探していたもの〈前編〉
【主な登場人物紹介】
・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校2年生。バイオリンを弾く。
・高瀬 也梛…同上2年生。キーボードを弾く。
・海中 諷杝…同上3年生。ギターを弾く。
【その他】
・世良…彩楸学園高校3年。軽音部部長。
・春日井…大学生。元彩楸軽音部員。
・的芭…大学生。元彩楸軽音部員。
・松殿…彩楸学園副理事長。二十年前は軽音部の顧問をしていた。
・並早…彩楸学園英語教諭。
一.
「おはよう」
「あらあら、いつもお寝坊さんなのに早いわねえ」
学校がある日の起床時間よりもだいぶ早くに起きてしまった。
矢㮈がダイニングに行くと、すでに母親は起きて朝食の準備をしていた。
ちなみに洋菓子店側の厨房では父親がケーキを焼き始めている。
「今日そんなに早くに集合するの?」
「ううん。十時に学校集合」
「時間は十分にあるわね」
現在の時刻、午前六時過ぎ。
盆が明け、夏休みがいよいよ後半戦に突入した。そろそろ宿題を片付け始めなければと焦り出す頃だ。
矢㮈はまだ数学の問題集と読書感想文が残っていたが、中三の弟の弓響はすでに全てを片付けていた。
「うわ、姉貴早。どうしたの」
そんな弟がダイニングに顔を出す。弓響は今まで部活動で早起きしていた癖が抜けず、今は開店準備の手伝いをしている。
「ねえ、みんな何でそんな驚くの?」
弟と母親は顔を合わせて曖昧に笑い合う。何だその笑みは。
「今日は諷杝君たちとお疲れ様会なんだって」
むくれる矢㮈を放って、母親が弓響に教えると、弟は納得したように手をポンと叩いた。
「ああ、なるほど。それで楽しみ過ぎて早起きしたんだ。そういえば昨日の夜も寝るの早かったよな」
実を言うと、楽しみにし過ぎて興奮していたのか、なかなか寝付くことができなかった。よく寝たのか寝ていないのか分からないうちに朝になっていて、もう寝てられないと思って起き出したのである。
(……遠足前の小学生みたい)
心の中で苦笑して、矢㮈は自分の茶碗を出した。普段の休みの日はトーストで済ませるのだが、今日は早く起きたのもあってご飯をチョイスした。
母親が焼いた卵焼きとソーセージ、それから昨晩のおかずの残りを一緒に食べる。隣では弓響が大きな茶碗に大盛りのご飯をつけて食べていた。
天気予報では一日晴れ。まだむしむしと暑い日が続くが、朝夕は少しだけ涼しい風も吹くようになった気がする。
(二人とも、元気かな)
諷杝とは少し電話で話して元気そうだったが、高瀬の方とはまるっきり連絡を取っていない。まあ、心配しなくても元気だろうが。
矢㮈はなかなか進まない時間にそわそわしながら、入念に出掛ける準備をした。
本日はお盆前に開催された音楽祭の、内々の打ち上げ――お疲れ様会をすることになっていた。参加者は同じグループの矢㮈と諷杝と高瀬の三人だけである。
三人にとって馴染みのある音楽喫茶『音響』でご飯を食べることになっていたが、その前に彩楸学園に寄ることになった。
そのため矢㮈は私服に迷う必要なく、いつもの夏用制服に身を包み、ローファーをひっかけた。
「……変じゃないかな」
玄関の姿見鏡を見て確認する。制服姿だけど、折角なので髪の毛は少しアレンジをしてみたのだ。
セミロングの髪をポニーテールにして三つ編みにし、お団子にまとめてみた。いつもは下ろした髪で隠れる首の後ろがすーすーする。暑さはマシになりそうだが、日焼け止めは必須であった。
「諷杝は褒めてくれそうだけど、高瀬に嫌味言われるかな……」
勝手な想像をしてやっぱりお団子をやめようかと思ったが、しかし折角セットしたのだしと思い直す。
そうこうしているうちにもう出発時間になってしまい、矢㮈はバイオリンを忘れずに持って家を出た。
二.
