親友が戦う場所<前編>
【主な登場人物紹介】
・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校2年生。バイオリンを弾く。
・高瀬 也梛…同上2年生。キーボードを弾く。
・海中 諷杝…同上3年生。ギターを弾く。
【その他】
・臣原 千佳…2年生。矢㮈のクラスメイトで親友。
・松浦 大河…2年生。矢㮈のクラスメイト。
・衣川 瑞流…2年生。也梛のクラスメイト。
・佐々木…3年生。諷杝のクラスメイト。
・世良…3年生。軽音部部長。諷杝のクラスメイト。
一.
二年二組の教室では、絶賛小劇の練習が始まっていた。
「私は魔女です。悩めるあなたの力になりましょう」
小さな舞台の真ん中に立つのは、深緑のドレスに黒いマントを羽織り、同じく黒の鍔の広い三角帽子を頭に乗せた魔女だった。
相手役の男子生徒に向ける笑みはどこか妖艶で、良い魔女より悪い魔女のようにも見える。
(千佳ちゃん、さすがだ……)
同性が見てもドキリとさせられるその姿に、笠木矢㮈は思わずため息をついた。
「臣原さんえげつねえー」
隣で腕を組んで見ていた松浦大河が呟く。
そう、あの魔女を演じているのは矢㮈の親友である臣原千佳だった。元々容姿は整っているが、それが今回の魔女役にさらに拍車をかけているような気がする。
「臣原さん、オッケー! 完璧すぎて怖い!」
文芸部所属の脚本担当と監督から拍手を送られて、千佳は軽く肩を竦めた。
「魔女ってもっと怖いイメージなんだけど、あたしのじゃかわいい感じが強くない?」
曰く、千佳はもっとクールでカッコイイ魔女を目指していたらしい。
「もう十分だよ! かわいい枠とクール枠は他の二人の魔女が担当するから、臣原さんはその妖艶な魔女をキープして!」
「はあ」
やれやれと苦笑した千佳は、帽子を手に持って矢㮈のところに戻って来た。
「笠木、どうだった?」
「もう最高だったよ! 千佳ちゃん魔女だった!」
「ああ、怖いくらいに魔女だったよ」
勢い込んで答えた矢㮈に、松浦もついでとばかりに付け加える。
「そう、それは良かったけど……松浦君、どこか棘がある感想ね?」
魔女に不敵な笑みを向けられて、松浦はすっと視線を逸らした。気持ちは分からないではない。迫力があり過ぎる。
小劇のあらすじは、三人の魔女がそれぞれ人々の願いや相談を聞いて、叶えるもしくは解決していくものになっている。
「ああ、あたしも魔女の千佳ちゃんに何か叶えてもらいたいなあ」
「ええ? 笠木は何を願うのよ?」
「うーんと……」
問われてみるとすぐにはパッと出て来ない。
(今一番の悩みはバイオリンのコンクールだけど、それは自分の力の問題だしなあ)
千佳は何もかもお見通しのように、矢㮈が首を捻る様を見て笑っているように見えた。
「あ、じゃあ千佳ちゃんと一緒に遊びに行きたい!」
「何よそれ。いつでも行ってあげるわよ」
矢㮈の答えに千佳が思わず吹き出した。途端に妖艶な魔女が人懐こい魔女に様変わりする。周りのクラスメイトたちが目を惹かれてこちらを振り返ったのが分かった。
「そうだ臣原さん。二日目の公演だけ、例のあれでよろしくね」
監督が茶目っ気たっぷりにウインクする。
「あれ、本当にするの?」
対して千佳は少し眉を顰めた。
「あれ?」
何のことか分からず矢㮈が首を傾げると、千佳が溜め息を吐いて声を潜めた。
