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  作者: 葵月詞菜


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選んだもの〈中編〉

※前話第37話「選んだもの〈前編〉」の続きです。

【主な登場人物紹介】

・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校1年生。

高瀬たかせ 也梛やなぎ…同高校1年生。キーボードを弾く。

海中わたなか 諷杝ふうり…同高校2年生。ギターを弾く。

【その他】

若宮わかみや たく…前の中高での高瀬の同級生。

小影こかげ…同上。

芳賀はが…同上。

鶴見香凜つるみ かりん…同上。

三.

 とある店の奥スペースを貸し切って、イベントの打ち上げが行われていた。若宮の従兄弟であり楽器店店員の佳孝(よしたか)が、気を利かせて知り合いの店を手配してくれたのだ。後から佳孝も何人かの知り合いと共に来店すると言っていた。

 テーブルの上には和洋中のパーティオードブルが用意されていて、色とりどりの料理が食欲を刺激する。小影が早くも皿を持ちトングを構えているが、まずは乾杯が先だろう。

 也梛(やなぎ)が飲み物を探して視線を彷徨わせたところへ、矢㮈(やな)諷杝(ふうり)がそれぞれグラスと飲料の入ったポット状の容器を載せた盆を手にやってきた。

 矢㮈がグラスを一つこちらに差し出し、諷杝が尋ねて来た。

「何飲む? 烏龍茶とオレンジジュースとリンゴジュースとジンジャーエールがあるけど」

「俺は烏龍茶でいい」

「了解」

 烏龍茶のボトルを手に持ち、也梛の持つグラスへと注ぐ。也梛は彼のその様を興味深い気持ちで見ていた。

「矢㮈ちゃんは?」

「あたしはオレンジジュースにしようかな」

「……お前がそんなに甲斐甲斐しく働いてるのは珍しいな」

 也梛はオレンジジュースのボトルを傾ける諷杝を横目にボソリと呟いた。いつもならぽけーっとして、むしろ周りの者が――特に也梛が――あれやこれやと世話を焼くことになるのに。

