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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

私を虐めた悪役令嬢様、助けて下さい。平民娘に貴族の生活は無理です

作者: はぢてる
掲載日:2026/10/22

短編です。

 王都の最高学府、その校舎内で開かれる卒業記念パーティ。

 余興の出し物も九割がた終了し、残りは目玉であるパートナーとのダンスくらい。

 そんな時分のことである。


「エヴァンジェリン・ホークス。お前がこれまで隠れてミアに行ってきた卑劣な行為の数々に、私は失望した!このヘンリー・タルダート、貴様との婚約はこの場をもって破棄させて貰うっ」


 この国の王子にしてついさっき学園を首席で卒業したヘンリーが、突然ダンスホールの真ん中に立ったかと思うと、婚約者が特待生に対し重ねてきた悪行を列挙し始めた。

 驚く聴衆を前に、挙句この宣言である。


 だが、彼の視線の先にいる令嬢は表情を隠すために開いていた扇子をぱちんと音を立てて閉じると、彼に向かって「婚約の破棄、謹んでお受け致します」と恭しく頭を垂れた。

 反論するなり激昂するなり別の反応を期待していたと思しき王子をよそ目に、彼女は静々とパーティ会場を後にするべく帰り支度を始めた。


 が、やがて思い出したように。


「…あ、そうそう。そこの特待生は私の側仕えにするので、故郷に連れて帰りますね」

「は?」


 一瞬、王子は言葉を失った。


 特待生とは今、彼の隣にいるミア・フォルターのこと。

 いつもは下ろしてある茶髪も、今日は自分が用意したドレスに合わせてハーフアップにまとめている。


 ヘンリーは今日、エヴァンジェリンとの婚約破棄を済ませたら、同じ場で彼女にプロポーズして新たな婚約者にしようと企てていた。

 故にそれを見透かしたかのようなタイミングでエヴァがミアを引き抜こうとしたことに面食らってしまったのである。


 だが、そんなことにミアが同意する筈がない。

 何せ、学園内で自身を孤立させたり、危害を加えると脅したりと散々虐めてきた相手なのだ。

 そんな相手にミアがのこのこついていくことなど‐。


「ミア、来なさい」

「あ、はい!」


 のこのこついていくではないか。


「み、ミア…!?一体何を!?」

「ごめんなさい、でも私、エヴァ様についていくことにしたので!」


 ドレスの裾をつまみ上げ、彼女は足早に新たな主人の後を追った。


*****


 卒業パーティの半月ほど前。


「ヘンリー王子は今度の夜会でエヴァ様との婚約を破棄なさるおつもりです」


 丸テーブルを挟んだ向こう側で、少女が所在なさげに立ったまま言った。


 三年寮の裏にあるカフェスポット。

 春が近づくに連れ、足元にも花の色が見え隠れするようになり、この日は風も強くないため外でティータイムを過ごすことにした。普段はもう少し同じく茶を楽しむ令嬢達がいるものだが、卒業…というかその後に催されるパーティを間近に控えて、忙しくしている者が多いのだろう。周囲には他に誰もいなかった。


