音楽祭二日目 其の二
【主な登場人物紹介】
・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校2年生。バイオリンを弾く。
・高瀬 也梛…同上2年生。キーボードを弾く。
・海中 諷杝…同上3年生。ギターを弾く。
【その他】
・臣原 千佳…2年生。矢㮈のクラスメイト。
・村住 華南…バイオリン奏者。高瀬と同じ音楽教室に通っていた。
・若宮 拓…高瀬の中学時代からの友人。
・春日井…彩楸学園卒業生。元軽音楽部。
一.
(――っ!)
その一瞬の表情に、彼らは気付いただろうか。
笠木矢㮈は先に続く譜を目で追いながら、心の中では一つ小さな溜め息を吐いてしまった。
(切り替えろ)
日頃の練習の成果とこれまでの経験の積み重ねで弓の動きが止まることはない。音も途切れることはない。
だが、先程の小さな詰まりが悔しさとなって胸に留まっている。
その時、譜面にないキーボードの軽いタッチが耳に飛び込んだ。
奏者の高瀬也梛に顔を向けると、彼はいつもと変わらぬ表情でキーボードの上で滑らかに指を躍らせていた。
一瞬、矢㮈と目が合った。彼の口元に軽く笑みが浮かぶ。
彼は即興でアレンジを入れると、また譜面通りに戻って来た。
まだ曲は終わってないぞ。――まるでそう言われたかのような気がした。
ギターを弾いていた海中諷杝が楽しそうに微笑んでいるのも視界に入った。
矢㮈は再び自分が奏でる一音一音に集中した。彼らの音を聴きながら、その中に混ざり合うようで独立した繊細な音を紡ぐ。
たったの十分にも満たないステージは、あっという間に過ぎ去っていった。
「矢㮈ちゃん、お疲れ」
飲み物を持った諷杝が矢㮈に声をかけてくれた。
矢㮈は控え室でがっくりと肩を落として呻いた。
「悔しい……」
「ああ、やっぱり矢㮈ちゃん的には上手く行かなかったのか」
そこで諷杝が納得したように頷いたので、矢㮈はようやく顔を上げて首を傾げた。
「え? 諷杝はあたしがミスって落ち込んでるから声かけてくれたんじゃないの?」
「うん、落ち込んでるなあと思ったけど、でも実際、さっきの演奏のどこをどうミスったのかは僕には分からなかった」
「え、そうなの?」
「まあ、也梛は分かったんだろうけど。――だからこそあそこで即興入れたんでしょ?」
振り返った諷杝の後ろに、いつの間にか背の高い黒髪眼鏡の男子が現れていた。矢㮈は思わず視線を横に逸らしてしまった。
「……何で逸らす?」
「っ……」
眉間に皺を寄せた高瀬がわざわざ矢㮈の前に回り込んで、無理矢理視界に入って来た。
矢㮈はペットボトルを握り締めて、渋々彼と視線を合わせた。
「別にミスったことに関してはどうもこうも言うつもりはねえよ。元々難しいのは分かってただろ。それに諷杝が気付かなかったように、ほとんどは気付いてないと思うぞ」
そう、矢㮈が上手く弾けなかった箇所は音が連続するところだったが、別に大きなミスというわけではなかった。多分大勢にとっては聴き流せるくらいのもので、高瀬のように違和感に気付くのは少数だろう。
「途中まではテンポよくいけたから絶対いけると思ったのになあ」
練習の時から成功するかしないかは五分五分といった具合だった。だが今日の本番ではわりと良い入り方ができたのだ。だからいけると思っていた。
「ああ、悔しい……」
また同じ言葉を呟いて項垂れた矢㮈の上から、高瀬の呆れたような声が降って来た。
「悔しがるのは止めないが、切り替えはしっかりできるようになれ」
「……うん、あのアレンジはありがとう」
あの時高瀬が気をきかせてくれたおかげですぐに持ち直せたのは否めない。矢㮈は素直に礼を言った。
「……まだ次があるんだから気を抜くなよ」
珍しく高瀬はそれ以上何も言わず、舞台袖を観に行くと控室を出て行ってしまった。
諷杝がその背を見送ってくすくすと笑っていた。
「也梛も丸くなったなあ」
「あたしも少し思った。今までならまだ何か言われてたような気がする」
「まあ後日、反省会があるかもだけど」
「……それはあるかも」
それならしっかり反省して次に生かそうと、矢㮈は改めて気持ちを切り替えるようにお茶で喉を潤した。
二.
