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  作者: 葵月詞菜


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音楽祭 始動<準備2>

第13話「音楽祭 始動<準備1>」の続きです。<準備3>まで続きます。

【主な登場人物紹介】

・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校1年生。

高瀬たかせ 也梛やなぎ…同上1年生。キーボードを弾く。

海中わたなか 諷杝ふうり…同上2年生。ギターを弾く。

【その他】

・イツキ…白い鳩。諷杝に懐いている。

並早なみはや…彩楸学園の英語教諭。音楽祭の担当にされる。

相田あいだ しょう…雲ノ峰高校2年。音楽祭実行委員長。

・淡海 あやめ(おうみ あやめ)…同上2年。将の幼馴染みで音楽仲間。

三.

「お疲れ様、二人共。じゃあ明日からまたよろしくね」

 諷杝(ふうり)が相田と淡海に向かってにっこり微笑んだ。

「おう、明日からは体力もいるからな。お前もしっかり働けよ」

「そうよ。海中っていつもにこにこ笑ってるだけなんだから――ほら、今だって」

「でもあやめ、この微笑みって憎めないよな」

「……将ちゃん、そんなだから海中に何でも押し付けられるのよ」

 相田と淡海が二人でぶつぶつ言うのを、当の諷杝は笑ったまま黙って聞いていた。その隣で矢㮈も曖昧な笑みを浮かべつつ、二人のやり取りを聞いていた。

「相田君、淡海さん、行くよ」

 教職員用の駐車スペースから、並早が車を回してきた。

「あ、はい」

 相田が「じゃあ」と手を上げ、車の後部座席に乗り込んだ。二人の送迎に関しては特別許可が下りているらしく、音楽祭の担当となった並早教諭が運転手を務める。

「矢㮈ちゃん、また明日」

「はい、お気を付けて」

 矢㮈も淡海にあいさつし、彼女が車の中に納まるのを見守った。

「笠木さんは、本当に良いの?」

 運転席の開いた窓から、並早が訊く。

「あ、大丈夫です。自転車ですぐですし……。ありがとうございます」

 矢㮈が答えると、彼は「そう」とうなずいたが、まだ少し心配そうな表情だ。時刻は午後九時過ぎ。いつもなら午後七時には解散しているので少し遅い。

「じゃあ、僕が送って行きます」

「え?」

 突然口を挟んだ諷杝に、矢㮈は思わず声を出した。相変わらず諷杝は微笑んだままだ。

「そうか。なら諷杝君、笠木さんのこと頼んだよ」

 並早がやっと安心したようにうなずく。

「はい。先生も、二人をよろしくお願いします」

「了解した」

 並早が車を出す。遠くなる赤橙のテールランプが、やがて左に曲がり視界から消えていった。

「さて、と」

 諷杝の言葉に、矢㮈はなぜかびくっとしてしまった。

「矢㮈ちゃん自転車だっけ?」

「あ、う、うん」

 変に緊張してしまう。それを落ち着かせるため、ふうと息を吐いた。

「……ていうか、諷杝。あたし一人で帰れるよ?」

「帰れるか帰れないかじゃないよ、矢㮈ちゃん。これは男子としてのマナーの問題」

 諷杝がふふと笑う。

「男子としてのマナー?」

 矢㮈が不思議そうに思っているのにも構わず、諷杝は自転車置き場へと歩き出す。急いで後を追いかけて、その背に尋ねる。

「でも諷杝の自転車は?」

 彼は学園の寮に入っているため、徒歩のはずだ。寮は学園のすぐ隣にある。そもそも彼は自転車を持っているのだろうか。

「大丈夫。昨日乗る機会があって僕も学校に停めてるんだ」

 諷杝の答えに、とりあえず自転車を持っていたことを知る。

 その時、上方からバサバサと羽音がして、何かが地面に舞い降りた。

