った。
「どっちにしてもみんなで踊ることになるんだしいいじゃん」
最後に面倒くさそうにまとめたのは松浦だった。
「ってことで、笠木さんも踊ろう」
「ええ?」
いきなり巻き込まれて矢㮈は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「いや、良いよ、あたしはここで見てる――」
「お前だけ逃げるとかずるいぞ」
すかさず高瀬がツッコんでくるがそんなもの知るか。
その時だった。
「あ、いた。矢㮈ちゃん」
「!」
やって来たのは諷杝と彼の友人の佐々木だった。
「諷杝も残ってたの?」
意外さでいっぱいで矢㮈は目を丸くした。彼こそ一番に寮に帰ると思っていたのに。
「最後なんだからって佐々木君に引き留められてね。でも也梛も帰ってなさそうだったから探してたんだ」
諷杝はそこで、また千佳にがっちりと腕を拘束されている高瀬を見た。
「……也梛、何か悪いことしたのかな?」
悪いことをして捕まったのだと思ったらしい。
「そんなことするわけないだろ、阿呆」
ぶすっとした声で答える也梛はもう半ばやけくそ感が漂っていた。
「今から千佳ちゃんと踊るんだって」
矢㮈がこっそり伝えると、諷杝は「へえ」と少し驚いたように頷いた。ますますこちらを見る也梛の視線が鋭くなるがスルーだ。
「みなさーん! お待ちかねのダンスタイムでーす!」
ひび割れた拡声器からの声が聞こえる。同じくところどころ引っかかるような音で曲が流れ出した。定番のフォークダンス曲の一つだ。
「矢㮈ちゃんも踊る?」
「いや、あたしは……」
「じゃあちょっとだけにする?」
諷杝がこちらに手を差し出してくれる。その手をじっと見つめた。
(……諷杝は今年で最後だ)
この機会を逃せば、彼とこうして踊ることなど二度とないだろう。
矢㮈はそっと手を伸ばした。諷杝に引っ張られて、生徒たちの群れの端に入って行く。
「諷杝、踊れるの?」
「この曲あれでしょ、オクラホマ・ミクサー」
「そうそう」
「中学の時に行事でやったことがあるから、多分覚えてる、気がする……」
怪しい。しかしかく言う矢㮈も久方ぶりなので完璧に踊れる自信はない。まだマイム・マイムの方が踊れるような気がする。
「……まあ適当に誤魔化せばいっか」
「……うん、適当にリズムに合わせとけばオッケーオッケー」
お互いに乾いた笑いを溢したところでダンスが始まった。
***
視界の端に諷杝と矢㮈の姿を捉え、也梛は小さく嘆息した。
(結局あいつらも踊るのか)
「高瀬君、始まるよ」
「……ああ」
也梛の肩より少し低い位置から見上げてくるのは臣原千佳だ。男女問わず人気の彼女がどうして自分と踊っているのかは今でも理解できない。
曲に合わせて踊る千佳の動きはスムーズで、本当にこの女子は器用に何でもこなすのだなと思わされる。
しかしそれは向こうも同じだったようで、
「高瀬君踊りも器用にこなすのね。音楽感があるからかしら?」
千佳は愉快そうに笑った。
也梛は複雑な気持ちで踊りながら、ふと彼女にずっと訊ねたかったことを思い出した。
「――臣原」
「ん? 何?」
也梛の方から話しかけてくるとは思っていなかったのだろう、千佳がきょとんとする。
「――昨日のあれ、どういう意味で答えたんだ?」
昨日のあれ。それで彼女には通じるはずだ。
案の定彼女は「ああ――」と思い出したように頷いた。
「海中先輩の」
「そうだ」
昨日の小劇での出来事だ。
「――I have a question for you witches.Can you make all your wishes come true?」