晴れていたので彩楸学園までは通学の時と同じ自転車で向かった。
強い日差しが降り注ぐ中、蝉の鳴き声を聞きながら自転車を走らせる。フェンス越しに見えるグラウンドではサッカー部が練習をしていた。
学校の正門は開いていて、矢㮈はいつも使っている駐輪場に自転車を止めた。
諷杝たちとは昇降口前に集合することになっていた。
矢㮈が昇降口に着くと、すでにそこには男子二人の姿があった。
二人もまた見慣れた夏用の学生服で、高瀬もさすがにネクタイは外していた。
「あ、矢㮈ちゃんおは――え、どうしたの、その頭」
諷杝が矢㮈を見て目を見開いた。
「え、もしかして何か変!? 自転車だったから風で乱れてる!?」
矢㮈の方が焦って髪に手を伸ばそうとすると、諷杝はその手を止めた。
「ううん。大丈夫、変じゃない。いつもと違うからびっくりしただけ」
かわいいね、と微笑む諷杝に安心すると同時に顔の熱が上がったような気がした。
(良かった、頑張ったかいがあった)
ふうと息を吐いて、顔を上げたら高瀬と目が合った。彼はじっと矢㮈を――その頭を見ている。
「……な、何よ」
何か嫌味の一つでも飛んでくるのかと構えたものの、彼は「別に」と横を向いた。
「お前もそういうのするんだな。意外と器用だ」
「意外って何」
これでも簡単にできるアレンジを選んだので、あまり胸を張ることはできないのだが。それでも矢㮈はまた少しほっとした。
「もう、素直にかわいいって言ってあげなよ、也梛」
諷杝が呆れたように言って高瀬の肩を叩く。
「それはお前の担当だろ」
高瀬は眉間に皺を寄せて諷杝を見下ろす。
「あ、かわいいは否定しないんだね」
にっこり笑う諷杝に、ますます高瀬の眉間の皺が深くなる。
「……うるさい」
高瀬が踵を返して歩き出す。諷杝が肩を竦めて矢㮈の方を見た。
「だってさ、矢㮈ちゃん。あいつもかわいいとは思ってるみたいだから安心して」
「……そ、そうだね」
ちょっと驚いた。本当にそう思ってくれているなら嬉しい――かもしれない。
気を取り直して、矢㮈は諷杝に訊ねた。
「それで、何で学校に集合したの?」
「ああ、ちょっとイベントがあるんだ」
「イベント?」
諷杝は頷いて、高瀬の後を追いかけて歩き出す。矢㮈もその後に続いた。
高瀬と諷杝の後について行って辿り着いたのは、グラウンドとは反対方向に位置する古びた旧校舎の前だった。
そして、いつもは人気のないひっそりした場所が今日は賑やかだった。
校舎前にブルーシートが何枚か敷かれ、その上に様々な物が並べられていた。小さな家具から、電気製品、その他細々としたがらくたまで様々だ。
シートを取り囲むように人が集まっている。まるで、フリーマーケットのようだった。
「何これ……?」
矢㮈がポカンとしていると、集まっていた人の一団がこちらに気付いて手を上げた。
「おー、海中たちじゃん」
同じ制服姿の男子――軽音部部長の世良だった。
「あ、世良君も来てたんだ」
「うん。一応話が回って来たからさ。先輩たちも誘って」
世良が一緒にいた人を手で示す。
ショートカットの背の高い女性が矢㮈を見て「キャー」と声をあげた。
「笠木ちゃん! その髪かわいい!」
「春日井先輩!」
昨年の軽音部部長で、今は大学生の春日井だった。矢㮈たちは色々とお世話になった先輩だった。
そしてもう一人、ひょろりと背の高い色白の青年が目を細めた。
「こんにちは。音楽祭ぶりだね」
「こんにちは、トバさん……いや、的芭さん?」
高瀬が首をひねると、的芭は苦笑して、
「どっちでも良いよ。呼びやすい方で呼んで」
「じゃあ、トバさんで」
的芭もまた彩楸学園軽音部の元部員だった。春日井が一年の時に三年だったと聞いている。病気の関係で大学入学を一年遅らせて、今は三回生らしい。
矢㮈たちとは先日の音楽祭をきっかけに出会って馴染みになっていが、彼が彩楸学園の先輩だと知ったのは音楽祭が終わる頃だった。
「旧校舎に残った物で気になるものがあるなら処分前に持ってってくれって話だったから、念のため知ってる先輩たちに声かけたんだ。そしたらこの二人が一度見たいって」
世良が補足説明を入れてくれた。
旧校舎は元々部室が入っていた校舎だったのだ。老朽化で新しい建物を建てることになり、その時に不要なものやすぐに使わないものなどはここに取り残されていた。
