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  作者: 葵月詞菜


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探していたもの〈後編〉

※前話「探していたもの〈前編〉」の続きです。

【主な登場人物紹介】

・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校2年生。バイオリンを弾く。

高瀬たかせ 也梛やなぎ…同上2年生。キーボードを弾く。

海中わたなか 諷杝ふうり…同上3年生。ギターを弾く。

【その他】

世良よら…彩楸学園高校3年。軽音部部長。

春日井かすがい…大学生。元彩楸軽音部員。

的芭まとば…大学生。元彩楸軽音部員。

松殿まつどの…彩楸学園副理事長。二十年前は軽音部の顧問をしていた。

並早なみはや…彩楸学園英語教諭。

四.

「中身が何か、正確には分からないんです」

 的芭(まとば)の問いに、諷杝(ふうり)は正直に答えた。

「でも、恐らく、楽譜が入っていると考えています」

「楽譜?」

「はい。それは、僕がずっと探して来た、大事な楽譜なんです」

 諷杝が彩楸学園(さいしゅうがくえん)に入学して来た理由だ。彼は父親の作った曲の続きの譜を探すためにこの学園に来たと言っていた。

 的芭は「ふーん」と考えるように目を伏せ、暫く黙り込んだ。

「楽譜――つまりいくらかの紙の束が収まればいい大きさだね?」

「……そういえば、松殿(まつどの)先生が『メンバー同士の連絡用のロッカー』だと」

「ああ、そうだった」

 諷杝の呟きに松殿も頷いて見せる。

「え、それってあれじゃね? 今もオレ達が部室で使ってるレターボックス的な」

 何かを思い出したらしい世良(よら)が手をポンと打つ。

「でもあれは鍵のかからない本当に手軽なレターボックスでしょ」

 春日井(かすがい)が補足する。

「――あ、そういえば」

 ふいに的芭が目を上げた。

「まだこっちの部室を使ってた頃、先輩から聞いた話を思い出した」

「え?」

 この旧校舎から新しい部室棟へと引っ越しをしたのは春日井が入学した年だったという――つまり三年前だ。それよりさらに前に彩楸学園にいた的芭は、まだこちらの旧部室で活動をしていたのだ。

「先生、別の所に行きたいんですが、良いですか?」

「良いけど、一緒に行こう」

 的芭は松殿と一緒に教室を出た。入り口の方に戻るように歩き出す。

(どこに向かってるんだろう)

 矢㮈(やな)も諷杝と高瀬と共に二人の後をついて行った。

 入り口の近くには古びた下駄箱が並んでいて、的芭はさらにその奥へと向かった。部室があった場所とは丁度反対側だ。

「――ここです」

「!」

 的芭が立ち止まったそこには、マンションの郵便受けのような箱がずらりと壁に並んでいた。

 スチールのそれは一つの箱の深さが十五センチくらいで、縦に十、横に十二、全部で百二十あった。部室のロッカーと同じく、錆びたり傷ついたり凹んだり、変色しているものもある。

 箱にはちらほらと南京錠のような鍵がついているのが見えた。

「ああ、そういえばこんなものがあったね……すっかり忘れていたよ」

 松殿がやられた、というようにため息を吐いた。

「的芭さん、これは……?」

 諷杝が訊ねると、的芭は頷いた。

「これはね、どの部でも自由に使える連絡用のロッカーだったんだって。まだ携帯とか普及してない頃は、これで色々やり取りとしていたそうだよ。うちの学校、サークル的なものも含めて部活動の種類が多いから、兼部している人も結構いたらしくて重宝されたらしい」

「あの頃は顧問も色んな部を掛け持ちしてたから、生徒同士で連絡してもらうことも多かったなあ」

 松殿が懐かしそうに目を細める。

 今なら携帯やスマホですぐに連絡事項を共有することができるが、そんな機器がない時代はアナログでの伝達になる。必ずしも直接会って伝えられるわけではなかっただろう。

「じゃあ、この中に……?」

 矢㮈は壁に並んだ細長い箱の群れを見つめた。

「探すぞ」

 さっそく高瀬が動いて端から確認し始める。その後に諷杝が続いた。

「じゃあオレたちは反対の端からいくぞ」

 世良と春日井も確認の作業を開始した。

 矢㮈も慌てて加わりながら、心の中はドキドキとしていた。

(ついに、あの楽譜が見つかるかもしれない)