「あ、イツキさん!!」

 矢㮈は地面に降り立った白い鳩を見て声をあげた。

「どうやらイツキさんも一緒に夜の散歩に行きたいらしい」

 諷杝がイツキを抱え上げた。白い鳩は諷杝に撫でられて気持ちよさそうに首を逸らした。

「行こう、矢㮈ちゃん」

 イツキを抱えたまま、諷杝が自分の自転車を探して歩き始める。

 本当に送って行ってくれるようだ。

「う、うん」

 矢㮈も自分の自転車を止めた場所を探し始めた。



 諷杝と並んで、暗い道を走る。もう車の往来も滅多と無く、並走していても危なくない。

 等間隔に並ぶ電灯が、仄かに道を明るく照らし出す。

 鳩のイツキは、諷杝の自転車の前カゴに大人しく収まっていた。

「イツキさん……飛ばないんだね」

「そうだねえ。普通に歩きの散歩でも、僕の横歩くか肩に止まってる」

「へえー……」

 諷杝と、他愛のない話をしながら自転車を漕ぐ。

 ふいに、先程から疑問に思っていたことを聞いてみようと思った。

「ねぇ諷杝。さっき、男子のマナーとか言ってたよね?」

「んー? 言ったね」

「諷杝は、今日のあたしみたいに、よく女の子を送って行くことあるの?」

(……あれ? あたし、何聞いてんだろう……)

 言ってから、その質問の謎さに自分で狼狽えた。

 諷杝は少し考えるように黙り、それから前を向いたまま軽く小首を傾げた。

「『よく』ってのは違うかも。だいたい、僕あんまり女の子と関わらないしなあ。でも、夜に女の子一人放っておくことはできないでしょ」

 諷杝が矢㮈の方を向く。

「それに矢㮈ちゃんだから、なおさらね」

「え?」

 矢㮈が目を見開く。諷杝はにっこりしたまま何も言わない。

(……何、これ。どういう意味だろう……)

 矢㮈は頬が熱くなってくるのを感じて、前を向いた。

「まあ僕はともかく、也梛もそういうトコちゃんと気遣うと思うよ」

 諷杝の口から、突然高瀬が登場した。

「ええー、あの高瀬があ……?」

 無愛想で、いつも何かと矢㮈に対して意地悪な彼を思い出す。同時に、矢㮈は先程の諷杝の発言に対する惑いを消し去った。

「あたしに対しては全っ然気遣いの『き』の字も窺えないんですが」

「あはは、確かに。でも、あいつはそんなにひどく突き放したりしないよ」

 諷杝が暗い空を見上げる。今夜は全体的に雲がうっすらとかかっているが、細い三日月と、所々で星たちが光っているのが見えた。

「也梛は実は面倒見が良いんだよね。あいつが来てから、何だか兄ができたような錯覚を覚えるもの」

「ああ、確かに諷杝って高瀬の弟みたいだなと思うことある」

 矢㮈が思わず同意する相槌を打つと、彼は「ええ!?」と驚いた顔をした。

「矢㮈ちゃんまでそんなこと言ってー」

 拗ねた声が、なぜかかわいく思えてしまう。

「――でも、全部僕のせいなんだよね」

 諷杝がふいに小さくつぶやいた。

「え?」

 矢㮈が首を傾げると、彼は少し困ったように笑った。

「也梛を彩楸に引っ張り込んじゃったのは、僕のせいなんだよ。……あいつは僕に毒されてるのかも」

「?」

 さらに首を傾げる。諷杝に毒されるとは、どういうことなのだろう。

 矢㮈がその先を訊こうとした時、向かいからトラックが来るのが見えて、矢㮈の後ろに諷杝が移動し一列になった。それで、訊くタイミングを逃した。

(そういえば前に高瀬自身も、諷杝がいるから彩楸に来た、って言ってたっけ――)

 そう、前――確か、水無月祭の時に。

(諷杝と高瀬って、どういう関係なんだろう……?)

 別に、二人を問い詰めてまで訊こうとは思わなかったが、多少気になる事だった。

 矢㮈はそんなことを考えつつ、次に諷杝がまたどうでもいいような話題を出してくるまで、色々と思いを巡らせていた。



四.