「ひどいなあ、也梛。僕だってこれくらいやろうと思えばできるよ」

 なぜそこで胸を張る。小学生か。也梛は呆れたように息を吐いた。

「みんな飲み物持ったかー? 乾杯するぞー!」

 若宮がジンジャーエールの入ったグラスを片手に無駄に声を張り上げる。普段もそうだがそれ以上に気分がハイになっているようだ。

 諷杝は飲み物の容器が載った盆を下げ、自分のグラスを持って戻って来た。グラスの中は也梛と同じ烏龍茶だ。

「じゃあ今日はお疲れ様ってことでー、かんぱーいっ!」

 どんだけ適当な音頭なんだ。進学校学年一位のやつの音頭とはとても思えないおざなりさに眉を顰めつつも「乾杯」と唱和した。

 諷杝とグラスを合わせた後の矢㮈と目が合って、どちらからともなくずいとグラスを突き合わせる。

「今日はミスらなかったでしょ? あたし」

「ああ、まあ及第点だな」

 いつものやりとりだ。また余計な一言を、と微かにむくれる矢㮈に苦笑しながら「お疲れ」の意味を込めて彼女のグラスにコツンと合わせる。

 一口目を飲む前に若宮がやってきてまた小さく乾杯をすることになった。

「高瀬。今日までありがとうな」

「こちらこそ。小影と芳賀も上手くいって良かったな」

「もうオレ本当緊張したあ~」

「オレも上手く弾けてるのか弾けてないのか、正直分からなかった」

 小影と芳賀が困ったように笑い合っていた。

「俺から見たらちゃんと最低限は弾けてたと思うけど」

「それならいいけど……ってお前、最低限って何だよ」

 小影が目敏く也梛の言葉尻を捉える。

「そのひねた物言い、お前らしいよなあ、高瀬」

「同じくひねくれてる芳賀に言われたくない」

 芳賀が長い前髪の向こうで目を細めたのが分かった。むっとしているというよりはどこか懐かしく感じているように思えた。そういえばこいつとは昔からこうだった。

 そんな也梛たちの会話を聞きながら若宮が楽しそうに笑っていた。

「さあ、お腹もすいただろ。たくさん用意してくれたから目一杯食べてけ」

 若宮の言葉と共に皿を持ったそれぞれがオードブルに突進していく。

 その一段に加わらずに少し遠目に窺っている諷杝に目をやり、也梛はすかさず釘をさしておくことにした。

「諷杝。お前もちゃんと食べろよ。野菜もきっちりとること」

 諷杝が眉をハノ字にしてこちらを見上げて来る。

「……ホント君ってオカンだよねえ」

「言っとかなきゃお前はあまり食わないだろ」

 諷杝の食事は極端だ。別に大食でも特別小食でもないのだが、朝はヨーグルト一個で満足するし、面倒くささに負けて平気で食事を抜いたりもする。也梛がオカンのように彼を促すようになるまで、大きな病気をしなかったことが奇跡だ。

「はいはーい。ちゃんと食べますよ~」

 諷杝がすねた子どものように言って皿を片手にテーブルに近付いて行く。

入れ違いに、皿にこんがり焼けたおにぎりと何種類かのおかずを載せた矢㮈が戻って来た。

「……おにぎり?」

「うん、焼きおにぎり、香ばしそうでおいしそうだったから」

 彼女の場合は初めから炭水化物でがっつりいくタイプらしい。

「あ、矢㮈ちゃんおにぎりいったんだな。それ実はこの店の人気メニューなんだぜ」

 大量に盛った料理がほとんど茶色の皿を片手に若宮が戻って来る。

「甘辛味噌ダレが絡めてあってさあ~」

「ああ、この漂ってくる匂いはそれなんだ」

 矢㮈がおにぎりに顔を近づけて幸せそうな表情になる。

「おう、早く飯にしようぜ。矢㮈ちゃんとはいろいろ話したいと思ってたんだよなあ。あっちで食べよう」

 若宮が自然な流れで矢㮈を椅子のあるテーブルの方へ誘導する。

「若宮」

 思わず声が出た也梛に若宮は軽くウインクを返した。何だそのウインクは。也梛の眉間に立て皺が寄る。

「大丈夫。高瀬に関しては武勇伝しか話さないってば。安心しろ」

 武勇伝って何だ。一体也梛の何を話すつもりなのか。もう不安しかない。

「……お前、余計なこと言ったらマジで許さねえからな」

「あははー。余計なことって何だろうなあ?」

「おい笠木。このバカがあまりふざけたことばっか言ってたら遠慮なく報告しろ。そしてお前も本気にするな」

 矢㮈は苦笑し、若宮は最後まで楽し気に笑いながら矢㮈と一緒にテーブル席に向かって行った。

「あれ? 矢㮈ちゃんは?」

 何とか也梛の言いつけ通り野菜を交えて料理を取って来た諷杝が戻って来た。ちらと見て、まずまずの及第点だと心の中で頷く。

「あいつは若宮とあそこのテーブルにいる。諷杝、お前も行け」

「うわあ、さすが若宮君相変わらず手が早いなあ」

「嫌な言い方するなよ。相手は笠木なんだぞ」

「それはそうだね。じゃあ僕もお邪魔してこよーっと。也梛も早く料理取っておいでよ。早く行かないと小影君があらかた食べつくしちゃうよ」

 諷杝が微笑んで、軽い足取りで矢㮈たちのテーブルに歩いて行く。

 言われて料理の並ぶテーブルの方を見遣ると、早くも第二弾を物色しているらしき小影の姿を見付けた。思わず小さく笑いを零す。

 自分も早く料理を取って諷杝たちのテーブルに向かおう。


 佳孝が店に現れる頃には、也梛たちのお腹は満たされ、同時に用意されていた料理もほぼ食べつくされていた。佳孝もそれは予想していたらしく、知り合いの店員に新たな料理――がっつりご飯系というよりはおつまみ系だ――と酒を注文していた。彼と一緒に来たのは楽器店の同僚数人だった。

「そうだ、カラオケセット持って来たんだ。拓、歌っていいぞ」

 酒が入っていたせいもあるのか佳孝が若宮に吹っ掛けると、若宮も気分がハイになっていたせいか「オッケー」と二つ返事で歌い出してしまった。途中、「お前らも歌えよ!」周りを巻き込んできたのはもうお約束だ。歌うのも好きな矢㮈と諷杝はあっさり歌い出してしまった。

(何なんだろうな、これ)

