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  作者: 葵月詞菜


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それぞれの冬休みと新年<後編>

※「それぞれの冬休みと新年<前編>」の続きです。

【主な登場人物紹介】

・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園1年生。

高瀬たかせ 也梛やなぎ…彩楸学園1年生。キーボードを弾く。

海中わたなか 諷杝ふうり…彩楸学園2年生。ギターを弾く。

【その他】

・イツキ…白い鳩。諷杝に懐いている。

三.

 海中諷杝(わたなか ふうり)は、養父母の家にて、何ともほのぼのとした正月を過ごしていた。

 まだ小学生の義理の妹とは毎日のようにトランプやあやとり――彼女の学校では絶賛流行中らしい――をして遊び、大学生の義理の兄とはのんびりと年末年始の特番を見ながら会話をした。

「ああ~、アキはふかふかだねえ~」

 雑種の中型犬の柔らかな毛を撫でながら癒されていると、

「この寒い中、よくもまあ縁側に」

 呆れた声と共に、養父の真生(まさき)が持って来た座布団を敷いて隣に座った。

「大丈夫です。防寒はばっちりですから」

 綿の入った半纏の上にさらに上着を着た諷杝は、もこもことした自分の身体を見下ろしながら軽く胸を張った。

「……うん、諷杝は今日も絶好調だな」

 真生はあははと笑って、アキを膝の上に抱き上げた。

「あ、ずるい真生さん。アキは僕に暖を恵んでくれてたのに」

「お前は十分防寒してるんだろう」

 先程自分で言ったことをそのまま返され、諷杝は言い返すことができずにアキの暖房を彼に譲った。

 真生はアキの白い背中を撫でながら、何げなく口を開いた。

「諷杝ももう次は三年生なんだなあ」

「ええ、急にどうしたんですか。まだ春まで三ヵ月もあるよ?」

「……確かに、まだお前が進級できると決まったわけでもないな」

「ひどい」

 真生が冗談ではなく真剣な顔になったのを見て、諷杝は困ったように眉を下げて口を尖らせた。

 しかし内心では、諷杝自身もまたそのように思っていたことは内緒だ。

「進路はどうするか考えてるのか?」

 真生があくまで軽い口調で続けた。

「……何となく、ですけど」

「え! 考えてたのか!」

 途端に真生が目を見開く。お前がなあ、となぜかえらく感激しているのを見て、諷杝はますます眉をハノ字にして苦笑するしかなかった。

「えー、真生さん僕を何だと思ってるんですか。一応僕だって、これからのことくらい考えたりしますよ」

「そ、そうか……」

 悪い、と小さく謝った真生は、それから諷杝の方を興味深い目で見つめる。

「大学には行くつもりか? まあ学力の問題はあるだろうが、学費は問題いらないぞ。お前の両親が残してくれている分がちゃんとある」

 真生は諷杝を預かることになった時から、きちんと両親が残してくれた貯金等の管理もしてくれている。そして、諷杝が遠慮しないように、諷杝のことで使うべき時には両親の貯金を切り崩し、一緒に計算しながらやりくりしてくれていた。

「大学は……どうでしょうね」

「んん? じゃあ就職でもするのか?」

「んー、働けるかなあ、僕」

「これからのことを考えているんじゃなかったのか?」

 諷杝の煮え切らない返事に真生が顔を顰める。

「まあ、どんな道に進んでもギターは弾いてると思います」

 あと歌も、と付け加えた諷杝に、真生が「はああああ」と長い息を吐いた。

「そりゃあそうだろうな。お前から音楽をとったら後は何が残るのやら」

「あはは。自分でもそう思います」

 諷杝は朗らかに笑って、横から手を伸ばしてアキの頭を撫でた。

「まあまだ時間はあるからゆっくり悩めばいい。――それは置いとくとして」

 真生が縁側から見える庭に目を遣った。

 昨日降った雪が薄っすらと積もって白い庭が姿を現していた。所々削れて地面が見えているのは、朝に妹の茜が雪をかき集めて雪だるまを作っていたせいだ。ちなみにその雪だるまは玄関前に飾られている。