 也梛は寮にもどりかけて、思い直して学校へ足を向けた。

 学生服のズボンに突っ込んだ携帯電話を取り出し、並早教諭の番号にかける。数回のコールの後、電話が繋がった。

『……もしもし?高瀬君だね』

「あ、はい。今、大丈夫ですか?」

『んー、今、相田君たちを送った帰りの信号待ち。用件は、音楽室かな?』

「そうです。今日も借りたいんですが」

『後十分くらいで着くんだけど、待っててくれる?』

「分かりました。では職員用の入り口で待ってます」

 也梛は通話を終えると、コンビニで買ってきた菓子パンの袋を開けた。夕飯はピアノレッスンの後に先生宅でご馳走になったが、小腹が空いていた。

「あ、そういえばマフィン――」

 菓子パンを食べている途中で、矢㮈にもらったマフィンを思い出した。明日にしようかとも思ったが、結局菓子パンに続いて食べてしまった。しっとりとしたマフィンは濃厚だが重すぎることもなく、さすがケーキ屋で販売してるだけあっておいしかった。

 口の中に残る最後の欠片を咀嚼しながらぼんやり夜空を見上げると、うっすらかかった雲の間から月が覗いていた。

 ゴミを捨てようと、もうすっかり慣れた夜の学園内を歩いていると、後ろから声がしてドキリとした。

「也―梛!」

「……お前なあ」

 ふり返ったそこに立つ少年は、ルームメイトの諷杝だった。

「お帰り。自転車停めてたら、君が歩いてるの見えたから」

「自転車? どっか行ってたのか」

「矢㮈ちゃんを送ってくついでに、ちょっと夜の散歩をね」

 諷杝の足元には白い鳩がちょこんと突っ立っていた。どうやらこの鳩も一緒だったらしい。相変わらずこの一人と一羽は仲が良い。

「また鳩と散歩してたのかよ……。で、笠木はちゃんと送ってったのか?」

 也梛が呆れたように尋ねると、諷杝はうなずいた。

「うん、バッチシ。それより君はまた今夜も個人練習?」

「まあな。指摘されたことはその日のうちにたたき込んどくのが良いんだよ」

 也梛はここ最近、並早に頼んで個人的に音楽室を借りている。

 今年の音楽祭担当となった並早の口添えで、学園側から許可をもらえたのである。現在、吹奏楽部が他校に合宿中という理由もあるのだろうが。

「……お疲れ様。でも明日から動き回る活動が増えるからね。今日は早めに切り上げて寝なよ」

 諷杝が労わるような口調で言った。それでも個人練習をやめろと言わないのは、也梛に言っても無駄だと分かっているからである。

「分かってる。一通りさらって、問題の箇所を少し見直すだけだから」

「まあ午前中くらいサボっても僕は見逃してあげるけど」

「冗談。淡海さんにどんだけ嫌味言われるか……」

 也梛は軽く肩をすくめた。

「委員長たちは明日からもう泊まりに入る予定だからね」

 諷杝がサラリと言ったのに対し、也梛は「そーだったっけ?」と首を傾げた。

 つまり、委員長の相田といつも一緒の淡海は間違いなく明日から泊まり込みということだ。

「それくらい、明日から結構大変なんだよ。――それより」

 諷杝が真っ直ぐに也梛の目を見た。

「いつまで矢㮈ちゃんに黙ってるつもり? 矢㮈ちゃんは君が何か隠してるのを知ってる上で、黙ってくれてるよ」

「……別に迷惑はかけてないだろ」

 也梛は諷杝の目からわずかに視線を逸らし、ぶっきらぼうに答えた。

「うん、かけてないよ。でも、いつまで彼女の優しさに甘えてるつもり? 明後日からは他の参加者も合宿にやってくる。そうなったらもう、こんな夜中に音楽室借りることもできないよ。――公平性の面でね」

 也梛も実行委員に入っている手前、文句の言いようがない。そもそも、個人的な願いなのは十分承知だ。

 合宿が始まれば、参加グループはそれぞれの練習場所としていくつか整備の整った部屋を時間と共に割り当てられる。也梛だって参加するグループの一人なのだから、そのルールは守らなければならない。

