第十二章 予想外のツワモノ
「ほい、ただいまっと」
部屋に戻ると、レオンは私をソファーに降ろし、応接室にもあったらしい紐を引っ張ってセレスに夕食を頼んだ。
『いつ帰って来られるのかと思ってましたわ。すぐにお持ちしますね』
「あぁ、頼むよ。…あと、色々話しておかなきゃいけない事もあるしね」
『…大事な事のようね。分かったわ』
通信が切れたあと、レオンはふぅ、とため息をついて私の隣にどさっと身を投げ出した。
『…ごめんね、レオン。大変な事に巻き込んじゃって…』
私はしゅんとする。全く先が見えない上に、相当厄介な組織と対決しなくちゃいけない。正直私だけでは一生猫のままなんだろうけど、無関係なレオンやグロリアを巻き込んでしまうのもまた申し訳なかった。
「シルヴィア、尻尾垂れてるよ」
そんな私をレオンは優しく抱き上げてくれる。
「なーに落ち込んでんのさ。元気なシルヴィアはどこ行った?」
『だって、関係ないレオンやグロリアを巻き込んじゃって…私、何にも出来ないし…』
「そんな事気にしてるの?馬鹿だなぁシルヴィアは。君は何も考えずに僕達に任せてれば良いんだよ?」
『でも…』
「うーん、そうだなぁ。そんなにシルヴィアが気にするなら、ひとつお願い聞いてよ。それでチャラって事でどう?」
『お願い?』
「そ。ね、聞いてくれる?」
『私に出来る事なら…』
「むしろシルヴィアしか出来ない事って言った方が良いかな?」
にっこり笑うその顔が妙に輝いて見えたけど、私に出来る事があるなら役に立ちたいと思って、
『うん、私に出来る事ならするよ』
頷いてそう告げると、レオンの顔が今までで一番と言っても良いぐらいほころんだ。
「ほんと?良かった。断られたらどうしようかと思ったよ」
『…っていうか、お願い聞いてないから断りようもないよ』
「それもそうか。あのね…」
レオンが口を開いた瞬間、ノックの音がした。
「セレス?どうぞ、開いてるよ」
「失礼致します、食事をお持ちしましたわ」
銀色のカートを押しながらセレスが部屋に入ってきた。
「お帰りなさい、今日は随分と遅かったのね?何かあったのかと心配したわよ」
セレスは扉を閉めると昨日みたいに砕けた口調になり、腰に手を当ててため息をついた。
「ごめんごめん。…まぁ、何もなかったワケじゃないんだけど。っと、そうだ。セレス、シルヴィアと話が出来るようになったよ」
レオンがそう告げると、セレスは目を輝かせて私を見た。
「まぁ!可愛いシルヴィアとついにお話が出来るようになったのね!」
「一部の人間だけに言葉が通じるよう設定出来る首輪をグロリアが開発してくれてね。今からするからちょっと待ってて。…シルヴィア、おいで」
私は言われるがままレオンの足元にとことこ歩いていく。レオンはしゃがみこみ、私の首輪にぶら下がった石を指でつついた。
「ほい、終わり。これでセレスとお話出来るよ」
『ほんと?』
そんな簡単な動作だけで終わりかと私が首を傾げると、背後からひょいっと抱き上げられた。
「あぁ、シルヴィア!声まで可愛いわ!これでたくさん貴方とお話できるのね!」
感極まったような声を上げ、セレスさんが満面の笑みで私に頬ずりする。
『セレスさん、このお城の事、いっぱい教えてくださいね!』
「もちろんよシルヴィア!これからもよろしくね!」
きゃぁきゃぁとはしゃぐ私たちを見ながら、レオンは軽く咳払いする。
「はしゃぐのは構わないけれど…とりあえず、食事にしてくれると有難いかな。ちょっと空腹過ぎて気持ち悪い…」
「あら、ごめんなさい。ついつい盛り上がっちゃって。シルヴィアちゃんもお腹空いたでしょう、すぐに用意するわね」
『うん、セレスさん、ありがとう!』
うにゃっとお辞儀すると、セレスさんがとろけそうな笑顔になり、テキパキと夕飯の準備を始めた。