音楽祭二日目、午後のステージ。矢㮈たちは全体の六組目の出演だった。
やはり観客を目の前にした本番の舞台はリハーサルの時とは全然違う。見える景色も、空間に響いて行く音も、観客の反応も。
今までのグループが作って来た熱気で会場内はすでに盛り上がっている。ステージに立った時は、自分たちの演奏がこの空気をどう変えるのかが怖くて、そして同時に楽しみでもあった。
微かに震える矢㮈とは違って、ステージで準備をする諷杝と高瀬はいたって通常通りだった。いつもの練習の時と変わらない。
高瀬は無表情だが、諷杝のあの優しい微笑みを見て安堵を覚えた。
そしてオリジナルの二曲を演奏した。
一曲目は楽器だけのシンプルな曲。矢㮈のバイオリンの独奏が組み込まれていた方である。
二曲目は諷杝の弾き語りと、矢㮈も少しだけ歌う箇所があった。高瀬は一貫してキーボードを弾き続けていた。
今まで練習で三人だけで弾き続けて来た曲を誰かに聴いてもらうというのは少しむず痒い気持ちがあるとともに、是非聴いてほしいという気持ちもある。
これが自分たちが作り上げた音楽だ、と。
諷杝の優しいギターの音と声。
高瀬の繊細で綺麗なキーボードの音の連なり。
その間に滑り込んでアクセントになる、矢㮈のバイオリンの音。
曲を組み上げた高瀬の技術にも舌を巻く。
そして、あの短い時間が楽しくてしょうがない時間だということを改めて実感する。あの場に諷杝と高瀬と共に立ち、一緒に曲を演奏できたということ。
まさか寄り集まりの音楽好きたちが二度もこの音楽祭のステージに上がるとは思わなかった。
(聴いてくれた人たちは楽しんでくれただろうか)
クラスメイトの臣原千佳はどんな感想を聞かせてくれるだろう。初めて聞く高瀬のキーボードに驚いただろうか。
同世代のバイオリン奏者の村住華南は矢㮈のミスに気付いただろうが、どんな言葉をかけてくれるだろう。彼女なら弾けると言うだろうか。だったらコツを訊いてみたい。
他にも、わざわざ足を伸ばしてくれた先輩たち、いつも見に来てくれる家族、友人。並早や、音楽祭に参加している生徒たちも。
少しでも楽しんでくれていたら嬉しいと思う。
矢㮈もまた、他のグループの演奏を楽しみ、いくつも感銘を受けた。演者によって全然違う、様々な音が溢れるこの空間で、あれやってみたい、こんな見せ方があるのか、と見ているだけでわくわくした。
(来年は分からないけど……でも、また来たいなあ)
来年は諷杝が卒業するから矢㮈と高瀬だけになる。高確率で高瀬は出ないような気がするが、たとえそうでも観客として見に来ることはできる。
(観客としてだったら三人で来れるかも)
諷杝と高瀬を誘って足を運んでみてもいい。
三.
一つ他のグループを挟んで、矢㮈たちは雲ノ峰高校の面々との交流演奏会のステージに上がった。
テーマは『校歌のアレンジ』。結果的には、どちらも普通の曲のように盛り上がった。わりとアレンジがきいていたので、もしかしたら元が校歌だと分かった人は少ないかもしれない。
何より淡海あやめの歌唱力が圧巻だった。とても校歌を歌っているようには思えなかった。いや、もう普通に校歌を歌ってもカッコいいのではないかと思った。
観客のポカーンとした顔と、どこかで聞いたことがあるようなと不思議な顔で手拍子をしている姿が印象的だった。
そして音楽祭最後の大トリはその雲ノ峰の淡海たちのグループだ。
曲はオリジナルではなく、多くの者が一度は耳にしたことがあろう有名バンドの曲だ。ただ、淡海の声がただのコピーバンドを一変させる。あの伸び伸びとした通る声と声量には、高瀬も「すげえ」しか言わないくらい語彙力が崩壊する。
交流演奏会が準備運動でしたと言わんばかりの圧倒的な歌に、会場の盛り上がりも最高潮に達していた。あれは本当にすごい光景だった。
終わった後の鳴りやまない拍手と、ドラムを叩いていた相田に向かってハイタッチを求めた淡海の笑顔が忘れられない。
四.
