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神海リバティーズの球団関係者である立川は、病院独特の匂いに包まれながら、
2階の廊下からリハビリ室を見降ろした。
さすがに地域で一番の最新設備を整えた総合病院のリハビリ室は
機材が充実しており、天井も高く、大きな窓からは気持ちの良い日差しが差し込んでいる。
これなら、リハビリの苦しさも少しは和らぐかもしれない。
開放的なガラス張りのその部屋に、立川の探し人はいた。
瀬戸 鈴乃
この総合病院で理学療法士として働いている。
立川の高校時代の同級生である。
最後のマッサージをしているのだろう。
優しい笑顔でうつ伏せになった患者の肩を揉みながら何か話している。
患者が車椅子に乗り込むのを手伝い見送った後、カルテに何やら書き込んでいるようだ。
そのカルテを棚に戻す姿を立川は確認して、自分の腕時計を見た。
12時を過ぎてしまっている。
これでお昼の時間となるだろう。
リハビリ室から出てくるのを、ソファにかけて待った。
待つ事10分。
病院の療法士が着ている白い揃いの制服に身を包んでやってきたその人に立川は声をかける。
「瀬戸!」
「! 立川君!」
「久しぶり」
「わぁ、ホント! 久しぶり! 急にどうしたの?」
「お前の顔見に来たんだ」
「嬉しい事言ってくれるじゃない。でも、突然だね」
「あぁ。思いたったら吉日って言うだろ?」
「相変わらずオジン臭い」
立川は、高校時代と変わらない、化粧っ気のない鈴乃のカラカラと笑う明るい笑顔に、
つられるように自分も笑顔を返す。
憎まれ口も気を許した証拠だ。
「こっちで何か用事でもあったの?」
「いや、マジで、瀬戸に会いに来たんだ」
「? 私に」
「あぁ。 相談があってさ」
「・・・・・うーん、それって深刻な事?」
「ちと、ばかし・・・・・」
「じゃぁ。私の部屋でいい?」
「瀬戸の?お前、個人の部屋なんてあるの?」
「これでも、リハビリ課の主任なんだけど・・・」
「すげぇじゃないか」
「まぁね」
立川は鈴乃に案内されて、彼女の部屋で、小さなソファセットで向かい合った。
「ごめん。悪いけど、お昼取りながらでもいい?」
「あぁ。そうだな。 急に来て悪かった。」
「別に、休憩時間だからいいんだけど、お昼からもリハビリが詰まっててね」
「忙しいんだ」
「そうかな? それだけリハビリを必要な人が多い事が、いい事かどうかは分からないけど、
少しでも、よくなってもらえると嬉しいよね。
病気や怪我にあっても、リハビリをして少しでも可能性を広げてほしいしね」
「相変わらずだな・・・・」
「・・・・そう?・・・」
立川は、鈴乃の変わらない情熱を感じ取り、今からする話は、
やはり彼女が適任だろうと確信した。
鈴乃が弁当を広げる。
「お前が作ったの?」
「そうよ。 何か?」
入っているのは、おにぎりが4つだった。
「立川君、お昼は?」
「まだ」
「じゃぁ、お裾分け・・・・」
鈴乃が弁当のふたに、大葉に包まれたおにぎりと、鮭ご飯のおにぎりをのせて、
立川の前に置いた。
「いいのか?」
「いいわよ。だって、私一人じゃ、食べづらいでしょ」
「悪いな。でも、瀬戸、お前の昼飯って炭水化物だけか?
それじゃ、理学療法士がまずいだろ。」
「日本人は米を食ってたらいいのよ」
「お前な~・・・。女子が食ってなんて言葉・・」
「いいじゃない。立川君の前なんだし、別に気取らなくても」
立川は鈴乃をまっすぐにみる。
決して顔立ちは悪い訳ではないのに、
28才というのに、口紅の一つもつけていない。
真っ黒の黒髪は、後ろでギュッと縛られ、小さなお団子に結わえられている。
きっと、患者へかがむ事が多いので、患者に対して髪の毛が不快にならないようにとの
配慮なのだろうが、その、飾り気のないある種の潔さがそこにはあった。
鈴乃らしい。
設置されている冷蔵庫からペットボトルを鈴乃は取り出し立川に差し出す。
二人して無言でもくもくと、おにぎりを頬張った。
あっという間に完食し、ペットボトルのお茶をグィっと流し込む。
「旨かった」
「そう?良かった」
「高校の頃から、おにぎりだけはお前のが一番美味しかったもんな」
「だけ? 誉め言葉には聞こえない」
鈴乃はちょっとだけ口を曲げ怒った仕草をするが、その後にやはりカラカラと笑う。
「インスタントだけどいい?」
「あぁ」
立川の前にブラックの珈琲が置かれた。
高校を卒業して10年。
自分の好みを覚えていてくれたようだ。
やはり鈴乃だ。
見た目に似合わず細かい事にまで気配りが出来ている。
鈴乃が自分にも珈琲を入れ、椅子に腰かけ一口すすった後、問いかけてきた。
「それで、相談って?」
立川は今日来た目的を遂行するために、口を開いた。