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  作者: 葵月詞菜


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合唱部の伝統<後編>

※前話第41話「合唱部の伝統<前編>」の続きです。

【主な登場人物紹介】

・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校新2年生。バイオリンを弾く。

高瀬たかせ 也梛やなぎ…同高校新2年生。キーボードを弾く。

海中わたなか 諷杝ふうり…同高校新3年生。ギターを弾く。父親の残した楽譜を探している。

【その他】

築地つきじ 果歩かほ…3年生。合唱部部長。

・イツキ…諷杝に懐いている白い鳩。

五.

 翌日の放課後、不本意ながら途中で一緒になった高瀬と共に合唱部の部室に向かうと、そこにはすでに築地果歩(つきじ かほ)諷杝(ふうり)が待っていた。

 聞いていた通り本日合唱部の活動は休みで、他の部員の姿はない。

「お疲れ様です、二人とも」

 果歩がにこりと微笑むのに会釈しながら部室に入る。

「では早速ですが、荷物を置いて倉庫に行きましょうか」

 長机の上には諷杝のらしき鞄が置かれていた。矢㮈(やな)と高瀬もその横に並べるように置き、今来たばかりの階段を降りて建物の外に出た。

 果歩の誘導に従って部室棟の裏手にまわる。体育館裏のような雰囲気があった。地面には雑草が生い茂り、すぐそばにはもう林が広がっている。誰もいないひっそりとした場所だった。

 その奥に、部室棟の端に隣接するように長方形の建物があった。ぱっと見ではコンテナのようだ。

 築地は倉庫の鍵を開けて取手に手をかけた。横にスライドして空いた扉の中、差し込んだ光に埃が舞うのが見えた。

 入り口付近にはポールやブロックが詰まれ、その他掃除用具なども雑に放り込まれていた。

「こちらです」

 果歩が奥にある、壁に添うようにして並ぶスチールロッカーを示す。うち一つの前に立ち、ついていた錠を外した。

 縦長のロッカーの中は数段に仕切られており、そこにはひたすらに紙の束が詰め込まれていた。

「うわあ、何これ」

「いつかのお前の父さんのロッカーを思い出すな」

 諷杝と高瀬が乾いた笑いを漏らす。

 果歩も苦笑するように小さく肩を竦めた。

「旧校舎にあった分は新しい今の部室に移したんですけど、さすがにこちらまでは手が回らず……」

 それはそうだろう。彼女も言っていたが、ここにあるのはもう二十年以上前のものも含まれる。紙も劣化して変色しているものがほとんどだった。

「ここまで来たら、もう古いのは処分しても良いような気がするんだけど……」

 諷杝が呆れたように言うと、果歩も頷いた。

「ですよね。先輩たちには悪いですけど……」

「ていうか、そもそも置いとくならもっと保存状態を考えるべきでは」

 高瀬が至極当然のことを言うのに、矢㮈も同感だった。

 そもそも、全体的に扱いが雑なのだ。恐らくこれはここ数年の問題ではないだろう。

(母さんがいた時からこんな保存状態だったのでは……?)

 矢㮈の偏見であることは百も承知だが、少し合唱部のイメージが変わったような気がする。ちょっと、軽音部の雑さを思い出した。

「ええっと、笠木さんのお母さんはいつの卒業生でしょうか?」

 果歩が気を取り直して訊ねながら、制服が汚れないように気を付けてロッカーの前に屈む。

 矢㮈は母親に事前に確認していた卒業年を伝えた。果歩はロッカーの中段より少し下あたりを探り、「ここですね」とその年の紙束を見付ける。年ごとに一つの束になっているようだ。

