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2 良いことに

「がはははっ!」

 祖父である藤田小次郎は笑っていた。その隣で、恭弥も下品にげらげらと笑っている。

 二人とも盛大に。

 俺はそんなじいちゃんと恭弥を軽く睨みつけながら、家の縁側で肩を震わせていた。

 何故肩を震わせているか、それは実に単純な理由だ。

 それには少し時間を遡る必要があるのだが。

 まあ、語っておこうか。




 不覚にも俺は見とれていた。

 明日香の見せる、太陽に向ってかざした透明なビー玉のようにきらきらと輝いている笑顔に。

「どうしたの?」

 明日香の言葉に、俺はハッと我に返った。そして、今自分はどんな顔をしているだろうか、と思いながら視線を逸らす。

 そんな俺を彼女は首を捻り不思議そうに見ていたが、俺には彼女の疑問に答える解消がない。言ったら言ったらで、それこそ今よりも恥ずかしめの思いを抱いてしまう。

 出来ればそれだけは避けたいので、俺はしばらく口噤んでから口を開いた。理由が分からないにもかかわらず、彼女も沈黙を守ってくれていた。

「で、お前はこんなとこで何優雅に踊ってるんだ?」

「あははは、見られちゃってたか」

 彼女は長い髪を揺らしながら、照れたように言う。

 恥ずかしいのなら何故踊るという疑問が湧くが、すぐにそのことを俺は忘れた。彼女の何気ない一言によって。

「それにしても、優雅とかって思ってくれてたんだね。嬉しいな」

「うっ……」

 思わぬ反撃に言葉を詰まらせ、顔を引き攣らせる。

 対する彼女とは言えば、俺の現状には特に興味を示さず、未だに嬉しいなと呟いている。

 ――意外と素直な奴だな。

 口にする言葉は自覚がないのだろうが、それでも喜ぶ姿は年相応の少女のものだ。おかげでここに来た目的をすっかりと忘れていた。彼女に言われるまでは。

「そう言えばさ、君こそここに何しに来てるのかな?」

「お、そうだった、思い出した。お前さこんな足場の悪い所で踊るのは止せよ。危ないからさ。それに体も悪いんだろ」

「え、どうして体が悪いって知っているの?」

 彼女は両目を見開き驚いている。

 まあ、無理もない。初対面である人に、自分のことを知られているのだから。

 が、彼女は驚いている割に、嬉しそうにしているようにも感じられた。気のせいかもしれないと思ったが、どうにも俺にははっきりと喜々とした感情を感じる。しかし、いくら考えても答えが出てこない。

