ヒロインの結婚式
その人が訪れたのは、ちょうど私が真っ白なウェディングドレスを着終えた時だった。
私がこれから結婚する人達の1人の昔の婚約者ウェルザ・ラムール。乙女ゲームでいう悪役令嬢役。
「少しお話を良いかしら」
ウェルダのかつて私を嫉妬の眼差しで睨みつけていた赤銅色の目は、今は穏やかな目をしていた。
「はい」
なので私はそれに答える。どっちにしようが、もうハーレムエンドがひっくり返る事もない。それよりも私はウェルダが何を話したいのかが気になった。
◇
ふと気がつくと私は乙女ゲームのヒロインをしていた。いわゆる乙女ゲーム転生というやつだ。ゲームの世界に転生したことは驚いたが、やりこんでいたゲームだ。選択肢による好感度の上昇も、分岐点も知っている。ヒロインに転生したからには逆ハーレムエンドを目指したいと思うのは当たり前のことだろう。
だいたい、異世界とはいえ中世のようなこんな世界では無駄に顔の良い私のような存在は暮らしにくいのだ。良くてどっかの貴族の愛人に収まり、悪くて誰かの嫉妬を買い異端審問で裁かれ火あぶりにされる未来が見える。
まあ既に、良いとこの坊ちゃんのハートを仕留める為に男爵家の養女にされているわけだけどね!
まあ、私は頑張ったと思う。
攻略対象は第ニ王子、宰相子息、騎士団長子息、学園の理事長の息子。
ゲームのストーリー通り貴族の子供が行く学園に通わされ、攻略に励んだ。
ゲームのように選択肢や喋るタイミングが指定されていないが、計画もしっかり立てていたし台詞を噛むこともなかった。というか掛ける言葉の練習をしていたので、本番はリズムゲームの気分だった。
ゲームの時以上に好感度は上がっていると思う。
悪役令嬢に虐められている所を助けてもらうというイベントが無くなった時は慌てたが、よくよく考えればあれは自作自演をする事によって発生するイベントだったのだろう。
しかし、わざわざ自作自演するなんて私はしない。今流行りの転生小説でも、ヒロインが破滅するのは自作自演をしてばれた時だ。そんなイベントが無くても好感度は足りているし、攻略対象も婚約者の悪役令嬢の事を邪魔に思っている。
婚約破棄するための材料は無いが、そこは上りに上がった好感度と前世知識による私自身の有効性によってカバーだ。
と、言う訳で悪役令嬢(何も悪いことはしていない)との婚約は破棄され、見事私はハーレムを作り上げた。お金にもイケメンにも困る事のない人生。4人が私との結婚を発表したときに4人の父親たちは渋い顔をしていたが、そんなものは関係ない。
そのハーレムエンドの最後に出てくる、女1人、男4人の結婚式。
今まさに結婚式が始まろうとするときに、悪役令嬢(何も悪いことはしていない)のウェルダが訪ねて来た。こんなシーンはゲームの中には存在しなかったし、今更出てきて何を言うのだろうと興味がわいた。
「まず、結婚式の前に訪ねてきてごめんなさいね」
「いえ、私もウェルダ様の元気な様子が見れて良かったです。あんな事になってしまいましたから」
ウェルダの言葉に、私はか弱いヒロインの仮面を着けながら受け答えする。
「そうね。婚約破棄されて以来だもの。正直に言うと、あの後、凄くあなたの事を憎んだわ。サウザート王子の事、とても好きだったのに貴女の事を選ぶし、婚約破棄をされたから、あの後新しい相手を見つけるのにも苦労したし」
転生して初めて知ったのだが、『婚約破棄される』という事は相手に不満があったという事で、婚約破棄された後に新しい相手を見つけるのが難しくなってしまうのだ。
「でもね、そのおかげで新しい愛も見つけたのよ」
ウェルダが撫でる左薬指には指輪が輝いていた。
「王子の相手にふさわしくならねばと、思い詰めていた時にはきっとこんな気持ちは見つからなかった。王子に向けていたのは恋ではなく憧れだったのね。今、凄く心が軽くて温かいの。
正直、貴女の事は好きではなかったけれど、貴女のおかげで愛を知ったわ。
ありがとう」
そういうと、晴れやかな顔をして悪役令嬢だったウェルダは去っていった。
逆に私の頭の中はぐるぐると渦巻いていた。
恋と愛は違うというけれど、私が死んだのは中学生の時で人を愛するなんて知らなかった。
二次元しか恋した事が無かった。
4人の攻略対象に対する気持ちは達成感だと気づいてしまった。
「そろそろ式のお時間です」
従者から声を掛けられ、式場へと向かう。
長いウェディングロードの先には4人の攻略対象者達が待っていた。
私は彼らを愛しているんだろうか?