誕死日おめでとう!
軽い気持ちで書きました。楽しんでほしいです。
死ぬことを考えてみた。それは甘い綿あめのようにふっと私の心を溶かし、脳を喜ばせた。けれど、現実的に私は自殺ができない。理由は簡単だ。死にたくないからだ。
私は死にたいと同時に生きていたかった。というか、楽しくじゃなければ生きていたくはなかった。幸せで楽しくて、死にたくなる暇がない人生を送りたかった。でも、そんな人生を送るのは不可能だろう。苦しみに耐えることも生きるということだからだ。けれど、もちろんだからそれで苦しくてもオッケーと思えるようなものでもなかった。私は相変わらず幸せを願い、それが叶わなくて死にたくなる生活を送っていた。
私は毎朝起きると、テレビを見る。内容は頭には入ってこない。私はテレビに焦点を合わせながら頭は逃避行している。例えばもし明日大地震がくるとしたらどうなるだろうか?このテレビも関係なくなる。人生もなくなる。楽になれる。けれど、一瞬で死にたい。一瞬で死ねないのなら地震などこないでほしい。苦しみたくはない。
皮を剥かれるところを想像してみた。それは昔モンゴルで行われていた拷問だ。ひどい痛みだろう。人生にはそんな一面が確かにあるのだ。私は、そんなことになる前に早めに死んでしまいたい。
気が付くと、私は死を中心に生きていた。ご飯を食べる時も、お風呂に入る時も、学校にいるときも、私は死ぬことを想像した。そんな私の前に死神が現れたのはだから当然といえば当然の話なのかもしれない。奴が現れたのは、お風呂上りに扇風機で涼んでいる時だった。
私は、風呂上りに自分の部屋で扇風機に当たっていた。その時考えていたのは、強盗が家に入ってきて包丁で私を殺すシーンだった。けれどダメだ。きっと痛いに決まっている。痛いのは嫌だ。
「迎えに来たよ。」
「ああ。」
私は生返事をした。今は想像に忙しい。話しかけて欲しくなかったのだ。けれど、その少しあとで、じわじわと現実が浸みてきた。今の声は誰のものだ?
私は扇風機から振り返った。誰もいないことを期待して。けれどそこには確かにいた。私がもっとも追い求める人。それでいて、恐れている人。
私は、一瞬彼はドラキュラなのかと思った。そんな格好なのだ。黒いスーツで、中のシャツの襟が立っていて、足が長い。けれど、彼に牙はなかった。色白の顔に満面の笑みを浮かべていた。愛嬌のあるとても自然な、まるで子供のような笑顔だった。
「あなたは・・・?」
「死神だよ。」
彼はそう言うと、再びにっこりと笑った。誕生日にサプライズでケーキを届けにきた人みたいな笑顔だった。私は思わず釣られて笑ってしまった。私は人に合わせてしまいやすいたちなのだ。ところでケーキはどこにあるの?と聞いてしまいたくなるのをぐっと抑えた。そんなものは馬鹿げた質問だ。
「おめでとう。今日は君の誕死日だ。」
「誕死日?」
「誕生日の反対だよ。」
そう言うと、死神はスーツの内ポケットをまさぐった。きっとそこから拳銃が出てくるのだ。そして私を撃ち殺すのだろう。けれど、出てきたものはケーキの箱だった。そんな大きなものは絶対に彼のスーツの内側には入らない。この男はドラえもんに四次元ポケットを借りているのか?
「ほら、ケーキも用意したよ。」
これでは本当に誕生日みたいではないか。けれど、私は思った。死ぬというのが、こんなにおめでたそうなことならそんなに悲しくもないな。そして、私はケーキの箱を開けた。
中には確かに「誕死日おめでとう。佐藤ゆきちゃん」と書かれたケーキが入っていた。
彼は、歌を歌い始めた。
「ハッピーDeathデイー。トゥーユー。ハッピーDeathデイ。トゥーユー。ハッピーDeathデイディア、ゆきちゃーん。ハッピーDeathデイ、トゥーユー。おめでとーう!」
「ありがとーう。」
私も合わせてそう言った。
「ろうそくは?」
「まだ君は0歳なんだ。」
「あ、そう。」
彼は包丁とフォークを取り出してケーキを切り分け、二人で食べた。今まで食べたケーキの中で一番美味しかった。口の中でとろけるのは命の味だった。
「おいしい!なんでこんなにおいしいの?」
「それは、命を食べているからだ。君の残り生きるはずだった分を食べているからおいしいのさ。命の輝きとでもいうのかな?それを食べるとすごくおいしいんだ。僕もこの味が好きで、死にたがっている人をいつも探しているんだよ。」
そう思うと私は少し腹が立った。このケーキは私の人生なのだ。それをなんでこいつが半分うまそうに当然のように食べているのだ?