「まあ日によっては音楽室も使えるだろうし、その際に也梛個人の練習をしてくれても僕は一向に構わないけど、矢㮈ちゃんには誤魔化しきれないと思うよ」

 同じ音楽仲間なんだから、と諷杝がため息を吐いた。

「ていうかさ、何で矢㮈ちゃんに黙ってるの? 言っても構わないと思うけど」

「……何か嫌なんだよ」

 也梛はふいと横を向いた。

 実を言うと、也梛自身なぜ矢㮈に言えないのか、分からなかった。別に、「今度ピアノの演奏会があるんだよ。だから、練習しなきゃなんないんだ」で済む事だ。

 だが、言えない。知られたくないと思う。

(多分、本当言うと、音楽祭のことがなかったら諷杝にも言わなかっただろうな……)

 心の中で、思う。

 個人的なピアノの演奏会なら、別に諷杝も関係無い。単に也梛の都合と気持ちの摺り合せだけで事足りることであり、淡々と演奏会を済まして何事もなかったかのように寮に戻って諷杝と顔を合わせただろう。

 しかし音楽祭に出ることになったからには、どうしてもそちらとのスケジュールバランスを考えなくてはならない。諷杝と並早は最低限の連絡相手だった。

 なぜこうも、たかがピアノの演奏会一つにここまで頑なになってしまうのか。

 きっと自分は、彼らに父親の望む自分――つまり也梛が拒絶した自分――を見せたくないのだろう。

 也梛は、自分の望む己の姿で彼らと一緒にいたかった。そのために、この学園に来たのだ。

 それは音楽も同じで、也梛が望むのは彼らと共にキーボードを弾くことだ。

 也梛が思う、自分の音楽を見てほしい。

「――別に僕は君がピアノを弾いてもおかしくないと思うけどね。そういう面があっても良いと思うけど。きっと矢㮈ちゃんも同じだと思うよ」

 諷杝は也梛が認めない部分もまた、也梛の音楽の一つの側面で良いと言う。

「……お前に笠木の気持ちが分かるのかよ」

「そんなの分からないに決まってるよ」

 諷杝が呆れたように言って、空を見上げる。つられて也梛も上を向いた。うすくかかっていた雲が風で流れたのか、先程より星が明るく感じた。

「でもね、矢㮈ちゃんの気遣いにもちゃんと気付いてあげなよ。同じ音楽仲間なんだから」

「……ああ、分かってる……」

「ホントかねぇ? この前――もうだいぶ前になるけど、矢㮈ちゃんがバイオリンレッスンに奮闘してる時、僕たち何も知らないで心配だったよね」

「……お前が、な」

 諷杝が少し昔の話を持ち出したのに、也梛は眉間に皺を寄せた。

 五月の話だ。矢㮈が也梛と諷杝に内緒でバイオリンの練習に励んでいた時の一件のことだった。

「またそんなこと言って。その時の僕たちと、今の矢㮈ちゃん、きっと同じような気持ちだと思うな」

「……」

 彼が何を言いたいのかくらい、さすがに也梛にも分かる。

 遠回りに、矢㮈に黙っている也梛を批難しているのである。

「……諷杝、お前ってそんなに他人想いだったっけ?」

「そうだよ。今サラ気付いたの?」

 諷杝が微笑む。――全く、こいつは。

「それに、今日矢㮈ちゃんに言っちゃったからね」

「は? 何を?」

「君は『気遣い』ができるヤツだ、って」

 也梛は意味が分からずきょとんとした。諷杝は軽く肩を竦めて困ったように眉を下げる。

「僕をウソつきにしないでほしいな」

「何勝手なこと言ってんだ、お前は」

 也梛はいい加減なことばかり言う目の前のルームメイトに、遠慮なく半眼を向けた。

 人のいないところでよくもまあ好き勝手な事を言ってくれる。他に何か余計なことは喋っていないだろうか。

(そういえば……)

 ふと、唐突に思った。なぜ今この問いが頭に浮かんだのか、也梛にも分からない。

(笠木はプロのバイオリニストって将来も考えてるんだろうか……?)

「おまたせ、高瀬君。って、あれ? 諷杝君とイツキさんもいるね」

 そんな掛け声とともに、パタパタと急ぎ足で並早が帰ってきた。

「お帰りなさい、並早先生」

 諷杝の応える声に、也梛の思考も中断された。


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