「ついでに私にもプロポーズするみたいです」


 私はハーブティを一口飲んでから。


「良かったじゃない」


 砂糖の入ってない苦味を舌の上で転がして余韻を十分堪能した。


「お幸せに」

「その……」


 だが、目の前の少女はこちらの祝福に謝意を示すどころか、居心地悪そうにもじもじするばかり。


「……できれば私も辞退したいんですが」


 声を絞り出した。


「無理ね」と突っぱねる。「王家からの婚姻の申込みなんて、基本的に拒否権ないもの」


 辺境伯の娘である私でさえ突っぱねられなかったのだ。庶民の彼女がどうして断れよう。


「わ、私にヘンリー王子のパートナーなど務まりません」

「ウェイターが困っているし、とりあえずお座りなさいな」


 彼女にも椅子を引いてやるよう、傍にいたウェイターに目配せを送った。

 シャツの裾をぎゅっと掴んで立っていた彼女は、すぐ隣でウェイターが椅子を引いて待っているのに気付くと「すみません」と頭を下げながら席に着いた。


 私は緊張した面持ちの彼女をしばらく眺めた後。


「大丈夫よ。あなた、特待生だし。淑女の作法だのテーブルマナーだのはすぐに身につくでしょ」


 私達が三年間共に通った学園は、基本的に貴族の子息が集まる場所だ。制度上は身分に制限など設けていないが、教育の機会がロクにない平民ではまず入試に合格できない。

 しかし、このミア・フォルターなる少女は家庭の都合で商家に出入りしていたとかで、独学ながら優秀な成績で入学を果たした。

 元からそれだけ出来る子が、国内最高レベルの授業や蔵書数三百万以上の図書館で学べば、学校側が”特待生”待遇で学費を捻出したくほどの子になるというのも頷ける。


「貴族として生活するなんて、わ、私には無理です!」


 ころころと感情を変える振る舞いに、興が唆られた。


「毎日お菓子食べ放題なのに?」


 私がそう言うと、それまで俯いていた彼女はぱっと顔を上げた。


「お菓子食べ放題なんじゃなくて、お菓子しか食べられなくなるんじゃないですか!」

「あら」


 気付いたのか、この娘。


「ウェイター、下がって結構よ」


 指示に従い、盆を脇に抱えた彼が屋内に入っていくのを見送った後、音が漏れないよう障壁魔法をテーブルの周囲に張った。

 それから私が場を整えるまで静かに待っていた少女に手ぶりで続きを促す。


 彼女は唾を飲んだ後、重々しく口を開いた。


「私、この前ヘンリー王子のご厚意で王家のお城に三日間だけ滞在したんです。その時の食事が…」


 何か思い出したのか、ミアの顔に青みが差す。

 まあ、無理もない。


「夢みたいなメニューだったでしょ」


 思わず意地悪な笑みを浮かべてしまった。


「夢って現実にすると悪夢でしかないです……」


 朝はクリームをたっぷりと塗ったペイストリーに始まり、極太のソーセージ、バターをたっぷり使ったオムレツに、はちみつをふんだんにかけたパンケーキ。野菜など、彩り程度にソーセージの横に据えられたレタスが一枚あるだけ。口直しの紅茶もミルクと砂糖の入れ過ぎで、風味も何もあったものではない。

 昼はこれでもかというほどマーガリンとマヨネーズを使ったエッグサンドに、甘い果物をさらに砂糖漬けしたフルーツサラダ、油でてらてらと光るフランクフルト。

 夜はこぶし大のフォアグラ、半分近くが脂身のステーキ、揚げた芋の山、ガーリックオイルをがっつり絡めたパスタ。


「昼も夜も油と砂糖のオンパレード、間食も五回。場所を変えるだけで、基本ずっと食べ続けてました」

「王家の食事だったし、あなたを歓迎する意味もあったのでしょうけど、貴族の食事って基本そんなものよ。見栄を張るのが仕事みたいなものだから」


 そう、貴族にとって衣食住は権威をアピールするための道具である。

 故にきらびやかな衣装を身に着け、豪勢な屋敷で日々を過ごし、贅沢な食事をできるだけ多く、長く食べ続ける。


 そこに個人の意向など挟まる余地はない。

 嫌でも身につけ、過ごし、食べ続けるのである。 


「王子の紹介で国王、王妃両陛下に謁見の機会を設けて頂きました。私、以前入学式の場で陛下を目にしたことはあったんですが……」

「まあ、遠目からじゃわからないしね。化粧で隠してもいるし」

「目は充血して顔も腫れぼったく、肌もところどころただれてて……口臭も酷く、歩行にも不便な様子が見て取れました」


 酒と砂糖と肉ばかりの生活で、体がまともである筈がない。

 宰相に次いで王に近い人物が医師であるのにはちゃんとした理由があるのだ。


「痛風、糖尿病、歯槽膿漏に逆流性食道炎…他諸々。医師と宮廷魔術師が無理やり生かしているけど、骨の髄までボロボロ。三年待たずして死霊術師の出番になるって噂ね」

「王子はあんなに健康そうなのに……」

「あれは強化魔法の賜物よ」

「え」

「朝起きてから夜寝るまでずっとかけてるの、知らなかった?」

「し、知りませんでした……」

 

