第一章 私、猫ですか!?
「う・・・」
意識がゆっくり浮上する。
軽く寝返りをうとうとすると、ほっぺたにふわっと気持ち良い感触。
毛布だー・・・あったかーい・・・
そのまますりすりと頬ずりする。
私、いつ寝たんだっけ・・・
お日様の匂いがする毛布に顔を突っ込んだまま、ぼんやりとした頭で考える。
えーと・・・シスターの代わりにお店にお使いに行ってー・・・
と、その後の事を思い出し、急速に覚醒した。
そうだ、私誰かに捕まって、それで・・・!!
慌ててがばり、と飛び起きる。
「・・・・・・」
だけど、その勢いは飛び起きた途端、しゅるしゅるとしぼんでいく。
・・・どこ、ここ。
視界いっぱいに映るのは、どう記憶をたどっても見た事がない程広い部屋。
真っ白な毛布に見えていたのは、毛足の長いクッションだった。
これまた広いベッドの中で私は硬直した。
きょろきょろと見回しても、誰の姿も見当たらない。
と、その時、ゆっくり部屋のドアが開いた。
そこから入って来たのは、どこかで見た事ある男性だった。
(・・・この人・・・)
私が意識を手放す前、助けに来たと言ってくれた人だ。
「あぁ、子猫ちゃん、目が覚めた?身体はどう?」
私が起き上がってるのを見つけると、にっこり笑ってベッドに近付いてくる。
屈託なく笑う彼に、少し警戒心を解いた。
不思議とこの人は信じられる、と思っていた。
「手足に鎖で付いたらしい擦り傷があったのと、多少衰弱してたから、ひとまず僕の部屋まで運んだんだ。もう傷は痛くないかい、子猫ちゃん?」
・・・この人、なんでさっきから私の事子猫ちゃんって呼ぶんだろう・・・?
助けてくれてありがとう、と言おうとして、私の口から飛び出したのは・・・
「うにゃー」
という、何とも間の抜けた鳴き声だった。
・・・うにゃー?
ちゃんとありがとう、と言ったつもりなのに、何だろうこの間抜けな声は・・・
そこで、ようやく事の異常さに気が付いた。
目の端に映った私の足は真っ黒な毛皮で覆われていた。
咄嗟に自分の身体を見下ろし・・・絶句した。
全身真っ黒な毛皮で覆われ、すらりと伸びた尻尾が身体に沿うように揺れている。
だれがどう見ても、私は猫になっていた。
気を失う前にも思ったけど・・・この人が大きいんじゃなくて、私が猫になっちゃったから小さいの!?
え、なんで?なんで猫になってるの!?
手をばたばたと自分の身体に当ててみたが、猫になっている事実は変わらない。
どーいうことー!?
突然パニックになる私を不思議そうに見て、
「急にどうしたの?・・・とりあえず、落ち着こうよ」
そう言って、私の顎を指でかりかりと掻いた。
すると予想外の気持ち良さに自然とうっとりする。
・・・あぁぁぁぁ、これじゃまんま猫じゃないの!
「やっぱり猫はここが一番気持ち良いよねー」
そう言ってにこにこしながら顎を掻き続ける彼のされるがままになりかけて、
違う!そうじゃないんだって!
慌てて我に返る。
何とか身体ごと反らし、ようやく誘惑の手から逃れる。・・・危なかった!
「おや、逃げられちゃったか」
全く残念そうな口調じゃない彼は、相変わらず笑顔のまま。
「さて・・・」
だけど少し口調を改めて真っ直ぐに私を見た。
「君はいったいどこの子猫ちゃんなのかな?君がいた所は誘拐してきた人間を奴隷として他国に売り飛ばそうとしていた悪い奴らの住処でね。君の他にもたくさんの人達が救出されたんだけど・・・人間以外で捕まってたのは君だけだったんだよね」
そう言って腕を組み、何かを考える素振りをしながら言葉を続ける。
「しかもあんな鎖まで付けてさ。君には分からなかったかもしれないけど、あの鎖には魔力が込められていてね。そのままでもそこそこ重い鎖を更に重くしてたのさ。・・・こんな非力そうな子猫ちゃんに、なんでそこまでする必要があったのかな?」
その質問は私に、というより彼自身が疑問を口に出す事で考えをまとめようとしているように見えた。
「それに、その金色の瞳」
そう言って、ひょいっと私をすくいあげて膝の上に乗せる。
みぎゃっ、と咄嗟に抵抗したけど、そのまますとんと納まってしまった。
ゆっくりと私の頭を撫でながら更に疑問を口に出す。
「そんな綺麗な瞳は猫はおろか、人間でも見たことないんだよねぇ。あるとしたら隣国の王家一族がこんな感じの色だったぐらいかなぁ。・・・もしかしたら、君はそこの飼い猫かい?」
大きな手でゆっくり撫でられて緩みきっていた私の顔を彼は急に覗き込む。
・・・その美形は心臓に悪いので、出来れば至近距離はやめて欲しい!
そしてそんな高貴な身分とは全くもって縁がないので、慌ててぶんぶんと首を振る。
するとその仕草を見て、彼はふと頭を撫でる手を止めた。
「・・・君、僕の言葉が分かってるの?」
これは私が人間だって分かって貰えるチャンスかも!
私は必死で、今度は首を縦にぶんぶん振る。
「・・・・・・」
あれ、反応がない?
そっと顔色を伺うように手のひらの隙間から彼の顔を覗くと、何やら眉間に皺が寄っていた。
「・・・言葉が、分かる?」
もう一度重々しく繰り返され、もう一度首を縦にぶんぶん振る。
これで私が人間だって・・・!
「そっかー、賢いんだね、子猫ちゃんは」
「!!」
ぜんっぜん分かって貰えてなかったー!!
思わずがくり、とうなだれる。
それもそうか・・・まさか人間が猫に化けてるなんて思わないよね、普通・・・
「あれ?褒めてるのになんで凹むの?」
褒められても嬉しくない!
あぁ・・・それにしてもこれからどうなるんだろう・・・
これからの事を考えると気分が落ち込む。
人間に戻れる可能性は、今のところ限りなく低い。
このままだと孤児院にも帰れない・・・
段々気分が沈んできて、彼の膝からするりと降り、布団の隅っこに小さくなる。
「・・・どうかした?」
問いかけに応える気が起きず、そのまま聞こえないふりをした。
不安な気持ちがどんどん膨らんで、涙が零れそうになるのを必死で堪える。
その様子を見た彼はしばらく考え込んで、もう一度私を抱き上げた。
そのまま起き上がり、私は抱っこされる形になった。
「みゃ!?」
「なんだか心配だから、一度診て貰おうか。どこか怪我してるかもしれないしね」
にっこり笑って私を見下ろす。
え、いいよお医者様なんて!どこも怪我してないし、どこも悪くないから!
「さ、行こう。大丈夫、すぐそこだからねー」
しかし私の願いは無視され(うにゃうにゃとしか聞こえてないので当然)、抱きかかえられたまま、部屋を後にした。