音楽室と英語教諭
【主な登場人物紹介】
・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…1年生。
・高瀬 也梛…1年生。キーボードを弾く。
・海中 諷杝…2年生。ギターを弾く。
【その他】
・臣原 千佳…1年生。矢㮈のクラスメイト。
・イツキ…白い鳩。諷杝に懐いている。
一.
四月も末になってくると、さすがに新鮮味はなくなってくる。
矢㮈は千佳とお昼を食べながら、いつものように喋っていた。
「今朝ねー、偶然昇降口で高瀬君と一緒になったの! で、おはよう、って言ったらね、ちゃんと返してくれたんだー」
千佳がうれしそうに言うのを聞きながら、矢㮈は曖昧に微笑んでいた。
「それは……良かったね」
学年トップの成績だと噂されている高瀬也梛は、相変わらず寄り付き難いオーラを醸し出している。本人はあまり自覚していないようだが、彼にはどこか周りの者を圧する空気がある。
そんな彼に声をかけた千佳もすごいと矢㮈は半ば感心する。
しかし当の高瀬の本性は、ものすごく口が悪くて頑固だ。変な縁で話すようになってしまったが、矢㮈のことをいつもバカにするか貶しているような気がする。毎度、二人の共通の知人・諷杝が仲裁に入ってくれるからいいようなものの、絶対仲良くできない相手だと矢㮈は感じている。
だから、まず教室では喋らない。前に一度、さりげなく千佳に彼の本性を話してみたのだが、彼女はがっかりするどころか、
「いいじゃないー、それくらいなきゃつまんないわよ」
と、余計に興味を持ってしまった。それ故に、矢㮈はもう下手に口を挟まないようにしている。
「って、あれー? 高瀬君いないね」
千佳が後ろの方の席を見渡して言う。
高瀬はいつも昼になると、教室でそこそこ喋る男子たちと一緒に食べるか、ふらりと一人でどこかに行く――きっと諷杝の所だろうと矢㮈は思っている。それか図書室かだ。
「そういえば千佳ちゃん、最近部活はどう?」
高瀬の話に半ばうんざりして、矢㮈はさりげなく話を変えた。
「ああうん。順調っていうか、まあ満足してやってるよ」
千佳が部活の話を始めてほっとする。彼女は陸上部だ。専門は短距離走らしい。先輩たちの態度など細かく報告してくれるので、陸上部員でない矢㮈も内部のことがよく分かった。
「笠木は何も入らないの?」
「ああ――今のところは、ね……」
結局、部活動見学もしないまま、ずるずる今日まで来てしまった。
たまに気が向いたら屋上へ行って。そこにいる諷杝たちと話す――そんな感じで毎日が過ぎて行っていた。因みに、どうやら諷杝と高瀬も、どこの部活にも所属していないようだった。
相変わらず高瀬は、矢㮈の前ではキーボードを弾いてくれないけれど。
「一緒に陸上やる?」
「いや……それはちょっと……。あたし運動そんな得意じゃないし、走ってたらすぐ息切れるし」
「あーそっかー」
千佳は「ごちそうさまでした」と手を合わせて、弁当箱を包む。
「でもさ、何もやってないと暇じゃない?」
「んー……」
矢㮈は言葉を濁した。
一応、部活の代わりに、改めてやり始めたものがある。
「ま、何でもいいけどねー。あ、そだ。笠木、今日六限終了後すぐ、音楽室の掃除あるってさ」
「え、ウソ。今日当番だっけ?」
「ううん。何か急に入ったらしくて。あたしたちの列が当番だってさ。――てことは、高瀬君も一緒だー。ヤッター」
「……千佳ちゃん、普通ここ、嘆くとこじゃない?」
最終的にまた、高瀬の話題に戻って来てしまった。
二.