私はそして食べるのをやめた。
「どうしたの?」
彼は目を見張った。
「こんなおいしいものがあるんだよ?食べなくちゃ損だよ。」
「これは私の人生なのよ?」
「そうだよ。」
「なんであんたが食べてんの?」
「それは・・・。だって、君だって一人でケーキ食べるのは侘しいだろう?付き合ってあげているんじゃないか。」
「はあ。」
私はため息をついた。
「じゃあ、あんたのケーキも半分食わせなさいよ。」
「オッケーわかった。僕の今度の誕死日がきたら食べさせよう。でも、こんなに美味しくはないよ。ただのケーキと同じ味さ。おいしいのは最初の一回目のケーキだけなんだ。」
「じゃあ、意味ないじゃない。」
「まあ、いいじゃないか。食べようよ。」
「まだ死なない。」
私は彼を見据えて言った。私は死にたくないわけではなかったが、彼に当然のように人生を食べられるのに腹が立ったのだ。意地悪をしたくなった。
彼は、困ったように眉毛を下げた。ごちそうをお預けにされた子供のような表情だ。けれど、表情は若いものの彼は三十代くらいのいい大人だ。
「困ったな。君が食べてくれなくちゃ、僕も食べちゃいけないんだ。これは決まりなんだよ。それに、半分このケーキ食べてしまっているよ。君はもう半分死んでいるんだ。このまま生きると不思議なことが起こるかもしれない。危険な目にも合うよ。」
「いいわよ。おもしろそうじゃない。」
「あのね、君はわかっていないんだ。死後の世界から君を誘いに悪い奴らが来る。そいつは地獄からやってくるんだよ。暗くてじめじめしてて、ここよりずっと恐ろしい場所さ。そんなところに引きずり込まれていいのかい?僕は君を普通の場所に届けてあげられるよ。天国には行けないけど、地獄でもない。ただの普通の場所さ。そこで君はこれから死に続けるんだ。」
「そんなのは嫌よ!楽しい場所に行きたい!」
「それは無理だ。君、普段の行いがそれほど良くはないから。」
「ここに残るわ。」
私は泣き出したい気分だった。せっかく死んだら楽になれると思っていたのに、死んでもここと同じような普通の場所で普通に死んでいるだけなんて息がつまる。
「わかったよ。じゃあ、地獄でもどこでも行けばいいさ。後悔しても知らないからね。」
死神は、そう言うと食べかけのケーキを箱にしまった。
「このままじゃきっと後悔するよ。じゃあね。」
彼はそう言い残して消えた。
私の気分は最悪で、布団に潜り込んで眠った。死神の言う、悪い奴らが恐ろしかった。
翌日、学校で私はちょっとしたことで怒られた。それは掃除中のことだった。私は教室の掃除担当で、床を拭いていた。男子は箒と雑巾を使って野球をしていた。一度やってみればわかるが、教室で箒と雑巾で野球をやると、結構面白い。教室は狭く、箒は当たる場所が大きいので、簡単にホームランが打てるのだ。私も少しやらせてもらった。雑巾は箒に見事に当たり、天井にぶち当たった。ホームランだ。
にもかかわらず、教師は私に注意をした。「掃除中に遊ぶなんて小学生じゃないか。」とかなんとか言って。私はうんざりした気分で説教が終わるのを待っていた。
そんなとき、怒る教師の右側に奇妙な男が現れた。そいつは悪の化身だった。悪の化身に違いなかった。見た目がひどいのだ。彼の周りを黒い靄が覆っているし、彼自身も真っ黒なスーツを着ている。眼光は鋭く、ニッと笑うと歯は尖っていた。私は彼に魅了されてしばらく目が離せなかった。教師は私の視線を追うと、怒鳴った。
「おい!佐藤!聞いているのか?!」
「はい。」
どうやら、この男は私にしか見えないらしい。そして男は私を笑わせにかかった。教師を指差して、怒った表情を真似したり、教師が言った言葉をそのまま繰り返したり、教師の変な口癖をバカにしたりした。
「こんなんじゃ。大学になんか行けっこはずないぞ!」
教師は言った。
「行けっこはずないってなんだよ。行けるはずないか、行けっこないかどっちかにしろよなぁ。二つも欲張るなよ。」
彼のツッコミに私はついに吹き出してしまった。ダメだ!笑ったら怒られる。けれど、そう思えば思うほど、笑いがこみ上げてくる。私はしゃがみこんで笑い続けた。教師は驚いて言葉を失っている。
私は咳で笑いをごまかしながら教室を飛び出した。
「おい!佐藤待て!」
教師の声が追いかけてくるがもちろん私は待たなかった。
私は学校を出て歩いた。カバンは教室に置きっぱなしだったが、仕方がない。今日は帰ろう。そもそも私はもう半分死んでいるのだ。棺桶に片足突っ込んでいるのだ。本当は別に学校に行く必要もないのだ。
家への道を歩いていると、脇道で猫が鳴いた。そちらに目をやると、先ほど私を笑わせた悪の化身が手招きしていた。
今も黒い靄が体を包んでいる。私は彼の方に近づいた。そして、ひんやりとした裏路地の翳りの中に入っていった。
「説教なんて退屈だったろう?俺が笑わせてやたんだぜ?感謝しな?」
「ありがた迷惑よ。」
「何で?楽しそうだったじゃないか。」
「明日学校にどのツラ下げて行けばいいのよ?」
「学校には行く必要ないぜ?これから野球をするからよ。とは言っても、さっき教室でやってた野球よりもだいぶ刺激的だ。」
彼はそう言うと、路地に落ちていた金属バットを拾い上げた。
「俺がバッターだ。お前の頭でホームラン打ってやるよ。」
そう言うと、彼は私の頭めがけてバットをフルスイングした。
私はとっさにしゃがんでそれを避けた。自分でも思った以上に体が早く動く。本当なら頭をかち割られていたところだろう。なぜこんなに早く動けるのかわからなかった。
「ストライーク。畜生。玉がカーブしやがったぜ。今度はストレートに投げてくれよな。」
「嫌よ!当たったら痛いじゃない!」
「あ?そんなもん大丈夫だって。痛みも一瞬で消えるから。」
彼はもう一度バットを振り下ろした。私は後ろに飛びのいて避けた。一体なんなんだコイツ?イカれているのか?このままじゃ残りのケーキも食べられずにお陀仏じゃないか。そんなの冗談じゃない!
