努力の音色<前編>
【主な登場人物紹介】
・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…2年生。バイオリンを弾く。
・高瀬 也梛…2年生。キーボードを弾く。
・海中 諷杝…3年生。ギターを弾く。
【その他】
・臣原 千佳…2年生。矢㮈のクラスメイト。
・松浦 大河…同上。
・衣川 瑞流…同上。也梛と同じクラス。
***
彼女がバイオリンを弾くのだと知ったのは、昨年の夏の終わりのことだった。入学して数ヵ月、名簿順で並ぶ座席の一つ後ろが彼女・笠木矢㮈で、臣原千佳が一番に仲良くなった友人だ。
当初から陸上部に入部することを決めていた千佳とは違い、矢㮈はどこの部活にするか迷っているようだった。試しに陸上部はどうかと誘ってみたりもしたのだが、彼女は「うーん、運動部はちょっと」と煮えない答えが返ってきた。
結局、彼女はどこの部にも所属しないままだった。その代わり、部活の代わりになる「何か」を始めたようだった。
それに取り組み始めたらしい彼女は、最初どこか不安げだった。しかし最終授業が終わるなり陸上部に向かう千佳と同様、矢㮈も早くに教室を後にして、一生懸命取り組んでいるのだろうなと感じていた。
真正面から何をしているのかと訊いてみたい気持ちと、後でも良いから自信をつけた彼女から聞いてみたいという気持ちの両方があった。迷いながら時間は過ぎて行った。
いつ頃からだろう。放課後の練習中に、その音が風に乗って聞こえてくるようになったのは。
繊細で、綺麗な音の連なり。管弦の音だということは想像がついた。オーケストラ部の誰かが練習でもしているのだろうと思った。放課後の学園内は、部活動の掛け声や笛の音、楽器の音、と様々な音が飛び交っている。楽器の音が聞こえて来ても何もおかしなことはなかった。
何気なく気に留めた音だったのに、それから休憩時に耳を澄ますようになった。不思議と耳に入って来ると言ってもよかった。
(何でこの音色だけ気になるんだろう……?)
よくよく聴くようになってから気付いた。音楽を奏でるのはバイオリンだ。演奏者は決して下手ではない。だが、その旋律にはどこかぎこちなさがあって、不安な気持ちが潜んでいるように思えた。
それが六月に入る頃には一山超えたように滑らかになった。それから日々、何かを取り戻すように旋律は力強さを増していった。聴いている千佳も心地よさを感じていた。
夏の大会後、結果を残しながらもスランプに陥った千佳を救ってくれたのもまたあの音色だった。その頃には夏前に聴いていた音が嘘のように、磨かれた音になっていた。
(上手くなってる……)
目を閉じて注意深く聴くと、一音一音が丁寧で、心に染み入ってくるのを感じた。曲はどこかで聞いたことがあるようなないような、クラシック。
ぎこちなかった音が驚くほど滑らかになっている。優雅で、軽やかで、時に切なく鋭い音が風に乗って聞こえてくる。
走っている時、休憩の時、ふと気づくと耳を澄ましていた。どれだけ身体が疲れていても、聴くたびに心地よい気持ちになった。変わって行く音が、旋律が奏者の成長を教えてくれる。それを聞いているのは楽しかったし、また一方で千佳も負けていられないと励まされてきた。
その時急に、奏者に興味がわいた。どんな人が弾いているのかと知りたくなった。
音を頼りに辿り着いたのは校舎の屋上だった。
千佳に背を向けて、風が吹く中で優雅にバイオリンを弾いているのはよく見知った彼女だった。
「笠木……」
その曲を弾き終えた矢㮈がくるりとこちらを振り向いて、分かりやすくぎょっとした顔をした。何だその顔は、と思わず吹き出してしまう。
「え、何で千佳ちゃんがここにいるの!?」
「ちょっとねー」
千佳はふふと笑いながら彼女に近付いた。まじまじと彼女の手にあるバイオリンを見つめる。
「そっか、笠木だったのか」
「え?」
「バイオリン。――四月から弾いてたよね。上手くなった」
千佳の言葉に、矢㮈の目が見開いた。頬が赤くなって、なぜか急に泣き出しそうな顔になる。
「ちょ、な、笠木? どうしたの」
自分は何かまずいことを言ってしまったかとハラハラする。しかし彼女は首を横に振った。
「……ううん、違くて。千佳ちゃん、聞いてたんだ……」
「聴いてたわよ」
彼女がなぜこうしてバイオリンを弾いているのか、そもそもバイオリンを弾くということすら千佳は知らなかった。それはこれから彼女にきかなければ分からない。
だがあの音をここまで引き上げた奏者の努力を、千佳はずっと聴いて来たから知っている。
「それで、オーケストラ部に入ったの?」
「ううん、入ってない。これは……自分の習い事っていうか。一緒に音楽をしたい人たちがいて」
嬉しそうで、しかし時に困ったような複雑な表情をする矢㮈に苦笑しながら、千佳はまだ明るい空を仰いだ。
彼女が弾く音だと知ったら、さらに身近で気になる音になってしまった。そして同時に、彼女の努力に負けたくないと思う自分がいた。
一.
