第二章 新たな出会い
彼の部屋を出てしばらくすると、私は自分の置かれた状況を嫌でも理解せざるを得なくなった。
間違いなくここはお城で、そして私を抱っこして目的地まで真っ直ぐに向かうこの人は結構なお偉いさんなんだ・・・
そう思ったのは、すれ違う人がほぼ例外なく足を止めてその場で一礼し、彼が去るまでその姿勢を崩さないからだ。
すなわち、今まですれ違った人たちのほとんどが彼より身分や位が低い、という事になる。
そしてお城だと思ったのは言うまでもなく景観。
昔シスターが絵本で読み聞かせてくれたお城の様子とそっくりだったから。
(私・・・とんでもないとこに来ちゃったのかも)
でもこんな機会はそうそうないので、猫の姿を存分に利用してきょろきょろと周りを見回す。
そんな私を時折優しく見下ろし、彼はひとつの部屋の前に立った。
ここが目的地?
見上げた私ににっこりと笑顔をくれて、彼は扉をノックして中に入った。
「グロリア、いるかー?」
部屋の中はたくさんのベッドと本棚、それに色んな液体や錠剤の入ったビンがびっしり入ったガラスケース等が所狭しと並んでいた。
ここはお城の病院なのかな?
猫になってから嗅覚が鋭くなったのか、つんと薬品の匂いが鼻をつく。
昔木登りしてて落ちた時シスターに付けられた軟膏みたい・・・
「おーぅ、ここだ」
本棚の向こうから声がする。
彼がそちらに足を運ぶと、こちらに背を向けて何やら書き仕事をしている男性がいた。
「帰ってたのか、レオン」
グロリアと呼ばれた男性はこちらを見もせずに彼に声をかけた。
レオン・・・
今まで聞きたくても聞けなかった名前。
・・・ようやく聞けた、彼の名前。
「グロリア、忙しいとこ悪いけど、子猫ちゃんの急患だ」
「子猫ーぉ?」
そこでようやくこちらを振り向いたグロリアは、見るからに学者、という出で立ちをしていた。
黒い髪を後ろに撫でつけ、皺ひとつない白衣を着こなし、青い瞳の片側にはオラクルが付けられている。
第一印象は冷たそうな人、と思われがちな顔をその砕けた離し方で中和しているみたい・・・
そのグロリアは振り向いて私の姿を捉えるなり、その目を見開いて絶句した。
「グロリア?どうした?」
その様子にレオンは私とグロリアを交互に見て尋ねた。
「・・・お前、その子猫どこで拾った?」
「この子か?例のアジトで人間と一緒に救出したんだ。この子にも魔力がかけられた鎖が繋がっててさ、一応怪我してないか診て貰おうと思って」
その説明を聞いてるのか聞いてないのか、グロリアは真っ直ぐ私の所にやってきた。
・・・な、なに?
その真剣な表情に不安を感じ、尻尾を膨らませてレオンにすがりつく。
「あぁ、よしよし・・・グロリア、怖がってるぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なぁ、レオン」
たっぷりの間の後、私から目を離さずにグロリアは低い低い声で、でもきっぱりと言い切った。
「この子猫、人間だぞ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
私・レオン・グロリア。
それぞれがそれぞれの顔を交互に見て、沈黙する。
そんな状態がもうかれこれ数分続いている。
・・・いや、正確にはレオンとグロリアが私を穴が開くほど見つめて沈黙し、私は尻尾を膨らませたままその二人を交互に見て黙り込む、という構図になっている。
そ、そろそろ何か言ってくれても良いと思うんだけどな・・・
私の願いが届いたのか、口火を切ったのはグロリアだった。
「・・・・・・で、レオン。この子どうするんだ?」
「うーん・・・とり急ぎやらなきゃいけない事はいくつかあるな」
そう言ってレオンはがりがりと頭を掻いた。
「まず第一に、この子が本当に人間なんだとしたら捜索願が出されてる可能性が高い。事実、この子は誘拐犯達のアジトに捕らえられてたんだからな」
「そうだな。まずはそこから当たるしかないだろうな」
「第二に。もしも捜索願が出されていなければ、この子はどこから来たのか調べなくちゃいけない」
その言葉を聞いて、私はうなだれる。
シスターはきっと捜索願を出してくれてると信じてる。でも、もしまだ私がいなくなった事に気付いてなかったとしたら・・・
「そっちはかなり骨が折れる仕事になりそうだなぁ」
「そうだな。僕としては第一の可能性に賭けたいけどね」
「・・・・・・」
私は黙って聞いているしか出来ない。
「それからこれは今一番大事な事」
そう言って私の頭を優しく撫でる。
「何だ?」
「この子の健康診断を頼むよ。そもそもここにはその為に来たんだから」
「あー・・・そういやそうだったな」
「みゃ」
すっかり忘れてた。私はここに怪我してないか確かめに連れて来られたんだった・・・!
うわわ、でも私病院苦手・・・!
あたふたとレオンの腕から逃れようとした私は、あっさりとホールドされてしまう。
「逃げようとしたってだーめ。もしも見えないとこに怪我してたらどうすんの」
やだやだー、怪我なんかしてないから離してよー!
「という訳で、よろしくグロリア医師殿」
レオンはそのままグロリアに私を預けた。
「子猫を診るのは初めてだなぁ。ま、何とかなるか・・・ってこら、暴れるな!」
じたばたと逃げようとする私だったが、ひょいっと首根っこを掴まれて宙ぶらりんにされてしまう。
うー、猫はここ持たれたら抵抗出来ないんだぁー!
みゃーみゃーと泣き喚く私を見てレオンはなだめるように囁いた。
「まぁまぁ。ちゃんと良い子にしてたら、これ終わった後ご飯にしよう」
ご飯、という言葉に私はぴたっと動きを止める。
と同時にお腹がくぅ~っと鳴った。
「み、みゃ・・・」
せめてもの照れ隠しに小さく鳴くと、グロリアは笑ってこう言った。
「大丈夫大丈夫。痛い事はしないって。ただ魔法でスキャンさせて貰うだけだから診察自体はすぐ済むよー」
・・・ん?診察自体、は?
「ただどうやって君が子猫にされちゃったのか分かるかもしれないから、個人的に色々調べさせてねー」
「・・・・・・!!」
診察よりもそっちの方が、数倍怖い!
「おいおい、お手柔らかに頼むよ。まだ保護してそんなに時間経ってないから消耗してるし」
ぷるぷると震える私を哀れに思ってかレオンがやんわりと注意してくれる。
「あー、そっか・・・じゃあ今はちょっとだけにしとくかぁ」
「そうそう。調べるなら元気になってからにしてくれ」
後回しになっただけだった!
「了解。・・・じゃ、ちょっとこっちおいでー」
そう言ってグロリアは部屋の端にあるカーテンで仕切られた空間に足を向けた。
むろん、首根っこを掴まれたままの私には拒否権なんて一切なかったのであった。