私は素早く動いて彼に飛びかかり、思い切り顔を殴りつけた。
「ブッ!」
彼は吹っ飛び、金属バットを手放した。その隙に私はバットをつかんだ。一体どうする?どうすればいい?
私と倒れている男の間にグレーの靄が現れた。それは、雨雲のような色だった。そして、靄が消えると、そこには昨日私の部屋に来た死神がいた。
「久しぶり、ブラッド。」
「なんだよ。お前が目をつけた死にかけはよぉ。」
ブラッドと呼ばれた男は鼻血を拭いて、立ち上がった。
「全然可愛げがねえ。素直に殺されりゃいいものを。」
私は嫌味ったらしくニッコリ笑った。
「じゃあ、違うやつのところへ行きなよ。な?」
死神は説得する。
「ちっ。このままじゃ済ませねえ。覚えてろ!」
ブラッドは私を睨み付け、黒い霧にまみれて消えてしまった。
「ねえ?怖いやつがいるだろう?」
死神は振り返って言った。
「僕が来なかったら君どうなってたと思う?」
「確かに。あいつを殺してたかも。そしたらきっと私、地獄行きね。」
「いやいや。あいつはそんなに簡単に殺されたりしないよ。一度死んだ人間はなかなか死なないんだ。君はあいつに殺されて、そして地獄で奴隷になってたよ。」
「私はあんな奴の下では働かない。」
「だったら、ケーキ食べなよ。ほら。」
死神は昨日のケーキを差し出した。私は素手で一口とって食べた。本当に美味しい。命の味だ。
「全部食べなよ。普通の死後の世界に行こう。ね?」
「でも、なんとなくまだ死にたくない。このままのんびりここにいるわ。」
「オーケーわかった。君は頑固みたいだ。じゃあ、毎日僕がケーキを持ってくる。そして、そのたびに一口ずつ食べる。そしてなくなったら成仏だ。それでいいだろう?」
私はしぶしぶ頷いた。
けれど、ケーキはスピードを上げて減っていった。
次の日の夜、死神は再び自分の部屋でごろごろしている私の前に現れた。手にはケーキの箱を持っている。
「さあ、また一口食べて。」
私はため息をついたものの、そのケーキの味を思い出して、食べることにした。
箱を開けると、ケーキは最初の八分の一ほどしか残ってはいなかった。
「ちょっ!これ!どういうこと!」
私は死神に詰め寄った。私のケーキを食べたのだ。卑怯にもほどがある。
「違う!僕じゃない!」
死神は悲鳴を上げた。
「わかった!ボガートだ。小人のボガートが食べたんだ!あいつはよく盗み食いをするから。」
「誰よそれ!どこにいんのよ!?」
「探すしかない。探してバットで頭をかち割るんだ。そうすれば君のケーキに手出しはできない。」
頭をかち割る?!私は嫌な気分になった。
「ケーキを置いておびき寄せよう。」
「そんな事しなくても、あなたがしっかりケーキを守ってくれたらいいじゃない。」
「あいつらは抜け目ないんだ。先に殺しておいたほうがいい。放っておいたら絶対に隙をついて盗むよ。」
「盗まれて全部食べられたらどうなるの?」
「君は小人の世界に連れて行かれるね。チンケな世界だ。良くない。」
疑問は色々残ったが、私たちはその夜家の敷地内のコスモスの花の下にケーキを置いて、木の陰から見張った。金属バットを手に持って。
「いいかい?ためらわずに叩き割るんだ。」
私は頷いたものの決心はつかなかった。
しばらく待ち、眠気が襲ってきた時、死神は私を揺すった。
「おい!来たぞ!」
彼に小声で起こされて私はコスモスの下のケーキを見た。ケーキを両手でつかんでいるのは大きさが10センチくらいの小人だった。両手でケーキをつかんで持ち上げている。帽子をかぶっていてとてもかわいらしかった。
「行け!」
死神に促されて、私はバットを手に飛び出した。小人は悲鳴を上げて、倒れこむ。それでもケーキは離さない。私は小人が気の毒になってきた。
「殺せ!」
死神は言った。私はためらった。
「殺せ。」
恐ろしく静かな声で死神は繰り返した。それは、静かだが、ゾッとする奇妙な威圧感のある声だった。小人はその声を聞くと、ケーキを置いて逃げ出した。
「よかった。」
死神は普通の声に戻ると言った。
「これで小人の世界に行く事はない。さあ、今のうちにケーキの残りを食べてしまいな。そして僕が、死後の普通の場所に連れて行くよ。そうしないとまた変なのが君をどこか変な場所に連れて行こうとするから。」
確かに理屈はそうだった。彼の言う事を素直に聞いてケーキを食べて普通の死後の世界に行くのが一番無難だろう。けれど、なんとなく気が進まなかった。
「ほら、早く。急いだほうがいい。」
私は変な話なのだが、死神から逃げ出したくなった。「逃げるんだ!」本能がそう叫んでいたのだ。