 思ったより分厚いそれを見て、横から高瀬が手を差し出した。

「上押さえときます」

「ありがとうございます」

 上下の束も一緒に引き出さないように、ゆっくりと該当の年の紙束を抜き出す。

 紐で綴じただけの簡素な紙束の一番上は、表紙の代わりだろう厚紙に卒業年度が記されていた。劣化した厚紙は粉を噴いてざらざらとした手触りだった。

「そういえば前に矢㮈ちゃんのお母さんが言ってたけど、うちの父親と年代一緒なんだね」

 諷杝が思い出したように言う。

「ああ、そういえば母さん、諷杝のお父さんが組んでたっていうバンドを知ってたんだっけ」

 矢㮈も思い出して相槌を打った。確か母親曰く、当時人気があったグループだったと。

「まあ母さんのことだから、一人のミーハーなファンだったような気がするけど」

 勝手にそんなことを想像して小さく笑う。諷杝は「そうかもしれないね」と微笑んだ。

「では笠木さん、どうぞ」

 果歩から分厚い紙束を受け取り、近くの箱の上に置いて表紙を捲ってみた。

 前置きの紙も何もなく、いきなり何かの曲の楽譜が現れた。

「あ、これあれじゃない。音楽番組で懐かしの曲で聴いたことある」

「ああ、曲名は知らなかったが俺も聴いたことあるな」

 横から覗き込んだ諷杝と高瀬がぼそぼそと言う。

 曲名を見てもぱっとしないが、音符を辿るとだいたいのメロディは掴める。特に高瀬にいたっては、頭の中でピアノの音色で正確に再生されているのだろうと思う。

 楽譜には余白にメッセージが書き込まれていたり、メモやらくがきが残っていたりする。思い出に残そうというものなのか、綺麗な楽譜そのものよりも、書き込みのあるものをそのまま残している生徒が多かった。

 様々な場所に書かれた名前を確認しながら一枚一枚捲っていく。せめて名前の書く場所を統一、もっといえば名前を五十音に並べてくれていれば探すのが楽だったのに違いない。人によっては楽譜の一部分だけの者もいれば、数ページ分まるごと残している者もいる。

「あ、あった。これだ」

 矢㮈は三分の二程進めたところでその名前を見つけた。

「小峰……ああ、そうか。矢㮈ちゃんとは名字が違うよね」

「うん、母さんの旧姓は小峰なの。小峰唱奈」

 母親が残したのはたった一枚の楽譜だった。それは矢㮈もよく知る楽譜だった。

「やっぱり校歌じゃん!!」

 今も歌い継がれている、彩楸学園の校歌だ。学生証にも載っているし、選択の音楽の授業でプリントされたものも配られた。

 何の面白みもない、とがっくり項垂れた矢㮈に、高瀬が「ちょっと待て」と譜面に人差し指を伸ばした。

「何か書いてある」

「え?」

 よく見ると、音符の下、本来なら校歌の歌詞が書かれているところが手書きになっていた。

「……ちょっと待って、これ校歌じゃなくない?」

 諷杝がじっと目を凝らす。

 その歌詞は校歌のものとは全く違っていた。音符は明らかに校歌のメロディを紡ぐのに、それに沿う詞は聴いたことがない。

「これ、替え歌じゃないか? ……しかも結構面白い」

 高瀬が珍しく横を向いて小さく噴き出す。

 歌詞は学校生活のあれこれを上手く旋律に合わせて作り込まれている。違和感なくぴったり収まっているところがある意味すごい。

「矢㮈ちゃんのお母さん、なかなかやるね。センスあるよ」

 諷杝までもがそんなことを言い出し、矢㮈は自分のことのように少し気恥ずかしく感じた。

「ええ~これホントに母さんが考えたのかなあ……。絶対友達と一緒に考えたんだと思うよ……」

 娘から見て、母親にこういった詩のセンスがあるようには思えない。

「折角ですから、お母さんにも見せてあげたらどうですか?」

 ずっと矢㮈たちを静かに見守っていた果歩が口を挟む。

「え、良いんですか?」

「ええ。またこのロッカーにしまったら、次いつ日の目を見るか分かりませんから。――まあ、お母さんにとっては懐かしくも気恥ずかしい思いをされるかもしれませんが」

「大丈夫ですよ、うちの母さん、そういうとこはのほほんと懐かしく受け入れるタイプです」

 諷杝や高瀬にも見られたと知ったら恥ずかしがるかもしれないが。

 果歩は母親の楽譜を丁寧に紙束から抜き取って、矢㮈に渡してくれた。

「ありがとうございます、築地先輩」

「いえいえ、私こそ面白い校歌の替え歌を見れて楽しかったです。自分の時は何を残そうかと少し楽しみになりました」

 果歩はふふと楽しそうに笑って唇の前に人差し指を立てた。



六.

