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首都圏近郊で、これほど大きな屋敷を構えるのはすごい事なのだろう。
ポカーンと口を半開きにして鈴乃は見上げる。
お金ってある所にはあるんだ。
そんな当然の様な事を実感させる佇まいの屋敷だ。
「瀬戸。あまりアホ面曝すなよ」
「立川君。 だってすごいよ。さすが、3億円プレーヤー」
「まぁな。 さぁ入って待ってて」
「え? 私一人で?」
「あぁ、俺は車置いてくるから」
「車? どこに?」
「裏手にガレージがあるんだ。 俺は裏口から入るから」
「それなら、私も!」
おろおろと助手席にしがみついている鈴乃に立川が笑う。
「何言ってんだよ。 最初が肝心だろ? 玄関から堂々と入れよ」
「だって」
「ん?」
「気おくれして・・・・」
似合わない言葉を漏らした鈴乃を鼻で笑い、玄関前でおろし、
車が無情にも裏手へと走り去る。
オズオズとチャイムを鳴らすが、ウンともスンとも反応がない。
どうしようかと悩んでいると、内側から玄関のドアが開いた。
立川が開けてくれたのだ。
「何やってんだ? まだ、気おくれしてたのか?」
「まだって・・・・。チャイム鳴らしたけど反応なしだったよ」
「そうか?おかしいな~」
「別に良いけど・・・」
鈴乃にスリッパを出し、案内するかのように玄関ホールを横切る。
「綾香ちゃんいないのかな~?」
「綾香ちゃん?」
「あぁ、まぁ、すぐに瀬戸にはばれるだろうから最初に言っておくけど、
大江戸テレビの女子アナの森崎綾香、知ってるだろ?」
「うん。 女子アナ界きっての、実力派でおまけにその可愛さって娘でしょ?」
巷で噂されている言葉通りの返答に、立川は苦笑した。
大概の女子は少し皮肉めいたこんな返答をする。
それは、瀬戸も同じなんだと、あらためて、立川は彼女も女子だったと
確認させられる。
「あいつの彼女だから」
「あいつ?」
「須藤さ」
「彼女?」
「あぁ、このオフにでも発表するんじゃないかな~?」
「発表って?」
「婚約か、一足飛びで結婚発表になるもな」
はぁ~んと口元をニヤリとさせて鈴乃は頷いた。
3億円プレーヤーとテレビ界きっての美人女子アナ・・・。
あまりにもベタすぎるカップルだ。
鈴乃は心の中で、意地悪にも笑ってしまった。
そして、テレビ越しでなくても噂通りの美人なのだろうかと、野次馬根性丸出しで、
その綾香ちゃんとのご対面を楽しみにしようと、先ほど浮かべた笑いより
もっと大きなニヤリを、心の中で浮かべる。
立川が左奥の部屋のドアをあけると、そこは応接間だった。
シンプルだが、どの家具も驚くほど大きかった。
黒の革張りのゆったりとしたソファに、鈴乃は腰掛けた。
皮の手触りといい、クッションの硬さといい、病院に置いてあるソファとは雲泥の差だった。
上等のものだろう。
当然なのかもしれない。
一流プレーヤーだ。
家具だって一流のはずだ。
だが、その人物はどうだろう?
立川の後ろから、直に会うのは初めてなのに、テレビの向こうで、
よく見る顔の男が入ってきた。
その姿が現れただけで、部屋の空気が一瞬のうちに変わった気がする。
プロ野球チーム 神海リバティーズ 4番サード 須藤 圭介
甲子園でその名を轟かせ、6大学野球界きってのスラッガー
ドラフト1位指名入札7球団とこれまでで一番の指名率のもと
くじの結果、鳴り物入りで同球団に入団。
契約金もその当時最高金額だったはずだ。
最初の数カ月こそ、プロの世界に戸惑い不調だったが、あっという間に順応し、
メキメキと頭角を現し、新人1年目からクリーンナップで活躍。
プロになって3年目の今年からは4番の主砲としての位置に座り、今季は開幕から絶好調を保ち続け、
全試合出場、3割以上の打率を残している。
鈴乃はその自信みなぎる瞳と滲みでるオーラに圧倒されそうだった。
その須藤がまだ慣れない松葉杖をゆっくり使いながら歩いてくる。
鈴乃はさっと立ち上がり、その男と向き合う。
女性としては高い部類にはいる身長165㎝の鈴乃が見上げるほどだ。
松葉杖をついている為に、少し、かがんでいるにもかかわらず、見上げてしまう。
男がゆっくりと大きな笑顔を浮かべて、手を差し出してきた。
「はじめまして。須藤です」
「はじめまして。瀬戸です」
その大きな手に鈴乃の手が包まれた。
バットタコに違いない。
練習を怠ることなく、ここまできた選手特有の硬い掌だ。
そんな掌に触れるのは久しぶりだった。
いや、ここまで硬い掌は初めてだろう。
自分がこれから何度も触れることになるであろう、
彼とのファーストタッチは悪いものではなかった。