 烏龍茶のグラスを片手に也梛はぼんやりと彼らの姿を眺めていた。

 昔の友人たちと、今の音楽仲間たちが楽しそうに一緒に歌っている。上手い下手もない。ちゃんとハモっているわけでもない。

 でも、彼らはただ楽しそうだった。歌いたいから歌っている。今この時、たまたま一緒に歌っている。

「高瀬! 歌わないならキーボード弾けよ!」

 若宮がマイクに向かって叫ぶ。――マイクを使って声をかけるな。うるさい。

 也梛は眉を寄せて期待した目でこちらを見ている若宮を睨んだ。

 その横では諷杝と矢㮈の二人も期待の籠る眼差しをこちらに向けている。

「……」

 今日ばかりは仕方ないか。

 也梛はグラスをテーブルに置くと、部屋の隅に置いていた黒いキーボードケースに手をかけた。

「よっしゃ! じゃあオレのリクエスト曲は――」

 若宮の声の調子が一層跳ね上がる。だからマイクを通すな。うるさい。

 キーボードの調整を終えて顔を上げると、諷杝と矢㮈が笑っているのが見えた。



四.

 まだ佳孝たち大人組は夜の飲み会を続行していたが、也梛たち高校生組はあまり遅くならない時間にお開きとなった。

「ちっ、高瀬は家こっちだろ。もう少し付き合ってくれてもいいじゃん」

 店を出た所で、酒を飲んでいないはずの若宮がさっきからぐちぐちと絡んでくる。正直面倒くさい。

「実家に帰るのは来週の予定だ」

「別に今日でも良いだろー」

「……いい加減にしろよ。また帰って来たら会ってやるから」

「ホントかよ。オレから連絡しないと滅多にお前からは連絡寄越さねえくせに」

「……」

 否定はしない。痛いところを突かれて也梛は誤魔化すように視線を逸らせた。若宮が(むく)れつつもふっと笑みを零す。

「いや、今まではオレの方もどう声かけたらいいのか分からなくて連絡入れられなかったんだ。でもまあ、もう大丈夫。これからはいつでも連絡入れてやるよ」

「別に無理に入れなくても良い」

「入れてやるからな! 受験のストレス発散に付き合ってもらう!」

「……勝手にしろ」

 也梛は溜め息を吐いた。

 若宮が矢㮈と諷杝の方に視線を向けた。

「矢㮈ちゃんも海中も、今日までありがとうな。楽しかった」

「ううん、こちらこそ。楽しかった。ありがとう」

「うん。それにご馳走様」

 矢㮈と諷杝が二人そろって笑顔で頭を下げる。それを目を細めながら見ていた若宮だったが、ふいに諷杝だけに視線を定めた。

 どこか先程の緩んだ雰囲気とは違う、ピリリとしたものだった。

「海中」

「何かな?」

 対して諷杝はいつものようにのんびりした声を返した。

 若宮が一瞬眉を寄せて、しかし笑みを浮かべて口を開いた。

「基本、高瀬の友達はオレも好きになるんだけど、お前は別かなあ」

 笑顔とは裏腹の発言に、言われた当人よりも隣にいた矢㮈の方がぎょっとしているのが見て取れた。也梛の眉間にも無意識に皺が寄る。

 若宮は淡々とした口調で続けた。

「だってお前はオレから高瀬をとっちまったんだから。好きになれるわけがねえ」

 諷杝は曖昧な笑みを返すだけで何も言わなかった。内心何を思っているのかさっぱり分からない。

若宮が頭をガシガシとかいて舌打ちする。

「ほら、お前って前からそうだよな。何でお前なんかに高瀬は……」

「若宮」

 ついに也梛が口を挟むと、若宮は急に不貞腐れたような顔になった。

「分かってる分かってる。高瀬自身がこいつを選んだって言うんだろ。もう耳にタコができるほど聞いたっつーの」

「若宮、お前時々学年一の秀才なのかどうか分からなくなるな。精神年齢が低い」

「お前に言われたかねーよ! 海中追いかけて転校したお前に!」

 也梛は言葉に詰まって口を噤んだ。

「オレだってこんなこと今言う必要は無いって分かってる。だけどやっぱり言っておきたかったから。ずっと、海中に言いたかったことだから」

 若宮はそこで一つ深呼吸をすると、すっと表情を消した。もう一度諷杝を真っ直ぐに見つめる。

「海中。オレはお前が気に食わないけど、でも高瀬がお前を選んだってことは理解している。理解したくないけど、無理矢理理解したつもりだ」

 諷杝は相変わらず曖昧な笑みを浮かべたまま、ただ黙って若宮の視線を受け止めて聞いていた。

「だから……高瀬のこと、頼むぞ。こいつをいい加減に扱うならオレは許さない」

 いい加減に扱うって何だ、俺は諷杝にどういう扱いを受けるんだ、という疑問は口にはできず呑み込んだ。

(むしろあいつは俺のことをオカンだと思ってる節があるしな)

