水無月祭と彼の願い<後編>
※第47話「水無月祭と彼の願い<前編>」の続きです。
【主な登場人物紹介】
・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校新2年生。バイオリンを弾く。
・高瀬 也梛…同高校新2年生。キーボードを弾く。
・海中 諷杝…同高校新3年生。ギターを弾く。父親の残した楽譜を探している。
【その他】
・イツキ…諷杝に懐いている白い鳩。
・マスター…音楽喫茶『音響』の店主。
三.
白い鳩を追っていくと、かつて『灯の樹』と呼ばれた大樹の下に彼はいた。
「諷杝」
「あ。也梛と矢㮈ちゃんだ」
振り向いた彼は驚いたように目を丸くし、微笑んだ。
「……じいさんだな」
「……おじいちゃんだね」
彼の姿に也梛と矢㮈はまた声を揃えた。
諷杝は時代劇『水戸黄門』に出てくる黄門様のような、着物――半着、袴、陣羽織――に、頭巾を被っていた。そして顎の下に伸びる立派な白髭。ご丁寧に灰を入れているのであろう袋も小物として腰に下げていた。
この格好がここまで似合う高校生がいるのか。
也梛はアイドルに扮した松浦の時と同様、呆れと驚きを通り越してむしろ感心してしまった。
隣を見ると矢㮈もポカンとした表情でただ諷杝を見つめている。
「わあ、也梛のそれ何? 浴衣? あれ、狐面も? あ、よく見たら角まで生えてる~」
じいさん諷杝が楽しそうに腕を伸ばして来たのを避ける。諷杝は先程の矢㮈と同様、ジャンプをしてでも也梛の角を触ろうとしてきた。
「お前らそんなにこの角が気になるのか!」
「気になるよ~だって也梛が角つけてるんだよ?」
「だから何なんだ!」
しばらく格闘したが案外諷杝もしぶとかった。仕方なく、矢㮈の時同様にこちらが譲歩して屈んでやった。
也梛の角に一満足した諷杝は、続いて矢㮈の仮装に目を止めた。
「矢㮈ちゃんのそれは?」
「あ、え、えっと……」
急に矢㮈がもじもじと恥ずかしそうにし始める。態度が変わり過ぎだろう。
「アイドルグループ『SG2―2』だそうだ」
「えすじーにのに? そんなグループあるの?」
アイドルどころか芸能関係全体に疎い諷杝が首を傾げて也梛に説明を求めてくる。
「今年の水無月祭で爆誕した彩楸学園二年二組限定のグループだ。こいつらのクラス、男女共に女子アイドルグループの仮装してたんだよ」
「ああ、そういうこと! へえ、じゃあ矢㮈ちゃんもアイドルなんだね~」
本当に分かったのかどうなのか怪しいが、諷杝は頷いて矢㮈に視線を戻した。
「うん、かわいいかわいい。矢㮈ちゃんがそういうフリルとかリボンってあんま見ることないもんね」
「普通こんなの着ないよ!」
反論する矢㮈の顔は赤い。
(……しかしこの絵面はちょっと……)
也梛は半眼で目の前の二人を見た。
一件穏やかそうな、優しそうに見える花咲かじいさんが、ひらひらした衣装を着た女子を前に「かわいい」を連呼して褒めちぎっている図。――祖父と孫娘ならまだ分かるんだけどな。
「……諷杝、せめてその髭と頭巾を取ってくれないか」
「え?」
ついに我慢できずに口を挟んだ也梛に、諷杝はきょとんとした顔を返した。
ひとしきりそれぞれの仮装についてあれこれ言い合った後、諷杝は足元をひょこひょこと動き回る白い鳩に気付いた。
「あ、イツキさんも来てたんだ」
「俺らはそいつを追って来たんだぞ」
さすが諷杝に懐いている鳩というべきか。今回もまた、見事に諷杝のいる場所に連れて来てくれた。
(本当この鳩は何者なんだか……)
相変わらず不思議すぎる鳩である。
「お前はこんな所で何をしてたんだ?」
「んー、懐かしいなあと思って」
諷杝はもう一度『灯の樹』と呼ばれる大樹を見上げた。
もう今は名残としてこの一本しか残っていないが、昔の水無月祭ではこのような『灯の樹』が何本かあったという。樹の幹や枝に取り付けられたランプに、一つずつ明かりを灯して、暗く憂鬱な梅雨を明るくしようという行事だったと聞いている。