それは昼食時のことだった。いつものように千佳と、千佳に無理矢理引っ張られて来た隣のクラスの高瀬、その付き添いに衣川、そして松浦と共にご飯を食べていた。
千佳が賑やかに話していたところへ、突撃して来た者がいた。
「笠木先輩ですよね!? ちょっといいですか!」
「え?」
いいも何もいきなり何だというのだろう。矢㮈は目を白黒させながら声の主を見た。夏服に身を包んだ、活発そうなショートヘアの少女がいた。背は少し低い。
「初めまして! 私、一年の築地実歩です」
「はあ……」
本当に初めましての相手だった。彼女が矢㮈に一体何の用があるのか想像もつかない。千佳と三人の男子も食事を中断して一年女子に視線を向けていた。複数人の視線を受けても物怖じした様子を見せない少女に少し感心した。
「……築地?」
高瀬だけが微かに眉を寄せてボソリと呟いた。瞬間、実歩という少女は今度は高瀬の方を向いた。
「あ、高瀬先輩ですよね!? 初めまして!」
「……あ、ああ」
なぜ自分の名前まで知っているんだ、という怪訝な表情をしつつ、実歩の勢いに押し負けて身を引く高瀬が少し新鮮だった。
「先輩たち、今年の夏の音楽祭、出てくれますよね!?」
実歩が矢㮈の方に身を乗り出す。矢㮈は彼女の目から視線を離すことができずにポカンとしていた。
そこへ、後ろから知っている声が聞こえた。
「笠木さん、高瀬君、ごめんなさい。その子、うちの妹です」
実歩の後ろからひょっこり姿を現したのは、長い艶やかな黒髪のお淑やかそうな女子生徒・合唱部部長の三年築地果歩だった。
彼女の姿を見てようやく口が開いた。
「築地先輩! って、あ、そっか築地……」
はっとした矢㮈と同様に、高瀬も納得したような表情になった。
だが果歩がわざわざ二年の教室までやってくるとは珍しい。用事があるとすれば、同じクラスの合唱部の川崎相手だろう。
「実歩、笠木さんたちは食事中なんですから、お話があるなら終わってからにしなさい」
果歩はどうやら妹の実歩を追いかけてここまでやってきたらしい。「ええ~」と声を上げる妹の頭を無理やり下げさせ、微笑む。
「猪突猛進な妹で本当にごめんなさい。もし大丈夫なら、後で少しお時間をもらえると嬉しいのですが」
「あ、はい」
「じゃあ申し訳ないですが、三年の教室まで来てくれますか?」
「三年の?」
「はい。この子の話を聞くなら、世良君と海中君も巻き込んだ方が良いような気がするので」
そういえば先程、実歩は音楽祭のことを言っていたか。だとしたら諷杝たちもいた方が良いかもしれない。高瀬を見遣ると、面倒くさそうに頷いた。
「ではお待ちしています。ほら実歩、行きますよ」
姉に手を引かれて実歩が少し剥れながらついていく。
「笠木先輩、高瀬先輩、絶対来て下さいね!」
最後まで元気の良い声を残して教室から消える。
「……何だったんだ今の」
紙パックに突き刺さったストローを銜えて松浦が首を捻る。「さあ?」と衣川も首を傾げながら高瀬を見た。高瀬は答える気がないのか同じように「さあ?」とぼやいた。
「笠木、音楽祭って何?」
千佳が矢㮈に訊いて来る。
「ああ、音楽祭はね……」
簡単に、夏休み中に開催する音楽イベントだと伝える。彩楸学園だけでなく、他の学校も参加するものだと。
「へえ。で、それに笠木も出るの?」
「……まあ」
昨年の参加についてそういえば千佳には詳しく話していない。松浦と衣川も知らないはずだ。
