音楽祭 始動<準備3>
第14話「音楽祭 始動<準備2>」の続きです。
【主な登場人物紹介】
・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校1年生。
・高瀬 也梛…同上1年生。キーボードを弾く。
・海中 諷杝…同上2年生。ギターを弾く。
【その他】
・イツキ…白い鳩。諷杝に懐いている。
・並早…彩楸学園の英語教諭。音楽祭の担当にされる。
・相田 将…雲ノ峰高校2年。音楽祭実行委員長。
・淡海 あやめ(おうみ あやめ)…同上2年。将の幼馴染みで音楽仲間。
五.
明日は忙しくなるといった諷杝の宣言通り、この日は忙しく動き回る日だった。
第二体育館に布団やらを運び込み、数を数えて確認する。合宿一日目の料理は早速カレーで、大量のカレー粉と大きな鍋まで用意されていた。野菜の方は参加グループに農業科のある高校があり、何とただで持って来てくれると言う。これに関しては明日の到着を待つだけだ。
「おわっ……ちょ、ちょっと前あけてぇ!!」
「!?」
高く上がった声に振り返ると、三個くらい積み上げた段ボールの塊を手に、多分淡海が――段ボールのせいで顔が見えないが――、ふらふらとこちらに向かって来ていた。
「えっ、お、淡海さん!? あ、危な――」
ただおろおろすることしかできない矢㮈の腕が、ぐいと横に引っ張られた。と同時に、目の前に段ボールを迎え撃つ広い背中が見えた。段ボールが支えられて、淡海の動きが止まった。
「……あれっ!?」
不思議そうに顔を上げた淡海は、呆れた顔の相田に見下ろされていた。先程の広い背中は彼だった。
「あやめ。お前だけなら勝手だが、他人を巻き込むな。危ない」
「将ちゃん! ごめんごめん」
「俺じゃなく、周りに謝れ。特に、今危なかった――」
相田が矢㮈の方を振り返る。
矢㮈はポカンとしていたが、急いで顔の前で右手を振った。
「いやいや! 大丈夫です! 淡海さんこそ危なかったですよ」
「ごめんね! 矢㮈ちゃん」
淡海が段ボール箱を床に下ろし、片手で拝んで矢㮈に謝った。そして、ちゃっかり相田に二つ段ボール箱を押し付けると、自分も残りの一つを持って運んで行ってしまった。押し付けられた相田は何か諦めたように従ったが、多分他への迷惑を少しでも減らそうという気持ちもあったのだろう。
矢㮈は、すぐ側で紙皿と紙コップを仕分けている高瀬を見た。
先程自分の腕を引っ張ってくれたのはきっと――ではなく、確かに彼だった。
「……さっきはありがと」
小さく、礼を言う。
「あんまぼやぼやしてんなよ」
高瀬は作業する手を休めず、そっけなく言う。もうこれくらいの反応には慣れ切っていたので、矢㮈はため息を吐くだけに留めた。そして、また自分の作業に戻る。
だがしばらくして、高瀬が口を開いた。
「なぁ、お前ってさ」
「え?」
矢㮈は思わず手を止め、彼の方を見た。向こうから話しかけてくるなんて珍しい。
高瀬はこちらを見ずに作業しつつ、少し考えてから続けた。
「将来はやっぱりプロを目指すのか?」
「将来? プロ?」
何を言われたか理解するのに三十秒くらいかかった。いつにも況して唐突な問いだった。
「……どしたの、急に」
「――いや、何でもない」
高瀬は首を横に振ると、仕分け終えた袋の塊を持って矢㮈に背を向けた。
(え、一体何……? プロってバイオリンのことだよね?)
