ー第4話30年前のプロポーズ
ー第4話30年前のプロポーズ
雨戸がガラガラっと開く音で、竹山は目を覚ました。
携帯を開くと、7:00と出ていた。着信とメールが大量に入っていた。メールを開いている最中に、竹山はハッと気付いた。
「清美は?。」
携帯を持ったまま、そこで寝息をたてていた場所を見た。
「夢?。…リアル過ぎる、いかにも…。」
メールは、竹山の情報網になっている協力者からの、芸能人情報だった。その他には、殺すだの許さないだのと羅列されているクレーム。どれもまともに読む気になれなかった。
俺はいったい、この連中と何をやってるんだろう?。この20年、なんでこんな事を続けて来たんだろう…そう思っている自分に竹山は驚いていた。
「今さら、どうもこうもないだろうタケヤマさんよ。」
竹山は芸能ニュースのサイトにアクセスして、見出しをザッと見た。バタフライエフェクトのアイドル二人は、うまく逃げ切ったようだった。
竹山は二段ベッドを降りて、下に降りていった。階段は玄関に向かって降りている。そこには小さな赤い靴が、横向に揃えてあった。
「夢じゃねえぞ、やっぱり。」
竹山は急いで居間に入って行った。
父親がコタツで、すでに朝食を食べていた。
「お〜。透おはよう。」
「おはようって…それ何?。」
竹山は白い皿の上の、キャベツに載った茶色い物体に向かって言った。
「これか?。目玉焼きだそうだ!。よく焼けてるだろ?。」
「なんで焦げてるんだよ?。」
「おはよー。」
後ろから、バンダナを三角巾代わりに頭に巻いた清美が、お盆を持って居間に入って来た。これは、明らかに夢ではなかった。
「透ちゃんどうぞ。ちょっと焦げちゃったけど、これはこれでこおばしくてイケるよ!。」
父親と同じ物が、コタツの上に置かれた。
「あ〜!。イケるぞ清美ちゃん!。」
「そう!。透ちゃん食べて!。」
竹山は妄想のチクザンから、透ちゃんに戻された。
「清美ちゃんさ〜。ここに居ると騒ぎになるから、東京に来て欲しい。」
「騒ぎ?。」
「ここじゃ目立ち過ぎる。あのポスター通りの女の子が居るとさ…。」
「そうね。」
「東京なら、清美を知ってる人も居ないし、騒ぎにもならない。」
「うん。」
「ハジメと、ユウは分かるよな?。」
「もちろん。二人とも仲が悪くて、ユウはハジメが大嫌いって言ってた。」
竹山は、そうだったかな?という顔をした。
「今その二人、東京で子供三人つくって、アパート暮らししてる。二人に頼んで、清美を預かってもらおうと思ってる。俺は取材で、アパートにずっと居られないんだ。」
「待ってよ…。」
「駄目か?。」
「そうじゃなくって、ユウがハジメのお嫁さん?。」
「あぁ。」
「キャッー!。どうして!どうしてそうなったの!。ね〜なんで!。すご〜い!。」
「同窓会で再会して、ケンカしてた思い出で盛り上がったまま勢いで…ユウが妊娠して…子供にする話しじゃねえよ。」
「え〜!。クラスメイトの話しだよ!。やる〜ユウ。お母さんなんだ。いいな〜。私も早くお嫁さんになりたいよ。」
何気ない顔で父親が会話に割り込んできた。
「透のお嫁さんになれば良い。二人ともそのつもりだろ?。」
「待った。そんな無責任な事を親が言うなよ!。清美は元の世界に戻す。」
「そーかぁ?。このまま、この世界で暮らすのも悪くないと思うがな…。」
「向こうの透ちゃんはどうするんだよ。雨屋に入ってくのをこの目で見た。俺と同じ苦しみを背負って、30年生きて行くのか?。それはさせない。あんな苦しみは俺だけでいい。この清美ちゃんには、戻って透ちゃんを支えてやって欲しい…そう思ってる。」
父親はジッと竹山を見た。
「いいのか?。また一人で、芸能人を追いかけまわして生きて行くのか?。お前は、そんな生き方を望んでないはずだ。自分だけ幸せになっちゃいけないと思い込んでるから、ロクでもない人間を演じてるだけだ。それも田舎芝居で…見てる方はバレバレだ。」
「好きに言えばいいさ。」
父親と竹山は沈黙した。30年間分かっていても、二人ともどうしようもない事だった。このちっちゃな清美が解決かも知れないが、竹山はそれをすべきでないと思った。
清美は、そんな二人を不思議そうに見ていた。
「…でも、透ちゃんが約束果たさないと、私はお嫁さんになれないよ。」
今度は、透が不思議そうな顔で清美を見た。
「俺は、何を約束したんだ?。」
「それは、透ちゃんが思い出して。女の子には大切な、プロポーズの言葉だから…。」
「俺が?プロポーズした?。清美に?。15の俺に、そんなガッツはないよ。」
「ビックリしたよ…でも、言えそうにない透ちゃんが言ったから…信じられた。本当の気持ちだって。だから…私はその気持ちに応えようと思った。」
竹山は思い出す事が出来なかった。雨屋に行く前に、何を約束したかを…。
「なんとか、思い出してみるよ。…とにかく、飯を食ったら行くぞ。」
「うん。ユウに会いに行く。」
父親が岐阜駅まで、車で送ってくれた。車の中で携帯が鳴った。
「小谷です。すいません。犯人に逃げられました。JR一宮駅で、盗まれた車が見つかりました。犯人は電車で、岐阜方面に向かったのが目撃されてます。」
「野郎は、普通じゃ捕まりませんよ。こっちは、東京にいったん戻ります。同級生の夫婦に清美を預かってもらうつもりです。」
「それは、いい考えです。犯人の動向が分かったら、また電話します。」
竹山は携帯を切った。清美がそれを見て言った。
「そのトランシーバーもちっちゃいね。」
「?…。これは、電話だよ。」
「電話?。電話線はどこ?。」
父親が笑って言った。
「清美ちゃんの時代には、携帯はまだ無かったんだな。まあ、電波飛ばしてるんだからトランシーバーでもいいさ。でも電話局を通してるから電話だな。」
「そうなんだ。すごいね。」
駅前で、父親に見送られて岐阜駅に二人で入って行った。
ホームに立っている二人は、親子か援交しているようにも見えた。しかし、清美は恋人のつもりだった。
「人前では、おとうさんだぜ。」
「誰が?。ふふふ…。可笑しくて、笑っちゃうよ。言えないよ。そんなの。」
「不審に思われたら、トラブルになるんだ。未成年と性的交渉をすると逮捕される。疑われたら、警察に連れて行かれる。わかるか?」
「愛し合ってても?。」
「関係ない。愛し合わなくても、金銭関係で性的交渉をする大人と子供がいるんだ。それは犯罪で罰せられる。」
「分かった。お芝居するよ。逮捕されたら、大変だね。」
名古屋に出て、のぞみの指定席に座った。新幹線にはしゃいでいる清美を見ながら、自分の妄想チクザンが、小さくなって行くのを感じていた。しかし、自分が妄想チクザンでなくなって何になるのか…竹山には分からなかった。ただ、清美の為に何かができる…30年間出来なかった事を取り戻せた事を、このちっちゃな清美に感謝した。
山のような苦難さえ、苦にならないだろう力を与えてくれる彼女に…。
ー第5話平井駅前行き都営バスにつづく