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  作者: 葵月詞菜


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34/98

懐かしい音と歌声<前編>

【主な登場人物紹介】

・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校1年生。

高瀬たかせ 也梛やなぎ…同高校1年生。キーボードを弾く。

海中わたなか 諷杝ふうり…同高校2年生。ギターを弾く。

一.

 彼と出会ったのは、約一年前、前高校の一年生の秋だった。

 当時、お気に入りのキーボードの何音かが出なくなり、修理費用を稼ぐためバイトを始めることにした。そのバイト先で出会ったのが彼――海中諷杝(わたなか ふうり)だった。

 諷杝はよく休み時間になるとバイト先の近くの公園に足を向け、ベンチでのんびり鼻歌を歌っていた。

 初めは気分で適当に節をつけているだけかと思っていたが、やがていつも同じであることに気付いた。

 切ないような、耳から離れないメロディーだった。

 とてもただの鼻歌には聞こえなくて、ついに彼に声をかけてしまったのだ。

「それ何の曲?」

「え、この曲? さあ? 僕の父親が作った曲らしいよ」

 あちこち跳ね捲った焦げ茶の髪、色白の肌、ほわんとした中性的な見かけの少年。その口調もまた、見かけのイメージを裏切らないほわほわとした感じだった。どこか尖っている也梛(やなぎ)とはまるで正反対だ。

 いつもならこのタイプがどこかイラっとくるのだが、今回はそうはならなかった。不思議と、自然に会話を続けていた。

「お前の父親、作曲家かなんかなの?」

「ううん。ただの趣味だったんじゃないかな」

 諷杝はどこか懐かしそうな目で遠くを眺め、それから也梛に視線を戻すと小首を傾げた。

「この曲が気になるの?」

「……まあ。お前いっつもそれ歌ってるだろ」

 也梛はそれをいつも聞いていたわけだが、素直にそう言うのは憚られて言葉を濁した。相手はきょとんとした表情になる。

「僕のくだらない鼻歌に興味を持つなんて珍しい人もいるもんだなあ」

「は? くだらなくなんかないだろ。俺はその曲が気になったからお前に訊いたんだ。わざわざ耳に残らない曲について聞いたりしない」

 少なくとも、也梛の耳には残るメロディーだったのだ。声をかけずにはいられなかったのだ。

 諷杝はまだ興味深そうに也梛をじっと見つめてくる。その視線がむず痒くて悔しくも逸らした時、彼がふっと笑う気配がした。

「――君、名前何ていったっけ?」

 同じバイト仲間であり、作業エプロンにいつも名札を付けていると言うのに――今は休憩中で名札はないが――也梛の名前は覚えられていなかったらしい。

 少なくとも、也梛の方は彼の名字くらいは覚えていた。

「高瀬也梛。面接の時から一緒だったはずだけど、覚えてないとかマジか」

 自然とため息が漏れた也梛に、諷杝は気にすることなくあははと笑った。

「ごめんごめん。今覚えた。也梛、ね。了解」

「しかもいきなり名前呼び捨て」

「あ、ごめん。嫌だった?」

「いや、別にいいけど……あんまり名前で呼ばれることないから」

 家族は別として学友の間でも名字呼びが普通だった。しかもほとんど初めて会話した相手にいきなり呼び捨てにされるとは思わなかった。

 目の前にいる少年の距離感がいまいち分からない。少なくとも、今まで也梛が出会ってきたタイプにはいない部類だ。

「じゃあお前、海中は――」

「諷杝でいいよ。よろしく、也梛」

 諷杝が柔らかい笑顔を浮かべて手を差し出す。也梛も反射的に握り返し、数秒後に何をしているんだと我に返った。


 後に知る。

 諷杝は誰も彼も下の名前で呼んだりしないことを。

 彼に名前で呼ばれる者はきっと、摑みどころのない彼のテリトリーに入ることを許された者なのだろう。

 だから、也梛も、そしてこの一年後に彩楸学園で出会う矢㮈も、諷杝のお眼鏡に適ったから傍にいられるのだと思う。



二.