早速六限終了後、矢㮈たちは音楽室に向かった。高瀬は面倒臭そうに、移動する一行の一番後ろを歩いていた。
音楽室には選択授業で音楽をとった者か、または吹奏楽部などの音楽系部員しか入る機会が無いような気がする。矢㮈は一応芸術科目の選択で音楽をとっているので、何度か訪れていた。
音楽室の中には音楽科目の担当教員がいて、軽く説明された後すぐに分担して掃除に移った。
矢㮈は窓拭きで、千佳と高瀬も同じ役割だった。
「わー、高瀬君、一緒に頑張ろうね!」
「……ああ」
千佳のテンションに多少気圧され気味な高瀬がおかしくて、矢㮈は堪えきれずに横を向いて小さく笑ってしまった。高瀬がそれを目敏く見つけて睨んでくる。
別に彼の側にいたくもない矢㮈は、彼から一番遠い場所の窓を拭き始めた。千佳はどちらかというと高瀬側に寄って、たまに積極的に話しかけている。それを面倒臭そうにしながらも、高瀬はちゃんと答えてはいた。それが意外なようで、しかし彼本来は別に無口ではなかったな、と思う。
千佳がバケツの水を替えに行った時、ふいに高瀬が矢㮈の側にやってきた。珍しい。
「どうしたの」
高瀬はその問いに仏頂面で返した。
「あいつ、一体何なんだ? 黙ってられないのか?」
「千佳ちゃんのこと? うーん……まあ、それが彼女らしさというか何と言うか……」
「何だそれは」
「まあ、諦めなさいな。それにあんただって結構満更でもなさそうだったし」
「……もういい」
高瀬がため息を吐く。
すぐに千佳が戻って来て、掃除が再開した。
「高瀬君、運動神経も良いんだってね」
「……いや、そうでもないけど」
「もー謙虚だなあ。ねえ、陸上部来ない?」
「遠慮しとく」
「わー、即答。でもどこも入ってないんでしょ?」
「……やりたいことが他にあるから」
「えー、何々?」
「教えない」
「えーっ!」
千佳の攻めに高瀬がたじろいでいるのは明らかだった。おかしくて仕方がない。
わざわざ矢㮈の方を見はしないが、目に見えない抗議レーザーが高瀬からこちらへ放出されているように感じた。
監督していた音楽科目の先生に合格をもらって、千佳が部活のため勢いよく音楽室を飛び出した時には、高瀬がほっとした顔でグランドピアノの前のイスに座っていた。
他のクラスメイト達も方々に解散し、音楽科目の先生は準備室に入って行った。矢㮈と高瀬だけがそこに取り残される。
「――しかも、お前ずっと笑ってただろ」
高瀬が矢㮈を横目に睨む。
「え? だって――おっかしくて、おかしくて」
思い出しただけで、笑いが復活する。
「……笑うなっ!」
高瀬はそう言うと、矢㮈から目を逸らして、ふとピアノの鍵盤の蓋を開いた。
準備室から先生が戻って来て、まだ残っている二人の生徒を見た。
「君たち、まだいたのか。吹奏楽部かオーケストラ部だったかい?」
「いえ、違います」
矢㮈が答えると、
「だったら、もうここ閉めてもいいかな? 今日はもう音楽室は使わないから」
先生が少し申し訳なさそうに言った。
矢㮈がすぐにそれに従おうとし、高瀬も異論なく開けた蓋を閉じようとした、その時。
「あ、失礼します。すいません、僕がこれから使わせてもらいます」
三十代くらいの一人の男性教諭が、音楽室に入って来た。
三.
