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  作者: 葵月詞菜


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二度目の夏の幕開き<中編>

※前話同タイトル〈前編〉の続きです。

【主な登場人物紹介】

・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校2年生。バイオリンを弾く。

高瀬たかせ 也梛やなぎ…同上2年生。キーボードを弾く。

海中わたなか 諷杝ふうり…同上3年生。ギターを弾く。


三.

 何とか曲が形になったと同時に、いよいよ演奏の練習が始まった。

「うん、この暑さは無理だね。頑張って早起きして、早朝練習ならありだけど」

 一応、彩楸学園(さいしゅうがくえん)の屋上も再度検討してみた。だが夏の強い日差しの下、諷杝(ふうり)が一番に音を上げた。

「早起きはもっと無理だろ、お前。八時半でも厳しいくらいなのに」

 彼とルームメイトの高瀬はばっちり諷杝の起床時間と習性を把握していて、諷杝は言い返す言葉がないようだった。曖昧な笑いで誤魔化そうとしているのが分かる。

矢㮈(やな)ちゃんもすっごい早起きして来ないといけないしね」

「うん……そうだね」

 学園の横の学生寮に入っている二人はともかく、矢㮈は約三十分の自転車通学だった。夏は日の出の時刻も早く、強い日差しが効力を発揮するまでの時間はあっという間だ。本当に早朝練習でないとすぐに暑くなってしまうだろう。楽器にもよろしい環境ではない。

(ていうかそんな早くから屋上使えるの?)

 部活動でも何でもないのに早朝から開けてもらえるのだろうか。そちらの方が気になった。

 その後、『音響(おとひびき)』や矢㮈の家が候補として上がったが、高瀬がさらなる提案をしてきた。

「金はかかるがスタジオを使うのは?」

「スタジオ?」

 とりあえずどこでも場所が確保できればと考えていたので、まさかそんな本格的な言葉が出て来るとは思わなかった。

 高瀬の話によると、馴染みの音楽スタジオに連絡を取り付けてくれたらしい。それは以前、とある地域の音楽イベントに誘われた際に練習に使用したスタジオだった。

「ダメ元できいてみたら別に構わないって。値段も学割ってことで少し負けてくれるらしい」

「何と!」

 それはありがたい申し出だ。そんな本格的な所を使わせてもらえるなら、頑張って実家の店の手伝いをして使用料くらい稼いで見せる。

「ただ時間とかは向こうの都合でこっちでは決められないと思う。まあ週に三日ほど、平日午前から夕方までのどこかで二時間」

「それくらい全然問題じゃないよ」

「うん、すっごく助かるね!」

 スタジオは設備が整っている。普段矢㮈たちはほとんど使っていないが、当然スピーカーやアンプも用意されている。

「でも少し距離があるけど、通うなら電車?」

「そうだな、電車になるか。でもタイミングが合えば送迎がつくかも」

 そんな高瀬の言葉の意味は、スタジオを予約した初日にはっきりした。

「おはよう、矢㮈ちゃん」

 彩楸学園の校門前に集合した矢㮈たちを迎えに来たのは、見慣れた黒のセダンだった。この前の演奏会で散々お世話になった車だ。

(あおい)さん! おはようございます」

 運転席から降りて来たのは高瀬の姉の葵だった。今日はラフな格好をして大学生に見える。

「もしかして葵さんがスタジオまで連れて行ってくれるんですか?」

「ええ。もう大学も休みに入ったから父さんの仕事の雑用を手伝ってるんだけど、丁度時間が空いてるのを良いことに也梛(やなぎ)から頼まれてね」

「どうせ父さんの会社に行くなら方向一緒だし、途中で下ろしてもらおうかなと思って」

 全く悪びれずに言う弟に、姉は困ったように肩を竦めた。それでも頼みを聞いてあげるところが優しい。――少し前まではあまり仲が良くなかった二人だが、今では随分改善されたようだ。

(でも葵さんはきっと、高瀬が音楽をするのが嬉しいんだろうな)