 合唱部の部室に戻って荷物を回収し、矢㮈たちは果歩と別れて校舎の方に向かっていた。

中途半端な時間だ。まだ日は暮れていない。

「今から屋上行く? それとも……久しぶりにマスターのとこにでも行く?」

 諷杝の提案に、

「コーヒー飲みたい」

「あたしも『音響(おとひびき)』行きたいー」

 高瀬と矢㮈はほぼ同時に口を開いた。諷杝がふっとおかしそうに笑う。

「うん、じゃあそうしようか」

 言って進路を校門の方へ変更した時、頭上からバサバサッと羽音が聞こえた。すぐに地面に白い鳩が舞い降りる。

「あ、イツキさんだ。久しぶり!」

 諷杝に懐いているマイペースな鳩である。イツキは挨拶代わりとでもいうように矢㮈の周りをトコトコと歩き回り、ついでに高瀬の足を突いて諷杝の元に戻る。

「俺にだけ態度悪いな。おい諷杝、お前ちゃんと躾とけよ」

 眉を顰める高瀬に、矢㮈は諷杝と共に笑ってしまった。

「きっと本能だよ。高瀬が敵っていう」

 つい心の声を漏らして、高瀬にじっとりとした目で睨まれた。

 イツキは暫く諷杝の頭の上に――彼にとってはそこが定位置なのだ――止まっていたが、急に矢㮈の方に向かって飛んで来た。

「ちょっ……イツキさん! 何!」

 白い鳩は矢㮈が手にした、母親の譜面の入った透明のファイルを狙って嘴を伸ばしてきた。思わず腕を上げてそれを躱す。

 地面に降り立ったイツキはじっと矢㮈の頭上にあるそのファイルを見つめていた。

「……イツキさん?」

 その視線に誘われるように矢㮈は視線を上げ、ファイルを見た。

 無色透明のファイルの中に入った譜面は、まだ明るい日差しを受けて半分透けて見えた。そして――

「あれ?」

 矢㮈は目を凝らしてその透けた譜面をなぞった。

「どうした」

 怪訝そうに高瀬が言う。

「ねえ、これ、裏にも何か書いてない?」

「は?」

 矢㮈はファイルから紙を取り出し、裏を向けた。薄汚れた裏面に、薄っすらと書かれた手書きの譜面を見付けた。

「え、何これ」

 先程の倉庫では暗くて気付かなかったようだ。そもそも、校歌の譜面は紙の表だけで十分足りるから、まさか裏面まであるとは思わなかったのだ。

「これは……校歌じゃないね」

 矢㮈の手元を覗き込んだ諷杝が譜面に目を走らせ、ふと顎に手を遣って何か考えこむ様子を見せた。

「諷杝?」

「矢㮈ちゃん、ちょっと貸してもらっていい?」

 頷いて諷杝にそれを渡すと、諷杝はそれを高瀬にパスした。

「也梛、このメロディに覚えない?」

 高瀬は譜面を受け取るとそれを光に透かすようにして見た。じっと目を凝らしていたが、やがて見辛かったのか徐に眼鏡を外した。

 珍しい裸眼姿に矢㮈は思わず見惚れてしまった。そう、元々高瀬は眼鏡をかける程視力は悪くない。いつもかけているのは伊達だ。

 高瀬はじっと音符を追いかけ、やがて眉間に皺を寄せたまま諷杝を振り返った。

「これに似た旋律を、お前の父さんが残した楽譜の中で見たような気がする」

「完全に一致ではない?」

「違うな。俺の記憶が正しければ、少し違う気がする」

「……なるほど」

 諷杝が口の端に微かに笑みを浮かべ、矢㮈を見た。

「矢㮈ちゃん、ごめんだけど、これ少しの間貸してくれない?」

「え? 別に良いけど……何か分かったの?」

「うーん、ちょっと確認したいことがあって。それから……」

 諷杝は矢㮈の顔を見つめて言葉を途切れさせた。

「それから?」

 矢㮈が小首を傾げると、彼はふっと笑って首を横に振った。

「――ううん。これはルール違反かな」

「え?」

「いや、何でもない。何か分かったらちゃんと矢㮈ちゃんにも話すから」

「? うん」

 結局諷杝が何を言いたかったのかは分からずじまいだ。上手くはぐらかされてしまった。

 高瀬は相変わらずじっと譜面を見つめていたが、やがてそれを諷杝に返した。諷杝は紙を元通り透明のファイルにしまう。

「じゃあ、マスターの所に行こうか」

 心なし、諷杝の声はどこか弾んで聞こえた。

 その足元を、ひょこひょこと白い鳩が弾むように歩いていた。



七.