「お前が探していた楽譜は見つかったのか?」

「見つかってたら、もっと大騒ぎしてますね」

 諷杝は肩を竦めて、首を横に振った。真生が「そうか」と呟く。

 諷杝は父親が残したとある曲の楽譜を探すために、父親の出身校である彩楸学園に入学した。しかしまだその楽譜を見つけることはできていない。

「ヒントはちょいちょいと出て来るんですけどね……これがなかなか」

 先日は父親が高校生だった時に書いたのだろう大量の楽譜が、旧校舎のロッカーから見つかった。その中に探している楽譜がないかと一瞬期待したのだが、結果はハズレだった。

 父親の残したものに触れることができたという意味では、一年前のヒントすら掴めなかった時期からすれば大した進歩ではあるのだが。

 諷杝は小さく笑って、アキから手を離して庭に視線を向けた。

 松の木だけ、雪がぽっこりと積もっているのが見えた。まるで白い帽子を被っているみたいだ。

「でもなんか……最近は見つからなくてもいいかなって思えるようになりました」

「はあ? お前、あの楽譜を見つけるために必死だったんだろ?」

「まあそうなんですけど……」

 見つかったら一番良いことに変わりはないのだが。

 諷杝の脳裏に、一人のルームメイトが思い浮かぶ。続いて、音楽仲間の彼女の姿も見えた。

「見つからなかった時は、也梛(やなぎ)が続きを考えてやるって言ってくれたんです。もちろん矢㮈(やな)ちゃんも一緒に」

 彼らのことを思い出すと心なし胸が温かくなる。そばにいなくても、まるで身近にいるように思いを馳せることができた。もっというと、あの二人のことを考えるだけで少し楽しい気持ちになる。

 アキの背を撫でながら、真生は安堵したように頬を緩ませてこちらを見た。

「……そうか、良かったな。そう思えるようになっただけでも、彩楸に行った価値はある」

「本当、僕もそう思います」

 彼らと出会えたこの一年は、まさに諷杝にとっても大きな実りある一年だった。

 あと一年、自分が卒業するまでに彼らと何をすることができるだろう。どれだけ、一緒に音楽を奏でることができるだろう。

(僕が留年したらもう一年あるけど……それは也梛が許してくれそうにないなあ)

 諷杝の専属家庭教師をしてくれている也梛は、ぶつぶつと文句を言いながらも最終的には諷杝を進級させてくれるに違いない。

「諷杝―、携帯光ってるわよー」

 養母の遥音(はるね)が居間の方から呼ぶ声が聞こえた。

 携帯を携帯しない諷杝は自分がどこに携帯を置いていたかさえ忘れていたが、その心配もなく妹の茜が携帯を持って来てくれた。

「はい、ふう兄ちゃん」

「ありがとう」

 見ると着信で、まだ切れていない。諷杝は画面を確認してから応答ボタンを押した。

「もしもし……マスターですか?」

『ああ、諷杝君。明けましておめでとう』

 聞こえて来たのは、彩楸学園の近くにある音楽喫茶『音響(おとひびき)』のマスターの低く軽やかな声だった。

「おめでとうございます。どうかしたんですか?」

『いや、休暇中に申し訳ない。だが折角だから伝えておこうと思ってね』

 マスターがわざわざ諷杝に連絡をとってまで伝えたいこととは何だろう。不思議に思う諷杝に、

『実は毎年、うちの店でニューイヤー演奏会をしていてね。今年も四日の夕方に行う予定なんだけど、今回は矢㮈ちゃんにも出演を依頼していて』

「え! 矢㮈ちゃんバイオリン弾くんですか!?」

 出て来た少女の名に諷杝は思わず声を上げてしまった。アキの背中を撫でていた真生と茜がびっくりしたように諷杝を見る。

『すでに本人から了承の連絡はもらっているんだ。で、もし良かったら君と也梛君も聴きに来ないかなと思って』

「そんなの行くに決まってるじゃないですか!」

 音楽仲間の彼女のバイオリンを聞かなかったら後悔すること絶対だ。それはきっと也梛だって同じだろう。特に也梛は矢㮈のバイオリンを高く評価している――本人は表立っては言わないけれど。

「也梛に連絡して、一緒に行きます」

 マスターが電話の向こうで笑う気配がした。

『分かった。じゃあ待っているよ。四日の五時開演予定だ』

「分かりました。ありがとうございます。――失礼します」

 電話を切るなり、也梛の連絡先を呼び出した。今までにない程、携帯を操作する指の動きが滑らかだ。

 通話ボタンを押してコール音を聞く。なかなか出ない。

 也梛もまた、諷杝と同じく携帯を携帯しない人種である。

『……はい?』

 暫くして、ようやく応答があった。也梛の少し訝しむ声が聞こえた。

「也梛? 今大丈夫?」

 諷杝はわくわくする気持ちを抱えながら、也梛にマスターから聞いたニューイヤー演奏会のことを伝えた。

 彼の返答は電話をかける前から決まっていたようなものだったが、やはり間違いはなかった。ほとんど即答だった。

(楽しみだなあ)