「はああ~なーんか静かになっちゃったねえ」

 二段ベッドの下段から、何とも気の抜けたような声がする。

「別に特にお世話になった先輩もそんなにいないけど、やっぱり人がいなくなるってちょっと寂しい感じがする」

 三月に入り、彩楸学園でも先日卒業式が行われた。

 也梛にとっても特に世話になった先輩はいなかったが、元軽音楽部の春日井だけは例外だった。むしろ向こうが色々世話になったと也梛たちのところに挨拶に来てくれた。

 学園の寮も三年が続々と退去していき、次の新入生を迎えるための準備に入っているようだった。

 とはいえ也梛は新年度からもこのまま諷杝と同室の予定だった。

「来年は僕も卒業かあ~」

「無事卒業できたら、な」

 呑気な言葉に釘を刺すと、諷杝は唇を尖らせた。

「也梛がしっかり勉強見てくれたら問題はないよ」

「いい加減俺を家庭教師にすんのやめろ」

 そろそろ一人で勉強できるようになってほしい。いや、本当に彼が一年の時はどのようにして試験をクリアしていたのだろう。

「そうだね。卒業したら也梛ともルームメイトじゃなくなるし」

 いつまでも頼ってちゃだめだよね、と苦笑する彼を、思わず也梛は振り返った。

「也梛? ……何て顔してるの」

「え?」

 諷杝がなぜか困ったように眉を八の字にして言う意味が分からず、也梛は素直に小首を傾げた。見えるはずもない表情を確認するように無意識に手が自分の顔に触れる。

 諷杝は寝返りを打って也梛に背を向けると小さく呟いた。

「……君もまだ迷子を抜け出せていないのか」

「迷子?」

 也梛が眉間に皺を寄せて鸚鵡返しするも彼から答えはなかった。

 諷杝が突拍子もないことを言い出すのは今に始まったことではないので、也梛は追求するのは諦めて手元に視線を落とした。

 膝の上に、愛用のキーボードが載っている。

 適当に鍵盤を押すと、それらは想像していた通りの音を弾き出した。

「そういえば、あの時は何音か出なくなってたんだっけ?」

 音に誘われるように、今度は諷杝も上体を起こしてベッドの柵に手を掛けた。

「あの時? ああ、去年の話か」

 またえらく話がぶっ飛ぶ。だが也梛には何のことだかすぐにピンときた。

 彼が言うあの時とは、恐らく也梛が彼と出会った時のことだ。

 昨年の秋頃、バイト先で二人は出会った。その時也梛は音の出なくなったキーボードの修理費用を稼ぐためにバイトしていたのだ。

「まるであの有名なクラリネットの歌みたいだったよね」

「そうだな」

 あの歌のように全ての音が出なくなったわけではなかったのが幸いだ。

「もうあれから音が出なくなるようなことはないの?」

「しっかり直してもらったから、今のとこ大丈夫。でも修理してくれた気前の良いお兄さんが、メンテナンスに来いとは言ってくれてる」

「へえ。暇なら行って来たら?」

「ああ。でもできればあの辺あんまうろつきたくないんだよな」

 修理を頼んだ店がある地域は、前に通っていた高校の通学圏内にある。顔見知りと全く合わないという保証はない。

(現に正月明けに出くわしたしな)

 わりと付き合いの長い悪友のような友人に。

 也梛はげんなりした気分になりながら、頭に流れるメロディをそのままアウトプットするかの如く鍵盤に指を走らせた。

五指が独立した別の生物のように白と黒の鍵の上で踊る。

 諷杝が目を細めて紡がれる旋律に耳を澄ませていた。

 その平和な日常的風景をぶち破ったのは、机の上に置いてあった携帯の着信を告げる振動音だった。

「也梛、携帯」

「……分かってる」

 また妹からの連絡だろうかと思いながら、机の上に向かって横着に手を伸ばした。

「……」

 着信はメールが一通。送り主は妹ではなかった。

 也梛の眉間に深い皺が刻まれる。

「也梛? どうしたの?」

 相変わらず呑気に尋ねてくる諷杝に八つ当たりの舌打ちを返して、也梛は携帯を二段ベッドの上段、自分の寝床に放り投げた。


 メールを送って来たのは、正月休みに出くわした悪友からだった。



三.

