湿地帯にてから騒ぎ
鬱蒼とした湿地帯を抜ける二つの影。
男女だ。
男女は共に堅い鎧で身を包んでいる。男は辺りへの警戒を怠らず、一歩一歩慎重に足を進めており、女はその後ろを割と軽い足取りでついていく。
彼らは俗に勇者一行と呼ばれるパーティである。
駆け出しゆえにまだ二人組ではあるがゆくゆくは四人一組で行動しそれ以外の仲間は諸事情により酒場に置いてったりするようになる彼らである。
現在は二人で魔物の巣食う湿地帯を抜けている。既に何度も魔物と戦っている彼らは疲労しきっていた。
「ねぇ、勇者」
「なに、女戦士?」
女戦士の問いかけに、辺りへの警戒を怠るわけにはいかない勇者は声だけで応えた。
「さっきの戦いでちょっと疲れちゃった回復アイテム使ってくれない?」
「……もうちょっと待てない? せめて少し休めそうな場所が見つかるまで」
「その前にまた魔物と遭遇したらどうするのよ? そしたら私は死ぬから。棺桶の中でアンタが復活させてくれるまでぬくぬくと死んで過ごすからね。アンタは棺桶引っ張りながら、このフィールドから頑張って抜け出せばいいわ」
「…………うーん」
仲間が死ぬことよりも棺桶を引っ張るのは面倒だなぁ、なんて考える勇者。
勇者とは何かを考えさせられる思考パターンだ。
「……わかったよ。ちょっと待って」
そういって勇者はコマンドを入力する。
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とくぎ
≫どうぐ
>【やくそう】
【アモールのみず】
【まもののエサ】
【ひのきのつえ】
なかま
ぼうけんのしょ
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「はい」
勇者はやくそうを手渡した。
しかし、それに対し女戦士が抗議を始めた。
「ちょっと、いまアモールのみずが見えたわよ。そっち寄こしなさいよ! やくそうじゃたいして回復できないし、なにより不味いのよ」
「……注文が多いなぁ」
文句をいいつつ、やくそうの不味さには覚えのある勇者は袋からアモールの水を取り出して女戦士に手渡した。
それを受け取った女戦士は栓を抜くと腰に手をあて、グビグビと一気に飲み干した。
「……ぷはっ」
【女戦士はアモールのみずをつかった】
【HPが60かいふくした】
そして、いそいそと手にしたやくそうを自分の袋に詰め込んだ。
【女戦士はやくそうをひろった】
「さて、行きましょうか」
「さりげなくやくそうを自分のモノにしないで。返して」
「ちっ」
女戦士の舌打ちが無人の大地に響く。
「あからさまな舌打ちは流石に気分が良くないよ……」
言葉にチカラがない勇者だった。家庭で肩身の狭い昨今のサラリーマンのようにも見えてきた。
「別に私が少しくらい回復アイテムを持ってたって良いじゃない。アナタがピンチの時に助けてあげられるのは私だけなのよ?」
「そういうから渡した回復アイテムを直ぐに換金してアクセサリー買ったのはどこの誰だっけ?」
「あんたが覚えてないなら知らない」
「…………」
明らかな皮肉にしれっとした表情で応える。その面の皮の厚さには勇者もぐうの音も出なかった。
「……はぁ、前途多難な旅になりそうだなぁ」
「あら、それがわかっただけでも十分な収穫じゃない? ってことでそろそろ先を急ぎましょうか」
そう云って再び歩き出した女戦士に、勇者は云った。
「やくそうは返して」
「ちっ」
勇者一行の明日はどっちだ!?