「母さん、校歌の替え歌を残してたのねー」

 音楽喫茶『音響』から帰宅した矢㮈は、早速母親に今日のことを報告した。母親は軽く目を見開き、

「あらまあ、本当に探したの? 全くあなたって子は……」

 呆れたように小さく息を吐いた。だが別に怒ったり恥ずかしがったりという様子はなく、いつも通りにおっとり微笑んでいた。

「諷杝と高瀬もセンスあるって褒めてたよ」

「あら、それは嬉しいわね」

 ふふと笑いながら紅茶を飲む母親。

「ねえ、あの替え歌って母さんが一人で考えたわけじゃないでしょ?」

「ええ、もちろん。当時の友人たちとみんなでね」

 やっぱり、と思う。母親はそこで少し懐かしそうに目を細めた。

「一緒に部活してた人たちと?」

「……まあ、似たような友人たちとね。ふふ」

 当時を思い出したのか、母親は楽しそうな表情をしていた。

「そういえば、あの裏面にも手書きの譜面があったんだけど……あれは何だったの?」

 矢㮈が尋ねると、母親は一瞬虚を突かれたような顔になった。

「……替え歌の裏に、譜面なんて書いてあったの?」

 逆に問い返されて頷く。もしかして母親はそのことに覚えがないのだろうか。

「うん、薄っすらとだけどね。で、それが何か気になるって言って諷杝と高瀬が」

 母親はじっとカップの中の薄茶の表面を見つめ、「そう」と息を吐いた。

「……母さん?」

 吐いた息で波だった水面を見ながら、母親は独り言のように呟いた。

「……ああ、そういえば書いてたかもしれないわね……みんな思いついたままに書き散らかしてたから……」

 母親は苦笑めいた笑みを零し、やっと矢㮈の方を見た。その時にはもういつも通りの、おっとりとした優しい母親がそこにいた。

「矢㮈の話を聞いていたら、私も久しぶりにあの校歌を見たくなったわ」

「いくら母さんでも、あの替え歌見たらさすがに恥ずかしいかもね」

「あらそれはどういう意味かしら」

「譜面が戻って来たら父さんと弓響にも見せてあげようっと」

「それはちょっと……恥ずかしいかもね」

 困ったように、でもそこまで困ってなさそうに微笑む母親を見ながら、矢㮈は先程彼女が見せた珍しい表情を思い返して不思議に思っていた。



八.

「諷杝、あったぞ」

「そう」

 寮に戻ってから、也梛は早速例の楽譜からとあるメロディを探す作業に取り掛かった。と言っても、だいたいの曲はすでに何回か目を通して頭に入っているため、あらかじめ見当をつけた譜面を探すのは苦ではなかった。

 目的の楽譜は思ったよりもすぐに見つかり、也梛はその箇所に付箋で印をつけて諷杝に見せた。

「ここだな。この部分を除いてほぼ一緒だ」

「ホントだ」

 諷杝は改めてその楽譜自体をじっくりと眺めた。也梛もその横から覗き込んだ。この楽譜もまた用紙一枚に綺麗に収まった短い曲だ。

「……ん?」

 也梛はふと思うことがあり、キーボードを引っ張り出した。音量を絞ってその旋律を奏でる。

(これ、何か……)

 何度か繰り返し弾いていると、諷杝がふいに歌い出した。

 楽譜に歌詞は書かれていない。だが諷杝は明らかに何かの歌詞を口ずさんでいた。

(こいつは一体何を歌い出したんだ?)

 普段から適当に歌い出すようなやつなのでそう不思議なことではない。だが、よくよく聞いてみるとその詞にはどこか覚えがあった。

 キーボードの手が止まる。諷杝は相変わらず歌い続けている。

「……それ、笠木の母さんのあの替え歌か」

 諷杝が微かに頷く。その時になってようやく、也梛は気付いた。

 この諷杝の父親が残した譜面は、校歌をアレンジしたものではないか?

(そういえば何となく知ってるような気がするなとは思っていたが……)

 記憶にある校歌の譜面を引っ張り出して爪弾きながら、一音一音を確認する。――やはり、オリジナルは校歌の可能性が高い。

「これ、校歌を元に編曲したものじゃないか?」

「うん、僕もそう思う」

「……じゃあこの校歌の裏に書かれた手書きの譜面も、お前の父親が書いたやつってことか?」

 だとすれば、なぜ矢㮈の母親が残した楽譜の裏面に書かれていたのだろう。もしかして、彼女の母親と諷杝の父親には接点があったのだろうか。

「さあ、それはどうだろうね。筆記が薄いから分かり辛いけど、ちょっと父さんの譜面とは筆跡が違うような気もする」

 冷静に言う諷杝に、也梛も改めて二つの譜面を見比べた。確かに彼の言う通りだ。

(ん……? これはむしろ……)