ついにこの校舎も取り壊されることになり、念のため各部の卒業生たちに声をかけているものはないか確認していたそうだ。
「まあ私は物っていうより、もう一回この旧校舎を見たかった、ってのがあるんだけど」
春日井が木造の建物を見上げる。
「そうだね。僕もだけど、そう思ってる人が多いんじゃないかな」
的芭が頷いて、他の来校者を見遣る。確かにみんな、ブルーシートの上の物と同じくらい建物の方を見てわいわいと思い出話に花を咲かせていた。
「そういや海中たちは別に部活入ってないのに、何でここに?」
世良たちは軽音部関係でこの場所にやってきている。一方矢㮈たちはというと、特に部活に入っているわけでなく、この旧校舎に直接関係はない。
(そう、直接は……)
矢㮈がちらと諷杝を見ると、彼は少し考えてから口を開いた。
「前に少し話したかもしれないけど、昔、僕の父親がここの軽音部に入ってて。それを知ってる副理事長の松殿先生が、声をかけてくれたんだ」
「ええ、お前副理事長と知り合いなの?」
世良が驚いた顔になる。確かに、普通に過ごしていればそこまで関わらない先生だ。
「松殿先生が声かけてくれたの?」
矢㮈は隣の高瀬のシャツを引っ張ってこっそり訊いた。
「ああ。並早先生経由でな。今日は先生も学校に来てるらしい」
高瀬はこちらを見ずに答えた。
「並早先生も来てるのかな?」
「さあな。用事がなければ来たいって言ってたそうだけど」
「そうなんだ。……ねえ」
「何だ」
さっきから気になっていたことを訊いてみることにした。
「何でこっち見ないの?」
「……別に」
高瀬は無表情のまま前を向いている。
矢㮈は少しだけイラっとして、シャツを強く引っ張った。
「うわっ……お前!」
矢㮈の不意の行動に高瀬がさすがに驚いてこちらを向く。
「いきなり何しやがるんだ」
「だってこっち見ないからムカついて」
「……お前は小学生か」
高瀬は大きなため息を吐いて引っ張られたシャツを直した。
「やっぱり変なのかな、この髪……」
矢㮈がいつもと違うところと言ったらこの頭しかない。
「やっぱりあたしも落ち着かないし解こうかな」
「なっ……ちょっと待て」
高瀬が少しだけ焦ったように言う。矢㮈は不思議そうに彼を見た。
「え?」
「……別に誰も変だなんて言ってないだろ。諷杝は褒めてたんだからそのままでいい」
「まあ、そうだけど」
(そう、別に諷杝がかわいいって言ってくれたからそれでいいんだけど!)
何だか複雑な気持ちが消えない。むしろ高瀬に嫌味の一つでも言われた方が逆に開き直れたかもしれないとも思った。
「で、君たちは後ろで何をごたごたしてるんだい」
諷杝が振り返って矢㮈と高瀬を交互に見る。
お互いにぶすっとして黙り込む二人に、諷杝がやれやれと溜め息を吐いた。
「また也梛が余計なこと言ったのかな?」
「言ってねえ」
高瀬が即座に言い返す。
「本当? 矢㮈ちゃん」
「言ってない……けど、言った、かも」
諷杝の疑いの眼差しが再び高瀬に向けられる。
「言ってねえよ!」
「へえ……?」
諷杝の視線に耐えかねて高瀬がそっぽを向いた時、軽やかな足音が近づいて来た。
「遅くなって悪いね」
眼鏡をかけた小太りの初老の男性が、ハンカチで汗を拭いながら姿を現した。彩楸学園副理事長の松殿だ。
「松殿先生、こんにちは。今日はわざわざありがとうございます」
諷杝が代表で挨拶をすると、松殿は矢㮈と高瀬、それから軽音部の面々も見渡して、にこやかに微笑んだ。
「こんにちは。こんなに人が来てくれるとは思わなかったな。声を掛けた甲斐があった」
松殿の視線はブルーシートの周りにいる人々にも注がれていた。
「私は先に少しだけ挨拶を済ませてくるから待っていてくれるかい?」
「はい」
松殿はブルーシートの方へ向かって行った。何人かに声をかけて、お互いに頭を下げ合っているのが見えた。もしかしたら昔の教え子たちもいるのかもしれない。
「おれ、副理事長見たの初めてかもしれない」
世良がボソリと呟いたのに対し、諷杝が笑いながら言った。
「ええ? わりと理事長がいない時の挨拶副理事長先生だよ?」
「お前ちゃんと聞いてたのか。意外だけど偉いな」
「失礼だなあ、世良君」
本音を言うと、矢㮈もまた世良と同じように思ったのだが心の内にしまっておく。
「まあとりあえず、僕たちもブルーシートの上に並んだ物たちの観賞でもして待ってようか」
諷杝の提案に矢㮈たちは頷いた。
三.