閉会式が終わった後も、熱気がこもった会場には観客が残っていた。主に演奏者たちの知り合いが声を掛け合っている姿があった。
それは矢㮈たちもまた例外ではなかった。
クラスメイトの臣原千佳、それから偶然一緒になったという村住華南が声をかけに来てくれた。
「笠木、お疲れ様!」
千佳はまだ興奮冷めやらずと言った調子で頬を赤くして、矢㮈の手を握ってぶんぶんと上下に振った。
「すごく楽しかった! 最後まですごかったね! 最後まで見ちゃったよ」
彼女がそこまで楽しんでくれたなら矢㮈としても満足だ。誘って良かったと心から思った。
「それから! 高瀬君のキーボードも! あんなに弾けるなんてびっくりした」
「あの曲もほぼ高瀬が作ったんだよ」
「ええ、ホントに!?」
千佳が目を丸くして高瀬を振り返る。彼はその勢いに一歩引きながら、「まあな」と短く答えた。
「すごい。カッコいい」
千佳の中での高瀬の株がまた上がったな、と矢㮈は小さく苦笑した。
「笠木さん」
そっと声をかけられて背がしゃんとした。村住華南だ。
「は、はい」
「……一ヵ所、惜しかったわね」
やはり彼女は気付いたか。矢㮈が眉を八の字に下げて頷くと、彼女は小さく首を横に振った。
「ううん、ごめんなさい。演奏はとても良かったと思う。バイオリンがあんなふうに演奏できるんだ、ってとても興味深かった。色々と新鮮だったわ」
華南の表情は朗らかで、前のように冷たい印象はなかった。矢㮈にとってはそれが少し嬉しい。
「ちなみになんですけど、村住さんはあそこ弾けますか?」
「さあ……少し練習すれば八割くらいは」
「コツがあれば今度教えてください」
「……別に良いけど」
華南は一瞬複雑そうな顔をしたものの、ダメだとは言わなかった。
彼女とはこれからも色々な所で顔を合わすことになるだろう。少しずつ、仲良くなりたいと思っている。
「ああそうだ高瀬君」
華南が高瀬を見る。高瀬は分かっていたというように平然と彼女を見返した。
「楽しそうだったわね」
「……そう見えてたならそうなんだろう」
高瀬の返事に華南は苦笑する。
「何それ。あなたが一番分かってるでしょうに。そうね、渥美先生の言葉を借りるなら、『音の中に楽しそうな高瀬君が見えた』っていうところかしら」
二人の共通の恩師の名前に、高瀬がはっとした表情になった。
「あれはピアノを弾いている時とは全然違うわね。活き活きしてた」
華南は束の間逡巡して、やがて高瀬の目を正面から見つめた。
「でもキーボードであんな演奏ができる高瀬君が、ピアノでできないってことはないと思う」
「!」
高瀬の喉が微かに上下した。
「選ぶのも決めるのも高瀬君だけど、私はまだあなたのピアノを楽しみにしてるから」
華南の言葉に、高瀬は最後まで何も言い返さなかった。
矢㮈は高瀬が体の横でぐっと拳を握っているのに気付いたが、見て見ぬ振りをした。
五.