 也梛は心の中で小さく溜め息を吐いた。

 ずっと黙っていた諷杝がゆっくりと頷いた。

「うん、若宮君の気持ちはよく分かった。大丈夫、僕は也梛のこといい加減になんか扱ったりしないよ、絶対」

 その声は普段聞くものよりもずっと凛として聞こえて来た。彼にこんな声が出せたのかと意外に思う。

「もちろん矢㮈ちゃんのこともね。僕の音楽仲間は特別だから」

 諷杝の揺るぎない言葉に矢㮈と也梛は同時にはっとした顔になった。

 正直なようでいて、しかし本心ではなかなか何を考えているのか分からないことが多い諷杝が、そんな言葉を口にするとは思わなかった。

 也梛は驚いて諷杝をポカンと見つめるしかできなかった。

 彼はいつもの微笑みを浮かべたまま、全く以て普段通りに見えた。

 呆然とした也梛と矢㮈に気付いたのか、若宮が小さく息を吐きだした。

「……ホントお前はむかつくよ、海中」

「あはは、そっかあ。それは仕方ないね。でも、僕からも一つ良いかな?」

「今さら何だよ」

「僕だって君が羨ましいって思うこともあったよ?」

「は?」

 若宮がきょとんと目を見開く。

「昔の也梛を知っているからこその空気っていうのかなあ。也梛も君たちに対しては素直だった。――良くも悪くも」

「何だよいきなり」

「若宮君は僕よりずっと也梛と一緒にいたわけで、築いて来た関係は今も変わらない。僕よりもずっと也梛を知ってる」

「……知ってるよ。だからこそ」

「うん、だから、まだ会って一年ちょっとの僕に対してそこまでむかつくんだよね」

「……もういいよ。オレは高瀬のことを知ってるからこそ、あいつがお前の所へ行った気持ちも分からないでもない」

 若宮は「ああもう」と自分の金髪をぐしゃぐしゃと乱した。

「お前が本当にオレのことを羨ましがってたのかは知らないけど、まあ、言えてすっきりしたからもういいや」

「本当なんだけどなあ。てか若宮君って案外、言いたいこと言うだけ言って一人で完結するタイプなんだね」

 諷杝がふふと笑う。若宮がそれを見て睨みつけた。

「ああまたむかついてきた。もう何なんだよお前。あのギターと歌には文句つけようと思わないのに、海中自身はこれだから……」

「わあ、若宮君に歌を褒められるなんて光栄だなあ」

「別に褒めてねえ!」

 いつの間にかピリリとした空気は消え、ただの軽口を叩き合うそれに変わっていた。矢㮈がどこかほっとした顔をしていたが、きっと也梛もそうなのだろうなと思う。

「お前ら、その辺にしとけ。そろそろ帰るぞ」

 腕時計を見ながら也梛は二人の間に割って入った。

「じゃあね、若宮君。いつでも也梛を誘ってくれて構わないよ」

 諷杝が手をひらひら振りながら適当なことを言ってくれる。

「いや、誘われるのは俺なんだぞ。俺の都合は無視か」

 也梛のツッコみは華麗にスルーされた。矢㮈が苦笑しているのが視界に入った。

「じゃあな、若宮」

「ああ、また」

 也梛は若宮に軽く手を掲げると、先に歩き出していた諷杝と矢㮈の後を追った。

「それにしても、若宮君は本当に高瀬のことが大好きなんだね」

 矢㮈が笑いながらどこか楽し気に言う。

「そうだよね。――也梛、良い友達をもってるね」

 諷杝が追い付いて横に並んだ也梛をちらと見上げる。

「……お前らうるさい」

 也梛はぷいと横を向いたが、少しして諷杝に視線を戻した。まだこちらを見ていた彼と目が合う。

「也梛、どうかした?」

 それはこちらのセリフだ。

「諷杝」

「?」

「お前が若宮に言ったあれらは本心だったのか?」

 先程彼が言った言葉を心の中で反芻する。


『大丈夫、僕は也梛のこといい加減になんか扱ったりしないよ、絶対』

『僕の音楽仲間は特別だから』


 そして、諷杝は若宮のことを羨ましく思ったとも言っていた。

