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朝はシリアルと決めている

朝霧君の就職活動

「こ、こいつまた出しおった……」

「だから言うたとおりやろ?」







朝霧君の就職活動



 午前三時。辺りはまだ寝静まっているというのに、まだ電気がついている住宅が一軒ある。錦鯉が泳いでいる大きな池がある庭、長く続く渡り廊下に、玄関にずっしりと構えている黒い門。キラサギ組の本家である。


「お前イカサマしたんちゃうんか!?」

「兄貴……ちゃんと目え開けて見張っとったけど、こいつなんも怪しい動きしてませんで」

「くそが!」

「何度もやっても同じやって」


 前髪を長くした今時の髪型に、黒いTシャツ、三本ラインが入ったこれまた黒いハーフパンツ、足元はビーサンという出で立ちの青年と、対照的にきちっと黒いスーツを着こなしたヤクザたちが、そこにはいた。

 青年は名を朝霧と名乗り、夕方ごろから本家に居座っている。


「代打ち志願だぁ?」

「はい」


 バイトの面接でももうちょっとマシな恰好で来るだろうと、下っ端ヤクザは思ったが、ヤクザを前にして笑顔のままの朝霧を少し面白いと思って上げてしまったのが間違いだった。


「半荘勝負で、一回でも負けたら帰りますから」

「おもろいやんけ」


 そんな会話を交わしてもうすぐ十時間。未だに朝霧はここにいる。

 

「なんでお前こんなやつ上げとんのじゃ!」

「すんません、やけにこいつ肝座ってるなぁ思いまして」

「アホか! お陰で俺ら明日から新しい現場行くのに寝れんやないか!」


 下っ端ヤクザの頭を遠慮なしに、会社で言うところの上司に値する上のヤクザがひっぱたく。相当痛かったようでゴロゴロと畳の上を転げまわる。

 朝霧は、高校を中退し、毎日フラフラしているのを親に咎められ、今日遂に家を追い出されたという。普通の職に就くのは難しいと思った朝霧は、どうせなら面白い職に就こうと考えたのだ。


「それで代打ちか。お前ガキのくせによう知っとるやんけ」

「ヤクザ映画とか見てたら大抵麻雀してるしな。ええかなって」

「ほう、麻雀はどこで覚えてきたんや?」

「そのまま映画見ながら覚えた」

「お前の親、絶対ヤクザ入れいう意味で追い出そうしとんとちゃうと思うで」

「でも追い出されるんは追い出されるんやから一緒やん」


 次の対戦相手である平野は焦っていた。組の中でも麻雀をやれば上位のほうに入る自分が、こんな十七歳のヒョロヒョロのガキに負けたらメンツが立たない。組長や幹部陣には負けても仕方ないが、ガキに負けるのはプライドが許さない。

 しかし、先ほどから朝霧の勝ち方は誰が見ても異常なものだった。

 ほとんど七対子、四暗刻、大三元、たまーに国士無双でこいつは和了ってくるのだ。


「代打ちっつーんは大変やぞ? 負けたらただじゃすまんのやぞ?」

「負けへんからええで、おっさん」

「平野さんに偉そうな口聞いてんちゃうぞワレ!」

「カズキ! 抑えんかい!」

「す、すんません……」


 自分よりもはるかに年の離れたヤクザに怒鳴られても、朝霧は臆することもなく、怖がる様子もなかった。さりげなく代打ちの道を諦めさせようとそれらしいことを言ってみるが、朝霧には効果がない。

 もし自分の息子が、将来組に入りたいと言ったら平野はどつき回し止めるだろう。しかし、朝霧は赤の他人のガキである。手を出すわけにはいかない。


「お前なんでそんな高得点ばっかり狙うんや?」

「え? だってこの四つ以外ちゃんと知らないし。だからそろわなかったら基本的な牌で……」

「は?」


 朝霧の言葉に、その場にいた全員がぽかんとする。朝霧曰く、映画の演出で出てくることが多いのでこの四つだけはちゃんと覚えているらしい。先ほど一気通貫で和了ったときは『一気貫通だっけこれ?』と言ったくらいだった。誰もがいい間違いかと気に留めていなかったが、どうやら本当に覚えていないようだった。

 プロの雀士が聞いたら呆れ返ってしまうだろう。そんな荒削りで麻雀初心者だと思える朝霧に、なぜ知識も経験もはるかに勝る平野が勝てないのか。


「はいツモー。国士無双」

「うわあまた出しよった!」

「こいつめっちゃ強いやん!」

「うるせえぞてめぇら!」


 もはや周囲は朝霧の強さに一種の興奮すら覚えているありさまだった。

 そして平野自身も、朝霧とのこの勝負に、背筋がゾクリとするような何とも言い難いスリルを感じ、同時に手が震えそうだった。


 麻雀は素早く牌を切り、他人の捨て牌から情報を読み取っていく。だが、それだけでは勝てない。経験や、培った知識だけではないもの――そう、己が望む牌を引き寄せる運の強さも必要なのだ。そして、今まで作ってきた役にたどり着けないと分かった瞬間、悪あがきせずに牌を切り捨てる潔さだって求められる。

 その点で朝霧を見ていると、知識や経験はまだまだひよっこレベル。

 ただし、運だけで言えば誰よりも強い。この強運が、平野やほかの組員の経験と知識のレベルを凌駕しているのだ。


「ち、負けちまったか」

「いい加減俺を採用してくれへんの?」


 結果、平野も他の者と同じく惨敗だった。何度かロンして点数を奪ったものの、さらにその上を行く勢いで朝霧が高得点をたたき出すものだから、追いつけなかった。


「しゃあないな。明日、おやっさんに言うといたるわ」

「ほんまか!? やった~!!」

「平野さん! 正気ですか!?」

「男に二言はない。朝霧!!」

「なんや?」

「代打ちでうちの組来るからにはちゃんとルールを一から勉強せえよ」

「もちろんや!」


 心底嬉しそうに万歳をする朝霧を見て、平野はやっぱりまだまだガキだなと思った。

 この十七歳のガキが、今後麻雀について色々学び、知識を付けたらどう化けるか。


「おい、さっさと朝霧寝床に連れてったらんかい!」

「はい!」


 下っ端が少し不安そうに、けれどもわくわくしたような顔をして朝霧に声をかけて部屋を出ていく。平野はそれを見送ると、ゆっくりと立ち上がって自分の部屋に戻っていった。


「ふう。明日からまた騒がしくなるのう」


 寝巻に着替え、電気を消す。

 キサラギ組の電気が完全に消えた頃、外はうっすら明るくなっていた。


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