「二日目のあたしの相手役、観客から参加してもらうんだって」
「え?」
「つまりあたしがアドリブで相談に乗るわけよ」
「おお……」
それはなかなか大変だ。矢㮈が自分には絶対無理だと思う横で、監督は自信ありげに言う。
「大丈夫。臣原さんは機転がきくし、上手いことやってくれそうだから」
「そんな人任せな」
「それに初めに、プライベートすぎることは禁止とか無茶言わないとか承諾してもらうつもりだから。あまりにも意味不明だったら遠慮なく私たちが割り込んでコメディにするわ」
「そこまでして参加型にしたいのね……」
千佳は小さく溜め息を吐いたが、やめろとは言わなかった。きっと彼女もある程度は捌けると思っているのだろう。さすがだ。
「あたしがテキトーに指名していいなら、高瀬君指名しても良いかなとか思ったんだけどなあ」
隣のクラスにいる千佳のお気に入りの男子生徒の名前に、矢㮈は反射的に眉を寄せていた。
「いや、高瀬はこういうの向かないでしょ」
「笠木さんに同感。あいつに振ったら小劇が進まなくなるよ」
松浦が心強い補足をしてくれるが、実際そうだと思う。
千佳は「ちぇー」と唇を尖らせたが、反論しなかったところを見ると、矢㮈たちの言うことも一理あると思っているのだろう。
まず、あの高瀬が千佳に向かって何かお願いごとをしたり悩みを相談したりということが考えられない。
「それにしても今回も衣装、凝ってるわねー」
千佳がその場でくるりと回って、長いドレスの裾をひらめかせる。手芸部所属のクラスメイトの力作だ。
そのスマートな動きに矢㮈の目は釘付けられた。
「千佳ちゃん綺麗だよねえ」
「何言ってんの? 笠木のドレス姿の方がずっと綺麗だったじゃない」
「え!?」
「バイオリンの演奏会の時の。あたし、本当に見惚れたんだから」
千佳は微笑んで唇の前に人差し指を立てた。その表情から、彼女が本心で言っていることが分かる。だから矢㮈は自分の頬が熱くなっていくのを感じて俯いた。
「……千佳ちゃんの方がよっぽど大人っぽくて似合ってるよ」
「はいはい、それはどうもー」
千佳は慣れたように矢㮈の言い分をいなし、ふふふと笑った。
「あたしの勝負着は陸上部のユニフォームだから」
彼女らしい言葉につい矢㮈も笑ってしまった。
「――あ、そうだ、千佳ちゃん」
ふいに思い出したことを言い掛けたが、思い直してやめた。
「ううん、ごめん。何でもない」
「? そう?」
千佳は不思議そうな顔をしたが、やがて監督に呼ばれてそちらに行ってしまった。
(今度の新人戦のこと言おうと思ったんだけど)
今週末、陸上部の競技大会があると聞いていた。
千佳は矢㮈の演奏を何度か聴きに来てくれていたので、今度はこちらが応援に行こうと思っていた。
(できれば高瀬も連れて行きたいんだよなあ)
悔しいが、彼女の力になるのはあの不愛想男子のような気がするのだ。
先日の反応ではそこまで拒絶する感じではなかったので、このまま押したら行けるのではと考えている。
(そうだ。諷杝も誘おう)
彼のルームメイトの海中諷杝も巻き込む作戦で行こう。基本、諷杝の行動には従う高瀬である。
(ていうか、諷杝がいなかったら高瀬と二人とか気まずすぎる)
よく考えたらそれが一番避けるべき事項だった。
(千佳ちゃん、待っててね)
監督と何やら話し合う千佳を見ながら、矢㮈は心の中で呟いた。
二.
