中編
『シティの外まで案内してあげる』
そのかわり、と彼女は続けた。
『そのかわり、私をここから連れ出してほしい』
打ち合わせの通りに、野営地には仲間が残していった食料や荷物が置いてあった。
朝餉を用意しながら、焚き火の前に座っている彼女をそっと盗み見た。彼女は何か考え事をしているようで、眉間に浅い皴を寄せながら牙獣をなでていた。月色の、女人にしては短い髪と血のような赤い瞳を持つ、都市の娘。肌は透き通るような白で、実際血管の青白さが見えるようだ。明らかに村の者たちとは違う容姿に、わずかな戸惑いを覚える。
彼女とは、都市の人間に狩られてしまった仲間を助け出すために忍び込んだ研究施設で出逢った。施設の人間に銃で撃たれ、傷を負って朦朧としていた俺は、幸か不幸か、彼女のいた植物園に迷い込んだ。
突然現れた俺に警戒した彼女だったが、滴り落ちる血を見て途端に顔色を変えた。手当てをするといって聞かず、その後気を失った俺を甲斐甲斐しく世話をし、そしてとんでもない話を持ちかけてきた。
「シティの外まで案内してあげる。そのかわり、私をここから連れ出してほしい。できればキミの住む村まで」
「どういうことだ?」
「私は外の世界を見てみたい。シティが創った森じゃなくて、本物の森を見てみたい」
小さく花を付けた植物に囲まれて、彼女は言った。
軟禁、という言葉が頭をよぎる。四六時中ここに入り浸っているから、暇なのだと思っていたが、違うのかもしれない。傷を手当してもらったことに恩を感じていたが、それ以上にこの娘を哀れに思った。
「キミにとっても悪い話じゃないはずだよ。いざとなれば私を盾に逃げられる」
都市の、しかも軟禁されるような娘を連れ出すなど、面倒なことになるのは目に見えていた。やめておけばいいものを、俺は返事をしてしまった。
諾、と。
彼女の出した条件を思い出し、そして村に帰った時のことを考えて、思わずため息をついた。微かに疼いた腹の傷に顔をしかめるが、手は止めずに朝餉の仕度を進める。
「こら、爪を研ぎたいなら私じゃなくてそこらへんにある木で研げばいいでしょ」
牙獣がじゃれ付くのを見れば、村の者たちもすぐに彼女が害をなす人間ではないのがわかるだろう。
「それは爪研ぎではなくて、じゃれているんだ」
俺は椀に汁をよそいながら彼女に話しかけた。そのまま椀を手渡す。
「ありがとう」
彼女は微笑みながら椀を受け取った。その笑みに心が暖かくなる。
こんな風に笑うヒトを、誰が憎めるだろうか。