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ー第2話雨屋交差点



ー第2話雨屋交差点



竹山は東京の出版社で記者になって20年近くになる。関東で岐阜の地理的位置を言える人は少ない。かつて発展性のある街ランキングで、那覇市に負けて最下位になった岐阜市に至っては、おおよその位置すら言える人はほとんどいない。例外は織田信長好きの人達で、濃姫あるいは帰蝶の実家として認識されている。

12月24日の一番列車を待って、新幹線で名古屋に向かう。名古屋で乗り換え改札を通り、東海道線の5番ホームから区間快速で岐阜駅に降り立った。

タクシーで上土居かみつちいと言うと金華橋通りを北上して、長良川を金華橋で渡りメモリアルセンターを越える。左に靴屋と自由書房という本屋があれば、その北の交差点が雨屋交差点だ。実家はそこから北に1キロの鳥羽川を渡った所にある。この辺りはかつて水田と桑畑しかなかった。30年を過ぎて、新しく道路が付け替えられた。実家の西側になる小学校から、橋を渡って直線で伸びていた旧道は、角度を西側に20度程度変えて付け替えられた。そのため新しく交差点が作られた。新しい交差点には、かつて農作業の人達が突然の雨をしのぐための小屋が存在した。それが雨屋アメヤと呼ばれており、小屋がなくなった後地名として残った。それが雨屋交差点の名前の由来になっている。

30年前。竹山が中学生の頃、雨屋は存在していた。12月24日透ちゃんだった竹山は、清美ちゃんと17時に雨屋で会うはずだった。透ちゃんは30分遅れた。17時少し前に、同級生の母親が雨屋に向かう清美ちゃんを見ている。ショートヘア、チェックのブラウスにスカート。ベージュのマフラーを巻き、白いハイソックスに赤の運動靴。赤の手編みの手袋。(ミトンと呼ばれる親指だけが分かれている。)

そして、両手でノートを胸で抱えるようにして歩いていた。

17時30分。雨屋の木の戸は、枠から外れて地面に倒れていた。普通ではない事に気づいた透ちゃんは雨屋の中に入った。掛けられていた農機具が散乱し、積んであったムシロが壁に投げつけられている。清美ちゃんの姿はなく、奥の方で黒い影が動いた。

「清美ちゃん?。」

透ちゃんは呼びかけた。すると急に黒い影がビクッと動いて、透ちゃんの方に向かってきた。ニットの帽子をかぶり、黒いジャージを着た男が透ちゃんを突き飛ばして出て行った。ニット帽には、5角形の赤い星と青い星が重なったマークの上に、英語の文字が有った。最初の文字がDで、そのあとスターという文字が記憶に残った。

呆然としていた時間がどれくらいなのか…起き上がった透ちゃんは、薄暗くなってゆく小屋の中に清美ちゃんの姿を捜した。どこにも見当たらない。

雨屋を飛び出した透ちゃんは300メートル程にある中学校の職員室に飛び込み、残っていた担任に助けを求めた。折しも変質者が出没しており、誘拐事件となって捜査が開始された。

そして。30年が。瞬く間に過ぎ去った。

住んでいた人達も徐々に入れ替わり、12月24日に現場に来てくれる同級生も、10年前にひとりも来なくなった。2年前に清美ちゃんの弟はアメリカの現地法人に転勤になり、両親は老人ホームに入所した。以来竹山だけが、ポスターの貼り替えに来ている。


タクシーで実家までゆき、かつての自分の部屋に置いていた、新しくプリントアウトしたポスターを持って、30年前のように歩いて、雨屋の有った場所に向かった。

交差点の南側は完全に水田も桑畑も無くなっているけれども、北側は水田が残っていた。

水田の所有者の好意で、木の枠を立てさせてもらい、ポスターを貼る場所が作られている。所有者も世代交代で、いい顔をしてくれない。竹山は季節の挨拶を欠かさないようにして、場所を確保していた。

かつての雨屋は、交差点のちょうど真ん中付近にあり、竹山は交差点の北西角にあるポスターが貼ってある場所に立った。

ポスターの写真は、30年前の笑顔で竹山に微笑みかけていた。3年前までは雨ざらしだったが、この地域にも子供を狙った未遂事件が起きるようになり、子を持つ親達が透明の樹脂製ケースを寄付してくれた。一年を過ごして来た微笑みは、それでも色があせボコついていた。竹山はドライバーでケースのネジを外し、ポスターを貼り替えた。

ちょうど16時30分になった。この時間に来ていれば、彼女を救えたかもしれない。そんな想いが、この時間に込められていた。

ポスターには、ケースを寄付してくれた親達の要望で、こんなメッセージが書かれている。

ーこの地域から 絶対に2人目を出しませんー

捜索を願うよりも、防犯のポスターに変質してしまっても、竹山には彼女の顔が、この場所に掲げられている事に意味があった。

まだ。俺は捜しているんだという気持ちを、この場所から消す訳にはいかなかった。批判も多い。やめろと言う人達も居る。未来を見ろと何人もの人達が竹山を攻撃した。死体が出てこない限り、俺だけは捜し続ける義務があると反論しても、理解してくれる人は居なかった。警察は、現場に遺留品も血痕もなく、また竹山が見たニット帽のマークも見つける事が出来なかった。