 実家の最寄り駅より数駅手前で下車し、どこか懐かしい景色に目を細めた。

休日の昼下がりとは言っても、小さな駅を利用する客はまばらで、一応ロータリーとなっている場所にはタクシーが一台止まっているだけだった。

「うわ~懐かしい~」

 諷杝が周りをきょろきょろと見渡して、東に延びる真っ直ぐな道を指差した。

「あの時のバイト先はあっちの方だったっけ?」

「そう。ここともう一つ先の駅との丁度中間地点辺りだった」

 当時也梛はもう一つ先の駅から徒歩で通っていたが、諷杝はこちらの駅を利用していたはずだ。

 元バイト先へ行くのとは正反対の方向に進路を取り、その先にある小さな商店街を目指す。

「まだあのお肉屋さんコロッケ売ってるかな~」

 諷杝が弾む口調で言う。そういえば昔、彼はここの商店街の精肉店のおばちゃんが揚げたコロッケがお気に入りだった。

「売ってるんじゃねーの。ほら、肉屋は開いて……」

 その精肉店は商店街の中程に位置し、今日もシャッターは開いていた。店の前には「揚げたてコロッケ」の旗も立てられている。

 しかしその手前で、何かを言い合う高齢の女性と金髪の少年の姿があった。

 通行人はその脇をそっと通り抜ける者、立ち止まって遠巻きに見ている者と様々だ。近くの商店の者たちは何かあった時にいつでも割り込めるように様子を窺っているようだった。

「ねえ、也梛、あれって……」

 諷杝が小首を傾げる横で、也梛は溜め息を吐いた。

「お前はここで待ってろ」

 言い置いて、視線が集まっている二人の元へと向かう。

「だーかーらー、おばーちゃんが行きたいっつー店はこの前移転してー」

「イテン? それはもうないってことかねえ?」

「いや、あるよ。あるんだけど、それは一つ向こうの道で……」

「わたしはこの商店街にあった店に行きたいんだけどねえ」

「いや、だからさー」

 金髪の少年が弱ったように髪をくしゃりとさせる。女性の方も首を傾げて困った表情だった。

 どうやら危惧するようなトラブルではないらしい。

(いや、こいつがトラブルを起こすなんて考えてもないけど)

