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ランキング入り出来ました。めっちゃビックリ。ありがとうございます!

…ところで3話で終わりませんでした。


 エインリッヒ・フレミンジャーの16歳の生誕記念パーティには、多くの貴族が訪れた。

上は伯爵から男爵までの貴族が招かれ、それは賑やかで豪華な集まりとなった。



もちろん、貴族位を持つネルグイスワール家も招待され、ツィアベルも参加した。

父男爵と共に、侯爵家のいる上座へ行く道中、一家には鋭い視線が突き刺さった。そのため、お祝いの言葉を言い終えると、ツィアベルは末の弟の手を引っ張り、壁にべったりとくっついたのだった。壁の花と化すツィアベルを、幾多もの女性が睨みつけて通りすぎてゆく。ツィアベルは恐々し、ずっと下ばかりを見ていた。



二年前からエインリッヒと懇意にしているツィアベルは、ありとあらゆる人間からの嫉妬を買っていた。彼らが仲良くしているという噂はご令嬢の嫉妬に火を付け、今ではツィアベルは社交界の嫌われものである。


そんな彼女とは真反対に、年々美しくなってゆくエインリッヒは、社交界の注目の的だった。細く上質な金髪は何処にいてもきらりと輝き、細い顎と高い鼻梁には数年前にはなかった色気が漂い始め、二重の碧い眼と目が合った者は幸せになれるとまで言われていた。





 ツィアベルはため息をついた。視線の先では、幾人もの華やかな令嬢に囲まれ、笑みを浮かべるエインリッヒ。背が高くなり、長い手足はどこにいてもひと目を引く。白い燕尾服が、恐ろしいくらいによく似合っていた。

 ため息をつく姉を見上げて、8歳になった弟が顔を上げる。首を傾げた。



「姉さま、どうしたの?」

「え?ああ、なんでもないのよ……。もうそろそろ帰る時間ね、お父様を探しましょう」

「うん」


 手をつなぎ動き出すと、輪の中心にいたエインリッヒが、一際綺麗な令嬢の手を取って跪き、笑みを浮かべているところだった。輝くような笑みを浮かべて彼が見上げる先にいるのは、確かトルトリア伯爵家のご令嬢ではなかったか。美女と讃えられる18歳の少女である。社交界きっての美男子と、美女。ツィアベルは踊りだした彼らからそっと視線を逸し、会場を後にした。





「どうして先に帰ってしまったの?一曲は踊ろうって約束してたじゃないか」


数日後。侯爵家から呼び出しがあり、ツィアベルは嫌々ながらも重い腰を上げた。

無難な紺色のドレスを身に纏って、侯爵家に入ると、いつものようにダルクが出迎えてくれる。そしていつ通りに庭園まで案内されると、ツィアベルは迷路へ足を踏み入れた。三年前、この迷路のような庭園で彼女は五時間近くも迷子になった挙句に熱を出し寝込んだが、今ではもうスタスタと噴水の前まで辿り着ける。さらに、庭園の奥にある小屋敷に行く道も記憶していた。



 そしてツィアベルが小屋敷に着くなり、玄関ホールで待っていたエインリッヒがつかつかと歩み寄ってきて、眉をつり上げたのである。綺麗な眉が歪むのを見ながら、ツィアベルは小さく息をついた。



「ごめんなさい……忘れていたの」

「あれほど前日に念を押したのに? あれだけダンスを練習したのに――」

「――ごめんなさい。エインリッヒ、本当に…」


 本当は忘れていたのではなかった。エインリッヒの生誕記念パーティで踊ろうと彼が言い出してから、ツィアベルはその日を楽しみにして、彼とダンスの練習を重ねていたのである。だが、当日になってその勇気が崩れてしまった。数多の敵意ある視線に耐えられなくなったのである。エインリッヒと二人で踊れば、どんなことになるか……。

そう考えて、怖気づき、結果約束を放り出して逃げ帰ってしまった。


 ダンスが踊れないツィアベルの為に忙しい時間を割いてまで、ダンスレッスンに付き合ってくれていたエインリッヒの怒りはごもっともである。

心から謝ると、エインリッヒは吊り上げていた眉を落とし、そして渋々といった様子で手を差し出した。首を傾げる。



「……いいよ。許す。だから、代わりを今やろう」

「え?代わり……?」

「――踊るの。約束を破った罰だ」



口端を吊り上げていたずらっぽく笑うと、エインリッヒはツィアベルを無理矢理引っ張り出した。扉を開け、ぐんぐんと彼女を連れて歩いてゆく。表の庭の所で立ち止まると、エインリッヒが振り返った。



「ここにしよう」



周りは辺り一面、美しい花華が咲き誇っている。

その中に佇むエインリッヒは、ただの白いシャツに紺の綿パンツという出で立ちにも関わらず、王子様のようだった。優雅に微笑んでみせるこの顔に、ツィアベルは今まで何度、心を揺さぶられてきたことだろう。


 ツィアベルが夢見心地で彼を見つめていると、エインリッヒがこの間の夜会で伯爵家の令嬢にしていたように、地面に膝をついてツィアベルの手を取った。


「あ―――……!」


だめ、と言おうとした時には既に、エインリッヒの柔らかな唇が手の甲に押し付けられた後だった。かっと火が付いたように赤くなる頬を隠すこともできず、呆然と立ち尽くす。

碧い瞳に見上げられて、彼女は血を吹いて倒れそうになった。


「踊ってくださいますか?私のお嬢様(マイ・レディ)

「え、エインリッヒ様……あの、手を…」

「―――返事は?」

「え、あ、返事?え、えっと――……やっぱり無理です!手を離してくださいっ」

「・・・・はぁ」


しどろもどろになるツィアベルに、エインリッヒがため息をつく。ツィアベルはびくっと肩を震わせた。思わず握られていた手を引っ込めようとすると、強い力で引き寄せられ、気付けば彼の広い胸の中にいた。



