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  作者: 葵月詞菜


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夏休みの初め<中編>

第10話「夏休みの初め<前編>」の続きです。

【主な登場人物紹介】

・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校1年生。

高瀬たかせ 也梛やなぎ…同上1年生。キーボードを弾く。

海中わたなか 諷杝ふうり…同上2年生。ギターを弾く。

【その他】

並早なみはや…英語教諭。

松浦まつら 大河たいが…同じく1年生。矢㮈と也梛のクラスメイト。

三.

(全く……ダルい……)

 矢㮈は夏期補習のため学園に赴き、学期中と変わらない教室に入った。

 ちなみに矢㮈の出る補習は成績に関して少し不安要素がある者たちが呼ばれるもので、特進科のようなさらに上を目指す者たちの自主的な補習はまた別途行われている。

 他クラスからも同じような仲間が集められているため、ホームルーム教室でも席は自由だ。丁度廊下側から二列目の、後方の席に着く――この辺りがわりと静かだったからだ。

「笠木さんおはよー」

 ふいに声をかけられて振り向くと、クラスメイトの松浦が片手を上げて笑っていた。

「あれ、松浦君? サボらなかったんだ」

 矢㮈が本気できょとんとするのを見て、彼は肩をガックシと落とした。

「ひどいなあそれ。あ、隣良い?」

「どうぞどうぞ」

「って、あ、ここ高瀬の席だ。ちょっとは恩恵あるかなー?」

 言われてそこが高瀬の席だったことを思い出した。廊下側の、後ろから二番目。

「松浦君までひねくれたヤなヤツにならないでね」

 矢㮈が苦笑気味に言うと、松浦はおかしそうに笑った。そして、

「十分気を付ける」

 と真面目に答えるところが彼らしい。

 少しの間彼と世間話をしていると、やがて担当の先生がやって来た。手にどっさりとプリントの山を抱えている。

「何かもう頭痛くなってきた……」

「あたしも」

 松浦と矢㮈は顔を見合わせてため息を吐いた。

 そしてふと思った。

(そういえば衣川君はいないみたいだな……サボり? 何か松浦君の方がサボりそうだったのに)

 それからもう一つ。

(諷杝もちゃんと来てるのかな。常連って言ってたけど)

 一つ学年が上の彼もまた、今頃席に着いているのだろうか。想像して、クスリと笑いが漏れた。



 何とか三日目の補習を終えたその午後、諷杝から集合メールが届いた。並早を交えて話があるらしい。もちろん内容は『音楽祭』のことだ。

 音楽室は夏のコンクールに向けて吹奏楽部が使っているし、かといっていつもの屋上はさすがに暑いので、並早は空き教室を用意してくれていた。ご丁寧に一人一個ずつ紙パックジュース付きだ。

 矢㮈はオレンジジュースをストローですすりながら、並早が数枚のプリントを机の上に出すのを見ていた。生徒が使うイスと机を給食机のように四つ合わせた形で、並早の隣に矢㮈、向かいに諷杝と高瀬が座っている。並早の正面の諷杝が、プリントの一枚を手に取った。

「去年のメンバーほとんどいるね。おお、今年はうちが開催校だから、うちの生徒も多いなあ。――あんま知らないけど」

「そうなんだよ。そのうちの何人かは実行委員会に入ってくれるって。今日は来ないんだけどね」

 並早がうなずく。どうやら参加者名簿のようだ。

 矢㮈は並早の言葉に小首を傾げた。

「実行委員……? もしかして今日集まったのって――」

「もちろん君たちは実行委員の一員だよ」

「え!? ウソ!?」

 一体いつの間に。

「もちろん他の学校の子たちにも実行委員に何人か来てくれるよ。それで、諷杝君は委員長をやってくれる気になったかな?」

 並早が微笑むと、諷杝は困ったように眉を下げた。

「僕が委員長なんてガラじゃないです」

「そうかなあ」

 諷杝は何ともなしに参加校と生徒の名簿を眺めて、やがて顔を上げた。

「先生、ぴったりなヤツがいました」

「ん? 誰だい?」

「この雲ノ峰(くものみね)高校の、相田将(あいだしょう)です。彼なら上手くまとめてくれる気がします」

「相田君……確か実行委員に立候補してくれていたね。うーん、じゃあ交渉してみるよ。その代わり、うちの代表として副委員長は君だよ、諷杝君」

「え。やっぱそうなるんですか」

「うん、よろしく」

 諷杝は「やっぱりガラじゃない」とかぶつぶつ言っていたが、並早がさっさと何かを記入したのを見て大人しくなった。ひとまず委員長を回避したことにほっとしているように見えた。

 矢㮈はふと正面に座っている高瀬を見た。矢㮈や諷杝と違って補習の無かった彼は、わざわざ午後から制服を着て登校していた。

(……静かだ)

 矢㮈は眉をひそめた。この教室に入って高瀬は並早とあいさつを交わした以外、一言も喋っていない。普段ならもう少し憎まれ口もたたきそうなものなのに。まして、勝手に実行委員会のメンバーに入れられていたのである。