 也梛は小さく息を吐き出し、二人の間に割って入った。

「どこか行きたい店があるんですか?」

 女性の方に丁寧に声をかけると、彼女はいきなり現れたもう一人の少年に驚いたように目を見開いた。

「あの、え、えっと」

「あ、高瀬。いいところに」

 金髪の少年が「助かった」と言わんばかりの嬉しそうな顔でこちらを見上げてくる。――昔から変わらない。

「なんかさ、前ここにあったはずの店に行きたかったらしいんだけど、移転したみたいで」

「孫がやってる店なんだよ。前に電話したらわたしが作った大福が食べたいっていうから差し入れに来たんだけど……」

「大福……」

 女性の足元には、小型のキャリーバッグとその上に積まれた大きな風呂敷包みがあった。もしかしてこれ全てが大福なんてことは……あり得まい。

「その移転先の場所は分かってるのか?」

「ああ、まだ移転先の貼り紙があったから、何とか検索して見付けた」

 向けられたスマホの画面を確認し、也梛は小さく頷いた。

「なら案内するので一緒に行きましょう」

「あら、本当かい? それは助かるわあ」

「お前もそれで良いだろ、若宮」

 也梛が金髪の少年――若宮に声をかけると、彼はあっさり頷く。

 彼こそが、先日也梛にメールを送って来た友人だった。若宮拓(わかみや たく)。中学からの付き合いだ。

 歩き出そうとして、そういえばあいつを置いて来たと振り返ると、大人しく成り行きを見守っていた諷杝がパタパタと駆けて来た。

「也梛、大丈夫だった?」

「ああ、ちょっと今から道案内することになった」

「そう」

 諷杝は頷くと、若宮の方へ視線を向けた。

「やっぱり若宮君だった。久しぶりだね」

「え、もしかして海中? 久しぶりだけど……お前相変わらずふわふわしてんなー」

 若宮は苦笑を返しつつ也梛をちらと見る。その目はどうして諷杝が一緒なのかと問うていた。

「暇だって言うから、一緒に来ただけだ」

 それ以外に特に意味はない。

 也梛の返答に若宮は一瞬ポカンとした後、「へえ」と口の端に笑みを浮かべた。

「お前も相変わらずだな、高瀬」

「外面と内面があべこべのお前も相変わらず面倒くさい」

 也梛が間髪入れず言い返すと、旧友はどこか懐かしそうに、そして嬉しそうに声を立てて笑った。


「いやー、お前ってホント真面目だよなー」

「お前は変わらず説明が下手くそだな」

 女性を無事に目的の店に送り届けて、也梛たちはだらだらと歩いていた。向かう先は、本日のもう一つの目的であったキーボードのメンテナンスだ。

「そもそも何でそのチャラい見た目のお前に声をかける人が多いのか謎だ」

 若宮の見かけは優等生とはほど遠い。これで何か問題を起こそうものなら一発で停学処分にもなりそうだった。

「それオレも不思議なんだよなー。でも近付くなオーラ満載のしかめっ面高瀬には声かけるのためらうわ」

「ならお前も声をかけてくるなよ」

「えー、そんなこと言うなって。オレは友達だからいいんだよ」

「……わけが分からん」

 若宮は見た目から話し口調から何から何まで、也梛とつるんでいた頃と変わらなかった。

 也梛が若宮と言い合うのを、なぜか諷杝は楽し気に聞いている。

「諷杝……えらく楽しそうだな」

「君たち二人の会話は聞いていて楽しいよ」

 完全に傍観者だ。也梛は小さく息を吐いた。

 こんな三人でいる風景も実は馴染みのあるものだった。

 というのも、一年前に也梛をバイトに誘ったのは若宮であり、彼もまた一緒に働いていたのだ。当然、若宮と諷杝もその時に知り合いになっていた。

 何だかんだと話をしている間に、目的の楽器店に到着する。

 重いガラス戸を押し開くと、部屋の中から温かな風が緩やかに吹き付けた。

 真ん中にディスプレイされたピアノと弦楽器が来客を出迎える。

 店内に他の客の姿はなく、控えめにかかるジャズが耳に心地よい。

 端にあるカウンターの奥に声をかけると、若い男性が出て来てこちらに微笑んだ。

「いらっしゃいませ。おや、お久しぶりの面々ですね」

「ご無沙汰してます。あの時はお世話になりました。今日はメンテナンスをお願いしたくて来たんですけど」

 也梛がカウンターの上に、黒い長方形のキーボードケースを載せた。

「このキーボードとも久しぶりの再会ですね。あれからまた音が出なくなったり音がおかしくなったりといったことはなかったですか?」

 店員は優しくケースをなでて尋ねた。

「特に問題はありませんでした」

「なら良かったです。では再度、見させていただきますね。お預かりします」

 也梛は「お願いします」と頭を下げて彼にキーボードを託した。

 諷杝と若宮は壁に展示されているギターを見ながら喋っていた。

「海中はまだギター弾いてんだろ?」

「弾いてるよ。上手くはないけどね。そういう若宮君はまだ歌ってるの?」

「歌ってるっつっても、カラオケ程度だけどな。オレはただ歌うのが好きなだけだから」

「僕もただギターを弾くのが好きなだけだよ」

「それ前も言ってたな」