「いいよ、君たちも自由にしてて。別に僕は楽譜を探しに来ただけだから」
その男性教諭――並早教諭は、英語が担当だと言った。矢㮈も高瀬も担当外の先生なため、初めて見る顔だった。彼は今度授業に使おうと思っている英語の歌詞の曲を探しに来たらしい。
高瀬は閉じかけていた蓋を元に戻して、人差し指でいくつかのキーを鳴らした。
「お? 君はピアノを弾くのかい?」
並早が彼に尋ねる。
「いえ、ただ鳴らしていただけです」
高瀬は言って、「ドレミファソラシド」と順に弾いた。
それを聞いてると、昔小学校の教室で友達とピアノを弾いて遊んでいたことを思い出して懐かしくなり、矢㮈も高瀬の横から手を出した。
遊び曲の王道――『ねこふんじゃった』。しかもサビの部分だけ。
「……お前、どうせ弾くなら最後まで弾けよ。あ、知らないのか」
高瀬が呆れたように感想をつぶやいた。
しかしそれにただ黙っているような矢㮈ではない。
「弾けますよー。弾いて差し上げようじゃないの」
これでも、ピアノは小さい頃に習っていた。途中から同じく続けていたバイオリンが主になってしまったが、少しくらいはまともに弾ける――はずだ。
高瀬が「ふーん」と面白そうなものを見る顔をし、イスを譲って傍らに立った。
とは言っても、やはり久しぶりにピアノに向き合う。指の体操代わりに軽く弾いて、矢㮈はふっと息を吐いた。
「カスタネットだけじゃないってトコ、見せてあげる」
「うわ、すんごい自信」
腕を組んで見下ろすような高瀬が気に入らない。――背の高さは考えないとして。
矢㮈は両手を鍵盤の上に翳し、そっと指を置いた。
そして、弾き始める。
軽やかで、リズミカルな音が弾いていて楽しい。
頭の中にネコが出てきて、ニャーニャーと踏まれたことに抗議していた。
弾き終えた時、拍手の音が聞こえた。
「いやー、すごいすごい。そちらのお嬢さんはピアノを習っていたのかな?」
楽譜探しをしていたはずの並早だった。
「そんなことないです。小さい頃、少しやっていただけで」
矢㮈は顔の前でぶんぶんと手を振った。実際、そんな大したものでもないと思っている。
そして、どうだという風に傍らの高瀬を見上げると、彼は難しい表情をしていた。
「……何よ?」
「――いや、正直お前がそこまで弾けるとは思わなかった。ただ」
「ただ?」
「一部微妙に音がズレていたのがドンマイだな」
「……」
矢㮈はわざとにこやかに笑って、高瀬にもう一度イスを譲った。
それから彼にピアノを弾くように言った。
「それじゃあ、見本を見せて頂戴」
「何で俺が」
「偉そうに言ってるからでしょ。本当に弾けるの?」
高瀬は眉をひそめて、それからため息を吐いた。
「分かった。弾いてやる。『ねこふんじゃった』でいいんだな?」
矢㮈はうなずいた。
同時に、少しわくわくする。
あれだけ矢㮈の前でキーボードを弾かなかった彼が、今からピアノを弾くというのだ。
高瀬は特に指を慣らすこともせず、ふいに弾き始めた。
(――あ……)
矢㮈はすぐに息を呑んだ。
上手い、としか言いようがなかった。
見本のCDか何かでも聞いているみたいに、ズレが無く速さも一定だ。何より、細かい所まで気を張り巡らせているような感じがする。
(何か……クラシックみたい……)
最早それは、お遊びの『ねこふんじゃった』では無かった。
曲が終わる。それでもまだ頭の中で、滑らかな曲が響いていた。
「……すごい」
矢㮈がボソリとつぶやくと、高瀬はつまらなさそうに横を向いた。
「別に。これくらいのヤツは他にもいっぱいいるだろ」
並早も、ポカンと口を開けて高瀬を見つめていた。
ようやく高瀬がピアノの蓋を閉じようとしたところで、並早が「待った!」をかけた。
不思議そうな顔をする高瀬と矢㮈に、並早はどこかの引き出しから打楽器の入った箱を取り出してきた。
「君たちの演奏を聴いていて、僕も何かやりたくなってしまったよ。少し付き合ってもらえるかな?」
「……は?」
呆然とする矢㮈に、高瀬がイスから立ち上がろうとする。
「お前が夢見た打楽器演奏会じゃねーか。どうする? お前がピアノをやるか?」
「――どーせあたしはカスタネットです」
矢㮈は言って、並早が取り出して来た箱から、カスタネットを選び出す。教諭たってのお願いには、高瀬も協力するらしい。
並早はトライアングルを構えた。
「じゃあ、もう一度『ねこふんじゃった』で行こう。サン、ハイ!」
並早の掛け声と共に、高瀬が半ば呆れ気味に指を鍵盤に滑らした。
再び、あの曲が流れ出す。
矢㮈はその曲に聴き入ってしまい、手が止まってしまっていた。
「おい、カスタネット。音が聞こえない」
曲と共に高瀬の声が聞こえて、矢㮈はようやくたたき始める。
「先生、もう少し軽くたたいて下さい」
高瀬が並早に言って、教諭が生徒のように「はい」と答えている。
何だか変な演奏会だった。
曲が終わった時の高瀬の感想はと言うと、
「正直言って小学生レベルだな。まあ、最後の方はマシだったけど」
ということだった。
その言葉に、矢㮈も異論はない。
しかし、
「楽しかったなあ。久しぶりだったよ」
並早の言葉に、矢㮈も同感だった。
楽しかった――それだけじゃダメだろうか?