二年三組の教室および廊下では、お化け屋敷を作るための準備が進んでいた。ほぼ全員で大道具の準備である。
「はい、段ボール追加ね」
数日前に片付けたはずの段ボールの山が復活していた。
「……」
「おい、大丈夫か、衣川」
その山を前にポカンとしたまま固まる小柄の少年に也梛は声をかけた。
「高瀬……俺、幻覚でも見てんのかな」
衣川瑞流が中性的な顔で首を傾げ、段ボールの方を指差した。
「大丈夫だ、俺にも見える。追加の段ボールの山だな」
「高瀬も一緒に幻覚を見てる、の間違いでしょ?」
「お前がそんな松浦みたいにバカなこと言うのも珍しいな」
疲れているのだろうか。也梛が眉を顰めながらも段ボールに手を伸ばすと、衣川が大きなため息を吐いた。
「ああ……真面目なお前を見てると嫌でも現実だと分かるよ」
「それは良かったな」
嫌味をそのまま受け流すと、衣川は再度ため息を吐いた。そして彼もまた諦めたように段ボールに手を伸ばす。
「さっき松浦に聞いたら、二組はもう早速小劇の練習だってよ」
「へえ」
隣のクラスの二組は三人の魔女が登場するコメディ小劇をするらしい。先日、也梛と衣川が一年の時に同じクラスだった三人から話を聞いた。
「臣原さんどんな魔女なんだろうねー」
「さあな」
「迫力ありそうだから、怖そう」
「それ本人に言ったら魔法で姿変えられそうだな」
衣川の軽口に乗って冗談を言うと、
「うわ高瀬、お前怖いこと言うなよ!」
衣川が思わず声をあげた。
「冗談だろ」
「……冗談に聞こえねえよ」
也梛の頭の中に不敵な笑みを浮かべた魔女姿の千佳が出て来た――ああ、確かに冗談では済まないかもしれないとひっそり思う。
光を遮断するために使われる段ボールは、形を整えて再び倉庫に保管される。文化祭前日の準備日に一斉に壁を覆ったり道を作ったりするそうだ。
お化け役に当たっている也梛は、黒子衣装の採寸もする必要があった。
「わあ、高瀬君やっぱり背高いね」
「あんまりがっちりしてるようにも見えないのに」
初夏の水無月祭でも活躍した衣装担当たちがメジャーを持ってテキパキとサイズを確認していく。也梛はなされるがままじっとしていた。
水無月祭の頃は也梛の不愛想オーラに腰が引けていた彼女たちだが、今はもう慣れたようで自由にあれこれやっている。
「うーん、バスケ部の坂井君と同じサイズで着回してもらおうかな」
お化け役は交代制なので、基本的に衣装も上から羽織る形のものを共有する。
「ていうか高瀬君、手大きくて綺麗!」
「は?」
少し意識がどこかに飛んでいたらしい也梛が我に返ると、女子たちが自分の手に注目していた。
「……俺の手が何?」
両手を胸の高さまで持ち上げてグーパーしてみる。
「指長いねー。それこそバスケとか向いてそう」
ピアノのオクターブが余裕で届く指がすらりと並んでいた。先程まで段ボールの作業をしていたせいで少しがさついている。
「おう高瀬、今からでもバスケ部来るか?」
少し離れた所にいたらしいバスケ部の坂井が話に割り込んできた。
「いや、遠慮しとく。突き指しそうだし」
淡々と返した也梛に、坂井は「何だそりゃ」と苦笑した。
「この前の体育でドリブルで抜かれてシュートされたこと、まだ覚えてんだからな」
「……そんなことあったか?」
「ありましたー。それで他のバスケ部のやつらにオレどんだけいじられたか」
とんだとばっちりだ。也梛は僅かに顔をしかめた。
「ただの偶然だ」
恐らく何度も再現できるものではない。たまたまだ。
坂井が肩を竦めて、次の瞬間ニッと笑う。
「でも次は負けないからな」
「……勝手にしろ」
也梛は溜め息を吐いた。その間に採寸は終了していた。
そのまま也梛は作業に戻らず、息抜きがてら教室を出た。
学校行事の間はいつも以上に疲れる。普段あまり関わらないクラスメイトたちとの共同作業が発生するからだ。