 なんだこの子、まだ王子と同衾していないのか。


「私、あんな食生活とても……」

「一応言っとくけど、食だけじゃないからね」


 厚意で伝えてあげたところ、ミアの顔から表情が抜け落ちた。


「貴族はその一挙一投足、頭頂からつま先までを使って自らの威光を誇示することに、文字通り命をかけてるの。きれいなら呪われた宝石だって身につけるし、背が大きいのは淑女らしくないなどと子の背骨を引き抜く親もいる。鉛を使った化粧品を塗りたくって、お風呂では麻薬の入った香を炊いて、寝る前には水銀を美容薬として飲むのが当たり前の世界よ」


 ミアは気を落ち着かせようとティーカップを手に取るが、取っ手を掴めずカタカタと震えるばかりだ。


「あと、高貴な生まれは教会から祝福を授かるために割礼が必須だし、あなたも王子に嫁入りするのならやらされるでしょうね」


 以前、男爵に上手いこと取り入って身請けされた娼婦が、教会から祝福を授かるに当たって逃げ出したという逸話を聞いたことがある。


「なんにせよ、彼とベッドに潜る気なら、色々と覚悟しておいた方がいいわよ。見た目と実際の体重があまりに違いすぎて肋骨を折る女性もいるから」


 諸々の美容魔法を解除した彼がどんな姿をしているのやら、わかったものではない。

 ひぃ、とミアが小さな悲鳴を上げた。


「あ、でも王子となら大丈夫か」

「そ、そうなんですか……」

「ええ、公爵より上の連中は食生活や強化魔法のせいで基本的に不能だもの」

「へ?」

「事前に医師なり魔術師に取り出して貰った精を樹脂製の張り型に仕込み、それを女性器に突っ込んで跡継ぎを作るの。シンプルに別の男性を用意する場合もあるけどね」


 既に蒼白だった彼女の顔から残っていた僅かな赤みさえ消え去る。口をわなつかせ、だが何も言えなくなってしまっていた。放っておけば今にも卒倒してしまいそうだ。


「平民から見たらキラキラしてるように見えるけど、貴族なんてそんなものよ」

「あの、エヴァ様も貴族なのにどうして…?」

「私は国境付近のド田舎出身だからね。家の方針で代々、当主の伴侶は領民から選ぶものと定められてて、その都合で中央貴族の異常な慣習も基本的に取り入れないことにしているの。割礼も宗派違うからパス」


 しばし押し黙っていたミアが縋るような目で私を見上げたかと思うと、深く頭を垂れた。


「え、エヴァ様……お願いします。助けて下さい……!」

「だから言ったの。あまり殿下と親しくしてるといずれ嫌な思いをしますよ、と」


 警告はしたつもりだ。

 こちらも人の目があり直接貴族の慣習についてあけすけに語るのは憚られたので、遠回しにだが。


 それとなく彼女をクラスメイトから遠ざけたし、王子がはっきりと彼女に好意を持っていると悟った際には、多少の荒療治も致し方ないと人を雇って脅迫まがいのこともした。


「まあ、結果的に傍目から見ると虐めにしか見えなくなってしまったことについては反省しているけれど」

「い、いえ……な、なんとなくエヴァ様が私に気を遣っていることには気付いていましたから」

「意外ね」


 手を抜いたつもりはないのだが。

 一体どこで気付いたのだろうか。


「以前、王子との待ち合わせ場所に向かう途中で暴漢に襲撃された際、一人が『絶対に傷つけるなと仰ってた。過度に怖がらせるのもなしだ』と口を滑らせたのを聞きまして……言い方からして雇い主が高貴な方だというのがわかりましたし、それならエヴァ様だろうと思っていたので」

「なるほど」


 流石、特待生なだけあって、気付きも良いし、頭の回転も早い。


「でも、エヴァ様がそうなさる理由がわからず……好奇心から敢えて王子に近付いていたら、いつの間にかこんなことに……」

「ドツボにはまったわけね」


 はい、とミアは叱られる子供みたいに身を縮こませた。


「でもその様子だと、王子がかけていた魅了魔法も自力で解いたんでしょ?」

「え、あ、はい…城に滞在し終えて恐怖や嫌悪を感じているにも関わらず、王子を好ましく思う感情は相変わらずで違和感があったので。知っている解呪をいくつか自分にかけてみました」