その時、私の後ろに気配がした。私が振り返ろうとした瞬間金属バットが風を切る音と、グシャっという私の頭が潰れる音が重なり、意識が吹っ飛んだ。
「ホームラン!」
気がつくと、私はベットの上で寝ていた。ここは木でできた山小屋のような家で、ヒノキの香りがした。
木のベットに、木のテーブルに木の椅子。小さなキッチンもある。ワンルームだ。
木の椅子に男が座っている。ブラッドだった。黒い靄に包まれている。
「やあ、目が覚めたか?」
「私、死んだの?」
「ああ。俺が助けた。」
「死んでるなら助かってないじゃない。」
「もう少しで、お前は死神に地獄へ連れて行かれるところだったんだぜ。地獄は酷い場所だ。ここよりずっと暑いし、血の池や針の山がある。嫌だろう?」
「ええ、痛いのは嫌いなの。」
「じゃあ、俺に感謝して欲しいところだな。」
私はベットから降りると、窓に近寄った。窓の外には森が広がっている。
「ここは森の奥の小屋?ヘンゼルとグレーテルでも訪ねてきそうね。」
「ははっ。結構当たっているかもな。でも、魔女は住んでないぜ。俺だけさ。」
「地獄へ連れて行こうとしていたのはあなたじゃないの?」
「俺?なんで俺が地獄なんかに・・・。地獄げ連れて行くのはいつだって死神の仕事だぜ?」
私は大きく息を吐き出した。私はあと少しで大変な場所へ行ってしまうところだったのだ。
「ねえ。あなた、本当に悪い人じゃないの?」
「あ?俺が悪い人じゃないっていつ言った?」
私は言葉を失った。
「なんで俺が死神の目を隠れてここでコソコソ死んでると思う?生きてる間に悪い事をしたからさ。地獄へ送られるのが嫌だからここにいる。」
私は意図的に考えるのを放棄した。この男が何をしたにしても、知る必要はない。知ったら普通に会話ができなくなるかもしれない。
「あいつは恐ろしい。俺らみたいな迷える魂をかたっぱしから地獄へ送っている。奴の趣味なんだ。苦しむ人を見るのが。だから、俺らはここに潜んでじっとしている。時々死神に連れ去られそうな人を見ると助けたりもする。気が向いた時だけな。」
「ああね。」
「お前には、ここでの暮らしを色々と説明してやらなくちゃならねえな。近寄っちゃいけない場所があるからそこも説明する。でもそれより、まずは飯だ。」
ブラッドはタンスを開けてパンを取り出した。そのパンは透けていた。
「そのパン、透けて向こう側が見えるわ。」
「驚いたな。このパンが見えるのかい?」
「見える?」
「初めてここにきた奴はみんなこのパンが見えないんだぜ。このパンはただのイメージだからよ。でも、練習すりゃあパンがうっすらと見えるようになる。そして、もっと練習すりゃあはっきりくっきり見えるようになる。なのに、お前初めから見えてるとはね。いつか死神でも殺してくれるんじゃねえか?へっへっへ。」
彼は実に愉快そうに笑った。尖った歯がギラギラ光る。
私たちはテーブルを挟んでパンを食べた。けれど、パンの味は薄かった。全然食べた気がしない。
「お前はまだ練習不足だから味も薄いが、すぐに濃く感じるようになる。お前には素質があるしよ。」
パンを食べ終えると水を飲み、私たちは小屋の外を散歩した。
「ねえ、死神は私にケーキを食べさせたがっていたでしょう?あれを食べてたらどうなっていたの?」
「お前は地獄に行ってたね。あのケーキには食べたものを縛る力がある。」
「結構食べちゃったんだけど。」
「大丈夫さ。最後の一口を食わねえと効果はねえ。でも前に死神が持ってきたケーキをうっかり食べちまった奴が地獄送りにされてたな。」
「何よそれ?!死神ここにもくるの?」
「たまーにな。そして、ケーキを使って、決まって一人地獄へ連れていく。」
「じゃあ、死神がきたら気をつけないと。」
「でも、奴はあんな見た目だろう?警戒心を解くのが実にうまいんだ。俺と違ってな。」
彼はそう言うとギザギザの歯を見せてニッと笑った。確かにブラッドには警戒してしまう。
「知らない間に懐に入られていて、気が付いたら地獄ってことがほとんどだな。」
懐に入るのがいくらうまいからといって、死神がきたらやっぱり警戒はするだろう。不思議だったが、私は質問を変えた。
「あの夜の小人は何?」
「ああ、あれは死神のパートナーだ。ベルクって名前のな。かわいい見た目だが気をつけな。」
「グルだったのか・・・。」
私たちは森の中の湖のほとりについた。
「いいか?あそこから死神がやってくる。この湖は地獄とも天国とも地上ともつながっている通路なんだ。」
「へえ。」
私は湖を覗き込んだ。湖面は鏡のように景色を反射している。
「ここにはあまり近寄るなよ。あんまり湖のそばにいると死神に見つかるからな。」
「ねえ、さっきあなた、死神から隠れてコソコソ生きてるって言ったわよね?」