何より高瀬のピアノが忘れられない。
今度こそピアノの蓋を閉めた高瀬に、矢㮈もカスタネットを箱にもどしながら言った。
「ね、高瀬」
君付けはもうだいぶ前に、本人から「気持ち悪いからやめろ」と言われている。
「何」
高瀬がイスから立ち上がって伸びをする。
「また、こうやって演奏会してくれる? 今度は諷杝も一緒に」
「……お前がもう少しカスタネット上手くなったらな」
相変わらず、ひねくれた答え方をする。
矢㮈は心の中で唇を尖らせ、しかし顔には笑みを浮かべた。
「次は、カスタネットじゃないよ」
「は?」
高瀬が眉を寄せる。
そう、次はカスタネットではなくて。
「あたしの一番の楽器で」
「――タンバリンか?」
「内緒」
矢㮈は一人、心の中で笑った。
(次は……)
今は、まだ言えないけれど。
まだまだ、ブランクを埋めなきゃなんないけど。
でもいつか、一緒に演奏したい。
(あたしのバイオリンで)
諷杝がギターを奏でた時に思った、一緒に演奏したい、彼ら二人と共にバイオリンを弾きたいと思う気持ちが、また矢㮈の中で強くなった。
四.
二人の生徒が去った音楽室で、引き続き楽譜を手に取って見ていると、一人の少年がやって来た。
「やあ、諷杝君。残念だったね、先程演奏会は終わったばかりだよ」
並早の言葉に、諷杝は軽く微笑んだ。
「ずいぶん楽しそうでしたね。最後の方少しだけ、廊下で聞いてました」
「何だ。じゃあ入ってこれば良かったのに」
「いえ、イツキさんが離れようとしなかったもので。さすがに音楽室に鳩は入れちゃマズいでしょう?」
『イツキ』という言葉に、並早の目が一瞬憂いを含む。
「そうだったね……あの鳩も『イツキ』というのだったっけ?」
諷杝は並早の手にある楽譜に目を留めた。
「英語で使うんですか?」
「まあね。ところで何か用かい?」
並早が軽く尋ねると、諷杝はピアノの前のイスに座って、鍵盤の蓋を開けた。
ド、ミ、ソ。
切れ切れに、短い音が室内に響いた。
「おや? もしかして諷杝君もピアノを弾けるというオチかい?」
「いえ。僕はあの二人みたいにはとても弾けませんよ。『カエルの合唱』くらいなら弾けますが?」
「ははは。それなら僕も同じだ」
諷杝はしばらく気紛れにキーを鳴らしていたが、やがて蓋を閉じた。
それを見ながら、並早が静かに笑った。苦笑に近いものだった。
「全く、君と言い、あの二人と言い……昔を思い出すなあ」
諷杝が軽く息を吐いて、困ったように眉をひそめる。
「僕は全然その当時を知らないんで、よく分からないんですけどね。でも父親の言う通りこの学園に来て、樹さんに出逢ってからは、嫌でも運の巡り合わせとかいうものを実感しました」
「兄は何と言っていた?」
「友達を作れと言われました」
諷杝の当惑したような表情に、並早は思わず吹き出した。
並早は今年この学園に赴任したので、彼のことをよく知らない。だが、彼の父親が兄と親友だった縁から、その存在はだいぶ前から知っていた。
「実際その少し後に也梛と出会ったんですけどね。でもまさか、こんなことになるなんて思わなかった。あいつがマジでここへ来るなんて、思ってもみなかったんです」
「まあ……そのことについては僕もびっくりしてるかな」
並早は曖昧に言葉を濁した。
(也梛君はどうあれ、彼の父親が許すとは考えにくいからなあ)
