ー第6話平井七丁目第四アパート
ー第6話平井七丁目第四アパート
第三アパート前の停留所を降りて、隣の第四アパートに、二人は歩いていった。長沼 始と近藤 優は7年前の同窓会で再会して、翌年結婚した。長女6才を頭に、5才の長男4才の次女がいる。
ハジメは、東大で物理学の助教授をやるかたわら、SF小説を科学雑誌に連載している。マニアック過ぎて、一部に熱狂的な信者がいるが、出版の話は無い。
竹山は記者になる前から、ハジメに作家になれと言われ続けてきたが、竹山は拒否し続けてきた。同級生の中では、竹山のただひとりの理解者だった。
東京駅で電話すると、長沼一家はアパートに居るという事だった。
ドアのチャイムを鳴らすと、ドアを開けたのは長女の直ちゃんだった。
「あっ、チクザンのおじちゃん来たよ!。」
と言って、ドアを開けたまま奥に走り込んでいった。
清美が目を丸くした。
「まだちっちゃいんだ。ユウの子。」
そこに、上下ジャージで化粧気もなく、髪も短くした子育てモード全開のユウが出てきた。
「あー入って、透くん。散らかってるけど…元気だった?。」
そう言いながら、竹山の後ろの清美に視線を走らせた。
「ウソ清美?。久しぶり。どうなってるのよこれ!。」
竹山が答えるスキを与えず、清美が前に出てきた。
「ユウすごい!。すっかりお母さんじゃない!。さっきの子ユウの子でしょーそっくりじゃないユウに!。」
「そう?。性格も似てるのよ〜まいっちゃう。」
「でも…ハジメ嫌いだって言ってたのに、どうしてよ。」
「まぁ色々あったのよ。」
奥からハジメの声がした。
「玄関で何やってんだよ。上がってもらえよ。」
「今のハジメ?。ユウ?。」
「そう。」
「ナニおやじ振っちゃって。」
ユウが戸惑うのを見て、竹山が清美をたしなめた。
「おやじなんだよハジメは…とにかく上がらせてもらおう。」
「あっ。そう、上がって上がって。」
ユウは異変に気付いたようだ…清美が若い事に…。
ハジメは居間で清美を見ても、竹山の両親と同じように、驚かなかった。
「おい、どこで見つけたんだ清美を!。」
ハジメはユウの顔をチラッと見て言った。竹山は、清美が現れた一部始終を二人に話した。
三人の子供が、清美にすっかりなついて、おとなしくしているのを見て、驚きながらユウは言った。
「言われてみると、若いのは変だけど…とおる君のお母さんと同じね。違和感無かったよね…パパ?。」
「無いよ。最後の記憶のままだからだな。」
「ハジメ?。こういうのは物理学者としては、どう説明するんだ?。」
竹山に言われて、ハジメは少し遠くを見る目になった後、言った。
「物理学者としてじゃなく…SF作家としてなら、説明はある。」
「なんだよ?。」
「多次元宇宙論って奴だな。」
「それは、日本語で説明できるのか?。数式とかじゃなく…。」
「できるよ。タイムトラベルの矛盾を解決するために便利な道具だ。要するに、過去に戻って自分の父親を殺したら、どうなるかって奴だ。多次元宇宙論なら問題は起こらない。」
「なんでさ。」
「つまり、今いるこの世界と同じ世界が、幾つも平行して存在している…と言うのが多次元宇宙論だ。その宇宙の中には、俺達の宇宙よりも、まだ時間的に過去の宇宙もある。そこに行って父親を殺しても、自分には影響ない。」
「でもそれじゃあ、過去に行っても、未来は変えられないって事か?。」
「そこなんだな…他の宇宙からも同じ事をしに、俺達の宇宙に来て失敗したから、自分は存在していると考える…また、来ようとして来られ無かったとも考える。」
「つまり、この世界の過去は改変されない。結果は確定されているって事か…。」
「もし…この清美が自分の宇宙に戻れば、その宇宙の未来は俺達の宇宙とは違う結果になるだろうな。でも気になるのは…。」
「何が気になる?。」
「どうして穴が開いたかだ…俺達の宇宙の清美は戻ってない。つまり戻って来るのに失敗した。穴が開かなかったんだ。」
「犯人にやられちゃたって事か?。」
「…ノートを取り戻せなかったか…まてよー、犯人だけが穴を通ったんだ。その犯人が、この清美の宇宙にも穴を開けて落ちた…小谷刑事の話さ。それで、この清美がやって来た。」
「それなら、元々犯人はノートを持ってなきゃおかしいよ。」
清美は口を挟んだ。
「ノートは2冊あるよ。毛糸の帽子の人が落ちて来た時に、2冊になって落ちてきた。」
「つじつまは合う訳か…。」
「でもさ…。」
「なんだユウ?。」
「この清美が戻っても、このとおる君の所に清美は戻って来ない…って事?。」
ハジメは済まなさそうな顔で答えた。
「とおるには気の毒だが、そうなるな。俺達の宇宙のノートは、今犯人が持ってる。取り戻して、こっちから穴を開ければ、清美は戻せるかもしれないけど…。」
「待ってよパパ。宇宙はいっぱいあるんでしょ?。どうやって目的の宇宙に穴を開けるの?。」
「ノートが知ってるんだ。この宇宙のノートで穴を開ければ、持ち主の宇宙に穴が開く。だから、ノートは2冊存在しているんだ。」
ユウの眉間にたてジワが寄った。
「なーんかさ〜。ややこしいね。パパ、もっと簡単にならないの?。」
「簡単にしやぁ良いってもんでもないだろ。」
話しが途切れた所で竹山は本題を切り出した。
「そこで相談なんだけど…。」
「とおる君としては、清美を預かって欲しいと?。」
ユウにはお見通しだったようだ。
「それは可能かな?。」
「私は問題ない。親友だし…子供達は静かになるし。あとはパパね…。」
「理論的に引き受けない理由は無い。」
「助かる。そろそろ仕事を始めないと、締め切りも近いし。」
竹山は清美を預けてアパートを出た。清美はユウと居れば、落ち着いていられるようだった。ただ、毎日電話するように約束させられた。
そして、竹山のアパートに侵入したニット帽の男が、包丁を畳に突き刺して出て行った事を知るのは、次の日の夜だった。
ー第7話タレントインフォメーション社編集部につづく