千佳は矢㮈がバイオリンを弾くことは知っている。諷杝のことも話したことがあるから、そこから高瀬に繋がって矢㮈と音楽関係で関わりがあると察してはいるだろう。だがまさか音楽祭に高瀬と共にどっぷり参加していたとは思うまい。
矢㮈は普段クラスメイトたちといる時は高瀬とあまり関わりをもたないようにしている。実際は千佳が絡むと無理な話なのだが、進んで彼に関わろうとは思わない。それは高瀬もまた同じだった。
高瀬に謎に興味津々の千佳に、果たしてそのまま説明しても良いものかどうか。彼女の性格を考えるときっと「あっそう」で終わるのだろうが、それでも踏ん切りがつかない。矢㮈が思いあぐねているうちに、高瀬が口を開いた。
「もう面倒くさいから言う。去年の夏に、俺と笠木はそのイベントに参加したんだよ」
「え、何それ」
食いついたのは松浦と衣川の方だった。
「あと三年のやつも一緒にな」
「ああ、あの海中先輩?」
衣川が思い出したように言い、それに高瀬が頷いた。
「高瀬たち、軽音部に入ってたの?」
「いや、入ってない。俺たちはどこの部にも所属しないで、勝手に集まって演奏してるだけだ」
「ええ、そんな面白そうなことしてたの!」
松浦が初耳だとばかりに声を上げる。初耳も何も、今まで言わなかったのだから当たり前だ。
「あ、もしかして高瀬がいつも担いでるあの黒いケース、あれ中身楽器だったの?」
衣川がポンと手を打つ。
「……ああ。キーボードだ」
一年越しのカミングアウトだ。衣川は「なるほどなー」と納得したように頷き、続いて矢㮈の方を見た。
「笠木さんは何を演奏するの?」
「笠木はバイオリンよ」
矢㮈よりも早く答えたのは千佳だった。
「この子のバイオリンはすごいんだから」
「バイオリン! てか何で臣原さん知ってんの?」
「知ってるわよ。去年からずっと聴いてたもの」
「何それ! それも初耳なんだけど!」
松浦がまた声を上げる。千佳が少し誇らしげに胸を張っていた。
「ちなみに海中先輩は?」
「あいつはギターと歌」
高瀬がゴミをまとめながら答える。
「そうかー。ギターとキーボードとバイオリン……すごいな。ちょっと聴いてみたい」
わくわくした表情になる男子二人に高瀬は眉を顰めて溜め息を吐いた。
「機会があればな」
「友人特権で聴かせてくれよ」
「そんな特権初めて聞いた」
高瀬たちが無駄口を叩き合っている間に、千佳がこそりと矢㮈に耳打ちした。
「今年の音楽祭、もし部活と重ならなかったらあたしも聴きに行って良い?」
「え! 千佳ちゃん来てくれるの?」
「あんたのバイオリン、ちゃんとしたステージで聴いてみたかったのよね」
「イベントは学祭とかの空気に近いけどね」
コンクールや管弦楽の舞台とは全く異なるものだ。
「それは楽しそう。高瀬君のキーボードも楽しみだし」
彼女の自然なウインクにドキリとさせられる。こういうところが千佳らしい。
「まあでも高瀬、音楽の授業でミニ発表した時ピアノ上手かったしなあ」
松浦が思い出したように言うと、衣川もそういえばと同意した。
「あ、それ俺も思ってた。高瀬、昔からやってるの?」
「……まあな。今はキーボードしかやってないけど」
高瀬はさらりと答え、ゴミを手に立ち上がった。
「笠木、置いていくぞ」
「あ、待って! あと五分待って!」
矢㮈は急いで弁当箱に向き直った。
二.