つい先程のように、こちらが意図せずとも向こうから話しかけられることも多い。一年次に同じクラスだった者たちは、当時の也梛はそういうものを拒絶するオーラを放っていたというから、今の也梛を見て微笑ましく思うのだろう――癪だが。
とはいえ、疲れるものは疲れる。教室から離れて生徒が少ない方へと何となく歩く。
遠くに作業する生徒たちを学年関係なく眺めた。
(なんかこうしてると普通の高校生っぽいな……)
至って普通の高校生男子であるはずだが、そんなことを思ってしまう。
「あー! 高瀬君発見!」
「!」
その声に反射的に逃げそうになったが向こうの方が早かった。短距離走の期待の星に敵うはずがない。
廊下の向こうからやってきたのは、隣のクラスの臣原千佳だった。その後ろから彼女と同じクラスの笠木矢㮈と松浦大河の姿も見える。
三人とも、手に紙パックのジュースを持っていた。お互いに休憩タイムだったようだ。
千佳だけがなぜかジャージ姿だった。
「高瀬―、久しぶりー」
松浦が呑気に手を上げて挨拶して来る。久しぶりも何もお昼ぶりだ。そう返す気も失せる。
「何だ、サボりか? 真面目な高瀬にしては珍しい」
「サボりじゃない。休憩だ」
也梛が溜め息を吐くと、千佳がこちらの顔を覗き込むように見て笑った。
「ふふ。でも高瀬君ちょっと楽しそう」
「はあ?」
「昨年より表情が柔らかくなったなって」
「……冗談。それよりお前は魔女なんだろ」
話を逸らすと、千佳がぱあっと顔を明るくした。振る話題をミスったかもしれないと思うが遅い。
「あたしが魔女役するの覚えててくれたんだー。そうよ、バッチリ決めるわよ! ね、笠木、松浦君」
「うん。千佳ちゃんの魔女姿すごく綺麗だった……」
どこかぼうっとして手を組む矢㮈に若干引く。こいつは一体何を見て来たんだ。
「ああ、めっちゃ怖そうな魅惑の魔女がいたなあ」
松浦があははと笑いながら言う。こいつの言うことはまあ分かるかもしれない。
「とうわけで、当日楽しみにしててね! 高瀬君」
千佳が自信たっぷりに言うので、也梛は頷き返すしかなかった。
これは見に行かないと呪われそうだ。
三.
三年四組の教室は平和に活気づいていた。
受験生たちが一時の娯楽に耽るように、放課後になった途端に元気になる。もちろんそれぞれに塾などスケジュールに折り合いをつけての参加だが、それでも大半がやる気に満ちていた。
その中で、海中諷杝はそこまで熱心になるでもなく、楽しそうなクラスメイトたちをぼーっと観察していた。
「おーいそこのぼけっとしたやつ。ちゃんと話聞いてたかー?」
上から降って来た声に反応すると、呆れた顔をしたクラスメイトの佐々木がいた。一年の時から三年間同じクラスの友人だ。
諷杝の目の前には背景の一部となる白い紙が広げられていた。すでに薄っすらと下書きされた線を頼りにこれから色を塗って行くのだ。
「そこ、水色だぞ。何で赤色出してんだ?」
「え……あ、ホントだ」
「ホントだ、じゃねえ。頼むぞ」
ついでに言うと絵の具を出したのはもう二十分も前で、そこから全然塗りがスタートしていないことは黙っておく。
「ああもうお前に任せてたらちっとも進まねえ」
同じく大道具担当の佐々木が自分の分の刷毛を持って、紙を挟んで向かいに陣取った。
「手伝ってくれるの?」
「これ今日中に一旦塗り終わらないとダメなの聞いてたか?」
「そうだったっけ?」
諷杝の返答に佐々木は溜め息を吐いて、パレットに水色の絵の具をドバっと出した。
「諷杝ってたまに、抜けてる時は本当に抜けてるよな。心配になるよ」
「そう? 也梛に言わせればだいたい抜けてるらしいけど」
ルームメイトに以前言われたことを呟くと、佐々木が額に手を遣った。
「そりゃ高瀬も苦労するわ。お前、少しはあいつに先輩らしいとこ見せろよ」
「先輩って、向こうの方が先輩なんだけど」
学年では諷杝の方が上になっているが、実際は也梛の方が少し年上だ。――そんなこと、佐々木は知るはずもないが。
「何わけわかんねえこと言ってんだ。いい加減、自立しろよ」
