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ネイル  作者: 活動停止
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 私は、うっとりと自分の手を眺めた。

 ピンクベースのネイルに白い花が咲き、適当な箇所に小さなシルバーストーンが散りばめられている。両手の親指のネイルには5つの花弁の中央に、少し大きめのピンクストーンを付けてある。


 週に1度、ネイルサロンに通うのが最近の私の日課になっている。ハマった切っ掛けは同僚からの誘いであったが、今では一人で通う様になった。

 化粧映えのしない、のっぺりとした顔の私は、お世辞にも綺麗とは言い難い。しかし、こうやってネイルを綺麗に飾る事で、同僚から、男性から、『綺麗だね』と言って貰えるのだ。

 私にはそれが堪らなく嬉しかった。


 今週も、勿論ネイルサロンへと足を運んだ。運ぶ筈だった。


「こんな所にネイルサロンなんてあったかしら」


 いつものネイルサロンへ行く途中、道端に目を惹く看板が現れた。いや、現れたという表現は正しくないかも知れない。だが私には、目に飛び込んで来たソレが正しく『現れた』と表現を用いるのにぴったりなくらい、突然だったのだ。


『貴女の夢を叶えるネイルを提供します。貴女の望みは何ですか?』


 夢を叶える?

 女性客を釣る謳い文句かしら。

 私は一瞬躊躇したが、その看板が指し示す方向へと歩いて行った。ビルとビルの間の狭い隙間を通り、更に奥へと入る。

 予想外に閑散としていて、私はそれ以上進むのを躊躇した。

本当にネイルサロンなんてあるのだろうか。

 そう不安になった時だった。


『夢を叶えるネイル屋』


 小綺麗な看板が目に入ってきた。


「夢を叶えるネイル屋…」


 ネイル屋とは何だろう。ネイルサロンではないのだろうか。

 店内に入るのを躊躇い、ふと、店の外のディスプレイに目をやった。きらびやかなネイルチップが並んでいる。

 白地に鮮やかな赤で花を咲かせているチップ。ブルーベースで人魚を思わせる様な繊細なモチーフが描かれたチップ。かと思えば黒地に金色の蛇が絡み合う様に描かれたチップと、バリエーション豊かな世界がそこには広がっていた。


「いらっしゃいませ」


 驚いてビクンと身体を震わせる。いつの間にか店内から一人の青年が此方に笑顔を向けていた。まだ若そうだ。20代半ばといった所だろうか。


「あの…」


「どの様なネイルをお探しですか?」


 青年はまたにっこりと笑いながら、和やかな口調で問い掛けた。


「き、綺麗になりたいの。夢を叶えてくれるって本当?だったら私、綺麗になりたいの。誰よりも、誰よりも!」


 言ってから私はハッとした。一体何を口走っているのだろう。

 まるで今まで圧し殺してきた願望が、一気に口について出た感じだった。

 大体、願いを叶えるだなんて、それはネイルを綺麗に着飾ってくれるだけの事だろう。


「畏まりました。では、此方へ」


 青年は終始笑顔のまま、戸惑う私を店内へと導いた。


 店内は明るかった。全体的に白を基調として、優しい色合いの橙色の照明が使われている。

 ざっと店内を見渡してみると、客は私だけの様だ。それに店員も彼だけの様だった。


「お掛けください。なにぶん、辺鄙な所にあります故、お客様など久しぶりですよ。

 申し遅れました、私、店長の騎斉風人と申します。宜しくお願い致します」


 そう言って青年は暖かい緑茶を差し出した。

 キサイフヒト。不思議な響きを含むその名前を私は頭の中で反芻し、出された緑茶に口を付ける。緑茶以外の香りが仄かに漂い、私の鼻孔を擽った。


「失礼ですが、此方に必要事項をご記入願いますでしょうか。個人情報は私が責任を持って管理致します」


 差し出された用紙の記入事項はごく簡単な物だった。

 まずは、氏名、年齢、職業。それから夢に願望に好きな色、好きな動物、好きなデザイン。

 後半はほぼアンケートの様な物だった。


「中島美知子さま、28歳、OLですか。いや、もっとお若いかと思ってました」


 またもや青年はにっこりと微笑みを投げて寄越す。

 その笑みに、私は思わず顔が火照るのを感じた。赤くはなっていないだろうかと慌てて頬に手をやる。少し熱くなっていた。


「さて」


 青年は今度は真面目な顔を投げて寄越した。


「綺麗になりたいのでしたよね。貴女の望みは。夢にも願望の欄にも書かれてらっしゃる。具体的にはどの様に?」


「ネイルだけなんです」


 私は言った。胸がぎゅっと切なくなる。


「綺麗にネイルを着飾って、そうしたら、私は一時的にでも綺麗になれるの。見た人達の視線は勿論この指先に注がれているのだけれど、でも、それでも私は…」


 私は、綺麗だと言われたい。


「畏まりました」


 青年は静かに頷いた。


 青年に促されるままに別室へ移動し、手を青年に預ける。先ずは残っていたネイルを拭き取る作業から入り、次には掌、手の甲を丹念にマッサージして行く。

 それが何とも心地よくて、私は何度も意識を失いかけた。緑茶を飲んだ時と同じ香りが程よく私の神経を刺激する。まるで頭の中までマッサージされている気分だった。


「終わりましたよ」


「え」


 自分が今何処に居るのか解らなかった。辺りを見回し、目の前にいる青年と目があった事で、漸く自分が居る場所を思い出した。


「え、あ…」


 私は自分の指を見つめた。

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