 ずっと諷杝が探し続けて来た楽譜。

 矢㮈が屋上で初めて諷杝にあった時に聴いた、彼の鼻歌の曲。

(あれの続きに出会える)

 逸る心臓を無理やり抑え込んで、矢㮈は鍵のかかったロッカーを探した。


「諷杝、これだ」

 左端の上から三段分を順に確認していた高瀬が、真ん中を過ぎた辺りで諷杝を呼んだ。

「え、ホント?」

 高瀬の手には小さなナンバーロック式の南京錠があった。解錠したナンバーは『268』。

 ロッカーを開けると、そこには茶色の封筒が一通入っていた。

 高瀬がゆっくりと取り出し、諷杝に渡す。

「お前が開けろ」

「……うん」

 諷杝は小さく息を吐いて、封筒の中身を取り出した。

 A3用紙を束ねて半分に折った塊が出て来る。その紙には、五線譜と音符が躍っていた。

 一枚目を広げた諷杝の手元を矢㮈と高瀬も覗き込んだ。

「……あ」

 譜面を見ただけで分かった。頭の中にそのメロディが流れ始める。

 間違いない。

「諷杝、これ……」

 諷杝は呆然と、手の中にある譜面を見つめていた。

 高瀬が諷杝の焦げ茶の頭をポンポンと叩く。

「――うん、これだね」

 諷杝の顔には安堵の表情が浮かんでいた。

海中(わたなか)! こっちもあったぞ!」

 世良が手招きした。高瀬が見つけたロッカーより少し右側だ。

 彼は『407』で解錠した南京錠と、中に入っていたこちらは白い封筒を一通諷杝に渡した。

 先に持っていた封筒と譜面を高瀬に預けて、諷杝がもう一つの白い封筒を開ける。

「……同じもの?」

 中には、先に開けたものと全く同じ譜面が入っていた。ざっと確認しても、枚数も内容も同じようだった。

「何で二つも同じものがあるんだろう?」

 諷杝はこれらが入っていた二つのロッカーを見比べる。そして、手の中にある二つの南京錠を凝視した。

「……もしかして」

 諷杝がポツリと呟いた。

「諷杝?」

 矢㮈がその顔を覗き込むと、彼ははっとしたように「何でもない」と笑った。

「とりあえず、これで楽譜は手に入れられた」

 自分が持っている譜面と、高瀬に預けた譜面を見て諷杝は大きな息を吐き出した。

「良かったね、海中君」

「本当に。でもまさかこんな所にあるなんて」

 松殿も嬉しそうに笑い、並早もほっとしたように息を吐いていた。

「探してたもんが見つかったんなら良かったな、海中!」

 世良がにっかり笑って親指を立てる。諷杝はあらためて軽音部の三人に礼を言った。

「世良君、春日井さん、的芭さん、手伝ってくださってありがとうございました」

「いえいえ、お互い様だから」

「うん、役に立てて良かった」

 春日井と的芭も笑って喜んでくれた。



五.