「いや、死神から隠れてコソコソ死んでるって言った。」
「どっちでもいいのよ。でも、ここにも死神はくるんでしょう?場所がばれているならコソコソする必要ないじゃない。」
「俺は見つかっていない。俺が転勤族だからさ。しょっちゅう引っ越してる。死神に見つからないうちにな。俺は色々人を助けてるから死神に目をつけられてる。名前も覚えられている。・・・そろそろ湖をを離れるぞ。死神に見つかったらやばい。」
だが、すでに手遅れだった。
その夜、ブラッドは仲間のところに行って死神の情報を仕入れてくると言って家を空けた。私は疲れたので先に寝ると言って家に残った。
私はベットの中で夢を見た。トカゲと蛇の夢だった。トカゲが蛇に言った。
「君はいいね。そんなに長くて。」
「君のほうがいいよ。足が4本もあるじゃないか。」
「じゃあ、交換する?」
なんでも勝手にすればいいさ。と私は思った。交換でもなんでも。
「ただいまぁ。」
私はその声に起こされた。
「ブラッド、早かったのね。今何時?」
「別に早くはねえよ。土産持ってきたぞ。」
彼はケーキの箱を取り出した。中には小さなケーキが入っていた。死神が持ってきたケーキとは形も大きさも違う。私は一口で全て口に入れた。ブラッドはその様子をじっと見ていた。
「ブーーーッ!!!」
私は反射的にケーキを吐き出した。ケーキは命の味がしたのだ。死神のケーキを思い出した。
「全く、不愉快だな。」
ブラッドの周りの黒い靄が彼を包んだ。そして、灰色にかわり、その靄が消えると死神が現れた。
「簡単に地獄へ逝きそうなのになかなか落とせない。」
死神の肩には小人が乗っていた。いつかケーキを盗んだとされる小人だ。赤い帽子に赤い服。にっこり笑っていてやはり可愛らしかった。
「殺しに来たの?」
「君はもうブラッドに殺されているから殺しはしない。地獄へ連れて行こうと思ってね。」
「私を騙してたのね?」
彼は肩をすくめた。ふつふつと怒りが湧いてくる。
外で足音が聞こえた。誰かが走ってこちらに来るようだ。
「じゃあ、ブラッドによろしく。」
死神は足音に気づき、にっこり笑うと靄に包まれて消えた。
バタンとドアが開いて、ブラッドが入ってきた。
「お前、無事だったのか?」
ブラッドは息を切らして言った。
「まだ死神が来る前だったのか、よかった。」
「死神ならさっききたわ。」
「さっき来た?」
「あなたに化けてケーキを食べさせに来たの。でも、味に気がついて吐き出したの。なのに・・・。あたし、何にもやり返せなかった!!!」
猛烈な怒りに襲われ、私は壁を殴った。その衝撃で壁に穴が空いた。死神にただ怯えて死んでいるなんて、これなら生きていた時のほうがずっとマシじゃないか!
ブラッドは怒る私をニヤニヤしながら見ていた。私の周りには真っ赤な靄ができていた。
「お前はどうやら赤い靄らしな。にしても驚きだ。こんなに早く靄を発生させた奴、俺は見たことがねえ。」
「何?この赤い靄は。」
私はその靄を見ると少し気が収まった。体に靄を纏うなんて少しかっこいい。悪の化身みたいだ。
「まあ、いろいろこれから覚えていくよ。」
ブラッドはニヤリと笑った。
「壁に穴を開けてしまってごめんなさいね。」
「ごめんで済んだら警察はいらねえよ。どうすんだ?こん壁の中でどうやって生活すりゃいい?」
「修理しないと、木の板を見つけに行かなくっちゃ。あ、そういえば。死神がブラッドによろしくって言っていたわ。」
「・・・・。」
彼はしばらく黙り込むと突如荷造りを始めた。
「どうしたの?木の板を探しに行くの?」
「壁のことはもういい。気にするな。俺はここを引っ越す。」
「なんでまた。」
「死神に場所がばれてるからだ。」
私は吹き出した。
「逃げるのね?」
「うるせえな。じゃあ、死神のお迎えをここで指加えて待ってりゃいいのか?」
「戦えば?」
「死神はなぁ、神なんだよ!人間が勝てると思うか?」
「私なら勝てる。」
ブラッドは笑った。そしてため息をついた。
「お前が倒してくれるまでどこかに隠れてるよ。じゃあな。」
彼はそう言うとドアを開けて出て行ってしまった。私はため息をついてベットに潜り、再びトカゲと蛇の交換の続きの夢を求めた。けれど、交換はもう終わってしまったようだった。トカゲも蛇も出てこなかったからだ。
チュンチュンというスズメの鳴き声で目がさめた。家のベットの中だと思って起きると山小屋で、しかも壁に穴まで空いているときている。やれやれ、死後の世界に来ても何も変わらないじゃないか。むしろ悪くなったような気さえする。けれど、この世界にもスズメはいるのだ。私は窓から外を除き、ドアを開け放った。朝の太陽が森に差し込んでいて、暖かく気持ちが良い。
