ー第11話 君は戻ってきた
ー第11話君は戻ってきた
竹山は、戻ってきた交差点が奇妙な事に気づいた。
グルリと囲んでいるはずのフェンスが、雨屋が消えた部分だけ無いのだ。
ハジメも小谷も三ツ矢も、そして清美の両親も、竹山の持っているノートが光りを放っている事に気づいた。清美がタクシーで奪い返した、この世界のノートだ。
見ると。進学塾の方から、ベージュのコートを着た女性が、ヒールの音をさせながら歩いてきた。その後方にスーツを着た自分が見えた。
竹山はその女性を見た。年齢を重ねた顔は、それでも美しかった。
「とおるちゃん。ごめんなさい…戻りたかったけど、穴が開かなかったの。30年間通ったの…やっと開いたの。ごめんなさい。」
竹山は、茫然として言葉を失った。
「…おばさんになっちゃったから、わからない?。」
「清美か?。年はいくつだ?。」
「45になった…同い年でしょ?。」
「今。15の清美が帰って行った…。」
「15の私が?。」
「あぁ…さすがに若すぎて。でも、同い年の方がいい。」
「ありがとう…うれしい。」
「向こうのとおるちゃんは、なんだか渋いな…」
後ろの方に立っているスーツの自分を見た。
「そう。ずっと優しくしてもらって…でも帰るべきだって。毎年一緒に、ここに来てくれてたの。去年ね!直木賞とったの!。すごいでしょ!。」
「そりゃすごい。俺は週刊誌のゴシップ記者だ。でも…なんだか勇気が湧いてきたよ。」
「ふ〜ん…でも、竹山 透のゴシップ記事って、ある意味すごい。」
「ありがと。人気はあるんだぜ。」
「でしょうね。竹山 透だもん。」
竹山はスーツの自分に呼びかけた。
「穴が閉じても、帰らないで!。お前の世界の清美も、帰ってくるから!」
スーツの自分は、右手を振って応えてきた。ビックリしたように、清美が言った。
「それは、本当なの?。」
「本当だよ。15の清美が戻って、45の清美も戻った。…だから戻るよ全部。」
清美は、口に手を当てた。両目から涙が溢れ出した。
「変わらないな。」
「なに?」
「15の清美も、45の清美も。」
「そう?。」
スーツの自分がボヤケ始めた。そのボヤケた中に、もうひとりの清美が、スーツの自分に駆け寄り、抱きつくのが見えた。そして、交差点の欠けたフェンスが戻ってきた。
清美は、15の時と同じ顔で言った。
「お嫁さんにしてくれる…とおるちゃん。」
「俺。小説家じゃないんだけど?。」
「そんなの…気にしなくてもいい。」
「いや…。約束だから、小説家になるよ。」
「とおるちゃんが、そうしたいなら。なって!。」
「その前に、お父さんとお母さんを抱きしめてやれよ。…俺は、そのあとでいい。」
「うん。」
清美は涙をぬぐって、老夫婦に駆け寄って行った。
ーエピローグ
平井七丁目第四アパート3ー7号室
「で?。とおる君と清美はどうするの?」
ユウは、岐阜からヘトヘトになって戻って来た、ハジメに聞いた。
「清美の実家が、空き家になってるじゃん。清美の両親老人ホームから引き取って、住むんだって。」
「とおる君も?。」
「あいつ、業界じゃあ大物だから…すぐにって訳にはいかないよ。」
「でも、岐阜に戻るんならさ、仕事どうすんの?。」
「フリーのノンフィクションライターになるって。スポーツ誌の編集長から、ずっと誘いがあったらしい。けど…妄想のチクザンで人気があるし、週刊誌業界が奴を手離すとも思えない…どうすんのかな…。」
「…フリーなら、パソコンで飛ばせば、岐阜でも仕事できるよね。式とかはやるの?。」
「秋くらいに落ち着いたら、こじんまりとやるらしい。」
長女の直が、ハジメの所に走ってきた。
「ねえねぇ、おとうさん。清美ねえちゃんは〜今度いつくるの?。」
「清美ねえちゃん、秋くらいにお嫁さんになるんだって。その時、直も行くか?。」
「いくいく!。チクザンのおじちゃんの〜お嫁さんになるの?。」
「そうだよ。」
「なおもお嫁さんで行くよ!。」
「それはちょっと無理だな〜。まず幼稚園を卒業しないと、成れないんだ。」
「うん!。わかった。」
直は、弟と妹に新情報を告げる為に、駆け戻って行った。
「直、清美見てわかるかな?。急に大人になっちゃったから…。」
「わかるよ。清美は変わってなかった。ちょっと化粧がこくなっても、あのちっちゃな清美ねえちゃんだった。」
「あ〜私も会いたくなっちゃったな〜。…でも、向こうに行ってた清美は、ウチに来てるの?。つまり…向こうの私達に…。」
「行ってたって、行き来してたって。」
「不思議ね。その多次元なんとかってののおかげね。」
「それはまぁ良いだろ。実際はもっと違うものかもしれないし…。清美が透を、透が清美を…想う気持ちが、何かに通じたんだ。それが神様だろうか仏様だろうか、何だっていいさ。お互い愛し合ってれば、これくらいの事…起こったって良いじゃないか。そう信じたい。俺は…。」
ユウは、やわらかなハジメの顔を見ながら、このロクな事のない世界に、ぽっかりと落ちた日溜まりのようだと思った。
「私も信じる。愛するって良いね。パパと結婚して良かった!。」
ユウはハジメに抱きついていった。
「疲れてるんだから…やめろよ。」
「いいじゃない〜!。」
それを見て、直を先頭に三人の子供達も、ハジメに抱きついていった。
五人で転がりながら、当たり前の幸せな午後が過ぎていった。
そして。
まだ物語は続く。
何でもない日常を、竹山と清美は取り戻した。それは、この世界の誰もが普通に、日々の中で紡いでいる物語だ。それをここで語る事は不要だろう。
それを守る為に、二人の物語は続く。
竹山は週刊誌業界から離れる戦いを始めた。同時に小説の執筆活動も始めたが、出版される気配はない。
清美は、透ならやるだろうと思っていた。人生が続く限り、あの日の約束を果たすために。
ー後書きにつづく