諷杝は綺麗な発音で魔女に問い掛けた。
魔女に扮した千佳は少しだけ困ったように柳眉を下げて答えた。
「You can't have your cake and eat it too.」
「あれはどういう意味だったんだ?」
「英文の意味ならすでに分かってるんでしょ?」
それは分かっている。だが、どういう意図で彼女がああ答えたのかが知りたかった。
(そもそも諷杝が何で英語であんなことを聞いたのかが分からん)
本人に訊けば良いのになぜかそれは気が進まず、結局先に千佳に訊こうと思ったのだ。彼女の答えの真意が分かれば、そこから諷杝の質問の意図も推察できるかもしれない。
果たして千佳は、あの時と同じ様に少しだけ困ったように柳眉を下げた。
「正直なところ、あたしもよく分からなかったのよね」
「え?」
「急に英語で問い掛けられたのもビビったんだけど、先輩綺麗な発音だったし使われた英語自体は理解しやすい優しいものだったから、ストレートな意味を捉えることはできた」
「ああ」
それは也梛もまた同じだった。ちゃんと彼の言葉を聞きとることはできたのだ。
「あそこで何か返さないといけないし、でも日本語で返すのもなって思って、たまたま頭に閃いた答えを口にしたのよ」
「閃いたってすごいな」
「それほどでも。――まあ、だからごく一般的なありふれた回答をしただけなのよ。海中先輩はそれ以上何も言わなかったし、どこか納得したように見えたから、ちょっとあたしも不思議だったんだけど」
ということは千佳もあくまで諷杝の質問を表面上で捉えて返しただけなのかもしれない。
「『全ての願いを叶えることができますか?』っていうのは、先輩、何か叶えて欲しいことがあったのかしら?」
諷杝が叶えて欲しいこと。――それはあの彼の父親の楽譜の件だろうか?
(でもだとしたら臣原の回答の何に納得したんだろう)
『二つを同時に手に入れることはできない』――即ち、二兎追う者は一兎も得ず。
(諷杝には相反する願いが二つある?)
そこまで考えた辺りで、二人のダンスが終わりに近付いていることに気付く。
「ああもう、海中先輩の話で終わっちゃったじゃない」
千佳が剥れて言うのに思わず肩を竦めた。
「もう一曲相手してくれる?」
「冗談。一曲だけの約束だろ」
正確に言うと約束自体してはいないのだが。千佳はやれやれという顔で、しかし最後にはニッと笑った。
「ありがと、高瀬君」
「ああ」
也梛の手が離れると、彼女はすぐそばにいた衣川の肩を叩いた。
「げえ、俺!?」
「何よその顔」
次のターゲットが決まったらしい。
フォークダンスとはだいたいキャンプファイヤーを囲んで輪になってするため相手が自動的に回って来るはずだが、現状、各々が好きなところで好きな相手と踊っている自由形態をとっている。
つまりは、千佳が次のターゲットを好きに定めて動くのも自由だ。
「衣川、ファイト!」
「あ、松浦ズルイ逃げんな!」
その場からずらかろうとする松浦の腕を必死に掴む衣川と、「松浦君は次ね」と余裕の笑みを浮かべている千佳を眺めながら、也梛はそっとその場を離れた。――と。
「はい、也梛交代!」
「あ?」
「はい!?」
目の前にボスンとぶつかって来た――正確には諷杝に押し出されたのだろう矢㮈に不意打ちを食らう。彼女自身も驚きに目を白黒させていた。
「矢㮈ちゃんの次は僕と踊ってね!」
謎のテンションで手を振る諷杝に也梛は軽く舌打ちした。
(あいつ疲れで頭おかしくなってんのか?)