 そして、彼はどこかぼんやりとしているように見えた。

「高瀬?」

「――あ?」

 思わず声をかけた矢㮈に、高瀬がはっとしたようにこちらを見た。

 と、その時。

 急に高瀬がズボンのポケットから携帯を取り出し、その場にいたメンバーに――主に並早に向かって断った。

「ちょっとすいません。席外します」

「うん」

「どーぞー」

 並早がうなずき、諷杝がひらひらと手を振ると、高瀬は早足で教室を出て行った。

「電話かな?」

 矢㮈が彼の出て行った扉を見たまま呟くと、諷杝がニヤリとした。

「もしかして彼女からかな? 最近の也梛、どっかぼんやりしてるみたいだったから」

「えー! ウソ!? でも千佳ちゃんまだ高瀬の携帯番号知らないって言ってたけど……。あ、まさか他に!?」

 それは大変だ。盛り上がる矢㮈と諷杝の横で、並早が楽しそうに聞いている。

 そして話が一段落したのを見て、並早が今年の予定日程を話し始めた時、

「諷杝」

 教室の扉の所に、高瀬がものすごく不機嫌な顔で立っていた。

 もしかして先程の矢㮈たちが盛り上がっていた『彼女説』を聞いていたのだろうか。矢㮈がヒヤリと汗をかいたところで、高瀬が続けて言った。

「悪いけど、これから用事ができた。寮の夕食もいらない。帰るのは多分明日の朝になると思う」

 口調は平静さを装っているものの、その端々から不機嫌さが窺われる。これは相当ご機嫌ナナメだ。

 朝帰りという内容に矢㮈は突っ込みたかったが、とても口を挟める雰囲気ではなかった。

 諷杝はいつも通りのにこやかな表情でうなずいた。

「うん、分かった。寮長にも伝えとく。行ってらっしゃい」

 高瀬は並早に軽く頭を下げると、先程と同じように早足で行ってしまった。

 もちろん矢㮈には何が何やらさっぱり分からない。諷杝を見遣ると彼は曖昧に笑い、並早を促した。

「先生、とりあえず続きをお願いします」

「あ、ああ……」

 並早もまだ呆気にとられたような顔のまま、プリントをパラパラと捲り始める。

 矢㮈は高瀬が座っていた席の机上にある、未開封のグレープジュースの紙パックを見つめた。

(何で急にあんな不機嫌になったんだろ。携帯持って廊下出てからだよね……)

 だが、考えても分かるはずもなかった。

 矢㮈はため息を吐いて、並早の脇からプリントを覗き込んだ。



四.

 諷杝に指名された相田将は、すんなりと実行委員長を引き受けたらしい。彼の通う雲ノ峰高校は、彩楸学園よりももう少し北に位置する公立校だった。学園の最寄り駅から六つか七つ目の駅で降りるとすぐ着く。