捜査を指揮した岐阜北警察署の刑事が10年前に退職した年のクリスマス。竹山がたたずむ雨屋交差点にやってきた。


「透くん。事件ってのは結局現場だ。かなり、色んな所に行ってるようだが…何十年でもこの現場に通う事だ。事件が決着するとしたら、この場所以外にあり得ない。あきらめたら負けだ。君にこの事件を任せる。必ず解決してくれ。」

「小谷さんは、解決すると思いますか?。」

「するさ。解決しない事件なんか無いんだ。ただ、警察の捜査には限界がある。事件はあまりにも多い。しかし君は、この事件だけを追える。その君から犯人は逃げられない。…犯人と清美ちゃんを見つけろ。この現場で。」



そう言った小谷刑事は去年亡くなった。通夜の席で、奥さんからダンボール箱一杯の捜査メモを渡された。小谷刑事は退職後も個人で捜査を続けていたという。そのダンボール箱の中に、ある資料が入れられていた。4年前に設立されたファッションブランドのニット帽だった。それに、針金でメモが付けられていた。



透くん。これが事件のカギだ。常識に囚われるな。事実だけを繋ぎ合わせろ



ニット帽には、赤い五角形の後ろ側に、青い五角形が重なっているデザインで、上にDobule Stersとブランド名が入っている。これが4年前に設立されたブランドでなければ、手掛かりとなる。竹山はトレードマーク。いわゆる登録商標を徹底的に調べた。しかし30年前には、このトレードマークは存在していなかった。しかし竹山が見たのはこのマークだった。



そんな事を思い出しながら、腕時計は17時になろうとしていた。

竹山は背広のポケットから、ウォークマンを取り出した。ストラップで首から下げ、イヤホンを耳に突っ込んだ。

ダイヤルを回し、Kazumasa Odaを表示し、再生ボタンを押した。ピアノのイントロが流れ始めて、竹山は交差点の中央を見た。

何か奇妙だった。

何かと考えると、あれだけ走っていた車がピタリと通らなくなった。本屋の駐車場にも人気がなくなった。

大好きな君にを、小田和正が歌い始めた。竹山は、交差点の北西角から東南方向に向いていた。東南の角には駐車場と進学塾の校舎がある。その校舎が次第にボヤケて見え始めた。竹山はいったん目を閉じ、もう一度見た。

校舎は完全に焦点が合わなくなり、見えなくなった。

そして、再び焦点が合い始めたが、そこに校舎はなく水田が現れ、舗装した道路も消えた。

そして。雨屋が現れた。



目を大きく見開いた、竹山の目に飛び込んできたのは、吹き飛ぶ雨屋の戸とそこから出て来た清美だった。彼女はたたずむ竹山に向かって走ってくる。

立ち上がった竹山に向かって清美が抱きついて来た。

「たすけて。たすけて下さい。殺される。」

何が何やら解らない竹山の口から出た言葉は、ありふれた言葉だった。

「落ち着いて。大丈夫だ。俺が守ってやる。」

それは清美だった。髪型も服もマフラーも。手袋もソックスも靴も。その顔も…30年前のあの日のままである事を除けば。幽霊ではなかった。しっかりと清美の体を竹山は感じていた。

清美はあの日のまま戻って来た。小谷刑事の言った通り、この現場に。

ならば犯人は。

17時30分になった。透ちゃんが入ってゆく…そして奴が飛び出してきた。Dobule Stersのニット帽が。事もあろうに、そいつまでが竹山に向かってきた。少なくとも抱きつく為ではなさそうだ。

竹山はボクシングから空手、少林寺拳法までマスターしてきた…全ては犯人の為に。そして、ニット帽が繰り出してきたランボー2ナイフを持った腕を跳ね上げて、みぞおちに拳を叩き込んだが…わずかに急所を外して、気絶させられなかった。それでもニット帽は後ずさりして、みぞおちを押さえながら南に向かって逃走した。追いかけようとしたが、清美が抱きついて離れなかった。

「ダメ。行かないで。恐い。」

竹山は追跡を諦めて、清美を抱きしめた。そしてつい、恨み事が口を突いて出てきた。

「今まで、どこに行ってたんだ。30年も、30年も捜したんだぞ。」

腕の中の清美が顔を上げた。

「透ちゃん?。透ちゃんだよね。オジサンだけど。」

「なんで中学生のまんまなんだよ。45才のはずだろ?。昭和38年生まれだろ?。」

「今は何年なの?。」

「平成19年だよ。」

「へいせい?。」

「昭和は64年で終わってって…そんな事言ってる場合じゃねえよ。」

「わかんないけど…30年たってるって事?。」

気づくと、雨屋は消えて交差点が戻って来ていた。進学塾の校舎もある。車も走り始めた。

そして清美は腕の中に居た。あの日のままで。問題は。

ニット帽のクソ野郎も、この街を逃げている事だった。

「透くん、これが事件の鍵だ…か。小谷さん、知ってたんなら前もって言って下さいよ。…どうすんだよ。15才の女子中学生を。」

ブツブツ言っている竹山を、不思議そうな目で清美が見上げていた。




ー第3話君が戻ってきた理由に続く






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