 先生と世良たちと別れた後、矢㮈たちは当初の予定通り彩楸学園の近くにある音楽喫茶『音響(おとひびき)』に向かった。

 しかし三人とも、見つかった楽譜が気になってずっとそわそわとしていた。

「マスター、遅くなってごめんね」

 実は今日はマスターの厚意で貸し切り状態にしてくれていた。丁度昼頃に来る予定だったのに、思いの外遅くなって時計はもう一時を優に回ってしまっていた。

 それでもマスターは昼食を用意して待ってくれていた。

「少し遅いお昼だが、食べてくれるかな?」

「もちろんです!」

 出て来たメニューはいつもの軽食より少し豪華だ。

「お疲れ様会だって聞いていたから、少しサービスをしてみたよ。おかわりもあるからいっぱい食べておくれ。後でデザートも用意してるからね」

 料理を前にすると途端に空腹を思い出し、矢㮈は一時楽譜のことを忘れて食事に専念した。諷杝と高瀬も同じだったようで、二人とも無言で食べている。

 そんな矢㮈たちの様子を見ていたマスターが首を傾げた。

「みんなそんなにお腹がすいていたのかい? お疲れ様会だからもっと喋りながら食べるのかと思っていたんだけど」

 確かに。これは本来打ち上げのようなものだ。もっと三人でわいわいしながら食事を楽しむはずだったのだが。

「……話はデザートを食べながらゆっくりしようか」

 諷杝がぼそりと言う。彼もまた珍しく食事の手を休めずに食べ物を口に詰め込んでいた。

「異議なし」

 高瀬と矢㮈の声が重なって、また暫く無言の間が続く。

 マスターが不思議そうな顔をしながら、デザートと珈琲を淹れる用意をしていた。



「ああ、おいしかった。ご馳走様でした!」

「ご馳走様、マスター」

「ご馳走様です。おいしかったです」

 諷杝、矢㮈、高瀬が揃って手を合わせる。マスターがプレート皿を引き上げながらおかしそうに笑った。

「いやあ、本当に黙々と食べてるからびっくりしたよ。ここに来る前に運動でもしてきたのかい?」

「そういうわけではないんですけど。ただ、探し物が見つかりまして」

 諷杝が茶色と白の封筒をテーブルの上に置いた。

「これは?」

「楽譜です。――父さんの」

 諷杝の返答にマスターが一瞬言葉を失う。彼もまた、諷杝が楽譜を探していたことを知っている人だ。

「見つかったのかい?」

「はい」

 諷杝が大きく頷くと、マスターは泣き笑いのような表情をして、くるりとカウンターの方を向いてこちらに背を向けた。

「それは……良かった」

「はい。ありがとうございます」

 マスターの背に、諷杝は丁寧に頭を下げた。

 珈琲の匂いが漂う空間で、矢㮈たちはようやく落ち着いて話し合える状態になった。

 ただ三人の視線は、テーブルの上に封筒に注がれている。

 矢㮈は観念した。

「ごめん、やっぱりこっちが気になる!」

「いや大丈夫。僕もそうだから……」

「……ああ」

 諷杝が苦笑し、高瀬も小さく同意した。

「このままじゃお疲れ様会どころじゃないし、先にこっちを見てからにしようか」

 諷杝が言って、それぞれの封筒から譜面を取り出した。

「どちらも内容が同じってのは確認済みだから、矢㮈ちゃんはそっち見て。僕は也梛(やなぎ)と見るから」

 矢㮈は白い封筒に入っていた方を受け取り、譜を頭から追いかけた。

 かつて、諷杝の鼻歌とギターで聴いた曲が頭の中を巡り始める。

(あ、ここから……)

 諷杝が知らないと言っていたその先も続いていた。

 ベースにあるのは物悲しい旋律なのに、少し変化がある。

 曲は段々と盛り上がりを見せて――

(……あれ?)

 最高潮に達するのかと思いきや、その直前にすっと熱が冷めたように静まり、そのままの落ち着いた感じで消えゆくように終わった――いや、()()()()()、が正しいような気がする。

「――なるほど、やっぱり未完か」

 脳内で最後まで再生し終わったのだろう高瀬が呟く。

 隣で諷杝も「うーん」と複雑そうな顔で唸り、

「最後が無理矢理すぎるよね。あの盛り上がりを入れるならもう少し綺麗にまとめてほしい」

 作曲者の父親に意見した。

 高瀬は譜面をパラパラと捲りながら眉間に皺を寄せた。

「何か違うような気がするんだよな……」

「え? 何が?」

 矢㮈が不思議に思って訊くと、高瀬は素直に答えた。

「今まで諷杝の父親が作った譜を見て来たけど、何かそれらとは違う気がするんだよな」

 高瀬は何と言ったら良いのか言葉を探すように譜面を凝視する。

「確かに同じ人が作った曲だろうとは思う。けど、何かが……」

「多分それ、父さんだけが考えた曲だからだよ」

 諷杝がきっぱりと言った。

「也梛が今までに見て来た譜は、父さんが主に作曲しているとはいえ『ZIST』の曲だったから。色々書き込まれた譜を見たでしょ? 他のメンバーから意見をもらって、そして完成した楽譜なんだよ」

「ああ、なるほど」

 高瀬が納得したように頷いた。

「俺が自分一人で作った曲と、お前らの意見を入れて修正した後の曲との差か」

「そう。僕は父さんだけが考えた譜も知っているからこれがそうだと分かる。だからこれは『ZIST』の他のメンバーがまだ見ていない楽譜だと思――」

 そこで言葉が途切れ、諷杝が何かに気付いたような顔になった。

「諷杝?」

「どうしたの?」

 心配になった高瀬と矢㮈の呼びかけに、諷杝は「やっぱりそうか」と呟いた。

「……他のメンバーは、この楽譜を見てなかったのかも」

「見てない? でもロッカーに入ってたのに?」

 あのロッカーは連絡用のロッカーだったはずだ。

「二つのロッカーに同じものが入ってたのは、多分父さんが二人のメンバーにそれぞれ渡したからだと思う。でも、何でか分からないけど二人はこの楽譜を見てなかったんだ」

 諷杝の父親は他のメンバーの意見を聞くために渡したはずだ。もし他のメンバーが見ていたのだとしたら、今までの譜面と同じように何かしら意見を書き込んだりして本人に返しただろう。