「努力はする……よ?」
「最後の疑問形が信用ならねえ」
佐々木の持つ刷毛が白い紙を水色に染める。諷杝も自分の筆を取って別の個所を塗り始めた。
こういう作業をしていると、自分も行事に参加しているんだなという気分がする。
(也梛たちもやってるのかなあ)
後輩たちのことを考えて少し楽しくなった。
「お、海中ちゃんとやってんじゃん」
また新たな声が聞こえて、諷杝は一度筆を置いた。
上から見下ろしているのは軽音部部長の世良だった。
「佐々木君といい、世良君といい、僕のことどう思ってんのさ」
さすがに苦笑すると、世良はちらりと佐々木を見た。佐々木が肩を竦めて返すと、微かに笑う。
「そりゃあ海中は誰かがお目付け役でないとサボりそうだからだろ」
「うわひどい」
「世良の言う通りだ」
「佐々木君まで」
諷杝がむくれると、二人はそろってため息を吐いた。
「そしてたまにとんでもなく子どもっぽい反応をするんだよな」
「分かる。俺も海中がこんなやつだとは思わなかった」
佐々木と世良が頷き合うのを見てますますむくれた頬がついに破裂する。ぷはあーと息を吐き出した諷杝は、世良がギターケースを担いでいるのに気付いた。
「世良君は今から部活?」
「そうだ。今日はちょっと二年のやつらの演奏を聴いてやらなきゃいけなくて」
「さすが部長」
「諷杝も見習え」
すかさず口を挟んでくる佐々木をスルーして、諷杝は世良に微笑んだ。
「そういえば一年の築地さんは頑張ってる?」
「ああ、築地妹な。頑張ってる頑張ってる」
軽音部に所属する一年の築地実歩には姉がいて、そちらは同じクラスにいる合唱部の部長だ。
「うちのクラスの築地さんも今日は合唱部の練習とか言ってたね」
「ああ、築地姉の方も頑張ってるな」
姉の築地果歩は一年の時、軽音楽部に所属していたことがある。そのため世良とは元部員同士だった。
「じゃあ俺は抜けるけど、佐々木、海中のことよろしく」
「ああ、任せろ」
「ええ……まあ世良君、いってらっしゃい」
諷杝は力なく世良に手を振って、また白い紙と絵の具に向き合った。
「――それで、諷杝は進路どうすんの?」
何気なく飛んで来た質問に、諷杝の手が止まる。
「……」
実を言うと、お世話になっている親にも誰にも自分の進路についてじっくり話したことはない。多分、みんな何となく諷杝のレベルでいける範囲の大学に進学するのではないかと思っている。――就職が選択肢に入っていないのは、諷杝がちゃんと働けるのかどうかという心配からくる理由だ。もちろん諷杝だってバイトくらいならできるししている。
「一応勉強はしてるけど……」
担任の並早にもひとまず進学で話は通しているので、他の受験生同様に勉強はしている体でいる。
「そっか。じゃあ進学はするんだな。ちょっと安心した」
「え?」
「いや、別に就職したって構わねえけど、でも、お前がちゃんと先を考えてんならちょっと安心した」
佐々木は刷毛を動かしながら、こちらを見ずに淡々と言う。
「……佐々木君って也梛と同じでオカンみたいだよねえ」
「あはは。つーことはお前には学校に二人もオカンがいるんだな」
「それもどうなの?」
「お前が言うな」
確かに。佐々木も也梛も諷杝が頼りないから構わざるを得ないのだ。――少し、諷杝が自ら彼らに甘えているのは内緒だが。
「佐々木君も進学でしょ?」
「ああ。折角だからちょっと遠くで家を出ようかなと」
「へえ。一人暮らし?」
「そうだな。――まあまずは試験に受からなきゃ話になんねえけど」
「それはそうだね」
諷杝は笑い返しながら、どこか遠い話のように感じていた。
仮に諷杝が佐々木よりももっと遠くに行くと言ったとしたら、どういう反応が返ってくるのだろう。
諷杝はどこか現実味のないふわふわとした感覚で、絵筆の先が絵の具を吸い上げて行くのを見つめていた。
読んで下さってありがとうございます。後編に続きます。(2022.04.21)




