前編
シティからのびるメインロードの上で、私は目の前の光景に言葉もなく立ち尽くした。
「すごい……とっても綺麗……」
かろうじてそれだけを口にする。
北から南へと続くメインロードの長い両端を囲む林の向こうには、広い草原が延々と横たわっている。私はシティに背を向けて南を見た。そして、視界いっぱいに広がる景色にもう一度感嘆する。東の空は、もうすぐ登り始めるだろう太陽に照らされ明るく染まっていた。反対に、西の空はまだ夜の闇に包まれていてほんのりと暗い。
なんて綺麗なんだろう。
「見事なものだろう?翡翠郷はあの山のふもとに在る」
傍らに立つ彼は、そう言って東を指差した。そのとき、ちょうど朝日が差してきて、私は眩しさに目を細める。
「ずいぶん遠いように思えるね」
「それほどでもない。二日もあれば歩いていける距離だ」
「そうなんだ」
それから二人でしばらく朝日を眺めていた。太陽が完全に顔を出したところで、彼は私を林の中へと促した。
「そろそろ林に戻ろう。いつまでもこんなところにいると貴方の追っ手に見つかってしまう」
「あれ、キミの追っ手でしょ?私は重要施設に忍び込むなんて大それたこと、してないもの」
「いいや、貴方の追っ手だ。ボディガードを巻いてまで家出しようとなんて、俺はしていないからな」
「それもそうだね」
ふふ、と笑い、私はメインロードを降りて林へと歩き出した。
昨晩過ごした野営地に戻ると、シティから付いてきた牙獣が元気に飛び跳ねていた。鼠か何かいるのだろう。
「おはよう、オチビさん。キミは夜行性というのに朝から元気だね」
私が声をかけると、すぐに駆け寄ってきて膝に擦り寄った。
朝ご飯は彼に任せて、焚き火の傍で膝を立てて座った。隣にきた牙獣が甘えるように鳴くから、耳の後ろをかいてやる。
牙獣の名前はアルフォンという。昔飼っていた猫にちなんで、私が名づけた。大型の猫科のような体型で、黄金のような色の毛皮をまとっている。
アルフォンの母親はシティの外から研究目的に狩られてきた牙獣だ。狩られてから数ヵ月後、アルフォンを生んで死んだ。頼るものが無く、檻の中で震えるばかりの幼い牙獣を見た瞬間、私はその幼獣を守らなければという衝動に駆られた。室長に無理を言って、私はそのオチビさんの世話係を任せてもらった。
幼獣はどこか私に似ていた。檻の中に囚われていること、独りぼっちなこと。
「外に出られて嬉しい?」
艶のいい毛並みをなでながら聞く。
キミが入っていた檻は狭かったものね。
私も、あそこは狭くて息苦しいと思っていたよ。