(何の書き込みもないまま、あれがあのままあのロッカーに入っていたということは)

 他のメンバーは見れなかったのか、はたまた見たくなかったのか。

 もしくは、見たけれど、何らかの理由で元に戻したのか。

「ちなみに、あのロッカーがお前の父さんが使っていたロッカーって可能性は?」

「二つのロッカーにそれぞれ同じ封筒が入ってたんだよ? 一つのロッカーに二つとも入っていたら、二人から返送されたと受け取ることもできるけど、それにしたって放っとくことはないと思う」

「まあ、そうだな」

 口ぶりからして、高瀬もすでに考えていたことではあったようだ。念のための確認、といった感じか。

「それで、諷杝はこれからどうするんだ」

 あらためて高瀬が諷杝に尋ねる。諷杝はテーブルの上の譜を暫し見つめ、やがて顔を上げた。

「この譜を完成させる――いや、父さんのこれも一応は無理矢理でも完成はしてるのかもしれない。けど、僕はこれを也梛や矢㮈ちゃんと一緒に納得できる形にして、樹さんたちに届けたい」

 前に、もし楽譜が未完だったら自分たちで曲の続きを考えようか、と話していたことを思い出した。

 見つかった楽譜は一応終わりまであるけれど、これが完成だとは矢㮈にも思えなかった。いや、この曲をこのままで終わらせたくはなかった。

「じゃあ俺はこの続きを考えても良いんだな?」

 高瀬が唇の端に不敵な笑みを浮かべる。この三人の中で作曲の中心になるのは彼だ。

「続きになるけど、あまりこの譜に縛られることはないよ。どうせだから、とことん僕たちが納得できる終わり方にしてやろう」

 諷杝が珍しく強気に言う。高瀬が少しだけ目を見開いて「おう」と頷いた。

「あたしもバイオリンで弾けるようにアレンジしたいな」

「それは良いね! もともと僕は二人と一緒に弾きたいと思っていたから、矢㮈ちゃんの意見も聞かせてね」

「うん」

 そわそわとしていた心の中がようやく落ち着いて一息つけたところで、マスターがタイミングを見計らったかのように珈琲を運んで来た。続くお盆の上にはベリーで彩られたチーズケーキ。