先程見事なピアノを披露した彼を思い出す。並早は彼についても少し知っていた。もちろん向こうは何も知らないだろうが。
「それで、君はこれから何をするつもりなんだい? 先輩たちに倣ってバンドでも組むのかな?」
諷杝が軽く首を横に振る。そして、相変わらず眉を下げたまま答えた。
「別に、特に考えてないです。ただ」
「?」
「ある楽譜を探そうと思っています」
「楽譜? それで音楽室に?」
「多分、ここにあるような楽譜ではないでしょう。僕が探しているのは、もう二十年以上も前に作られた、名も無い音楽好きが作曲したものです」
並早は軽く目を見開いた。
「父親は死ぬ間際に軽い口調で言いました。ホント、今からゲームでもしようって誘うみたいに――『もしヒマだったら、お父さんの楽譜を探してみるといい。そんじょそこらの宝探しよりかは面白いはずだよ』って」
そう言ってから、諷杝は呆れたように肩をすくめる。
「ヒントは『彩楸学園』。たったそれだけでした。その時分かっていたのは、ただ父親の出身校であるということ」
「それは何とも……君のお父さんらしいねえ」
並早が何かを思い出すように目を細めると、諷杝もしばらく無言になった。
やがて、並早は手にしていた英語の楽譜をピアノの上に置いた。
「それでも君は、ここへ来たんだね。入学して一年、分かったことは?」
諷杝の口元が軽く笑う。
「とりあえず、父親がバンドを組んでいたこと。樹さんのこと」
「まだまだ始まりにすぎないね」
「ええ。でも、一人の時とは違って、やっと今年スタートラインに立てたような気がします」
諷杝の笑顔が、何か自信を含んだものに変わる。
並早も思わずふっと息を吐いて、諷杝の前に立った。
「君はやっぱり旋さんの息子だよ。僕の兄――樹兄さんが、死んでもなお君の目の前に現れた理由も分かるような気がする」
自分の息子であるかのように、諷杝の頭をポンポンとたたいた。
「僕も一応この学園の出身だから、何か助言はできるかもしれない。――それに、『ZIST』の一番のファンは僕だったから」
『ZIST』とは、諷杝の父親・海中旋を中心にしたバンドのグループ名である。二十年以上前に、グループの一人の死によって解散し、世の中に出ることも無くメンバーは各々の道を進んだ。
諷杝は苦笑し、イスから立ち上がった。
「あの父親の言うことですから、どこまで本気か分かりませんけどね。案外、あっさり見つかってしまうかもしれない」
そうは言うものの、まだ一年探してやっとスタートラインなのだ。
「見つかったらどうするの?」
ふいに尋ねてみる。
すると諷杝は微笑んで、当然だろういう風に言った。
「もちろん演奏するんですよ。皆で」
皆――きっと、あの二人のことを言っているのだろう。
それは自分も聴かせてもらえるだろうか、と並早は思う。
その時、音楽室の窓の外側で、バサバサと羽音が聞こえた。そちらを見ると、白い鳩が羽をバタつかせている。
「お呼びがかかっているようなので、そろそろ行きます」
諷杝が並早に頭を下げる。並早も笑って軽く手を上げた。
「またいつでも声かけて」
焦げ茶の髪の少年が、音楽室を出て行く。
並早は白い鳩がまだ見えるその窓の方を見て、鳩に微笑んだ。
「樹兄さん、心配しなくてももう諷杝君には友達がいるよ」
白い鳩の黒い目が、一瞬瞬いたように見えた後、鳩はどこかへ飛んで行った。