松殿が挨拶を終えて戻って来ると、矢㮈たちはブルーシートから少し離れた場所に集まった。
世良たちはまだブルーシートの上の物々を見てあれこれ話していた。
「さて、音楽祭はお疲れ様でした。楽しい演奏会で久しぶりにわくわくした気分にさせてもらったよ」
松殿があらためて労ってくれたのに、矢㮈たちは揃って頭を下げた。
「こちらこそ、お忙しいところを見に来ていただいてありがとうございました」
諷杝が礼を言うと、松殿はふっと笑う。
「見に行った価値は十分にあった。君たちを見ながら、少し昔も思い出して……ああ、そうそう、懐かしい子にも会えたからね」
その言葉に諷杝と高瀬はふと真面目な顔になった。
「並早先生から聞きました。あの二つのナンバーが何か分かったと」
そう言った諷杝に、矢㮈は一人びっくりしていた。
(あのナンバー、分かったの?)
矢㮈にはどうして今日旧校舎に集まることになったのかも、松殿がここに現れることも聞いていなかった。多分、説明するよりも直に聞いた方が良いと判断されたのだろう。
だから黙って先行きを見守るしかなかった。
「あくまで可能性の一つ、だけど。でも、教えてくれたのは彼だからね。『ZIST』のことも、何より君のお父さん――旋君のことをよく知る人だ」
松殿は一瞬だけ高瀬を見た後、諷杝に向かって力強く頷いた。高瀬は少し複雑そうな顔になっていた。
「それであのナンバーだけど、彼が言うには――」
「あ、いた!」
肝心なところに差し掛かった時、割り込んできた声があった。
「並早先生?」
矢㮈たちの声が重なる。走って来たのか、少し息を切らした英語教諭の姿がそこにあった。
「ま、間に合った、かい?」
「お疲れ様、並早君。大丈夫、まだこれから本題に入ろうとしていたところだ」
松殿の微笑みに、並早が安堵の息を吐いた。そしてはっとしたように松殿に向き直る。
「あ、すいません。今日はわざわざありがとうございます、松殿先生」
「いえいえ、元はと言えばこっちがお願いしたようなものだから」
この二人、今は職場の上司と部下の関係、昔は教師と教え子の関係だ。今日はプライベートとして考えているのか、松殿は並早に対してもかつての教え子のような対応になっている。
「話を戻そう。あのナンバーのことだけど、彼が言うにはとある鍵のロックを解除するナンバーのことかもしれないと」
「その、とある鍵、とは?」
諷杝が自分を落ち着かせるようにゆっくりと尋ねた。
「メンバー同士の連絡用のロッカーの鍵だそうだ。私はあいにく覚えがないのだが……並早君、知っているかい?」
「……さあ? 僕も部員ではなかったんで、その辺りはあまり……」
松殿の問いかけに並早も残念そうに首を横に振った。
「そうか。まあ、ロッカーといえば一番ある可能性が高いのはこの旧校舎だろうと思ってね。前に君たちも入ったと思うけど、結構な数のロッカーがそのままになっていただろう?」
「ああ……」
「そういえば」
「何が入ってるのか分からないっていう……」
諷杝、高瀬、矢㮈はそれぞれに呟いて――顔を見合わせた。
「鍵のかかったロッカーあったよね」
「あったな」
「もしかしてそのどれかとか?」
その可能性は高い。
「もう少しでお昼だから、集まっている人が少なくなったら中に入ろうか」
松殿の手の中で鍵の束がじゃらりと鳴る。
本当ならもう旧校舎に入ることはできないのだが、その辺りは松殿の権限でどうにかしてもらえるようだ。ありがたい。
予想通り、昼辺りになると集まっていた人達は一通り満足したのか、知り合いたちと連れ立って去って行った。
残ったのは世良たちの軽音部三名だけだった。
「あれ、海中たちは帰らねえの? ってか、いつの間にか並早先生もいるじゃん」
「こんにちは世良君。春日井さんも来てたんですね」
並早はにこやかに挨拶した。並早は二年連続で彩楸学園の音楽祭担当教諭として関わっていたため、軽音部の面々とも親しくなっている。しかも今年は世良と諷杝の担任でもあった。
「ちょっと僕たちは探し物があって」
どう言ったものかと諷杝が曖昧に言うと、春日井の方が興味を示した。
「探し物? 前に私の探し物を手伝ってくれたし、もしよければ今度は私も手伝うわよ?」
「いや、でも――」
断りかけた諷杝は少し考え直して、松殿の方を見た。
「松殿先生。世良君たちにも協力してもらって構わないでしょうか」