「なああの子誰!?」
千佳たちを見送って、高瀬に勢いよく突撃して来たのは彼の中学からの友人である若宮拓だった。
「あの子って誰だ」
怪訝そうな表情で訊ねる高瀬に、
「あの子だよ! お前らと一緒に歌ってた女の子! 大トリのすげえ歌唱力の子!」
淡海あやめのことだとすぐに分かった。
「すげえ歌唱力だし、声量もあるよな! 声が伸びる伸びる! 同じ歌い手としてすごい興奮した!」
「ああ、今も興奮してるな。落ち着け」
高瀬が冷静に言うのに対し、若宮の熱は未だ冷めやらぬの状態だ。
横から諷杝が淡海のことを説明すると、若宮は今度は諷杝に詰め寄る勢いで言った。
「ちょっと紹介してくれよ!」
「いいけど……」
答えつつ、諷杝が高瀬をちらりと見た。高瀬は溜め息を吐いた。
「まずは相田さんに言った方がいいかも」
「そうだね。あ、丁度いいところに」
本当に運よく、向こうに雲ノ峰メンバーが集まっているのが見えた。彼女たちが囲んでいるのは確か雲ノ峰の軽音部顧問の松井先生だ。今日の発表について感想を聞いているのかもしれない。
高瀬と諷杝が、若宮を連れてそちらに足を向けた。矢㮈は目の前を行く若宮を見ながら、もし淡海と若宮が一緒に歌ったらそれはそれで面白いのではないかと思ったりした。
雲ノ峰の団欒が落ち着いた頃を見計らって声をかけ、高瀬が簡単に若宮を紹介した。
相田と淡海は少し驚いたように高瀬と若宮を交互に見遣った。
「高瀬の友達……?」
「また新しいタイプねえ」
「うるさいやつですいません」
高瀬が仏頂面で頭を下げるのに二人はまたポカンとし、次いで若宮に視線を送る。待ってましたとばかりに若宮は口を開き、そこから先はもう高瀬も誰も口を挟めるどころではなかった。
六.
ようやく人がパラパラと残るくらいになり、実行委員による片付けが始まりつつある時、また一人声をかけてくる者があった。
「今日はお疲れ様でした」
ひょろりと背が高い色白の青年だ。会場である風橋学園の大学に通う大学生だった。風橋学園での練習や合宿を行う中で顔見知りになった人で、通称『トバさん』と呼んでいた。
彼も高校生の頃に軽音部に所属していたらしく音楽に馴染みがあり、昨日と今日の二日間とも聴きに来てくれていたそうだ。
「新しいタイプの演奏だったからとても楽しかったよ」
彼は微笑みながら感想を伝えてくれた。そして、おもむろに高瀬の方を見た。
「高瀬君、君の曲もしっかり聞かせてもらった。やっぱりキーボードだけより、ギターとバイオリンがあった方が良いね」
「……どうでしたか」
高瀬が珍しく、どこか不安が混じる声で訊ねた。
トバは軽く首を傾げ、ふっと息を吐き出した。
「少なくとも、高瀬君はとても楽しそうだったよ」
「!」
高瀬がほっとした表情を浮かべたのを見て、矢㮈は諷杝と顔を見合わせた。彼らが何の会話をしているのか分からないのは諷杝も同じらしい。
トバはどこからか小さなノートを広げて、そこに書き込んでいたらしい感想をさらに丁寧に教えてくれた。直感的な感想も嬉しいが、細かい部分を取り上げて言ってくれるのも嬉しい。
「いやあ、本当に素敵な演奏を聴かせてもらった。あの最後の淡海さんもすごかったね」
トバとの話が盛り上がる中、新たな声が聞こえて来た。
「いた! 笠木ちゃん!」
開いた扉の向こうから勢いよく矢㮈に突進してきたのは、背の高いショートヘアの女性だった。
「春日井先輩!」
「すごく良かったね! 私も参加したかったー!」
矢㮈の手を握って心から悔しそうに言う彼女に、自然と笑みが漏れた。約束通り、彼女もまた昨日と今日の二日間とも聴きに来てくれたのだ。
そんな彼女を見ていたのだろうもう一方からも、小さく笑う気配がした。
春日井はそこで初めて他に人がいたことに気付いたらしい。そちらを訝しそうな顔で見て、次の瞬間小さく瞬いた。
束の間、その空間だけ時が止まったかのように思えた。
彼の顔と、彼が手にしたままのノートを見比べて、まさかという顔をした。
「……もしかして、的芭先輩?」
彼が頷いて微笑む。
「久しぶり、春日井さん。立派に先輩してるね」
「!」
春日井が言葉を失ったようにただただ彼の顔を見つめる。
「え?」
矢㮈たちもまたポカンとしていた。彼が、誰だって?