何とか弁当を片付けて、矢㮈は高瀬と共に三年四組の教室を目指した。合唱部部長の築地果歩、軽音部部長の世良、そして海中諷杝は今年全員同じクラスらしい。
三年のクラスが固まる廊下は少し歩き辛い。まだ夏休み前とはいえ、受験生たちが傍に控えているのだ。
高瀬を前にして三年四組の前の扉を覗くと、何と教室の中はガランとしていた。ほとんどの生徒の姿が見えない。
窓際の辺りにいた諷杝たちがこちらに手をあげた。
「あ、来た来た。矢㮈ちゃーん、也梛―」
諷杝の横には世良と果歩、それから果歩の妹の実歩がいた。
そして生徒に混じってもう一人、このクラスの担任で英語教諭の並早がいた。
「並早先生も呼ばれたんですか?」
「別件で教室に寄ったところ、世良君たちに捕まっちゃってね」
苦笑する並早に、世良が小首を傾げる。
「音楽祭といったら並早先生かな、って。先生、今年も担当してくれるんでしょ?」
「いやいやいや、今年の話はまだ僕は聞いてないよ」
並早は昨年の音楽祭で担当を任されて矢㮈たちに色々と協力してくれた経緯がある。
「それに昨年は担当クラスを持っていなかったけど、今年は君たち三年のクラスを担当してるからね?」
そう、昨年はこの学園に新任で来たにも関わらず、音楽祭担当を押し付けられたらしい。矢㮈は心の中で、本当お疲れさまでしたと呟いた。
「でも今年も並早先生が担当してくれたら僕は嬉しいけどなあ」
諷杝がのほほんと口にすると、並早は一瞬言葉を詰まらせた後で「それは学園側の判断だからね……」と小さな声でぶつぶつ言った。
「あ、あの」
ずっと黙っていた実歩が改めて矢㮈の方に声をかけた。
「あ、実歩ちゃん、だったよね。さっきはちゃんと挨拶できなくてごめんね。知ってるみたいだったけど、二年の笠木矢㮈です」
「知ってます! 去年の音楽祭で見ました!」
実歩が興奮したように身を乗り出してくる。今回は隣にいる果歩も止めることはしなかった。
「私、今年軽音部に入ったんです。笠木先輩たちがどこの部にも所属してないのは後で知ったんですけど、でも、音楽祭なら一緒に参加できるかなって楽しみで……だから、今年も参加してもらえるかなって聞きたくて」
「妹も私と一緒に見に行っていたんですよ」
果歩がそっと口を挟む。そういえば前に、果歩も去年の音楽祭を見に来てくれていて、そこで矢㮈のことを知ったのだと教えてくれた。その時に実歩もいたのか。姉妹揃ってあの演奏を聴いていてくれたどころか、その後本人たちからそれを聞かされるとは思いもしなかった。
「妹は合唱部じゃないんだな」
高瀬の言葉に、実歩が頷いた。
「はい。私も小学生の頃はお姉ちゃんと一緒に合唱やってたんですけど、ちょっと合わなくて。どっちかっていうと楽器触る方が好きだったんです」
「それで軽音部なんだ」
諷杝が「なるほどなー」と楽しそうに笑う。
「まあ築地も一年の時は軽音にもいたからな」
世良が肩を竦める。そう、今は合唱部で部長をしている果歩だが、一年の時は軽音部にも所属していたそうだ。
「ふふふ。まあ、あそこはあそこで楽しかったですよ」
果歩は微笑んでさらりと流した。
「それで先輩、今年も出てくれますか、音楽祭」
実歩が真剣な目で矢㮈を見つめる。矢㮈は思わずごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと口を開いた。
「で、出る、つもりだけど……」
「本当ですか!? やった!」
実歩が諸手を上げて破顔する。ここまで喜んでもらえるとは。
矢㮈はこっそり高瀬と諷杝と顔を見合わせ、三人で肩を竦めた。
諷杝がそういえば、と並早の方を見た。
「この前、相田君と淡海さんに偶然会って少し話した時、今年の音楽祭合宿はないかもしれないって聞いたんですけど」
相田将と淡海あやめは、雲ノ峰高校の三年で昨年の音楽祭の実行委員メンバーである。諷杝とは仲が良くて交流もあるようだ。
「そうなのかい?」
並早も知らなかったらしく目を丸くした。これは本当に今年の音楽祭に関して何も聞いていないのかもしれない。
「開催校は私立の風橋学園だと聞きました。でも他の部活動の活躍で場所を確保できるか分からないとか……」
「ああ、そういえばあそこ野球部とバドミントン部が活躍してたなあ」
「それオレもニュースで見た」
世良が口を挟み、果歩も覚えがあるような表情だった。
「でもこんなギリギリで場所変更とか普通あるか?」
高瀬が訝し気な顔で言うが、並早は残念そうにため息を吐いた。
「普通はないだろうね。でも考えてみたら、去年もスケジュール的には結構ギリギリで回してたからね」