 通話を終えて携帯を握り締めている諷杝に、アキを押しのけて真生の膝の上に座った茜が不思議そうな顔をする。

「ふう兄ちゃん、楽しそうだね。良いことあったの?」

「うん。これからもっと良いことがあるんだ」

 帰省して家で過ごす冬休みもそれなりに満喫していたけれど、今は早く寮に戻りたい気持ちが膨らんでいた。

「お前がそんなにそわそわしてるとこ久しぶりに見たな。中学の修学旅行の前でもしらーっとしてたお前が」

 真生が小さく吹き出す。諷杝は緩んでいた頬を引き締めて、

「中学の修学旅行よりもずっとビックイベントだからね!」

 と真面目な顔で言い放った。



四.

「明けましておめでとう、矢㮈ちゃん!」

「諷杝!? と高瀬……」

 少し早めに『音響』に向かった矢㮈は、店のカウンターで呑気に珈琲を啜っている二人を見て絶句した。なぜこの二人がこうもタイミングよくここにいるのだ。

 父親に車で送ってもらったため、上着は手にかけてワンピース姿の矢㮈を見て、高瀬が何げなく言った。

「……お前、少し太ったんじゃね? 正月食っちゃ寝生活してたんだろ」

「っ……高瀬ぇ!」

 新年早々失礼なやつだ。しかし図星の部分はあるので言い返せない。矢㮈が悔しそうに唇をかむのを見て、諷杝が溜め息を吐きながら高瀬を諫めた。

「こら也梛。失礼だよ」

「でも図星だったみたいだぞ」

「そういう問題じゃない。それを言うなら僕だってこの正月はずっとごろごろしてたよ?」

「お前はいつもごろごろしてるだろ」

 高瀬は反省した様子もなく、恐らく砂糖たっぷりの甘いコーヒーを口にする。

「矢㮈ちゃん、こんな小学生みたいなこと言ってる也梛だけど、矢㮈ちゃんが演奏するって聞いて、行くって即答したんだからね」

「え」

 諷杝の暴露に矢㮈がポカンとし、高瀬がむせたように咳をする。そして高瀬は諷杝を横目に睨んだ。

「『行く』と即答したわけじゃねえ」

「でもすぐ戻るって言ったでしょ。同じだよ」

 珍しく諷杝の返しに言葉を詰まらせる高瀬。

「楽しみだったんだよねえ?」

「諷杝」

 高瀬の睨みがきつくなっても諷杝は動じることなく微笑ましそうにルームメイトを見ている。

(……そっか。二人とも、あたしが出るって聞いて早く帰って来てくれたんだ)

 嬉しい。矢㮈はこそばゆい気持ちになって、上着とバイオリンケースを抱える腕にぎゅっと力を込めた。

「諷杝、高瀬。あたしの演奏、楽しんで行ってね」

 ありがとうという言葉の代わりに力強く言うと、

「期待してるよ」

「お前の腕が鈍ってないか楽しみだな」

 諷杝がいつもの笑顔を浮かべて、高瀬が相変わらずの憎まれ口で返してくれた。


 矢㮈が選んだ曲はヴィヴァルディの「四季」より春・第一楽章だった。多くの人に馴染みのある華やかな曲だ。

 演奏会には老若男女が集うこともあり、できるだけ聴いたことがあるような曲で楽しんでもらいたい気持ちがあった。かつて祖父の演奏を聴きに行った幼い矢㮈も、耳にしたことがある有名な曲たちにはテンションが上がったものだ。

 高瀬に図星を突かれたようにだらだらとしていた正月だったが、それでもバイオリンの練習は毎日していた。このニューイヤー演奏会の曲もまたそうだった。

 演奏者は全六組で、その出身も活動地域もバラバラだ。

 矢㮈の前に演奏していた弦楽四重奏の組は普段は欧州で活動している愉快な紳士たちだった。店の裏の楽屋で一緒になった時、矢㮈の片言の英語にもユーモアたっぷりの身振り手振りで和ませてくれた。