「トバさん……的芭さん」
高瀬の呟きに、はっとした。
「え、的芭さんって……」
「あの、春日井先輩に軽音部伝統の置き土産を残した人?」
矢㮈と諷杝がお互い顔を見合わせ、それからゆっくりトバと春日井を見た。
「ああ、あの冊子ちゃんと春日井さんの手に届いたんだ」
トバ――的芭が「良かった」とほっとしたように言う前で、春日井が申し訳なさそうに頭を下げた。
「……ごめんなさい、先輩。あれ見つけたの、今年の二月でもう卒業直前だったんです」
「え、そうなの?」
きょとんとする的芭に、春日井は額に手をあてて項垂れた。
「色々と不運が重なったと言うか……そこの高瀬のおかげで見つけられたんです」
的芭が高瀬を見ると、高瀬は控えめに頷いた。
「ただの偶然ですけどね」
「へえ、どんなことがあったのか興味があるなあ」
ふふと楽しそうに笑った的芭は、春日井の頭に手を伸ばした。ひょろりと背の高い彼は、女子にしては背が高い春日井の頭にも自然と手が届く。
「何にせよ、受け取ってくれてありがとう。少しでも役に立てば嬉しいなと思って残したんだ。もう遅いかもしれないけど」
「そんなことないです! とても嬉しかったです。私、大学で音楽サークルに入ってまだ続けてて……だから役に立ってますよ」
的芭が春日井に残した冊子には、春日井が軽音部に入部してからの成長とも言える、彼女の演奏についての的芭の所感があれこれ書き込まれていた。音楽抜きにしても、彼女を支え続けるだろうものだった。
まさかそんな二人がここで再会するとは誰が予想しただろうか。
「おーい、お前ら、そろそろ片付け……っておわ、春日井先輩まだいたの!?」
矢㮈たちを呼びに来た軽音部部長の世良が春日井と的芭を見て目を丸くした。
「え? 何この状況?」
「世良君、何かすごい再会の場面に立ち会ってしまったよ」
諷杝が世良の肩をポンと叩いて、今の状況をかいつまんで説明した。
「マジで? トバさんってあの手紙の的芭先輩だったの!? 俺てっきり先輩はもう遠くに行っちまったもんだと……」
実は密かに矢㮈もそうだと思っていた。まさかこんな近くにいたとは。
「ということはトバさんは彩楸学園の卒業生で、うちの軽音部の先輩なんですね」
てっきり風橋学園高等部の軽音部の卒業生かと思っていた。
「ああ、だから僕たちの制服もすぐに分かったのか」
諷杝が独り呟いた。恐らく彼と初めて会った時のことを思い出したのだろう。
世良がニッと笑って、春日井の背中を叩いた。
「良かったですね、春日井先輩。憧れの先輩に会えて――」
「ちょっと世良黙りなさい」
春日井ににこやかに睨まれた世良が踵を返す。
「じゃあ、俺は片付け行ってきまーす!」
「ああ、僕らも行くよ」
諷杝が春日井たちに軽く会釈をし、矢㮈も頭を下げた。
「春日井先輩、今日はありがとうございました!」
「また遊びに行くわね。片付け頑張って」
春日井が笑顔で手を振ってくれた。
「的芭先輩も、本当にありがとうございました」
高瀬も丁寧に頭を下げていた。
「ううん。こちらこそありがとう。また聴かせてね」
的芭は微笑んだまま軽く手を振って返した。
すでに実行委員長の相田が片付けの役割をテキパキと割り振っていた。
さあ、片付けをさっさと終わらせてお疲れ様の打ち上げだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
私の筆力では表現できない彼女たちの音楽を、それぞれ皆様の頭の中で好きなように補完していただけますと幸いです。
ちなみに、最後の春日井のエピソードは第32話、33話の「先輩の置き土産」に出て来ていました。
音楽祭二日目は次回「其の三」でとりあえず一旦終了です。もうしばらくお付き合いください。(2021.12.12)




