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  作者: 葵月詞菜


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音楽祭一日目 先輩と後輩<後編>

※前話「音楽祭一日目 先輩と後輩<前編>」の続きです。

【主な登場人物紹介】

・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校2年生。バイオリンを弾く。

高瀬たかせ 也梛やなぎ…同上2年生。キーボードを弾く。

海中わたなか 諷杝ふうり…同上3年生。ギターを弾く。

【その他】

世良よら…彩楸学園高校3年。軽音部部長。

築地実歩つきじ みほ…彩楸学園高校1年。軽音部。

春日井かすがい…彩楸学園高校卒業生。元軽音部。

四.

 関係各所の挨拶が終わり、実行委員長の開会宣言とともに今年の音楽祭が始まった。

 矢㮈(やな)は舞台裏で、出演するグループたちの用意等のサポートを行う担当だった。諷杝(ふうり)と高瀬も同じなのでそばにいる。

 幕開けは会場校である風橋(かぜはし)学園の、副実行委員長の槙野灯里(まきの あかり)がいるグループだった。とにかく声援がすごかった印象的なスタートだった。

 今はすでに二組目が始まっていて、舞台袖には三組目が、そして控室には四組目が待機している――実歩(みほ)のグループだ。

「実歩ちゃん大丈夫かなあ?」

「そんなに緊張してたの?」

 別行動をしていた諷杝たちに朝の一幕を伝える。二人とも気持ちは分かるというように苦笑を浮かべていた。

「まあでも春日井さんがそばにいてくれたならきっと大丈夫だと思うけど」

「諷杝たちは春日井(かすがい)さん見た?」

「入り口のとこで会ったよ。向こうから挨拶して来てくれた」

「なんかすごく大人って感じしなかった?」

「うん。もともとの姉御肌がさらにパワーアップしてたね」

 しばらく春日井の話をしている内に、舞台の方で歓声が聞こえた。

「二組目が終わったぞ。三組目の準備だ。諷杝は俺と一緒に舞台へ、笠木は四組目を舞台袖に案内して」

 高瀬がテキパキと指示を出すのに従って矢㮈は控室に向かった。

「四組目のグループ、舞台袖に移動お願いします」

 控室の扉を開けると、実歩を含めたメンバーが一斉に矢㮈を振り向いた。その表情は相変わらず強張っているように見えた。

「だ、大丈夫?」

 思わず実歩に声をかけると、彼女は大きく深呼吸をした。何回か繰り返し、ようやく困ったように笑った。

「大丈夫じゃないです……けど、もういい加減腹を括ります。一旦ステージに上がったら逃げられないので」

 それはまな板の上の鯉――単に逃げ場をなくすというやけくそな作戦なのではないだろうか。矢㮈の頬が引き攣る。

「と、とりあえず舞台袖に行こうか」

「……はい」

 矢㮈には彼女たちを勇気づける力がない。どうしたらいいものかと頭を抱えながら移動していると、舞台裏に通じる前の通路壁に世良(よら)が背を凭せ掛けて立っていた。

「世良先輩?」

「築地、それから他の一年も」

 世良が壁から身を離し、一年のメンバーの顔を見渡す。

「お前らの今日の目標は、舞台に立って何でもいいから各自音を出すことだ。以上」

「え?」

 一年全員が揃ってポカンとする。少し後ろで矢㮈もまた同じような反応をしていた。世良が面倒臭そうに頭をかいた。

「あのなあ、別にこの音楽祭は大会とかそんなんじゃないんだよ。だいたい参加自体が自由だ。お前たちは自ら参加したんだろ」

 舞台の方からドラムの軽快な音が聞こえて来た。三組目の演奏が始まったらしい。

「それに普段聴けないような色んな音楽があってこその音楽祭だ。舞台の上に立って楽しく音を鳴らせ。それだけでまずはオッケーだ」

「曲になってなくても……?」

「別にいいだろ。音が出せないなら歌っても良い」

 わりと自由なことをぽんぽん言ってくれる。

「たったの十五分だ。あっという間だぞ。三年間出続けてもトータル四十五分だぜ? 今日が終わる頃には、絶対惜しくなる十五分だ。なあ笠木さん?」

 急に話を振られて、矢㮈はまごまごしつつも頷いた。

「あ、はい。そうですね、あたしも昨年はあっという間の十五分でした。気付いたら終わってて……でも、いつまでも記憶にある楽しい時間でした」

 今でも、叶うならもう一度あの時間を体験したいと思うことがある。初めて諷杝と高瀬と一緒に舞台に立ち、独奏という信頼を得た経験だった。あれがあったから、今年もまたここにいる。