私は外を散歩した。昨日行った湖の方へ行くことにする。あまり近寄りすぎなければいい話なのだ。
昨日は気がつかなかったが、途中で私の小屋と同じような小屋が建っていた。私はそっちに向かった。
小屋の前に立ち、どうしたものか考えていると、扉が勢い良く開いた。
「あら。」
そこから女の人が出てきた。髪が長く痩せていて、手には桶を持っている。
「ねえ、あなたブラッドが連れてきたっていう新入りさん?」
彼女は私を不審がらずにそう尋ねた。
「そうよ。」
「そう、よろしく。私は明日香っていうの。」
「水でも汲みに行くの?」
私は桶を見て言った。
彼女はいたずらっぽく笑うと言った。
「ついてきて。いいものあげるから。」
私は彼女と並んで森を歩いた。森はマイナスイオンに満ちていて、清々しい気持ちになった。
こんなにもマイナスイオンが出ていることに昨日は気がつかなかった。横を見ると明日香から青いオーラが出ていた。
「ねえ、このオーラって・・・。」
「ああ、私のオーラよ。マイナスイオンも出るの。赤は破壊のオーラで、青は癒し、黒は悪で、グレーは支配、白は正義。」
「ふうん。私は破壊のオーラか。」
「破壊ねえ。あんまりコミュニケーションが取りにくいオーラね。一番友達が多いのは青のオーラよ。協調性があるから。」
そう言って明日香は笑った。嫌味なのかよくわからない。
「でも安心して。黒いオーラよりはマシよ。黒いオーラは、白とも相性悪いし、グレーとも悪いし、合うのは青と赤くらいだもの。」
「ブラッドは黒だったね。あと死神はグレーか。」
「うん。一番攻撃的なのが赤だから。あなたには気をつけないと。」
そうは言ったものの彼女は私を警戒している様子はなかった。むしろ私をからかって楽しんでいるようだ。
しばらく歩くといい匂いがする場所に出た。
木の実が沢山なっている。
「この木の実いい匂いね。」
「これがさっき言ったいいものよ。一つ食べてみなさいよ。」
この木の実は直径3センチくらいの小さな赤いもので、触ると少しぶよぶよしている。私は一つ手にとって口に入れてみた。身の中には水分が含まれていて、噛むとじゅわっとしみてきた。
「おいしい。」
「その木の実はね、食べると気が大きくなるのよ。そして、力も強くなるの。だから能力を使うときに便利なのよ。」
「能力?」
「戦うときの能力。」
その言葉に私は食いついた。
「死神を倒すのに便利ね。」
けれど明日香は私の言葉を笑い飛ばした。
「死神を倒すですって?」
私は笑われたことで少し気を悪くした。赤いオーラが体を包む。自分がメラメラ燃えているみたいに感じられる。
その様子を見て明日香は慌てて言った。
「死神は倒せるものじゃないのよ。ここに来たばかりだから知らないのは仕方のないことだわ。だから、私を殴ったりしないでね。今木の実食べているんだから殴られたら大怪我するわ。」
私は怒りを鎮めた。ここに来て早々仲間を殺したくはない。
「よかった。」
明日香は微笑んだ。
「この桶いっぱいに木の実を入れて頂戴。」
「オッケー。」
私たちは木の実をつんだ。この木の実はおいしかったためもっと食べたかったが、食べ過ぎるのは良くないと明日香に言われた。
「能力を使うとき以外はできるだけ食べない方がいいのよ。力の持って行き場に困るから。」
「ふうん。」
「ねえ、ブラッドはどこへ行ったの?」
私は聞いてみた。
「それは誰も知らない。ブラッドしか知らないわ。だって、どこかから情報が漏れて死神にバレると悪いから。」
「じゃあ、もうブラッドには会えないのか・・・。」
「探しに行けば?」
明日香はなんでもないようにそう言った。
「湖に飛び込むの。」
「あそこには近寄るなってブラッドが言っていたけど。」
「ええ、危険だもの。でも、あそこからブラッドは地上や地獄、天国によく行っているのよ。引越しもあそこから他のこういう場所へ行っているの。あなた、私たちと違ってだいぶ才能がありそうだし、きっと大丈夫よ。」
「そっかぁ。」
私はその言葉を聞くやいなや飛び出して、湖に向かった。
「待って!」
明日香に呼び止められて、私は立ち止まった。
「何?!」
「危険な目に会うと悪いから、これ持って行きな。」
明日香は私に木の実を四つくれた。私はポケットにそれを突っ込むとにっこり笑って走り出した。
冒険だ!最高の暇つぶしじゃないか。天国にも地獄にも、地上にも行ってみたい。
湖に着くと、私は息を整えて飛び込んだ。
そこに飛び込むと水は消えた。そのかわり、私は空の高い場所にいた。すごい速さで落ちている。これから地上に行くのだろうか?