 そんなわけで、明日ぐらいには早速彩楸までミーティングに来てくれることになったようだ。

 昨日並早から大体の流れを聞いたものの、具体的なことは委員長や他のメンバーが揃ってからでないと進められないので、矢㮈たちは個人的な課題で集まっていた。

 ――いや、集まっていると言っても、矢㮈と諷杝の二人だけだ。

 生暖かい風に吹かれて、いつもの屋上にいる。まだ午前中だからいられるのだが。

「高瀬、帰って来た?」

「ああ、うん。僕が起き出した頃にね。相変わらず仏頂面で、うーん……とりあえず疲れた顔してたな。げっそり、みたいな」

「何それ。一体どこ行ってたのよ」

「実家に帰ってたみたいだよ。まあ、僕が詳しく聞く前にベッドに直行して寝ちゃったんだけど」

「てことは今も寝てるの?」

「多分ね。でも昼には起き出してくるよ」

 諷杝が笑って、「さて」と話を本題に戻した。

「僕たちの曲、どうしようか?」

 矢㮈の心の中でドキドキが大きくなる。

 曲。自分たちの、曲。

 考えるだけでわくわくする。

「矢㮈ちゃんは自分で作曲したりとかは?」

「好きなように弾くことはあっても、それを曲として楽譜にしたことはないよ」

「そっか。うーん、バイオリンと、ピアノと、ギター」

 諷杝が顎に手を遣る。矢㮈は付け足した。

「ピアノの楽譜があれば、アレンジできるけど」

「ああ、そういえば前に渡した楽譜ピアノとギター用だったね。それをバイオリンでバッチリ合わせたから、僕も也梛もびっくりした」

 諷杝が思い出す。そう、初めて三人で奏でた曲だ。

「諷杝、あの曲は演奏しないの?」

「うーん……あれは曲として完成してないからね」

 確かに矢㮈が弾けるのもさわりの部分だけだった。そこまでしか楽譜ももらっていない。少し――というかだいぶ、残念だ。

 早く続きの楽譜を見つけて完成した曲を聴いてみたい。そして、奏でてみたい。

「諷杝のお父さんって作曲家だったの?」

 ふと思って尋ねてみる。

「作曲家っていうより……多分趣味に近いと思う。どっちかっていうと、僕の父親は作曲より作詞の方が得意だったみたいだし」

「作詞?」

「まあ、単に詩を書くのが好きだったんだ」

「お前と一緒でな」

「え?」

 矢㮈と諷杝が振り向くと、高瀬がいつもの黒いキーボードケースを肩にかけて突っ立っていた。

「高瀬!?」

「――何だよ」

「昼まで寝てるかと思ってたんだけどなあ。也梛、朝ごはんは?」

「食べた。つーかお前みたいに長寝じゃねえ」

 高瀬は言いつつ欠伸をし、空いている丸太ベンチに腰を下ろした。

「で、今何の話?」

「僕たちの曲の話」

「ふーん」

 高瀬は束の間黙り、「それで?」と先を促した。

「まだ何も決まってないよ。でも作曲なら也梛が一番向いてるかも」

「……突然何だ」

「也梛は自分で創作するのが好きなんでしょ?」

「まあ……」

「じゃ、よろしく。で、僕が今考えてるのはとりあえず二曲。合同企画を除いて、一つのグループはだいたい入退場と準備を含めて十五分の持ち時間だから」

 二曲。それを今から一から作り上げていくのだ。

「矢㮈ちゃん」

「は、はいっ」

 いきなり矢㮈の方を向いた諷杝に答える声が裏返る。

 彼は相変わらずにっこり笑ったまま、

「一曲歌ってみない?」

「は?」

 矢㮈はポカンとした。バイオリンを弾く気は満々だったが、歌うなんて考えてもみなかったのだ。

「歌うの、嫌い?」

「え? そ、そんなことないけどっ……」

 嫌いではない。決して上手くはないが、昔から合唱が趣味の母親の影響で歌うことは好きだった。

 しかし――

「何でそうなるの?」

 単純に不思議だった。すると諷杝はあっけらかんと笑った。

「いや、ちょっと歌うのもいいかな、と思っただけ。元々僕はギターより歌う方が好きだったから――あ、今もだけど」

「じゃあ諷杝が歌ったら?」

「一人で? ヤだよ、それは。歌うのは好きだけど、そんな上手くないし」

「……それはあたしだってそうだよ」

「うーん……じゃあ、矢㮈ちゃん一緒に歌ってよ」

「え?」

「うん、二人なら大丈夫だ。也梛には伴奏してもらいたいんだけど――やっぱり一緒に歌いたい?」

「誰が。伴奏で十分だ」

 高瀬が鼻で笑う。諷杝は腕を組んだ。

「ギターはどうしようか。弾き語りみたいなのもできるけど」

「なくていい。せいぜい笠木と二人で音痴にならないよう精一杯歌え」

「はーい、了解」

 高瀬の嫌味を聞きながら、どうやら矢㮈も歌うことになったらしいと理解する。諷杝と一緒に歌うのならまあいいかと思う反面、音痴じゃないとはっきり言い返せない自分に消沈する。

「詩はいくつか候補があるから後で持ってくるよ。で、作曲の方は也梛だけど……さすがに二曲はキツいね」

「その言い方……まさかお前、全部俺に任せるつもりだったのか?」

「そんなことはないけど、結構期待してた」

「……」

 諷杝の『期待』に、高瀬は満更でもなさそうにぷいと横を向く。しかしすぐにふっと一瞬顔を歪めて――矢㮈にはそう見えた――諷杝に言った。

「――悪いけど、今の俺はその期待に十分応えられるか微妙だ」

(……あれ?)

 矢㮈は小首を傾げた。今のは何だ? 弱音に聞こえたのは気のせいか?

 高瀬にしては珍しい。

 諷杝は大して気にすることなく、「うん」とうなずいた。

「大丈夫。皆で作り上げるんだから、三人で協力しないとね」

「諷杝」

 高瀬が思い切ったように彼を呼ぶ。だがすぐに迷うように口籠り、首を横に振った。

「――何でもない。後でいい」

 矢㮈は思わず高瀬を見つめた。

 何か、おかしい。最近の彼はどこかが変だ。

 矢㮈が続いて諷杝を見ると、彼は空を見上げながらこれからすることをぶつぶつと呟いていた。全く気にしていないようだが――。

(諷杝も気付いてるのかな……?)

「笠木」

「あ、ん?」

 突然高瀬に呼ばれてびっくりする。

「今日は昼から吹部が外に出る。オケ部が使わなければ音楽室が開くから、使えっていいかどうか並早先生に聞いて来い」

「――聞いて来い?」

 聞いて来てくれ、ならまだしも。どう聞いても人に頼みごとをする言い方ではない。

 高瀬は犬を追い払うように手を振った。

「早く行け」

 全く、人を厄介払いするように――。

 矢㮈は思いきりあっかんべーをした。やっぱり高瀬はいつもの如く意地悪くてムカつくヤツだ。

 彼に背を向ると同時に、諷杝が後ろから言った。

「矢㮈ちゃん、連絡は携帯にかけて。もうここも暑くなるし場所移すから」

「分かった」

「お願いします」

 諷杝がちゃんと頼んでくれるのを聞いて、高瀬へのムカつきが少し薄らいだ。



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