「去年、あの雨の日に也梛がこの樹に登ってくれたんだよね」
ふふと笑う諷杝に、也梛もその時のことを思い出して肩を竦めた。
「運動音痴のお前が、一度も木登りしたことないくせに突然登るとか言い出すからだろ」
しかも雨が降って滑りやすい状況で。放っておいたら絶対落下していたと断言できる。
思えばあれが諷杝の父親が残した楽譜探しの始まりだったような気がした。
「『灯に願いをこめて 樹の下に集まろう』」
諷杝がとあるフレーズを口ずさむ。それは彩楸学園の校歌を替え歌にした一節だ。
「二十年以上も前の水無月祭の日、父さんたちもここにいたのかなあ。――あの替え歌の通りなら、何を願ったんだろう?」
さわさわと風が通り過ぎて、木漏れ日がキラキラと揺れる。
大樹の真上からは、完全に夏の日差しが降り注いでいた。
諷杝にかける言葉が見つからなくて、也梛も矢㮈も黙って大樹を見上げていた。
しばらくして、諷杝はようやく大樹から也梛たちへと視線を戻した。
「ねえ、也梛、矢㮈ちゃん。あの楽譜の続き、作り始めようか?」
「え?」
彼が言った言葉が瞬時に理解できず、也梛と矢㮈は馬鹿みたいに間抜けな顔になった。
「もう夏になった。父さんの楽譜は、ヒントは集まりつつあるけど決定的な楽譜の場所を示すものは見つからないままだ。それならもういっそのこと、前に言ってたように僕たちで勝手に作っちゃうのはどうだろう?」
諷杝は残念そうな顔でも、悔しそうな顔でもなかった。ただ飄々と、自分の考えを言ってのける。
「諷杝、お前――それで良いのか?」
也梛は静かに尋ねた。あれだけ父親の楽譜探しにこだわって、それで彩楸学園に入学してきた諷杝だ。楽譜への決定的な手がかりがないとはいえ、そう簡単に諦めきれるものなのだろうか。
「そうだよ、諷杝は諦めちゃって良いの? お父さんとの宝探しなんでしょ?」
矢㮈も戸惑ったように口を挟む。
諷杝は朗らかな笑みを浮かべたまま、首を横に振った。
「良いんだ。まあ、完全に父さんの楽譜を諦めたわけじゃない。だけど、父さんの楽譜より今は優先したいものができちゃったから」
「優先したいもの?」
「君たちとあの楽譜の続きを考えてみたくなったんだ。前に也梛が、『もし見つからなったら、その時は俺が続きを一緒に考えてやる』って言ってくれただろ。あの時から、実はどこかでわくわくしてたんだ」
諷杝が頭巾をくるくると手で弄ぶのを、也梛はぼんやりと見つめていた。
「今までは卒業とか将来とか、そういうのは正直どうでも良いっていうか、なるようにしかならないだろうなーって適当に考えてた。父さんの楽譜が見つかったら、その後に考えればいいや、って」
そこで、緩やかに歪な形を描きながら回転していた頭巾がピタリと止まった。
「でも、僕に残された高校生の時間はあと半年と少ししかない。そう思った時に考えたのは、父さんの楽譜のことじゃなくて、君たちと一緒に一体どれくらいの曲を奏でることができるだろう? ってことだった」
諷杝が困ったように眉を八の字にする。
也梛はただ何も言えずに彼の言葉を聞いていた。ここまで彼の正直な胸の内を聞いたことがかつてあっただろうか。
いつも也梛や矢㮈の抱える事情については気にするくせに、自分のことになるととんと無頓着で、周りに全然悟らせず、挙げ句の果てには笑ってはぐらかす。
それでも彼がポツリポツリと自分の言葉で話すようになったのには気付いていた。特に也梛の前の学校の友人たちに会った時には、珍しく自分の気持ちを口にしていた。
「こんなふうに考えるようになった自分が一番不思議だけど、きっと僕の周りにいる大人たちはみんな、僕がこんなふうに考えられるようになるのを待っていてくれたんじゃないかなと思う」
諷杝は徐にしゃがみこみ、近くまで寄って来たイツキの白い背を撫でた。鳩は大人しくされるがままだ。本当に諷杝には懐いている。
「樹さんも、多分……」
だからね、と諷杝は立ち上がった。真っ直ぐに也梛と矢㮈を順に見つめる。