「さて話は一段落したかな。そろそろデザートでもどうぞ」

「わあ! マスターが作ったの?」

「ちょっと試しに挑戦してみたんだ。矢㮈ちゃんのお父さんには負けるけど、味は悪くないと思うよ」

 あははと照れたように笑うマスターだが、見かけも売り物のように綺麗に整っている。

 甘い物好きの高瀬の目が心なし輝いているように見える。すでにフォークを握っていた。

「いただきます」

 珈琲より先にケーキを口に運んだ高瀬は、ゆっくりと味わうように噛みしめていた。

「どうだい、也梛君?」

「美味いです」

「それは良かった」

 高瀬から素直に美味いと言われればなかなかだ。マスターも嬉しそうに破顔した。

 矢㮈も一口運び、甘酸っぱい風味に唸ってしまった。さっぱりしていて美味しい。

 あまり甘いものを食べない諷杝もさくさくとケーキを口に運んでいた。

「――何か急転直下な半日のせいですっかり当初の目的を後回しにしてしまったけど」

 諷杝が珈琲カップを手に苦笑した。

「音楽祭、お疲れ様、二人とも」

「うん。諷杝もね」

「ああ、お疲れ」

 三人で乾杯の代わりにそれぞれのカップを軽く持ち上げた。

「もうすっかり夕方前になっちまったけどな」

 気付けば三時のおやつの時間もとうに過ぎてしまっている。夕方のティータイムだ。

 本当はお昼を食べがてらここでお疲れ様会をする予定だったのに。

 だが予定が変更になったとはいえ、それが諷杝の探していた楽譜が見つかったということなのだから喜ばしい。

「マスターが今日一日貸し切りにしてくれてて良かったね」

 矢㮈があらためてマスターに向かってお礼を言うと、カウンターの中のマスターは店の奥の小ステージを顎で指した。

「お礼は君たちの生演奏で良いよ」

 矢㮈たちは顔を見合わせて苦笑した。

「折角だから、音楽祭で披露した曲を聴かせてくれないかい?」

「了解!」

 矢㮈はもちろん、高瀬も諷杝もそれぞれ自分の楽器を用意して来ている。マスターにリクエストされずとも、勝手にステージを借りて演奏する気だったのだ。

「それでお前、あの独奏のとこは弾けるようになったのか?」

 高瀬がケーキの最後の一欠片を食べた後に訊いて来る。

 音楽祭の本番、矢㮈がミスった箇所の話だ。大きなミスではなかったが、矢㮈自身は悔しい思いをした。

 あれから休みに入っても練習を重ねていた。実を言うとまだ成功確率は百パーセントとは言えないのだが、少しはコツを掴み始めてきていた。

(村住さんにも教えてもらったし)

 同じバイオリン奏者で矢㮈よりもずっと技術がある村住(むらずみ)華南(かなん)にもコツを教えてもらったのだ。

「今日はリベンジするよ」

「へえ? それは楽しみだ」

 高瀬の反応が意地悪なのはいつものことだ。今度こそ見返してやる、と矢㮈の心のゴングが鳴る。

 そんな矢㮈たちを見ながら、諷杝は楽しそうに珈琲を飲んでいたが、ふと思い出したように高瀬に言った。

「そうだ、也梛。あの曲どうなったの?」

「ん?」

「盆休み前に言ってたやつ。イツキさんの曲!」

 イツキとは、諷杝が仲良くしていた白い鳩のことだ。ある日を境に、突然姿を消してしまった。諷杝が書いた友鳩に向けての歌詞を見て、高瀬が一曲作ってやると約束したのだ。

「ああ、それな。ちゃんと作ったぞ」

 高瀬がキーボードケースを開けて内側のポケットからファイルを取り出した。その中に挟まれた譜を諷杝に渡す。矢㮈も隣から覗き込んだ。

「ホントだ。曲がついてる」

「作ってくれたんだ、也梛」

「はあ? 作るって約束しただろ」

 高瀬は当たり前のように言ってのける。

(約束したからってこうひょいひょい作ってしまうところがすごいのよね、こいつは)

 彼のことだから、この盆休み中もキーボードを弾き鳴らしてあれやこれやとフレーズを書き留めたり曲を作っていたりしていたのだろう。

 いつだったか彼の姉が言っていた。昔から気がつくと鍵盤を叩いていて、ピアノの練習が終わってもすぐに帰って家で演奏していたらしい。本当に好きなのだ。

 今度はきっと、例の楽譜の続きを作るのに注力してくれるのだろう。

「也梛、さっそくこれ弾いてみてよ」

「あたしも聴きたい!」

「それくらいならお前たちも初見で弾けるだろ」

 そっけなく言いつつもキーボードを取り出す高瀬は満更でもなさそうだ。

 カウンターの中のマスターがわくわくした表情でこちらを窺っていた。

(今日はまだまだ長そうだ)

 むしろこれからが本番なのかもしれない。矢㮈たちのお疲れ様会は、結局演奏会になるのだろう。弾きながら、またみんなであそこがああだこうだと言いながら、好きなように曲を奏でるのだ。

 一人で弾くのとはまた違う、二人との演奏。

 音楽祭は終わってしまったけれど、まだまだ奏で続けたいと願う。

 珈琲の最後の一口を飲み干した矢㮈は、自分のバイオリンを取り出した。

 諷杝もまた、ギターを取り出して音合わせを始める。

 すでに指の動きを確認していた高瀬は今日も相変わらず滑らかな音を連ねていた。

「さあ笠木がミスらず弾けるまで何回かかるかな」

「うるさいわよ高瀬。一発で決めてやるわよ」

「矢㮈ちゃん頑張って」

 軽口を叩き合いながら、三人は用意されたステージに立った。


ここまで読んで下さってありがとうございました。

ようやくここまで!というところまで来ました。諷杝たちが楽譜をどう完成させて、どう彼らに届けようとしているのか、今暫く見守ってくださいますと幸いです。(2022.03.21)

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