 若宮は小さく苦笑すると、カウンターの中にいる店員に声をかけた。

「ヨシ兄、あの募集ってもう枠埋まった?」

「いや、あと一組埋まってない」

 先程也梛の対応をしてくれた店員は、実は若宮の従兄弟で、名を佳孝(よしたか)と言った。

「よっしゃ。なら丁度いい。お前ら、あれを見ろ」

 若宮はニヤリと笑うと、突然、壁に貼られた紙を指差した。

 それは手作りポスターで、内容は楽器店が主催する音楽イベントの案内だった。

「春休みの音楽イベント? 体験からコンサートまで色々あるね」

 諷杝がさっと目を通して楽しそうな表情をする。彼は人が多く集まるイベントを回避する傾向にあるが、音楽に関することとなると別だった。

 それはまた也梛も同じだった。

「このイベントの中で、一般の自由演奏会もあるんだ。本当はもう募集期間過ぎてるんだけど、急遽キャンセルが出たらしい。だからお前ら参加しろ」

「は?」

 若宮の勝手な言い分に也梛はあからさまに眉を顰めた。

「春休みだし、学校も休みだ。どうせお前らのことだから気ままに歌ったり弾いたりしてるんだろ」

 それは実際そうなのだが。しかしだからと言って急に言われて困る。だいたいなぜ命令形なのだ。

「それを言うならお前こそ歌えば良いだろ。折角本人自慢の良い声を持ってるんだから」

 言い返すと、若宮は急に照れた様に金髪の髪をくしゃりとした。

「いやあ、高瀬に褒められると照れるなあ」

「別に褒めてない。お前がいつも自慢してるだけだろうが」

 茶化されたようで内心イラっとくるが、もうこれも慣れたことだ。

「高瀬君。拓も出るんですよ、そのイベント」

 二人のやり取りを見ていた佳孝が助け舟を出すかのように口添えした。

「キャンセルが出たのも本当。もう希望者がなければそのままでいくつもりだったんだけど、拓が誘いたいやつがいるって言い出して」

 それが也梛たちだったわけだ。わざわざメールで呼び出す程の用件はこれか。

「オレも来年はとうとう受験生だし、その前に楽しい春休みを過ごしたいんだよ」

 若宮が本気なのかどうなのか、顔だけは真面目な表情で言う。

「……何が受験だ。お前だったら楽勝だろうに」

 也梛は呆れたように肩を竦めた。

 若宮はこう見えて、進学校の学年トップの成績の持ち主だ。これまで同じテストを受けて、也梛は全教科、一度も彼より高い点数を取ったことがない。

「いやいや、そんなことないから。上には上がいるし気は抜けねーよ」

 こんな時だけもっともなことを言って、若宮は軽く笑う。

「若宮君は一人で参加するの?」

 ふいに諷杝が尋ねると、若宮は首を横に振った。

「友達二人にギターの伴奏をお願いしてる」

「なるほど。じゃあ別に也梛のキーボードと一緒に歌うとかじゃないんだね」

「一緒に歌えるならそれはそれで楽しそうだけどな。でも、オレが聞きたいのはお前たちの音楽だから」

 若宮はおもむろにスマホを取り出して操作すると、也梛たちの方へ画面を向けた。

 表示されていたのは一枚の写真で、それは――

「うわ、これもしかして夏の音楽祭の?」

「何で俺たちが写っている写真をお前が持ってる? まさかお前もあそこに……」

 そう、それは昨年の夏に他の学校と合同で行った音楽祭のステージの写真だった。

 驚く諷杝と也梛をよそに、若宮は楽しそうに口の端を上げる。

「ちょっと知り合いのツテで偶然にもオレのところにやってきて」

 しらじらしい言い訳はスルーすることにした。とりあえず、どういうわけか彼はこの写真を手に入れてしまったのだ。

「何で動画じゃないんだってめっちゃ悔しかったんだよね。お前がこんなに楽しそうなのも初めて見たかもしんない」

 若宮はスマホをぐっと握ると、もう一度こちらを見た。

「オレはこれを生で聴いてみたいと思ったんだ」

「……」

 意外な理由に思わず言葉が詰まる。若宮がここまでして也梛たちの音楽を聴きたいと思っていたとは驚きだ。

「そこまで言われたら参加するしかないね」

「諷杝」

 諷杝がいつもの柔らかい笑みを浮かべて肩を竦める。

「僕も也梛のあのキーボードを若宮君に聴いて欲しいな」

「お前がそう言うなら……」

 諷杝までがそう言うのなら、也梛にはもう断る理由はなかった。

 元々、也梛は諷杝と一緒に音楽を奏でたくて彼を追いかけたのだから。

 若宮がどこかほっとしたように息を吐き、ニッと笑った。

「じゃあよろしく頼むぜ二人とも。あ、それからもちろん――」

 若宮が思い出したように再度スマホを操作し、先程の写真を少し拡大して見せた。

「このバイオリンの女の子も一緒にな。この子、誰? もしかしてお前らどっちかの彼女?」

 画面に拡大されたのはバイオリンを弾く音楽仲間の一人。

 也梛と諷杝は顔を見合わせ、お互いに沈黙した。


まだ続きます。もしかしたら中編と後編になるかもしれません…。

(2019.07.07)


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