しばらく落ち続けると、街の様子が見えてきた。私の住んでいた町だ。きっと今頃私の葬式をしているのだろう。私は見たくなかった。どうせ人も少なくてガラガラだろう。葬式を見るくらいなら地獄を見てみたい。
その気持ちを汲んだように私は地上に降りずにそのまま地面に突っ込んだ。地面に衝突するとき私は頭を覆って目を閉じた。
激突の衝撃はなかった。その代わり、私は赤く、黒い場所の宙に浮いていた。今は落ちておらず宙に浮遊している。
天井は閉じられていて、岩がゴツゴツした場所だ。下を見ると、赤いマグマや血の池、針の山が見える。悲鳴も聞こえる。ここは地獄だ。羽の生えた悪魔のようなものが私を指差して鳴いている。あまりここにいるのは良くないだろう。私はすぐに上に行った。上に昇ろうとすればそれは簡単なことだった。私はきっと魂の状態なのだ。だからとても自由なのだ。
私は再び地上に戻るとそのまま上に昇り続け、天国へと向かった。
雲の高い位置にそれはあった。ふわふわの雲の上に建物が建っている。私はそこに入りたかったが門番に止められてしまった。
彼らは、天国の門に二人で立っていて槍を持ってまっすぐに気をつけをしている。
「あなたはここには入れません。」
「なんで?」
「生きている間の行いがそれほど良くなかったためです。」
「私はそんなに悪い人じゃない。人も殺したことがない。」
「人への親切心が足りていません。」
「親孝行もしていません。」
「あなたはここヘは入れません。」
彼らは事務的に繰り返した。
「でも、死神が連れにくるのよ!地獄へ。私は地獄へ行くほどは悪くないわ。そうでしょ?神様は守ってくれないの?」
「地獄へは誰でも自由に行っていいことになっています。」
「天国は選ばれた者だけしか行けません。」
私は建物を見上げた。この門番さえ倒せば中に入れそうだ。
「何を考えているのです?」
「別に何も。」
門番たちは困ったように顔を見合わせた。
そのとき、後ろにゾッとするような気配を感じた。死神だ。振り返ると、灰色の靄が現れているところだった。このままではまずい。私は口に木の実を一つ放り込んだ。
「ごめんね。」
私は門番に先に謝り、彼らを殴りつけた。そして門を乗り越え、天国の中に入った。きっと死神はここまでは追って来られないだろう。
「そんなに逃げないでくれよ。今日は君を連れて行こうとしているわけじゃない。」
死神は門越しに私に話しかけた。
「ブラッドはどこへ行ったか知らないかい?あいつには困っているんだ。」
「人間を助けるから?」
「ああ、僕の趣味の邪魔をする。僕はただ、一人でも多くの人を地獄へ送りたいだけなんだ。他意はないんだ。」
「人間はそれが嫌なのよ。仕方がないわ。」
「はあ。」
彼はため息をついた。
「僕は退屈しているんだ。」
「退屈?」
「何も楽しいことがない。だから人を地獄へ送るんだ。苦しむ人を見るのはいいよ。」
「あなたの価値観はわからない。」
「とにかく、ブラッドを見つけたら僕に教えてくれ。」
死神はそう言うと再び靄に身を包んだ。肩のベルクが私に手を振った。私は思わず手を振り返した。
さて、天国だ。中はどうなっているのだろう?私は中に入っていった。ハープの音色が聞こえて、私はすぐに気持ち良くなった。その音色を聴くと幸せが内側から泉のように溢れ出すのだ。私はよだれを垂らさないように気をつけながら歩いた。しばらく進むと、クッキーが隊列を組んで歩いてきた。天国ではクッキーが歩くのだ。私は一つを手にとって食べてみた。すごく美味しいクッキーだった。今まで食べた中で一番美味しい。けれど、私がクッキーを食べると他のクッキーたちは蜘蛛の子を散らしたように一目散に逃げ出してしまった。私は彼らを追いかけ、次々と口に入れた。最高に楽しかった。
私をみている人物に気がついた。彼女はお金持ちのマダムのような格好をしていて、頭には女優帽をかぶっている。歳は四十代くらいだ。彼女は口をポカンと開けて私を見ていた。
「こんにちは。」
私はマダムに話しかけた。
「あ、ああ。こんにちは。あなたも天国の方なの?」
「そうよ。」
忍び込んだとは言えない。
「そう。なんて言うか、あんなクッキーたちの楽しみ方があったとは気がつかなかったわ。斬新ね。」
「やってみればいい。楽しいですよ。」
「でも、かわいそう。」
マダムは顔を押さえて泣き出してしまった。繊細なのだ。ピーっという音が鳴り響き、天使がやってきた。天使は私を見つけるとハンマーで頭を殴りつけた。天使の所業とは思えなかった。
目を覚ますと私は天国の門の前で寝ていた。放り出されたのだ。二人の門番は私を嫌そうに見ている。
「ちぇっ!天使だって人を殴るじゃないの!何が天国だ!クソ食らえ!」