「ん? 海中君が良いなら構わないよ」
「ありがとうございます」
諷杝は世良と春日井、そして後ろで様子を見守っていた的芭に言う。
「鍵のかかったロッカーを探してるんです。多分軽音楽部が使っていた旧部室にあると思うんですが、手伝ってもらえますか?」
「おう、いいぜ」
「良いわよ」
「うん」
三人の返答はあっさりしていて、諷杝はほっとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
念のために全員ヘルメットをかぶり、松殿が先導して並早が一番後ろにつく。
「足元気を付けて。このテープが貼ってある所から出てはいけないよ」
工事をする人たちの印だろうか。テープを貼って『安全地帯』と示されている廊下の上を進んで行く。
以前来た時はカーテンが引かれて真っ暗だったが、今は全て開けられていて、昼の明るい日差しが窓から入って来る。懐中電灯がなくても行動できるのが助かる。
中にごちゃごちゃと置いてあった物たちも、いくらかは外に出されているせいか前より閑散として見えた。
かつて軽音部が使っていた教室の前まで来た。開け放された前の扉から中に入ると、埃臭さが鼻につく。
ただ、床の面積の半分以上を占めていた色々な物は、外に出されたのかすっきりとしていて足の踏み場がある。
「私のギターケース、ずっとこんなとこにあったのね……」
しみじみと呟いたのは春日井だった。彼女の古いギターケースは後輩の勘違いで彼女の知らぬ間にここへ運ばれていたのだった。そのギターケースの中に、大切な探し物が入っていたというのに。
「うん、見つからないわけだな」
的芭が納得したように頷いて微かに笑う。
「ごめんなさい、先輩」
「いやいや。最終的には見つけてくれたんだし良かった」
春日井が探していたのは、的芭が卒業の時に彼女に残して行った物だったのだ。本当に見つかって良かったと矢㮈も思う。
「じゃあ今度は海中の探し物を見つけなきゃだな」
世良が半袖のシャツをさらに腕まくりする。
「鍵のかかったロッカーだっけ?」
「うん」
部屋の奥の壁には上下二段のロッカーが並び、空いている壁には手作りのボードらしきものがかかっていて、そこには色あせた写真がペタペタと貼ってあった。
「この辺の写真はどうするんですか?」
春日井が松殿に訊く。
「誰も取りに来なさそうだねえ……どうしようか。軽音部の今の部室に持って行くかい?」
「じゃあ、世良にパス」
「え」
「現部長はあんたでしょ」
春日井はボードを外してそれを後輩に押し付けた。逆らえない世良は渋々受け取って脇に置く。
「これでまた部室に物が増える……」
矢㮈は今の軽音部の部室を思い出した。合唱部の部室と同じくらいの広さで、同じ備え付けのロッカーや机と椅子があるはずなのに、軽音部の方がごちゃごちゃとして狭苦しい印象があった。
「世良先輩、あの今の部室も整理した方が良いと思いますよ」
思わず進言してしまった。世良が「う」と唸って項垂れる。
「だよな……うん、気付いてはいたんだけど、現実を見たくないってか……」
「頑張れ、世良」
「いや春日井先輩の代から引き継いであれなんですけど!?」
軽音部の後輩たちがわいわい言い合うのを、的芭が楽しそうに見守っていた。
矢㮈たちは早速壁側のロッカーの確認を始めた。前に諷杝の父親が使っていたロッカーはもうすでに解錠されている。
「あれ? 諷杝……」
矢㮈はロッカーを前にして首を捻った。
「このロッカー――」
諷杝と高瀬を振り返って、二人もまた難しい顔で立っているのに気付いた。
「ナンバーロックの鍵じゃない」
「ああ、差し込み式だ。……前に開けたのにすっかり忘れてたな」
そう、目の前に並ぶロッカーは全て鍵を差し込んで施錠するタイプだったのだ。ナンバーロックの類がついたものは見当たらない。
「先生」
諷杝が弱った顔で松殿と並早を見遣ると、二人も困った顔でため息を吐いていた。
「ここのじゃなかったか」
「想定外ですね」
マジか。いきなり詰んだのか。他の部室も確認してみる、というのもありだろうが、あまり関係なさそうな部室にあるとは思えない。
「ねえ海中君。君たちが探しているロッカーには、どんなものが入っているの?」
みんなが沈黙する中、柔らかい声が湿った空気を震わせた。
微笑みを浮かべた、的芭だった。
後編に続きます。