「改めてお願いするよ。父さんの楽譜探しは一旦置いておいて、君たち二人と一緒にあの曲の続きを作りたい。どうせ完成させるなら、歌詞もつけて」
いつにも増して、諷杝の声は力強く耳に届いた。
あの、出会って間もない頃の、バイトの休憩中に公園で一人鼻歌を歌っていた少年の儚い面影が消えてなくなる。
しっかりとした形を伴って、自分の気持ちを声に出して伝えようとする少年がそこにいた。
その瞬間、也梛の胸に何だか熱いものが込み上げて来て、苦しくなった。
(何だこれ)
手の焼ける困った弟がある日成長した姿を見た時のような――弟なんていないけど。
面倒を見て来た息子が急にしっかり意見を言うようになったのを目の当たりにした時のような――言わずもがな、自分に息子などいないけど。
一方で、やっと現在の自分の音楽の指針として見出した彼が、自分を置いて先に行ってしまったような少し寂しい感じもする。
言葉を発することができない也梛を置いて、矢㮈が口を開いた。彼女の方も何か感じることがあったのか、少しだけ目を赤くしていた。
「……そっか。諷杝がそう決めたのならあたしは協力するよ。作曲となるとあまり期待には応えられないかもだけど」
「ありがとう。矢㮈ちゃんのバイオリンは絶対いるからね」
諷杝が笑って頷き、それから也梛の方を見て目を細めた。
「也梛は?」
也梛は? ――心の中で反芻して自分の中に問いかける。
(そんなの……)
今更聞かれるまでもなかった。
あの鼻歌に惹かれて彩楸学園に入学した也梛にとって、諷杝と共に音楽を奏でることこそが第一の目的だったのだから。
彼が一緒に曲を作ろうと言っているのに断るはずがない。
「――逆に、俺がいなくて曲が作れるのか?」
「妥協したらできなくもないかもしれないけど、妥協する気はさらさらないんだ」
也梛の意地の悪い返しに諷杝がくっくと笑う。
「也梛だからお願いするんだよ。一緒に作ってくれるでしょ?」
「当たり前だ」
今度こそ、諷杝が満足そうな表情で頷く。
白い鳩が、珍しく「クック―」と鳴いていた。
四.
***
大きな樹の下に立っていた。
樹の根元ではぴょこぴょこと白い鳩が跳ね回っていて、踊っているようにも、何かを探しているようにも思える。
諷杝はそれを目を細めて眺めていた。
ふいに、白い鳩がピタリと動きを止めた。根元の地面の一点をじっと凝視している。
「どうしたのイツキさん。何か見つけたの?」
そっと近付いてみるが、特に何があるというようには見えない。
「イツキさん?」
フリーズした白い鳩の反応を確かめるように手を動かしてみると、白い鳩が動きを再開した。
先程まで凝視していた地面の一点を、短い嘴でつつき始めたのだ。
そういえば鳩って地面をつついて石を食べるとか聞いたことがあるなと思いながら、本当にそうなのだろうかと覗き込んでみた。
イツキはただ同じ一点だけを集中的につついていた。
傍にいる諷杝にも脇目も振らず、嘴を地面に突き立てては土を抉る動作を繰り返す。
まるでそこに何かが埋まっていて、掘り当てようとしているかのようだった。
白い鳩の周りに、土の飛沫が飛び散る。諷杝の方にも飛んできたが、特に気にはならなかった。
諷杝は横から手を出すこともなく、じっとイツキの動作を見守っていた。
どれくらい掘り進めたのだろう、やがて、乾いた金属音が聞こえた。嘴が土でないものに当たった音だった。
白い鳩が顔を上げて、諷杝の方に体ごと向きを変える。
「イツキさん?」
諷杝は抉られた地面を覗き込んだ。
そこには、錆びの浮かんだ何か金属片が見えた。埋まっている何かの一部だろう。
「これは……?」
諷杝が白い鳩に目をやると、白い鳩は軽く小首を傾げた。
そして、嘴についた土の汚れを落とすように頭を二、三度振り、白い翼を広げた。
バサリ、と音を立てて舞い上がる。
大樹の枝葉の間を器用に潜り抜けて上昇し、すぐに諷杝の視界から消えてしまった。
諷杝はしばらく頭上を見上げていたが、やがて地面に埋まった金属片に視線を戻した。
これは何だろう?