「それで、自分たちの演奏が終わったら反省は後回しでいいから他のグループの演奏を目一杯楽しめ。音楽祭は楽しんでなんぼだ」

 世良が笑って、舞台袖へと後輩を誘う。

「ほら、行って来い」

 実歩たちが顔を見合わせ、それから微かに頷いた。緊張した面持ちは変わらないが、シャキッと前を向いたような感じがする。

 後ろから続いた矢㮈は、世良にそっと囁いた。

「世良先輩、今日は部長っぽいですね」

「オレはもう半年以上部長なんだけどな?」

 二人で笑っていると、諷杝がやって来て不思議そうな顔をした。

「どうしたの? 何か面白いことあった?」

「いや、別に。それより海中、あれ持って来てくれた?」

「ああ、はいこれ」

「サンキュ」

 諷杝が世良に渡したのは、世良のギターケースだった。

「世良先輩、今から練習ですか?」

「いや、あの一年が終わるまではここにいるよ。これは――保険?」

「保険?」

 矢㮈が訝し気に鸚鵡返しにする前で、世良はただ笑っていた。


 四組目が終わると小休憩が挟まれる。そのため矢㮈も舞台袖から彼女たちの演奏を聴くことになった。矢㮈の傍には同じく見守る世良がいる。

「四組目、準備してください」

 事務的な口調で高瀬が案内し、実歩たちが舞台に上がる。一瞬だけちらりとこちらを見たので、頑張っての意味を込めてガッツポーズをして見せた。彼女の頬に微かに笑みが浮かんだのが救いだ。