 あれらは、本当に彼の本心だったのだろうか。

 諷杝が口の端に笑みを浮かべる。

 ひょっとしてこれは誤魔化されるのでは、という思いは杞憂だった。

「本心だよ。むしろあそこで本心以外のことを答えたら若宮君に失礼だ」

 諷杝にしては真面目な回答である。

「ふうん。それはつまり、お前は俺のことをまだまだ知りたいってことか?」

 つい意地悪なひねくれたことを言った也梛に、諷杝はきょとんとした顔になる。そしてすぐに噴き出した。

「あっはは、そうだね。僕はまだまだ君を知らない。矢㮈ちゃんのこともね」

「え、あたしも?」

 突然巻き込まれた矢㮈も驚いた顔になる。

「そうだよ。だから二人とはこれからも一緒に音楽を奏でていきたいんだ」

 諷杝が朗らかに言うのを聞きながら、也梛は小さく舌打ちした。

「そういうお前こそ、そう思うならもっと思ってることちゃんと表に出せよ。俺こそお前のこと全然知らねえんだからな」

「あたしも知らないよ、諷杝のこと!」

 矢㮈もここぞとばかりに主張する。今ばかりは援護射撃に等しい。

「ほら、笠木も言ってるぞ、諷杝」

「うーん、矢㮈ちゃんにも言われちゃったかあ。まああれだね、結局はみんなお互いのことまだまだ知らないんだよね」

 諷杝が雑にまとめる。その通りだが色々と大雑把にまとめすぎではないか。

「ていうか別に俺は笠木のことはどうでも……」

 思わず口を突いて出た言葉に、

「あたしはそうは思ってないよ。高瀬のこと、諷杝と同じくらい知りたい」

 意外にも矢㮈がそう返した。一瞬何を言われたのか脳が理解しなかった。

 諷杝が優しい目をして頷く。

「うん。矢㮈ちゃんも音楽仲間として気になるよね」

 也梛はしばらくしてから小さく息を吐きだした。

「じゃあ、例えば何を知りたいって?」

 試しに聞いてみることにした。今日若宮から聞いたくだらない話に関することなら即スルーだ。

 矢㮈は少し考えるように顎に手を遣り、やがて真っ直ぐに也梛を見上げて来た。

「じゃあ……あの人のこととか」

「あの人?」

 誰のことだ。そう思いつつも也梛の頭に、なぜか一人の少女の姿がちらつく。

 果たして矢㮈が告げたのは、その無意識の予感そのものだった。

「鶴見さんだっけ? あの人が高瀬にとってどんな人だったのか、気になる」

「……ただの友達、じゃ回答にならないか?」

「そうじゃなくて……鶴見さんの態度もそうだけど、高瀬の態度もちょっといつもと違っていたと言うか……うーん、上手く言えないけど」

 矢㮈が言葉にできずに「あー」とか「うー」とか唸るだけになっている。

「それは僕も気になってたことかな」

 諷杝が助け舟を出すように口を挟む。

「ただの友人でも、仮に元彼女でも、ちょっと気になる態度だなって思ってた。もしかしてあの子も若宮君と一緒で君との間に何かあったのかなあ、とか」

 諷杝にまでそんなことを言われるとは思わなかった。

(でもよく考えるてみると、結局は若宮の場合と同じなんだよな)

 彼女もまた、若宮同様に也梛が置いて行った友達なのだ。也梛個人で下した決断だったとはいえ、そこに諷杝が全く関係ないといえば嘘になる。

 也梛はちらと肩にかけた黒いキーボードケースに視線を走らせ、諦めたように顔を上げた。

「昨日の公園に寄ってくか」

 これも地元に戻って来た縁だろうか。

 彼女の話をするならこんなに適した場所もないと思った。

 也梛は二人より少し前に出て、先に立って例の公園に向かった。


ここまで読んで下さってありがとうございます。次話でやっと也梛と同級生編は終了予定です。

也梛が選んだものが何だったのか。見届けて頂けますと幸いです。

(2019.09.07)

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