 出番が来て小さな舞台に上がると、店いっぱいに用意された椅子は全てが埋まっているようだった。前の方に弟と祖母の姿が見える。

 すっとカウンターの方に目を走らせると、マスターの横に諷杝と高瀬が揃って立っているのが見えた。

(そういえば、あの時もこんなだったな)

 ふと昨年の初夏を思い出した。ブランクを乗り越えてここでバイオリンの演奏会を開いた時、彼らは今と同じようにカウンターの内側で聴いていた。――あの時は演奏が終わるまで彼らに気付かなかったけれど。

 静寂の中、自分のタイミングですっと息を吸い込んでバイオリンを構えた。

(今年もたくさんバイオリンを弾きたい。まずはこれが一発目だ)

 図らずも、またスタートが『音響』での演奏会になった。

 矢㮈は微かに微笑んで、丁寧に音を紡ぎ始めた。

 聴いている人たちに、楽しい春が訪れますようにと祈りながら。



「ああ~矢㮈ちゃんの演奏はさすがだったねー」

 諷杝が手放しで喜んでくれるのを聞きながら、矢㮈はなんとも照れ臭い。「ありがとう」と返しながら数メーター先の電信柱などを眺めていた。

 ニューイヤー演奏会の後、矢㮈は諷杝と高瀬と共に近くの神社に向かっていた。折角だから三人で初詣に行こうという話になったのだ。

 数歩先を行く高瀬は先程から無言だった。諷杝と矢㮈の会話に口を挟んでくることもない。そもそも、矢㮈の演奏に関してまだ何一つ感想を聞いていない。

 諷杝は喜んでくれたようだが、高瀬を満足させる演奏には遠かったか。しかしそれでも何か反応が欲しい。

「……あの、高瀬?」

 矢㮈が恐る恐る声をかけると、高瀬は振り返らずに「何だ」と答えた。

「何だって……あたしの演奏、いまいちだった?」

「いまいち?」

 高瀬が足を止めて振り返る。その無表情な顔はいつも通りなのだが、今はただただ不安を煽るだけだった。

 矢㮈の隣にいた諷杝が困ったように笑って、矢㮈の肩をポンと叩きながら助け舟を出してくれた。

「矢㮈ちゃんは也梛の感想が聞きたいんだよ。ちゃんと言ってあげなよ」

 高瀬は一瞬目を見開き、それから逡巡するように目を伏せた。

「正直に言うと……」

 矢㮈はごくりと唾を飲み込んだ。何を言われるんだろうと無意識に心が身構える。

 高瀬が黒髪をかきあげて溜め息を吐いた。

「ちょっとムカついた」

「は?」

 予想外の言葉にポカンとする。それはどういう意味だろう。

 諷杝はそんな矢㮈と高瀬を見ながらなぜかニヤニヤとしている。

「食っちゃ寝正月のやつがあんな演奏したらびっくりするだろ」

「ちょっと待って、食っちゃ寝正月は今関係ある?」

 思わず口を挟んだ矢㮈に高瀬がまたくるりと背を向けた。

「高瀬!」

「あそこでお前だけが演奏してるのがちょっとムカついただけだ。あの音を聞いて俺も一緒にピアノが弾きたくなったのが悔しい」

「!」

 不意打ちだった。彼の言葉の意味を理解して、矢㮈の心の中がじんと熱くなる。

 高瀬は、矢㮈のバイオリンの音に、一緒に演奏したいと思ってくれたのだ。

 何も言うことができない矢㮈に、諷杝がまた優しく肩を叩いてくれた。

「今度は僕達と一緒に演奏してね、矢㮈ちゃん」

「――うん!」

 矢㮈は勢いよく頷いて、それから前を行く高瀬に追いついて背中をバシンと叩いた。

「痛っ……笠木、お前っ!」

 高瀬が叩かれた背中に手を回しながら、目を眇めて矢㮈を見る。

 矢㮈は不思議と愉快な気持ちでいっぱいで、睨んでくる高瀬にも動じずに微笑み返した。

 さらに不機嫌そうな顔になる高瀬と、面白そうな顔で様子を見守る諷杝を順に見る。

「高瀬、諷杝。今年もよろしくね」

 今年も二人とたくさん音楽を奏でられますように。

 矢㮈は神社で祈願するつもりだった願いを心の中で呟いた。


妙に高瀬が最後に素直でしたね(笑)

読んで下さってありがとうございました。(2019.03.23)

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