「……黒兎?聞いた事ないわね…」
私とレオンが夕食を取っている間、セレスさんは食事を始める前にレオンから簡単に聞かされた内容を思い出しながら考え込んでいた。
「一般人の耳にはまず届く事はないだろうね。それぐらい特殊な集団だ」
「お父様なら何か知っているかもしれないわね」
セレスさんは細い顎に指を当てて考え込む。
「でも…あまり動いてはいけない、のよね?」
「さすがセレス。よく分かってるね。…この件は君とグロリア、それにシドとシスター・サラしか知らない。あまり多くの人間に知れ渡ってしまうと、向こうにこちらの動向を探られてしまう可能性があるからね。だから、セレスにはシルヴィアの話し相手兼守護役になって欲しいんだ」
『守護役?』
「もし僕が何かの用事でやむなく離れなければいけなくなった時、君をセレスに預けようかと思って」
「大丈夫よシルヴィア。いざとなったらあなたは全力で守るからね」
そう言ってくれるのはとても嬉しいけど、セレスさんを危険な目に合わせるのは申し訳ないな…なんて思っていたのが顔に出ていたのか、
「心配しなくても平気だよ。セレスはこう見えて剣の達人だからね。魔法も多少使えるし、そこらの兵卒が束になって襲い掛かっても絶対に勝てない」
『うそ!?そんなに細くて綺麗なのに!?』
「まぁシルヴィア。褒めても何も出ないわよ?」
ころころと笑うセレスさん。…ますます剣の達人には見えない。
「とにかく、レオンが傍にいられない時は私に任せてね。悪党の二人や三人倒して見せますから」
『お、お願いします…』
まだ信じられないけど、レオンがそう言うんならきっと本当なんだろう。私はぺこり、と頭を下げる。
「さて、もうひとつセレスにはお願いがあるんだ」
食事を終わらせたレオンが食器をまとめながら言う。
「あら、何かしら?」
セレスさんの問いにレオンはにっこり笑って
「今度から何日かに1回、シルヴィアの食事に甘いものを付けてくれないか?」
…思わず尻尾をぴんっと真っ直ぐ立ててしまった。
「甘いものは女の子の活力源、だろ?」
「まぁ、そうだったわね。すっかり忘れていたわ!ごめんなさいねシルヴィア。何かスイーツで苦手なものはある?」
『何もないです!』
「では、さっそく手配しましょうね。うふふ、いつか一緒にお茶しましょうね。楽しみだわ」
「今のままでも出来なくはないよ。ただシルヴィアは少し冷めたお茶じゃないと火傷しちゃうけどね」
「まぁ!そうだったわね!じゃあ今度シルヴィアの為にお茶を淹れるわね」
そう言いながらセレスさんは手早く食器をまとめ、
「長々とごめんなさいね。ゆっくりお休みなさい」
そう言ってカートと共に部屋を出て行った。
「さて…お腹もいっぱいになった事だし」
レオンはどこかウキウキとした様子で毛づくろいをしていた私を抱き上げた。
『な、なに?』
「何、じゃないよ。今日一番のイベントを忘れてないかい?」
『今日一番の…』
まで言って思い出した私は咄嗟にレオンの腕から逃れようとして、一歩早くがっちりと抱き締められた。
「思い出してくれたみたいで嬉しいよ。さ、浴室へ行こうか」
『うにゃー!や、やっぱり一緒に入るの!?』
想像するだけで尻尾がぶわっと膨らむ。無理無理、絶対無理!
「一緒に入らないとシルヴィアを綺麗にしてあげられないじゃん。さ、観念しなよ」
うにゃー!やだー!セレスさんがいいー!女の人がいいよー!
「だぁめ。シルヴィアの身体は僕のものなんだから」
わぁぁー!!やらしい言い方するなーーっ!!
いくらじたばたしても、レオンの腕はびくともしない。頭から音符を出しそうな勢いのレオンは私をがっちりホールドしたまま、意気揚々と浴室に向かったのであった。