「いよいよだね」

 設備の確認をした諷杝が高瀬と一緒に舞台から降りて来る。諷杝も高瀬も実歩の練習に付き合った手前、後輩として気になってはいるらしい。

 四組目の時間がスタートした。――が、

「?」

 初めの一音が聞こえて来ない。

「あれ? 音響確認したよね」

「ああ、俺も見た」

 諷杝と高瀬が顔を見合わせて首を傾げる。

 矢㮈はそっとステージの上を見て、内心で頭を抱えた。

 大勢の観客を前に、全員が固まっていた。これで最初の一音が響けば変わるのだろうが、それすら出て来ない。

 観客はそれすらも演出だと思っているのか、ただじっとステージの上を見ている。

「ど、どうしよう」

 思わず両手で目の前の諷杝と高瀬の服を引っ張ってしまった時、すぐ側からギターの軽快なメロディが響いた。――世良だ。

 その一小節あまりのメロディが聞こえたのかどうか、実歩のギターが音を出す。つられるように、他のメンバーの音が重なって行った。

「……なるほどね。これが世良君の保険かあ」

 諷杝が納得したように、ギターをしまう世良を見た。

「初めの音さえ出ればたいていどうにかなるもんなんだよ。まあ、あとは大丈夫だろ」

 世良は何でもないように言って、後はじっと舞台袖から後輩たちとその音を見守っていた。


 舞台から降りた一年の面々は、後片付けもそこそこに世良の前に駆けてきた。

「部長!」

「何だよ。とりあえず曲は最後まで弾けたじゃねえか。上々だな」

 世良の言葉に、実歩たちが目を見開く。演奏後の熱気で頬が赤いが、多分理由はそれだけではないだろう。

「あとはもう目一杯楽しめ。じゃあオレは自分の練習に行くから」

 世良はさっさとその場を去って行った。実歩はその背に静かに頭を下げていた。

 少し離れた場所でそれを見ていた矢㮈は、小さく笑みを零した。

「世良先輩、本当に部長さんなんだなあ」

 失礼だと分かっているが、何度でもそう思ってしまう。

「世良君は元々しっかり者だよ。面倒見も良いし。春日井さんと並ぶと後輩感が出るけど、基本部長気質だ」

 諷杝の補足に、そうなのか、と頷く。

「本当にねえ、私がいないと途端にしっかりしちゃって」

「! 春日井さん」

 どこからか春日井がひょっこり姿を現していた。その隣にはもう一人、見知った先輩がいた。

築地(つきじ)先輩」

「お疲れ様です。盛況ですね」

 実歩の姉であり現合唱部部長の築地果歩(つきじ かほ)だった。

「世良君はもちろん、笠木さんや海中君にもうちの妹がお世話になったみたいで」

 果歩は世良と諷杝のクラスメイトでもある。

「実歩ちゃん、頑張ってましたね!」

 矢㮈が言うと、果歩は嬉しそうに頬を緩ませた。

「はい。昨年一緒にここに見に来てから、ずっと私も出たいって言ってましたから。今日のことはきっと忘れられないでしょうね」

「築地ちゃんも一緒に歌えば良かったのに」

 春日井がからかうように言うと、「いえいえ」と果歩は手を横に振る。

「私の舞台は合唱コンクールなので」

「それは残念~」

 二人が笑い合うのを見て、本当に仲が良いんだなと思う。

「午後からは世良君のグループの演奏ですね。それから笠木さんたちは明日でしたっけ」

「そうなんです」

「では明日も楽しみにしていますね」

 にっこり笑う果歩に、矢㮈はきょとんとした。

「築地先輩、明日も来られるんですか?」

「はい。笠木さんたちの演奏を見なかったら後悔すると思うので」

 即答されて、矢㮈の方が狼狽えてしまった。

「え、え、そ、それは……ありがとう、ございます」

「はい。頑張ってくださいね」

 果歩と言い、春日井と言い、本当に楽しみにしてくれているのだと実感する。今日の実歩ではないが、矢㮈も明日は緊張でがちがちになってしまうのではないだろうか。

「笠木、頑張れよー」

 棒読みの応援が耳に届く。諷杝の後ろに高瀬がしれっと立っているのが視界に入った。

「だからプレッシャーかけないでよー!」

 呆れた顔をした諷杝と、知らんふりをする高瀬がいた。



五.

「あー、終わっちまったなー」

「まだ音楽祭は明日もあるけどね」

 世良がぷはーっと息を吐いてコップを置いた。いい飲みっぷりだ――コーラだが。

 無事に音楽祭一日目が終了した。夕食後の自由時間、諷杝は何となく世良と一緒に休憩していた。

 彼は午後の出演だったが、午前中は一年に付き合って舞台袖から動かなかったため、あまり練習できないまま舞台に上がることになったに違いない。

 だが彼もグループの面々も、淡々とリハーサル通りの演奏をこなした。さすがにそこは三年目の余裕だろうか。

「とはいえお疲れ」

 諷杝はペットボトルに残っていたコーラを彼のコップに継ぎ足した。

「ああ、とりあえずほっとしたー。春日井先輩にも及第点はもらえたしなー」

「春日井さん、嬉しそうだったね。世良君が部長してる姿見て、築地さんと微笑んでた」

「うわ、築地姉まで来てたのか!」

 どうやら世良は彼女と会わなかったらしい。

「そりゃ妹さんが出るんだから来るでしょ。世良君にもお世話になったって言ってたよ」

「そりゃどーも」

「ちなみに明日も来るって」

「ええー何で……ってあそっか。お前らの演奏があるからか」

「主に矢㮈ちゃんね」

 春先に矢㮈が合唱部の体験に誘われて行ったことから、果歩は矢㮈のことを気に入ったらしかった。矢㮈の母親が元合唱部であったことを知ってさらに馴染んだ感がある。

「今日も盛り上がってたけど、明日はもっとすごいだろうな。お前たちもだし、さらにあいつら――実行委員長と淡海さんがラスボスだろ」

「だよね」

 昨年の一日目トップバッターが、今年は二日目の大トリだ。

「最後にあの淡海さんの歌聞くとか、考えただけで最強だな」

「世良君でもそう思うんだ?」

「思う思う。あの人、本当に楽しそうに歌うよな」

「分かるような気がする」

 少し前、塞ぎ込んだ矢㮈を引っ張り上げたきっかけの一つも淡海の歌だった。彼女の生まれ持った明るさとパワフルさに矢㮈は救われた。諷杝も淡海なら何とかしてくれそうだと思ったから訪ねたのだ。

 彼女のような歌い手を諷杝はもう一人知っていた。

 也梛の中学時代からの友人である若宮拓(わかみや たく)だ。彼もまた歌がただ上手いというだけでなく、その声は音と言っても良くて、聞いているほうはとても心地よい。彼自身が本当に歌うことが好きで、楽しんでいるのが伝わって来るのだ。

(あの二人の歌を知ってると、僕の歌は鼻唄だもんなあ)