上空から、鳩の鳴き声が聞こえた。イツキだろうか。
『ここ掘れポッポーというやつだよ』
「え?」
突然聞こえた人の声に周りを見渡すが、誰もいない。
もう一度頭上を見上げるが、やはりイツキの姿も見えなかった。
「ここ掘れポッポー?」
ここほれわんわん、ならつい最近も聞いたような気がする。
(ああそうだ。僕の仮装の花咲かじいさんだ)
おじいさんが飼っていた白い犬が、「ここ掘れわんわん」と鳴くのである。
まさかその鳩バージョンなのか? ――そんなことを思っているうちに、視界がふわふわとしてくる。
(この金属片は一体何……)
霞んでいく視界の中、地面に見える金属片に手を伸ばす。
やがて金属片どころか、自分の手すらも見えなくなった。
***
「諷杝君。そろそろ帰らなくて良いのかい?」
「!」
そっと肩を揺すられて諷杝は目を開いた。
目の前に髭を生やしたマスターの顔があった。
「気持ち良さそうに眠っていたからそっとしておいたけど、もう七時になるし」
「すみません。今日はちょっと疲れていて」
学校では水無月祭の仮装行列で花咲かじいさんに扮し、途中少しサボったといえど何とかクラス担当の役割は果たした――はずだ。
(でもただ疲れただけじゃない)
疲れの中に、少しの心地よさがある。
それはきっと、あの二人に自分がしたいことを言葉にして伝えられたからだろうと思う。
也梛と矢㮈と一緒に、あの曲の続きを作る。
残された高校生活の中で、諷杝が一番に優先したいこと。
諷杝は伸びをして固まった体をほぐすと、いつの間にか肩にかけられていた薄布をマスターに返した。
「これありがとう」
「いやいや。寮に戻って今夜はぐっすり眠ると良い」
「はい」
也梛はいつもの如くバイト、矢㮈も今日はバイオリンのレッスンがあるとかで帰って行った。そのため諷杝は何となく音楽喫茶『音響』まで来たのである。
マスターの淹れてくれた美味しい珈琲を飲んでいるうちにやがてうとうとしだし、結局眠り込んでしまったらしい。
もう一度礼を言って外に出ると、じっとりとした空気の中に少しだけ涼やかな風が通り過ぎた。
『音響』から彩楸学園まではそう離れていない。校門から徒歩十分で余裕で着く。諷杝はのんびりと歩き、校門を入ってすぐ脇道に逸れた。桜並木を真っ直ぐに行けば校舎だが、寮に戻るにはこちらだ。
遠く部活動の声を聞きながら、遅くまで頑張っているなあと他人事のように思う。
周りに他に人影はなく、かえって諷杝にはそれが落ち着く。ここ一年程は也梛といることが多かったせいか一人行動もずいぶん減ったが、それでも基本は一人が気楽だ。
羽音が聞こえて、振り返る。もう暗いこの時間に飛んでいる鳥とは珍しかったが、諷杝には一羽だけ心当たりがあった。
「イツキさん」
予想通り、足元に着地したのは白い鳩だ。諷杝に懐いている、友人とも言える鳩。
諷杝が勝手にイツキと名付けたその鳩は、じゃれつくように諷杝の足元をぴょこぴょこと跳ね回る。
(そういえば……変な夢を見たような)
ふと思い出す。
マスターに起こされる直前まで、妙な夢を見ていたような気がする。そしてその夢には、この白い鳩も登場していたような……。
諷杝はしゃがみこみ、イツキの頭に手を伸ばした。
しかしいつもなら向こうからすり寄ってくる人懐こい鳩が、今日は諷杝の手を躱して白い羽を広げた。
「イツキさん?」
白い鳩はゆっくりと飛翔すると、諷杝の頭上を旋回してまた戻って来た。今度は着地にせずに少し上を飛んでいる。
「僕をどこかに連れて行こうとしてる……?」