 也梛は諷杝の父親が残した方の譜面の、余白に書き込まれた角ばった几帳面な文字を見た。薄い筆記は、むしろこちらの筆跡に似ていないだろうか。

「なあ、諷杝」

「ん?」

 譜面を見つめたまま、彼の方は見ずに言う。

「お前、『ZIST』のグループのメンバーはもう知ってるんだろ?」

 その問いにすぐに返答はなかった。諷杝はどう答えるか迷うように沈黙し、それから困ったように眉を下げた。

「まあ、ね。父親から直接聞いたことはなかったけど、並早先生に聞いたら一発で分かったよ」

 並早の兄もまた、諷杝の父親が組んでいたバンド『ZIST』のメンバーだったからだ。

「ぶっちゃけ、お前がどうしても父親の楽譜を見付けたいなら、その人たちに聞いた方が早いような気がするんだけど」

 也梛がぶっきらぼうに言うと、諷杝は頷いた。

「そうだね。也梛の言う通りだよ。でも」

「でも?」

「多分、その人たちもあの曲の楽譜だけは知らないと思うんだ」

「どういうことだ?」

 諷杝は少し考えこむように目を伏せた。

「メンバーが誰だったかについてはスルーさせてもらうけど、僕は父さんと並早先生のお兄さんの(いつき)さん以外の二人にも会ったことがある。その時の反応からして、二人共あの曲の楽譜については知らないみたいだった」

「それは、あの曲の存在自体を知らなかったということか?」

「分からない。そうかもしれないし、もしくは完成していなかったのかもしれない」

 諷杝が目を上げて也梛の黒い瞳を覗き込む。

「父さんが誰にも見せずに一人で作っていたとも考えられる」

「それか、彩楸学園を卒業してから作ったか、だな」

 也梛の付け足しに諷杝は小さく頷いたが、「うーん」と何とも煮え切らない表情を見せた。

「でもわざわざ『彩楸学園』ってヒントを出すくらいだから、絶対『ZIST』は関わってるような気がするんだよねえ。でも副理事長も父さんの楽譜については首を傾げてたし……」

 也梛はもう一度二つの譜面に視線を落とし、付箋を貼った箇所を見た。一部だけ違っているフレーズだ。

「何でここだけフレーズが違っているんだろう」

 そのフレーズで鍵盤を鳴らしてみる。少し雰囲気は変わるが、特におかしいということもない。

「歌詞は『灯に願いをこめて 樹の下に集まろう』、か」

 諷杝が呟いて、そこではたと動きを止めた。也梛も同時にはっとして、お互いに顔を見合わせた。

「ヒノキ!」

 それは初夏に行われる彩楸学園の行事、水無月祭に纏わる『(ともしび)()』のことだった。今では仮装行列で賑わうお祭り行事となっているが、元々は『灯の樹』と呼ばれる大樹にランプを取り付け、一つずつ明かりを灯して、暗く憂鬱な梅雨を明るくしようというものだったという。

 昨年、その『灯の樹』から諷杝の父親が残したのだろう紙切れが見つかっていた。

 あの大樹にはまだ何かあるのだろうか。少なくとも、諷杝の父親にとっては特別なものなのかもしれない。

「……本当に壮大な宝探しだな」

 ふうと大きく息を吐いた也梛に、諷杝が苦笑した。

「全くだよ。もう少しちゃんとヒントを残してほしかったよねえ」

 也梛はぼんやりと譜面の余白に書き込まれた、角ばった几帳面な文字を見つめていた。

 一番初めに目を通した時から思っていたが、文字自体にも、そしてコメントの内容にも決して柔らかさはないのに、それでもどこか安心する不思議さがあった。

(この字、どっかで見たことあるような気が……)

 頭の片隅にそんな思いが過ったが、結局は思い出せなかった。これまでの学校生活の中で見た友人か誰かの字かもしれない。

「もう一回、あのヒノキは調べてみよう」

 諷杝の言葉に、也梛も考えを中断して頷いた。

「ああ、あの時には気付かなかった何かがあるかもしれないしな」

 自分たちが前進しているのか後退しているのかは最早分からなくなっていた。

 とりあえず、掴んだヒントを元に、気になることには手当たり次第当たっていくしか方法はなかった。


更新が遅くなりすみません。

本年もよろしくお願いいたします。

(2020.02.03)

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