 矢㮈は厚意に甘えることにして、諷杝と共に後部座席に乗り込んだ。

「あんたが中学の時に入り浸ってたスタジオね?」

 運転席に座った葵が隣の助手席に確認する。

「そうだよ。でも先に楽器店に寄りたいからその前で下ろしてくれ」

 助手席でシートベルトを締めながら高瀬が答えた。


 スタジオの管理をしているのが高瀬行きつけの楽器店だった。彼のキーボードはここでメンテナンスを行っている。

「いらっしゃいませ、高瀬君。今日はこれから二時間ですね」

 顔見知りの男性スタッフが向こうから声を掛けて来て、勝手知ったる高瀬に部屋の鍵を渡していた。

「終わったら直接ここに返しに来てくれますか?」

「ありがとうございます。しばらくお世話になります」

「いやいや。春にはこちらもお世話になりましたからね」

 高瀬は頭を下げてその場を去ろうとし、少し躊躇するように訊ねた。

「……あの、念のために確認したいんですけど、俺たちがここを借りること、アイツ知ってたりします?」

 彼の言う「アイツ」が誰を示すのか、矢㮈は何となく察した。諷杝も察したらしく隣で苦笑していた。

(たく)なら受験勉強の真っ最中だと思いますけど、どうでしょうね。あの子、高瀬君センサーついてそうだから」

「は、はは……」

 高瀬は乾いた笑みを浮かべ、店を後にした。迷うことなく店の裏にある建物に向かい、入り口のガラス扉を押し開けた。

 建物は四階建てで一階に一部屋、二階と三階に二部屋ずつある。練習用に予約したのは二階の一室だった。まだ午前中の早めの時間帯のせいか、他に利用客がいる気配はなかった。

 高瀬は部屋の鍵を開けるとテキパキと準備を始める。矢㮈と諷杝はスタジオにわくわくして、子どもみたいに落ち着きなくうろうろしてしまった。どうしてもテンションが上がる。