 彼女が何を考えているかなど、俺には分かろうはずもないことだ。だから、もう考えることを止めた。

「まあ、この島の友達に聞いてな。何度も来ているのに、お前の姿を見たことがなかったからさ」

「そっか、そうだよね。えへへ、ごめん」

 彼女は沈んだ感情を見せたが、すぐに微笑を浮かべる。

 その笑みを見て、本当に悪いと思っているのかが疑問だ。

「さあ、さっさとここから離れようぜ。家まで送ってってやるからよ」

「でも、もう少しここに居たいかな」

 おいおい、こいつ俺の話を聞いちゃいない。

「危ないんだぞ――ったく、お前は何考えてるんだ?」

 呆れを込め呟き、俺は頭をわしわしと掻く。

 対する明日香は、俺の心配などどこ吹く風とばかりにニコニコとしながら、足場の悪い岩場を海に向って歩く。

「ここはね、思い出の場所なんだよ」

 突然の話題転換に首を傾げそうになるがどうにか理解する。

「……思い出の場所」

 うん、と明日香は頷きながら、さらに海の方へ歩いていく。

 危ない、と思い俺は仕方がなく彼女の傍に近づく。もう注意しても無駄だという事が分かったので、完全にサポートに入る姿勢だ。

「とっても大切な約束をした場所なんだよ」

 彼女は本当に約束をしたように、言葉の一つ一つを大切に紡ぎだす。

 そんな風なことが言えるのは、きっと本当に大事なことなのだろう。彼女にとっては、自分自身を作り、支えるようなことなのだ。

 嘘には見えない。

 本当のこと。

 けれど。

――なんだろうな。

 俺の脳裏に何かが過る。

 ノイズのような物が何かを思い出させようとする。が、その感覚もすぐに俺の中から去った。

 というのも――、

「わわっ!?」

「ちょっ!?」

 崖の先まで歩を進めていた明日香は、足場の悪い岩場に足をも連れさせ崖から落ちそうになったのだ。俺は急いで彼女の元に駆ける。

 そして、手を伸ばし彼女の腕をつか――んだ所までは、良かった。そう、そこまでは。

「あっ」

 俺は間の抜けた声を出した。

 続けて、顔を引き攣らせる。

 何故なら、明日香の腕を掴んだのは良かったものの、俺もバランスを崩して崖の先――つまり海に向って飛び出してしまったのだ。

 詰まる所、海に向ってダイブ中である。

 そして、頭の中に走馬灯のような物を思い浮かべながら、俺と明日香は海の中に飛びこんだ。




 飛び込んだ後、偶然にも近くを船で移動していたじいちゃんに助けられ、俺は今に至る。

「はっくっしょん!」

 寒かった。

 いや、冷たかった。

 まあ、どちらにしても同じことだが、俺は体を震わせながらくしゃみをした。一応、海水を吸った服は着替え、髪はタオルで拭いてはいるものの寒さは遠ざからない。縁側で陽に当たっていても、温度変化は微々たるもので体温はさほど変わらない。

 早く風呂に入って温まりたいが、今は明日香が入っている。体が弱いという理由ももちろんあるが、それ以前にレディーファーストの精神を俺は持っているので譲ったのだ。譲った時の彼女は、何故だか嬉しそうな顔をしていたがあれは一体何なのだろうか。

 まあ、単純に先に風呂に入れ得るという喜びだろう。

 それにしても――、

「うぅ……寒い」

「おいおい、夏だぜ。そんなに寒くないはずだろ」

 恭弥の呟きに頷きたくなるのだが。

 ちなみに恭弥がここに居るのは、俺がほったからしにしていた荷物を持って来てくれたのだ。

 ――まあ、そうなのだが。

「俺は体温変化に適応するふり幅が狭いんだよ」

 体が弱いわけではないが、都会に過ごしているとエアコンとかに頼りがちなので温度変化になかなか対応できないのだ。

 その中でも俺は、相当なもやしっ子だ。

「さいですか」

「さいです」

 俺と恭弥の会話に決着が着いたところで、今まで湯呑に口を着けていたじいちゃんが口を開いた。思わず俺はそれに身構える。

 身構えてしまうのは、きっと俺が頭の中に思い描いていることを問うてこようてしているからだ。

 事実その通りだった。

「信太よ。なーにしに来たんだ? いつもなら連絡の一つでもよこしてくるのにのう」

 じいちゃんはのんびりとした調子で語りかけてきた。

「じいちゃんの顔を見に来ることがそんなに不自然か」

 寒さに堪えながら、俺は淡々と答える。が、じいちゃんは納得しなかったようで眉目を上下させ不審がった。

「不自然じゃの。お前さんはちゃんと段取りを踏んでくる奴じゃからな。こんなに突然来りはせんよ」

「……ったく」

 真っ直ぐな視線で見据えられ、俺は視線を横に逸らしながら苦々しげに呟いた。

 ――誤魔化しても無駄か。

 さすがは、わが祖父である、と素直に誉めやりたい。

「老いると年寄ってのは皆、孫を虐めるのが好きになるのかねえ」

 まあ、褒めてやりたいと思っていても、口から出るのは皮肉なのだが。ここで何も言わずにただ負けるのは、捻くれたガキである俺には看過しがたいことだ。

 俺の言葉に口の端一杯にじいちゃんは笑みを浮かべると、高らかに笑いだした。

「がはははっ! お前も言うようになったなのう!」

「思春期を過ぎればそんなもんだ」

 まったく話しづらい。

 昔からじいちゃんはこんな感じではあったが、もう少し会話のキャッチボールと言うのがやりやすかった。きっと、そう言う風に思ってしまうのは、俺が変わってしまったからだろう。

 良くも悪くも。

「で、本当の理由じゃ何じゃ?」

 表情を引き締めると、じいちゃんは再度尋ねてきた。やっとこさ体が温まった俺は、今の卓袱台(ちゃぶだい)の周りに敷かれている座布団に座り込み、湯呑に注がれている麦茶を一口すする。

 そして、気持ちを落ち着かせると、一呼吸を置いてから口を開いた。

「……話したくない。こればっかりは、どうもね」

 長い間を置いたものの、俺の回答は素っ気ないものだった。

「そうか」

 それ以上、じいちゃんは追及してこなかった。恭弥は何か言いたげに唇を動かしていたが、空気を読んでいくと噤ませる。

 俺はそれを良いことに、もう一度湯呑の麦茶を口に含んだ。

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