立ち上がった諷杝を確認して、イツキは誘導するように飛び始めた。
寮に向かっていた道を戻り、校舎の方へ向かう桜並木の道を行く。すれ違う部活帰りの生徒が、白い鳩とその後を追っていく諷杝に少し不思議そうな視線を向けたが声をかけて来る者はいなかった。
昇降口に入る校舎を回り込むようにして中庭を抜ける。日が落ちた学園内は静かで少し寂しい。だが不気味さはほとんど感じない。先導してくれる白い鳩がいるからだろうか。
辿り着いた先は、よく見知った大樹の所だった。本日の昼間も訪れた、あの『灯の樹』が目の前にある。
その大樹の根元にふわりと白い鳩が舞い降りた。
じっと諷杝を見て、少し首を傾げたような仕種をしたかと思うと、徐に根元の地面の一点をつつき始めた。
(……あれ? これ……)
どこかで見た光景だった。
白い鳩は地面の中に何かを探すように、一心につつき続けている。
(地面の中から出て来るのは……)
やがて、乾いた金属音が耳に入って来た。
地面の中から覗くのは、錆の浮かんだ金属片。
イツキが嘴を上げて、諷杝の方を向いた。確認しろ、とでも言いたげな表情に見えた。
諷杝はごくりと唾を飲み込み、イツキがつついて抉れた地面を覗き込んだ。
一部しか見えない金属片だったが、その周りを少し掘ってみると、箱であることが分かった。
「何これ……? ひょっとして誰かのタイムカプセルか何か?」
タイムカプセルだとしたら諷杝が勝手に掘り起こして良いものではない。
「あのー、イツキさん?」
気になるもののこのまま掘り起こしていいものか、それとも見なかったことにして埋め直すか迷って白い鳩を見る。
イツキは頭を二、三度振って嘴についた土を振り落とすと、白い翼を広げた。
束の間、円らな黒い瞳で諷杝をじっと見つめる。
「イツキさ――」
羽音を立てて、白い鳩は舞い上がった。
大樹の枝葉の間を器用に潜り抜けて上昇し、すぐに諷杝の視界から消えてしまった。
諷杝はしばらく頭上を見上げていたが、やがて地面に埋まった金属片に視線を戻した。
上空から、鳩の鳴き声が聞こえた。イツキだろうか。
『ここ掘れポッポーというやつだよ』
頭の中に、どこか懐かしい声が響いた。
「! 樹さん……?」
思わず顔を上げて『灯の樹』を見る。しかし当然ながら、聞こえたと思った声の主の姿は見えなかった。
「……はは」
独りでに笑いが漏れた。
幻聴? また自分はどこかおかしくなったのだろうか?
以前、まだ也梛たちと会う前に彼と話すことができていた自分を思い出す。
「僕は也梛たちと音楽をやるって決めたのに。何で今頃……」
彼が一番、誰よりも諷杝に音楽仲間ができることを願ってくれていたはずだ。
呆然とする諷杝の頭に、また先程の声が聞こえて来た。
『逆だよ、諷杝。お前が前に進めたと知ったから。だから、オレからご褒美だ』
「――え?」
『前にも言っただろう? ――可愛い後輩たちよ、オレたちが羨ましがるくらいの楽しい音楽時代を築いてくれ』
それきり、彼の声は聞こえなくなった。
諷杝の視線の端に、地面から少しだけ覗く金属片が鈍く光って映りこんだ。
ふと、頭の中にあの校歌の替え歌の一フレーズが蘇る。
『灯に願いをこめて 樹の下に集まろう』
そしてその日以来、あの白い鳩の姿を見ることはなかった。
読んで下さってありがとうございます。作中の季節と同じスピードで進められればと思っていたのですが、やはりそうはいかないようです。相変わらずマイペースの更新になりますが、よろしければお付き合いくださいませ。
(2020.08.16)