「どうしてそうも君は諦めが悪いのかな」

「諦めが悪いって、そんなこと……」

「夜会だってそう、今回だってそう。……僕の事は好きじゃない?嫌い?」

「っ、嫌いだなんて、そんなわけありません―――!」



エインリッヒの言葉に反応して思わず大声を上げると、目の前の少年は驚いたように眼を見開いた。そしてくすくすと笑い出す。


「な、なんで笑うんですか!」

「ごめん、おかしくてつい……」

「失礼ですよ!もうっ、離してください!」

「いやだ。今離したら逃げるだろう?君は案外素早いから、追いかけるのが大変なんだ」

「案外って何ですか!こう見えても私は普通のお嬢様より運動してるんですからね。正直言って、夜会に来るどんなお嬢様よりも運動が得意だと思います。もしかしたらエインリッヒ様よりも走るのが速いかもしれないわ」



ふん、と鼻を鳴らすと、ツィアベルを強引に抱きしめてくる人物はムッとしたように眉を顰めた。



「――なんだって?そんなわけないだろう」

「あら、どうして断言できるんですか?」

「男と女じゃ筋肉の量と質が違う」

「そう、それなら競争してみましょうよ。噴水まで勝負しましょう。負けた方は勝った方のお願い事を聞くの」

「―――受けて立つよ」



 口端を吊り上げ、不敵に笑ったエインリッヒにゾクリとする。ツィアベルはさっと眼を逸らすと、彼の腕の中からもがき出て横に並んだ。ちらりと横を見ると、真剣な眼差しで前を見据えるエインリッヒ。常時なら見惚れてしまいそうな彼の横顔だったが、ツィアベルは燃える闘志にそんなことを感じている余裕が無かった。


 案外負けず嫌いなのである。



「よういどん、でスタートよ」

「分かった。君が言ってくれていいよ」

「……それじゃあ行きますよ。ようい、――――どん!」


ツィアベルが言い終えた瞬間、横にいたエインリッヒが豪速とも言えるスタートダッシュを決めた。びゅん、と音を立てて彼女の横を風が吹いていった。はっとした頃には既にエインリッヒは10メートル程先に居て、ツィアベルは慌てて追い掛けた。

 

あんなにも細い足の何処にどんな筋肉があるのだろうかというくらい、エインリッヒはとてつもない速さで駆けてゆく。ツィアベルも負けじと足を動かしたが、そもそもがドレスだったので走りにくいことこの上ない。だが、ドレスやヒールを履いていなくても、彼には追いつけなかっただろう。



 噴水に辿り着いた頃には、エインリッヒが涼しい顔で噴水の淵に腰掛けていた。余裕綽々という表情の少年の前で、二十歳を過ぎた少女が荒い呼吸を繰り返す。恨みがましげな視線を受けて尚、エインリッヒは余裕の笑みを崩さなかった。


「お疲れ様。どう?疲れているなら、抱いて屋敷まで連れて帰ってあげようか?」

「・・・結構です」


息も落ち着き、噴水に腰掛けるとエインリッヒがツィアベルの前に仁王立ちした。

その顔には輝かんばかりの笑顔が浮かんでいる。



「約束は約束だよ。僕の願い事、聞いてくれるんでしょう?」

「ええ、私にできる範囲の事であれば――」



 正直競争に負けると思っていなかったツィアベルは悔しくて顔を背けた。

エインリッヒはツィアベルよりも身長が高いくせに、彼女よりも足が細い。だから、運動が苦手なのだろうと踏んでいた。いや、絶対そうだと確信していたのだ。



 そもそもエインリッヒは大貴族の坊ちゃまである。運動らしい運動なんて乗馬以外したことないに違いない。にも関わらず、どうしてこんなにも足が速いのか――ツィアベルは細身の少年の知られざる運動能力に胸の内で感心した。



「言ったよ?絶対、約束は違えないでよ。途中で無しにするとか言っても、聞かないからね」

「――まさかお父様の事業を買収するとかじゃありませんよね?それは困ります」

「・・・違うよ。僕の願いは――――」


 呆れ顔のエインリッヒが何かを言いかけた時、ふたりの耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。必死でエインリッヒの名を呼んでいる。その声は侯爵家の筆頭執事、ダルクだった。


どうやらこの迷路庭園で迷っているらしいダルクは、悲痛な声でエインリッヒを呼び続けている。


「まあ、エインリッヒ様。ダルクが探していらっしゃるわよ。何かしら」

「ああ・・・うん」

「?返事しないの?」


黙りこむエインリッヒに、ツィアベルが怪訝そうな表情を向ける。エインリッヒは、げんなりした顔になると渋々声を張り上げ、「ここだ!」と叫んだ。

すぐにダルクが声を便りにエインリッヒの居場所を突き当て、慌てた様子で駆け寄ってきた。


「どうしたんだ?今、すごく忙しいんだけど―――」

「た、大変でございます!たった今トルトリア伯爵が、ご令嬢を伴ってエインリッヒ様に縁談のお話があると―――」



 そこから先、ツィアベルの脳は停止した。目の前で吃驚したままの顔つきのエインリッヒがダルクに何か言い立てていたが、彼女の耳には何一つ聞こえなかった。


トルトリア伯爵の令嬢――先日の夜会でエインリッヒと踊っていた美しい少女だ。身分も容姿も、エインリッヒに申し分のない令嬢だった。

夜会でふたり体を寄せあって踊っていた姿を思い出す。美しいエインリッヒに、それに見合うだけのものを持った少女。



 来るべき時が来たのだと、ツィアベルは目の前が暗くなった。




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