どこかへ行こう。そして、その時私は何か重要なことを忘れている気がしてきた。そうだ!ブラッドだ。彼が危ないのだ。死神が探していた!こんなんだからきっと天国に入れてもらえないのだろう。私は仲間を放っておくような人間なのだ。
私は彼を探しに行くことにした。空に飛び出してしばらく飛んでみた。
黒く丸い玉が宙に浮かんでいるのが見えた。あれはブラックホールだろうか?私はそちらへゆっくりと用心しながら飛んで行ったが、だんだんスピードが上がっていった。吸い込まれてゆく。引き返そうとしてももう遅かった。私は宙に浮く真っ黒な玉に吸い込まれてしまった。
真っ暗な中を私は歩いた。ここがどこなのかまるでわからない。しばらく進むとこめかみに指が当てられた。
「オーラの色は?」
そいつは尋ねた。
「赤。」
私はとっさに答え、オーラを出した。
「ふうん。赤か、ならいい。白かグレーなら気絶させて放り出そうと思ったが。」
こめかみから指が離される。私は声のした方を見た。そこには無精髭の男が立っていた。
「ねえ、ここはどこなの?」
「なんだ、そんなことも知らないのか。ここは黒いオーラの世界だよ。黒い奴が集まる場所さ。ここは一番死神に狙われにくいんだ。」
「ここにブラッドはいる?」
「ああ、最近また越してきた。死神に場所がばれたってさ。」
「私を連れて行って。死神が彼を探しているの。すごく危険なの。」
無精髭は私の話が聞こえているのかいないのか、何も答えずにヒゲをゆっくりと撫ぜていた。それにしてもボサボサなヒゲだ。中に何か物を入れることだってできそうだ。私なら何をしまうだろう?結婚指輪?まさか。そんなところからそんな物が出てきたら私はオーケーしない。
「オーケー、いいだろう。連れて行くよ。お前見た感じ悪い奴じゃない。オーラもしっかりしてる。ブラッドに会わせてやる。」
「どうも。」
「俺はベンって言うんだ。よろしくな。」
「私は佐藤ゆき。」
笑いかけたつもりだが、暗いので相手にはきっとよく見えないだろう。その時、カラスが飛び立った。
「何よぉ!」
私はびっくりして怒鳴った。
「カラスは黒いオーラのシンボルだ。白は鳩で、青は水。赤は血。グレーは小人。」
「なんでグレーは小人?」
「知らねえよ。そう決まってるんだ。」
真っ暗な中をしばらく歩き、私はデジャブを覚える小屋の前についた。
「この小屋。前にブラッドがいたのと似てる。」
「ていうか、小屋はみんな同じ形だぜ。作り方の説明書が一個しかないからよ。」
「説明書って・・・。」
ベンは小屋をノックした。
「おーい。ブラッドー。いるかー?」
扉が開いた。ブラッドは私に気がつくと目を丸くした。
「何しに来た?」
「助けに来たのよ。死神があなたを狙っているから。」
「ああ、ああ。」
彼は頷きながら小屋の中へ入っていった。
「どうしたの?動揺しているわよ?」
「もうおしまいだ。」
彼は頭を抱えてベットに座った。私は彼を慰めようと手を伸ばしたが、ある気配に気がついて慌ててドアを振り返った。ベンの隣、グレーの靄が形を作っていく。やがて死神が姿を現した。
「道案内どうもありがとう。君についていけばブラッドに会えると思ったていたよ。」
死神は私に微笑んだ。結局私はブラッドにとって悪いことをしてしまったのだ。
「覚悟はいいか?」
死神はブラッドに話しかけたが彼はうなだれたまま何も言わなかった。私はブラッドが気の毒になった。そもそもこれは私の責任なのだ。死神にはかなわないとみんな言う。けれど、私はそんなことを言っていられない。
目をつむって後ろから死神を殴りつけた。けれど弾かれてしまう。ピキピキと音がなって私の拳が血に染まった。死神は魔法で自分を守っているらしい。けれど、血を見ると私は妙に興奮し力が湧いてきた。ポケットに手を突っ込み残り三つの木の実を噛み砕いた。そして再び死神に襲い掛かった。今度はしっかりと目を開けて。小人だ。肩に乗っている小人が何か呪文をつぶやいているのだ。
私は怒りに任せて小人をひっつかみ床に叩きつけた。
「グエー」
小人はギョッとする声で鳴いた。その途端死神は私を睨みつけ手をかざした。私は反射的にそれを避けた。景気のいい音が鳴り響き、小屋が吹っ飛んだ。
「ベルクに・・・。ベルクに何をした!?」
死神は私の襟を掴むと怒鳴った。彼のそんな姿を見たのは初めてだ。誰にでも大切なものの一つや二つはあるのだ。
けれど、ベルクは死んだわけではなく立ち上がると埃を払っている。私は自分の右の拳に再び目をやった。誰かを殺したい。壊したい。そんな気持ちがふつふつと湧いてくる。
死神は私のそんな気持ちを察したのかすっと離れ、ベルクを拾い、靄に包まれ消えていった。
「あ!ブラッドはどこに行った?」
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