 諷杝も歌うことは嫌いではないが、さすがに彼女と彼に比べるとその違いははっきり身に沁みて感じる。――別に比べる意味もないのだが。

海中(わたなか)は緊張してる?」

 ふいに世良が訊いて来た。

「え、僕? うーん……」

「ああ、その反応だと大丈夫そうだな」

 諷杝が答える前に世良は一人で勝手に納得してしまった。その反応ってどの反応だ。

「まあお前んとこは笠木さんとあの高瀬がいるからなあ。あの二人は舞台慣れしてそうだし」

「ああうん。それは確かに」

 二人とも、音楽祭よりもずっとプレッシャーのかかる舞台を幼い頃から経験している。也梛が矢㮈に対して意地悪なプレッシャーをかけてはいたものの、諷杝はあまり心配していなかった。

「楽しそうだな」

「え?」

「海中。教室にいる時とは違ってマジで楽しそうだなって」

 世良は何気なく言ってコーラを呷った。

(そうか。世良君にも分かるくらい、僕は楽しみにしてるのか)

 諷杝は漠然とそんなことを思った。

「お前たちの演奏含め、明日は楽しませてもらうよ。もちろん裏方の仕事は任せろ」

 力強く親指を突き出した世良に、諷杝はふっと笑みを零した。

「うん、よろしく頼むよ。演奏も楽しんで行って」


 就寝時間までまだ時間がある。

 諷杝はぶらりと外に出た。この合宿中、だいたいこの時間になると一人になりたくて抜け出すのだ。気疲れ、とでもいうのだろうか。

 以前なら白い鳩が一緒に寄り添ってくれただろうが、今は一人だ。

 そういえば昨日は帰宅する並早(なみはや)に会ったな、と考えながら歩く。

「もう明日かあ」

 思えばあっという間だった。明日の演奏で音楽祭が終わるのだ。

 昨年はまだ来年のことを考えていたけれど、今年は果たして何を考えるのだろう。

「――しかも宣戦布告って」

 今日、ポロリと零してしまった言葉を思い出す。聞いていた也梛はぎょっとした顔をしていた。

(宣戦布告って言うか、僕からのメッセージっていうか)

 諷杝はこの音楽祭に二つの思いを抱いている。

 一つは、也梛と矢㮈と一緒に最高の演奏をすること。楽しむこと。

 本心から、あの二人がいてこその音楽祭だと思っている。

 そしてもう一つは――かつて父親の仲間だった人たちに、伝えたいことがあった。ある一曲を通して、今もまだ覚えているかと、向き合う気はあるかと問いたい気持ちがあった。

 これは本人たちに直接言葉で聞いても意味がないような気がしていた。音楽を通してだから伝えられる、彼らもまた耳を澄ませてくれるのではと思った。

 だから、これは諷杝からの細やかな宣戦布告なのだ。

 確証はないが、明日あの会場に、きっと諷杝が来て欲しい人たちは揃うと思っている。

「諷杝」

 聞き慣れた声が耳に届く。

「またふらふらしてる!」

 もう一つ、ちょっと怒ったような声も聞こえて振り返る。

 そこには也梛だけでなく、矢㮈の姿もあった。

「二人揃ってどうしたの?」

「どうしたのじゃないよ。諷杝こそ一人で勝手にふらふらして」

「ごめんごめん。何か用?」

「明日のことでちょっと確認しようと思ってたら、お前が行方不明だったから探しに来た」

「それは本当にごめん」

 謝る諷杝に、也梛は溜め息をつき、矢㮈も唇を尖らせた。

 しかしこの二人に探してもらうのは悪い気分はしなかった。むしろ少しほっとしてしまった自分がおかしい。

「何笑ってるの? 諷杝」

「え、笑ってる?」

「笑ってる。いつもより気持ち悪い」

「高瀬、言い方! まあ、分かるけど」

「矢㮈ちゃんまでひどくない?」

 今度こそ声を出して笑ってしまった。二人が呆気にとられた顔をしている。

(ああ、僕はこの二人が好きだなあ)

 良い仲間に恵まれた。本当に。

 今なら、父親や樹に胸を張って言える。

 きっと、『ZIST』に負けないくらいの、最高の音楽仲間だと。



ここまでお付き合いいただきありがとうございます。後編でした。

どうしても色々な人が出て来るので「誰?」みたいな人もいるかもしれませんが、流してもらって大丈夫です。次回はいよいよ二日目、矢㮈たちと淡海たちの話です。よろしければまたお付き合いいただけますと嬉しいです。

(2021.10.25)

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