「優秀ね」


 ぱちぱち、と私は手を打った。


 行動力もそれに見合う実力も十分にある、と。

 好奇心に殺されかけてはいるものの、それくらいだったら父の眼鏡にもかなうだろう。


 少なくとも”優秀な成績”を金で買ったヘンリー始め他の同級生よりは遥かに良い。


 婚約者として王子が彼女に接近するのを止められなかった私にも責任はある。

 一応、遠ざけるために最低限やれることはやったものの、こちらも不本意な婚約を結ばされて半ば諦めていたところで王子の興味が彼女へ向いたため、あわよくば押し付けてしまおうという気持ちが少しもなかったといえば嘘になるし。


 ミアさん、と私は彼女に向き直った。


「あなた、田舎は好き?」


*****


 騒然となる卒業パーティ会場からミアを伴って出ながら、私は彼女を採用したあの日のことを思い出していた。


「嫉妬に聞こえても嫌だったから今まで言わなかったのだけれど、王子はあなたのことを別に愛しているわけではないと思うの」


 パーティ会場に呼びつけておいた馬車に乗り込んだ私達は、ドレス姿のまま王都を出発することにした。

 動くなら早いほうがいいし、今夜のうちに出れば朝までには王都の次に大きい街に辿り着ける。そこで父の使いとも合流する手筈になっている。


「人とも思ってないんじゃないかしら。犬猫とかそういう感覚」


 窮屈なヒールを脱いで窓から外に投げ捨てた。

 これも女子は足が小さい方が好まれるからと、周囲に無理やりサイズの小さいものを履かされた悪習の片鱗だ。


「私のこともね」

「で、では何故王子は私達などを……」


 代わりに用意してあったパンプスに履き替える。

 対面に座るミアにも替えの靴を差し出す。


「食事と同じ理由」

 

 背中に手を回し、コルセットの紐を緩めながら説明する。


「自分は王子なんだ、だから常識知らずの田舎娘を婚約者にしようが、それを捨てて平民を嫁にしようが、”異常性癖”に誰にも文句を言わせないほどの権威を持っているんだ。……そんな風に誇示するための道具だったのよ」


 お互いに落ち着いて座れる格好になり、ようやくほっと一息吐くと、ミアがぼやいた。


「……狂ってますね」

「だから滅ぶのよ」


 私は窓の外に目を向け、王都の光が遠ざかるのを眺めながら馬車の揺れに身を任せた。


*****


 三ヶ月後。


 端的に言えば、心配していた王家からの報復はなかった。


 私を王子の婚約者として奪われてから、実家は我が身を取り戻すために色々と動き回っていたらしい。

 隣国と結託し、国内の不満分子をまとめ上げ、来たるべき叛乱の日に備えていた。


 私が結婚させられる前に情報戦を仕掛けるつもりだったというので、この際ミアと自分が逃げた後の目眩ましとしてこれを利用させてもらった。


 結果は上々。


 貴族のただれた生活を知った民衆が王都やその周辺で続々と蜂起し、今や革命の体をなしていた。


「ひどいことになっているみたいですね」


 書類を抱えたミアは、私が王都からの報告書を読んでいるのを見て言った。


 実家に戻った私は現在、父や兄のもと領地経営の補佐をミアと共に務めている。

 一応、書類上は私が上司になっているものの、仕事内容で見れば少しサインの機会が多いだけで、給与や待遇は同じ。

 ミアは当初遠慮していたのだが、無理やり受け入れさせた。

 

 ヘンリーから遠ざけるためとはいえ、貴重な学園生活で孤立させたり怖い目に遭わせたりしてしまった。

 その罪滅ぼしという意味もある。


 彼女がそれほど気にしていないと言ってくれるのがせめてもの救いだが、その優しさにあぐらをかくつもりはない。

 この地で幸せにするつもりだ。


「王都や周辺に領地を持つ貴族は残らず捕縛されたと聞きました。ウチまで余波届きますかね?」

「そうならない工作も、そうなった際の準備もしているつもりだけれど、念には念を入れて警備の予算を増やすわ」

「担当者呼んできます」

「ちょっと待って」


 働き者な彼女の背中を呼び止める。


「そろそろ休憩にしようと思うの。紅茶を用意してもらうから付き合って頂戴な」


「喜んで」と彼女は笑顔で応じた。


「あ、でもミルクと砂糖は結構です」

「よろしい」


 開け放した窓から、初夏の心地よい風が入ってきた。

着想元はルイ14世。中々エグい健康状態だったらしいです。

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