「……」
矢㮈は昨年のことをふと思い出した。確か音楽祭の話を諷杝から聞いたのは七月に入ってからで、夏休みに入るなり合宿の打ち合わせが始まり、あれよあれよと合宿が始まり、気付けば本番が終わっていた。目まぐるしく動き回ったのは二週間程度という信じられないくらいの短期決戦だった。
(相田さんや淡海さん、春日井先輩たちがいてくれたからスムーズに進んだけど、本来はもっと時間をかけてやるはずでは……)
彩楸学園という会場校の環境と、実行委員のメンバーがしっかりまとまっていたからこそ問題なく開催できた音楽祭だったと言える。
だが今回はそもそも会場校側で場所の確保に懸念があり、まだ他の学校に何も情報が来ていないときた。
果たしてこのままゲスト校として案内を待っているだけで良いのかどうか。
黙り込んだ矢㮈たちを察してか、並早は小さく息を吐いた。
「……分かった。ちょっと僕からどうなっているのか様子を聞いてみることにしよう」
「本当ですか?」
諷杝と世良が安堵の表情を浮かべる。彼らにとっては今年が最後の音楽祭だ。
(淡海さんと相田さんにとっても……)
そして矢㮈と高瀬にとっても、諷杝と一緒に参加できるのはこれが最後だ。最悪合宿はできなくても、音楽祭自体は開催してほしい。
「少し時間をもらうけど構わないかな?」
その場にいた果歩以外の全員が頷き返した。
「うーん、下手に首を突っ込んでまた僕が担当やらされるのは勘弁なんだけど……仕方ないかなあ」
並早のそんなぼやきは静かにスルーされた。
並早の返事は思ったよりも早かった。
翌週、世良と諷杝、そして矢㮈たちは職員室に呼び出された。
「結論から言うと、開催校は予定通り風早学園。ただし合宿は二日間で、場所は当初高等部第二体育館を割り当てられていたけど、隣の大学の第三体育館とその関連施設を使わせてもらえるらしい」
「二日間ってなるともうリハーサルと交流会がメインですね」
世良が顎に手を遣る。彼は軽音部の面々に今年の音楽祭について連絡しなければならないため、募集を含めどう伝えるか考えているようだった。
「まあ元々が他校との交流が目的だからね」
「確かに、合宿っていうよりお泊り会でしたしね」
並早が肩を竦め、諷杝が相槌を打つ。
「とりあえず中止にはならないようだから安心して良いよ。――ところで今年の実行委員なんだけど」
並早が眉間に皺を寄せて、困ったように笑った。
「うちの学校からも数人出さないといけないみたいなんだけど、誰かやってくれるかい?」
「何人くらいいるんですか?」
「少なくて三人くらいかなあ。去年の開催校だし、風橋学園からも是非って応援要請が来てるみたいなんだ」
「うーん、オレ、あんま風橋のヤツ知らないんですよね」
「僕も覚えてないなあ」
三年の二人が首を傾げながら芳しくない返事をする。並早が縋るように矢㮈と高瀬を見た。
「笠木さんたちはどう?」
「いや、どうって言われても……あたしたちは去年が初参加でしたし、淡海さんと相田さんたち去年の実行委員メンバー以外とはあんまり……」
高瀬が右に同じくとばかり無言で頷いた。
「ちなみに雲ノ峰からは誰が出るんでしょうか? まさか相田君と淡海さんがまたやるとか……」
「いや、あの二人は三年だからね。頼めたら心強いけど、今回は無理にお願いはできないよ」
昨年、会場校の諷杝が実行委員長を蹴ったせいで相田に委員長をお願いすることになった経緯を思い出したのだろう、並早は苦い顔をして笑った。
「淡海さんはむしろ自分からやりたいとか言い出しそうですけどね」
諷杝がしれっと無責任なことを言い放つが皆に心当たりがあったらしく反論は出なかった。仮にあやめが実行委員になるとなれば、幼馴染で腐れ縁の相田もまた引っ張り込まれるに違いない。
(でも淡海さんたちが実行委員ならお手伝いしても良いかもなあ)
ぼんやりとそんなことを思う。
「まあ会場校だった昨年よりは随分負担は減ると思うよ。風橋はうちより設備が整っているから」
一応実行委員も考えておいてね、と並早は釘を刺すのを忘れなかった。
「で、結局うちの学校の今年の音楽祭担当の先生は誰なんですか?」
世良が軽い口調で訊ねた。
「……実行委員の話をした辺りから、察してほしかったんだけどね」
並早が沈んだ声で答える。その時点でその場にいた全員が悟った。
ご愁傷様です、と心の中で呟く矢㮈の隣で、嬉しそうに笑う諷杝がいた。
「並早先生、今年もよろしくお願いします」
「……うん、よろしく、諷杝君」
並早がガックシと肩を落とした。
後編に続きます。