いきなり質問したかと思えば勝手に話を畳まれ、矢㮈は戸惑った。しかし何かを言わなくてはと思い、その背に声をかけた。
「プロかどうかはともかく、バイオリンは続けたいと思う! もっと学びたいと思う!」
高瀬が立ち止まった。そして、小さく笑ったような気がした。
「――そっか」
「?」
矢㮈は意味が分からないまま、歩いていく彼の後姿を見つめた。
(やっぱり最近変だよね……)
いつものように無愛想なところや意地悪なところは変わらないが、どこかが彼らしくないような気がする。
(まあ高瀬があたしに言うわけないか……)
矢㮈は一人苦笑したが、少し胸がざわつくのを感じていた。
実行委員会のメンバーは、一応本日から泊まりもできることになっていた。家が近い人などは帰って行ったが、相田や淡海を含め半分以上がもう泊まり決定であった。――もちろん、矢㮈も流れでそうなった。
諷杝は寮に戻ると言い張っていたが、副委員長であることを持ち出され、且つ相田に上手いこと言いくるめられ、渋々と言う体で泊まり組に入った。諷杝がそうなると、問答無用で高瀬も引っ張り込まれた。
矢㮈の方は、淡海から逃れられなかったのである。一応念のためにと家に準備してあった宿泊の荷物を、弟の弓響に届けてもらった。
女子は三名――矢㮈と、淡海と、それから彩楸の三年の先輩・春日井で、早速晩飯の準備をすることとなった。幸いにも春日井は料理が得意だそうで、いかにも家庭的な雰囲気があった。
荷物運びを兼ねて男子二人を連れ――相田と、この辺りを良く知る彩楸の二年・世良だ――、淡海が財布を握り買い物へ行く。
矢㮈は待っている間に、春日井と女子が使うことになっている第二体育館二階を整えていた。普段はダンス部が使っており、壁の何面かには鏡がはめ込まれている。
「女子は皆で十九人とか言ってたね。布団並べてもまだスペースあるなあ……」
春日井が苦笑する。床にはブルーシートに似たシートが敷かれていた。まるで避難所生活が始まるかのようだ。
「今日はここで三人ですからね……ちょっと怖いかも」
矢㮈が思わず本音を漏らすと、春日井はニヤリとした。
「大丈夫よ。淡海ちゃんもそうだけど、私もうるさいから」
「……それも怖い気が……」
そう言いつつ、これは完全に修学旅行のノリだなあと思う。ただ学年が皆バラバラなのが良くも悪くも新鮮だ。
因みに、春日井が三年の夏にも関わらずこうしてこの音楽祭に取り組んでいるのは、もうある程度進学先が内定しているからである。彼女は頭が良いと噂で聞いた。矢㮈は自分の時もそんなだったらいいなと無謀にも思った。高瀬に言ったら絶対笑われただろう。
「他の学校の子たちが来る前に、好きな場所確保しといてオッケーだからね」
言いつつ春日井がそこそこ奥の方の場所に向かう。
「入り口はバタバタするからね。ちょっと不便もあるかもだけど、やっぱ奥がゆっくりできるよ」
先輩のアドバイスをありがたく頂戴して、矢㮈も彼女の隣に陣取ることにする。
「ま、今日は真ん中で三人で寝ようね~」
春日井が楽しそうに笑った。
それから買い出し班が戻ってくるなり晩飯の準備が始まり、春日井が大いに腕を振るった。
意外だったのは、無理やり手伝わされた相田が、実は料理上手だったことである。
「相田さんって何でもできるんですね……」
矢㮈が感心してつぶやいた。昼間の準備からは、彼の手際の良さと運動神経の良さが窺われていた。
「そうなのよねー。見かけによらず女子力高いのよ、将ちゃん」
淡海が呆れたように首をすくめる。諷杝が微笑んだ。
「淡海さんよりも女子っぽいかもね~」
「なっ!? ちょっと海中! どういう意味よ!?」
淡海が諷杝を睨むが、彼は相変わらずどこ吹く風状態である。
「少なくとも海中よりは女子力あるわよ!」
「うーん……それはそうじゃないとマズイんじゃないかなあ……」
「何ですってぇ!?」
今にも掴みかからんとする淡海をひょいと避け、諷杝は相田の後ろに回った。
「ねぇ、淡海さんどうにかしてよ」
「お前がああしたんだろ」
「僕は正直に感想を言っただけじゃないか」
「それが原因なんだよ。っていうか、包丁危ない」
ぶつぶつ言い合う二人に向かって、淡海が叫んだ。
「将ちゃんも海中と同じ意見なわけ!?」
「……何で俺まで巻き込まれなきゃならないんだ」
相田がキャベツを千切りしながら、ため息を吐いた。
明日の献立がカレーと言うことで、今夜はカレー以外の思い付きメニューである。
トンカツ、コロッケ、野菜炒め、サラダ……などなど。見事にスタミナメニューなのがもう合宿であった。
***
そして、翌日。八月四日。
昨夜は春日井と淡海と喋っているうちに、いつの間にか寝てしまっていたようだ。しかし、正直寝たような寝てないような、夢を見たようなそうでないような……。
とにかく、少し頭がボーッとしていた。
ようやく目が覚めたと自覚したのは朝食の時になってからだった。
「おはよう、矢㮈ちゃん。良く眠れた?」
諷杝が笑ってあいさつしてきたのだ。
「あ、おはよう。まあ、ほどほどに……?」
矢㮈が曖昧に笑い返すと、横から口を挟まれた。
「お前、目の下クマできてるぞ」
「え、ウソ!?」
矢㮈がはっとして目元に手をやると、指摘した張本人はふっと笑った。
「ウソだよ。お前、今日も元気だな、全く」
「……っ! 高瀬ぇ!!」
一気に眠気も吹っ飛んだ。折角朝から諷杝に会えてうれしかったのに、その気分も台無しだ。
「あはは。朝から二人とも元気だねぇ」
諷杝がおかしそうにクスクス笑っている。
「諷杝! 何笑ってんのよ!」
「そりゃお前の単純さにだろ」
「高瀬はうるさい!!」
「あはははは」
結局朝食の席に着くまで、矢㮈たちはこんな調子であった。
それから午後になって、彩楸学園はまた少し賑やかになった。
続々と他の学校のメンバーたちが到着したのである。




