『作家』『魔法使い』
「あんた、まだそんなの書いてんの?」
「悪いか、まだ書いていて」
「べーつーにぃ。ただまぁよく飽きないなーって思って」
「飽きるか阿呆」
「阿呆って何よ。あんたなんかバカの一つ覚えのくせに。だいたいねぇ、信じてるわけ? あいつの言ったことをさ」
「信じているわけじゃないさ」
「じゃあだったら、あいつの言ったことをずっと守っているのよ? いい加減にしたら? 来る日来る日も引きこもって、ずーっと物語ばっかり書いてる。誰に見せるわけでもないのに」
「俺にはこれしかないからな」
「誰がそんなの決めたのよ」
「お前だろ。バカの一つ覚えって言ったの」
「……男らしくないわよ、揚げ足取りは」
「関係ないな」
「ったくもー。ああいえばこういう、本当に可愛くない男なんだから」
「大いに結構」
「……じゃあ、私はもう行くから」
「ああ……またな」
「……えぇ」
『作家』はその場からふわっと、文字通り消え去る女を見送って……己の原稿に目をやる。
そこには、たった今まで彼の目の前にいた女の一生がつづられている。どこで誰から生まれ、どうやって育ち、そして何を思って生きてきたか、事細かに鮮明に。そしてそれはいまだ終わっていない。
それは、とある『作家』と『魔法使い』の契約。
幼馴染の愛する少女を亡くし、悲嘆に暮れる『作家』の目の前に現れたのは、怪しげな人物……いや、それこそ本当に人かどうかわからない。人外の生き物、『魔法使い』。
彼は『作家』に契約を持ちかける。
「彼女の一生を書き続けるならば、彼女を再び君の前に出現させよう。その代り……」
『作家』は『魔法使い』の言葉に半信半疑で従い、書き始めた。幼馴染の少女の一生を。
そして、彼女は生まれる……原稿を埋めていくその文章から、その字から。
気まぐれに生まれては『作家』と何気ない会話をし、消えていく。いつだって取り留めのないことばかりで、たいした内容ではない。
生まれた少女が本当にそこに実在しているのか、本当に自分と会話しているのか、『作家』にはもうわからない。自分が正気なのか狂っているのか、本当に幼馴染の少女がいたのかどうかすら。
だが、『作家』は書き続ける手を止めない。
彼女がまた生まれてくるのを見届けるために……。
「ほんとに、あんたってば……」
彼女にまた会うために。
そのためだけに『作家』は『魔法使い』に全てを差し出した。