「高瀬、中学生の頃からこんなとこ入り浸ってたんだね……」

「羨ましい環境だよね」

「……うるせえ」

 中学の時の高瀬は進学校でのストレスをここで発散していたと聞いている。そしてそんな彼に付き合う友人がいたのだ。

「ほら、時間は二時間しかねえんだ。さっさと始めるぞ」

 高瀬が黒いキーボードケースを開けながら言う。

「はーい」

 矢㮈と諷杝もそれぞれに楽譜と楽器を取り出して準備を始めた。


 一時間経って休憩を取っていた頃、その台風は現れた。

 ノックはあったが返事をする前に勢いよく扉が開いた。そこから顔を覗かせたのは、有名な進学校の制服を着崩した金髪の少年だった。

「高瀬!」

「うるせえな。もう少し静かに入って来れないのか」

 高瀬が迷惑そうに眉を顰めて闖入者を見遣る。矢㮈はその勢いに驚いてペットボトルを手に固まっていた。諷杝は驚きつつも動きが止まることはなく、少年に片手を振った。

「やっほー、若宮君」

「おう、海中も久しぶり。あ、矢㮈ちゃんもいる!」

 にっかりした人懐こい笑顔に、ようやく矢㮈もほっと息を吐いた。

 彼は若宮拓(わかみや たく)と言う。高瀬の中学の頃からの友人だ。見かけはチャラい不良に見えるが、これでも進学校で上位を争う秀才らしい。そして彼は歌が上手い。

「若宮、何でお前がここにいる」

「ちょっと気晴らしに歌おうかなーってヨシ兄のとこ寄ったんだよね。そしたらお前らが来てるって言うじゃん」

 楽器店で対応してくれたスタッフは実は彼の従兄なのである。

「……すごい、高瀬センサー本当についているのでは」

 ボソリとつぶやいた矢㮈の隣で諷杝がくっくと笑いを堪えている。

 若宮はスタジオの中を見渡して、楽譜とそれぞれの楽器を順に見遣った。

「何、またイベント?」

「音楽祭だよ」

 高瀬は諦めたように渋々答えた。その瞬間、若宮の顔が輝く。

「あ! あの夏のやつ! いくつかの高校が合同でするんだっけ?」

「そう」

「それにお前らも出んのか!」

「そうだよ」

「うわあ! めっちゃ楽しみ! 絶対聴きに行くわ!」

 若宮が一人で勝手に盛り上がるのを高瀬が呆れたように見て、矢㮈と諷杝は微笑ましく見守っていた。

「曲は何すんの? 今流行りのコピー?」

「いや、俺たちが作った曲」

「おお! マジで!」

 より一層目を輝かした若宮が高瀬に詰め寄る。その勢いに思わず高瀬が一歩引いた。

「お前の作った曲か! そりゃもう絶対聴きに行くしかないな!」

「……勝手にしろ」

 高瀬はふいと横を向いた。それが照れ隠しだと言うことは矢㮈にも分かった。ついに隣で諷杝が吹き出す。

「あはは。さすが若宮君だなあ。也梛が照れてる」

「諷杝!」

 高瀬の睨みが諷杝に飛ぶ。

「それに笠木までニヤけた顔してんじゃねえ!」

 いけない、自分の顔も緩んでいたらしい。矢㮈は咳払いで誤魔化そうとしたが、結局は諷杝のように吹き出してしまった。

「なあなあ、折角だからオレに一曲付き合ってよ。お前らの中で歌えるとか最高に気持ち良さそう」

「お前受験生だろ。こんなとこで暇つぶししてんな」

「だから気分転換だってばー。受験生ならそこの海中も同じじゃねえか」

 なあ、と諷杝に同意を求める若宮に、諷杝は「まあそうなんだけど」と曖昧に笑い返す。言ってはなんだが、諷杝に限っては全く受験生に見えない。

「なあ、たーのーむーよー。今度差し入れするから!」

「……じゃあ一曲だぞ? 一曲歌ったら出て行けよ?」

 高瀬が念を押す。若宮はこくこくと頷いた。

「一曲歌ったらオレも帰るって」

「……諷杝、笠木。悪いが一曲だけ付き合ってやってくれ。そうじゃないとこのうるさいバカは帰らない」

 高瀬の溜め息に矢㮈と諷杝は苦笑を返した。

 しかし矢㮈もまた少し気分転換をしたいところだった。若宮の歌を聴けるならそれも楽しみだ。

「それで若宮君は何の曲がご希望なの?」

 諷杝がギターを引き寄せながら訊く。

「んーとねえ。ちょっと前に流行ったあの曲とかどう?」

 若宮はスマホを取り出して、動画を検索する。この春に上映した映画の主題歌になった曲だった。

「あー、聞いたことはあるなー」

「いやこれ一時期めっちゃ色んなとこで流れてたよ? 絶対知ってるって」

 確かに聞いた。だがサビは知っていても細かい所までは何となく、という感じだ。

「高瀬は問題ないだろ」

「……まあ」

 高瀬はすでにキーボードに指を走らせて確認を始めていた。

「じゃあメロディラインは也梛に頼んで僕は何となく合わせるね」

 諷杝がさらりと逃げる。矢㮈は動画から旋律を掴もうと耳を澄ませた。数回聴いた後にバイオリンで弾いてみる。

「うーん、あたしもあんまり自信ないけど、主旋律を追いかけるくらいはできそう」

「大丈夫、最後は也梛が意地で何とかしてくれるよ。あと、若宮君はアカペラでもいける人だから」

 諷杝の丸投げ発言に矢㮈は呆れを通り越して笑ってしまった。そうだ、これは単に息抜きの遊びだと思えば良いのだ。そう考えると少し楽になった。

「じゃあ高瀬、後は任せたわ」

「同じく任せた」

「お前ら投げんの早すぎだろ!」

 仲間たちにツッコむ高瀬を、若宮が楽しそうに見ていた。



長すぎたので結局中編を挟みました。次回〈後編〉に続きます。

(2021.07.25)

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