4 歓迎会
「なあ、これはなんだ?」
「見ての通りだぜ」
いや、見ての通りと言われても俺の戸惑った表情は変わることはない。むしろ困惑が増していっている。
俺の目の前の卓袱台には所せましに魚介類の刺身やら、煮物やらが置かれている。
この島に来るために食事をあまりとっていなかったせいか、食欲が掻き立てられる。今には飛びついてしまいそうだ。
そしてその豪華な料理を取り囲むように、大勢の人々がグラスに注がれた日本酒を煽いでいる。もう一種の宴会状態だ。
訳が分からないなりに、俺は今の状況を把握しようとする。そう何故こんなにも豪華な食事が催されているのかということを。
しかし、大した疑問でもないと言った風にじいちゃんは告げる。
「お前のために決まっているだろう」
「俺の……ため?」
「そうだぜ」
眉を眉間に寄せて困惑する俺に、恭弥は肯定する。しかし、肯定されてももう俺そっちのけで、宴会をやっている様にしか見えない。
「久しぶりにお前が来たから、皆で歓迎しようってことになってさ。こうして大々的に行ってやってんだぞ感謝しやがれ」
「でも、料理の準備をしたのはアタシと藤田のおじいさんなんだけど」
「うっ」
割って入ってきた声に恭弥は言葉を詰まらせ、顔も引き攣らせる。
声のする方へ顔を向けるとそこには恭弥と同じで見知った顔の人物がいた。ややウェーブのかかった髪と、眼鏡の奥にのぞく鋭利な刃物を思わせる目つきが特徴的な彼女は綾瀬奈美だ。
「よう奈美、久しぶりだな」
「ええ、本当に久しぶりねえ。三年も顔を合わせに来ないんですものねえ」
「……、」
皮肉っ気たっぷりの言葉に、俺は表情を引き攣らせ視線を逸らす。奈美の言うことは間違いなく正論なのだ。
俺のその態度にやれやれといった感じに奈美は腰に手を当てて、疲れた息を吐いた。そして彼女は鋭い目つき柔和なものに変え、口を開いた。
「まあ、顔を見せに来てくれたから良しとしますか」
「昔っから思っていたけど、お前ってコロコロと表情が変わるよな」
「そういうとこ面倒だと思うぜ」
「アンタたち何か言った?」
『いえ、何も』
凍てついた言葉の刃物を喉元に突きつけられ、俺と恭弥は額から大量の汗を流しながら首を横に振った。
「あっそ。それならいいわよ」
奈美はつまらなそうに呟くと、表情を戻し口開いた。戻すと言っても先程の柔和なものにだが。
俺は湯呑に注がれているお茶を啜りながら、彼女の言葉に耳を傾けた。
「でーアンタは何しに来たのよ? まさか、海にダイブしに来ただけじゃないでしょ」
「ぶっ!?」
予想もしていなかった言葉に俺は飲んでいたお茶吹き出した。なぜなら、俺は奈美に一言たりとも海にダイブしてしまったことを話していなかったからだ。
「ちょっと、汚いわよ」
と原因を作った当の本人は文句を言いながら、ティッシュで汚れた個所を拭き始めた。俺はというと未だ思考の整理が出来ていない。
しかし思考の整理が出来ていなくても、すぐに誰が口を滑らせたのかの理解した。
俺は自分の隣に座り込んでいる恭弥を見る。恭弥は俺の視線に気が付いたと同時に顔を逸らした。
ああ、やっぱりな。
「ったく、口の軽い奴だな」
「……、」
俺は呆れたように呟く。
恭弥は俺の言葉に微妙な表情を浮かべた。その様子を眺めた俺は、コイツもコイツで色々と分かりやすいな、と思った。
俺はまだ残っているお茶を啜り、目を細め、口を開く。
「海にダイブするためだけに来るわけないだろ。まあ、色々とあってな。なーに、お前らの顔を久しぶり見たいと思ったってのもあるぞ。」
これは本当だ。むしろそれをきっかけにこの島に来ようと思ったのだ。
俺は卓袱台に並べられている刺身の乗った皿に箸を伸ばす。適当に以下の刺身を撮って口に含む。口に含んだ瞬間、イカ特有の甘みが口の中に広がった。
「上手い」
「お前って醤油を使わないんだな」
「素材本来の味を楽しむためだよ。イカは別に所有を使わなくても、独特の甘みがあって美味しいんだよ」
「さいか」
「さいです」
適当に頷くと俺は再びイカを箸で掴み口に含んだ。
うん、美味しい。
「色々とね。思い出づくりならもうできたわよね。海にダイブするっていう思い出が」
「お前の口からは憎まれ口しか出てこんのか」
恭弥もそうだが、奈美も奈美で変わっていないな。まあ、こうやって憎まれ口や冗談を交えながらの会話と言うのは嫌いじゃない。
「変わらないものもこういう時は助かるな」
感傷に浸りながら小声でそう呟く。本当に『家出』をしている身の俺にとっては、こういうのはありがたい。
「何か言った」
「いや、何も」
奈美の問いを俺は適当に誤魔化し、周りを見渡す。じいちゃんも昔からの付き合いのおじいさんおばあさんも何も変わっていない。多少皺が増えてはいるが、こういった中で今だけは甘えていたいと思う。
ふと、そこで俺はあることに気が付いた。
周りを見渡し確認するが、アイツがいない。
「なあ、二人とも。明日香がいないんだけど」
「ああ、あの子なら風に当たりに行くってさ」
恭弥は煮物を口に運びながら、そう答えた。確認のため奈美の顔を見ると、首を縦に振って肯定してくれた。
「じゃあ、俺もちょっと風に当たりに行ってくるかな」
心地の良い環境で過ごせることは嬉しい。けれど、やはり自分の中にあるものをしっかりと考えなければいけない。
だから、俺は誰にも悟られないために外へと出た。