溜め息を吐いて視線を落とすと、バチっと矢㮈と目が合ってしまった。
「――どうする、踊るか?」
「……仕方ないか」
ちょっとだけだと思ってたのに、とぼやく矢㮈が也梛の手に自分の手を添える。
(思ったより小さい)
あのバイオリンを弾いている時はそうは見えないのに、実際の手は意外と小さくて驚く。しかし矢㮈は逆のことを思ったらしい。
「あんたの手、やっぱり大きいわね」
改めてそう言われると、彼女の手と触れているところに意識が行って、心なし温度が上がった気がする。
「――お前って小さいな」
思わず零れた言葉に、矢㮈が目を剥いた。
「あんたがでかすぎるんでしょ!?」
矢㮈と踊り終えた也梛は、当然のように諷杝とも踊ることになったのだった。
***
『某年某月某日 学園祭後夜祭』
グラウンドでは後夜祭のキャンプファイヤーが始まっている。
『ZIST』の面々は屋上からそれらを眺めていた。下にいると何かと騒がしいので、揃って退避して来たのである。
「お、そろそろ始まるか~」
樹がそわそわし始める。ちらちらと唱奈の方を見ているが、当の彼女は気にした様子はない。
やがてスピーカーを通してひび割れたフォークダンスの音楽が聞こえて来た。隣にいた旋が小さく口の端に笑みを浮かべて動いた。
「唱奈。オレたちと踊ってくれる?」
「え?」
「あ、ずるいぞ旋っ」
「じゃあ樹からね」
旋は自然な動作で唱奈の手を取り、樹へと取り次いだ。
「ちょ、ちょっと旋!?」
「次はオレと交代ね」
唱奈がまだ唖然とする中、お膳立てされた樹は心を決めたように彼女をリードして踊り出す。
「ちょっと樹! しっかり踊りなさいよ!」
「分かってる!」
照れ隠しなのか何なのか――とはいえ実際、樹のリードは心許ない――がちゃがちゃ言い合う二人を眺めて旋は楽しそうだ。
「お前、図ったな」
「んー? だってああでもしないと樹誘えなさそうだったんだもん。これ逃したら後々までうだうだしそうだし」
「確かに」
音楽は流れ続け、やがてパートナーの交代が近付いて来た。
「よし、次はオレ」
「お前も踊るのか」
「あったり前でしょー」
にっと笑った旋が樹たちに突っ込んでいく。
「はい、樹交代!」
「ええっ……」
旋はまた自然な動作で唱奈の手を取った。
「本当に旋も踊るの?」
唱奈が目を丸くしている。
「踊るよ。だって折角の後夜祭だもの」
「……はいはい」
唱奈は困ったように微笑み、今度は旋と踊り始めた。樹よりはずっとステップが上手い。
「ちぇー、もう少し踊りたかったなあ」
樹が隣にやって来る。ふっと苦笑が漏れた。
旋と唱奈は淡々と踊り続け、またパートナーの交代が近付いて来る。
「敦葉は踊るの?」
「はあ? 何で俺まで――」
旋がこちらに近付いて来る。
まさかと思っていた。交代ギリギリで、逃げ腰になった敦葉に唱奈を押し付けた。
「はい、ラスト敦葉!」
「なっ……!」
「敦葉まで!?」
敦葉の目前にいた唱奈までもが声をあげた。旋は二ッと笑う。
「『オレたち』って言ったでしょ?」
「……言ったかもしれないけど! 何で私だけ三連続――」
「じゃあオレは樹ともう一曲」
「ええ!?」
旋は樹の手を引っ張ってもう踊る態勢に入っている。
「……もう、何なのよ」
「……あいつの考えてることは分からん」
仏頂面の唱奈と敦葉がとりあえず踊り出す。少しして、唱奈が眉を顰めながら呟いた。
「あんた踊れたのね」
「失礼だな。……それより疲れたのか? 足ふらついてるぞ?」
「っ……気のせいですう!」
唱奈が言い返してまた持ち直す。しかしこれほど仏頂面が並んで踊る画もないだろう。
「最後は四人でマイムマイム踊ろうね!」
相変わらず意外な程軽やかなステップを披露して樹を翻弄しながら、旋が楽しそうに言った。
それは、約二十年前のある夜の小話。
***
ここまで読んで下さってありがとうございます。やっと体育祭が終わりましたが…また現実の季節が追い抜いてしまいましたね。少しでも楽しんでいただけますと幸いです。(2022.11.24)




