28 落着
何も答えない清吉に、春之助は優しく話しかけた。
「清吉よ、先ほどお主は、庄吉は粗暴と言ったね。あれは、女に対してではないか? 庄吉は、お仙にも手を出そうとしていたのではないか? それに気づいたお主は、お仙を守るため、庄吉の行動を警戒していた。事件のあった日は、そもそも帳簿整理などしていなかったのではないか? あの日の晩、お主は源吉や庄吉と一緒に三人部屋で寝ていたのだろう?」
清吉は否定しなかった。春之助は続ける。
「夜中、庄吉が三人部屋にいないことに気づいたお主は、慌ててお仙の部屋の様子を見に行った。そして、争う声に気づき、お主はお仙の部屋に助けに入った。おそらく、庄吉が寝ているお仙に抱きついて、抵抗するお仙が枕元の小刀を取り出し、庄吉の背中を刺したのだろう。それを見たお主は、庄吉をお仙から引き剥がし、庄吉と揉み合いになったのではないか? そして、二人とも縁側から転げ落ちた……」
春之助は、清吉の目を見据えた。
「庄吉は、背中から落ちて、小刀が身体に深く刺さり死んだ。その後、お主はお仙を説得して、自分が庄吉を刺し殺したとして、身代わりになり自首した。違うか? 清吉」
「違う! 私だ、私が殺したんだ!」
清吉が立ち上がって叫んだ。同心が落ち着かせようとしたが構わず暴れる。同心がやむを得ず清吉をムシロに押さえつけ、再度縛り上げた。
「清吉さん、もうやめて!」
その様子を見ていたお仙が叫んだ。目に涙を浮かべている。
お仙は立ち上がると、両親の制止を振りほどいて前に走り出た。戸惑う同心を押し退けて、清吉の隣に座る。
お仙は、泣きながら春之助に言った。
「お与力様の仰るとおりです! 私が庄吉を刺して殺しました」
それを聞いた清吉が、必死に叫ぶ。
「違う! お仙様は何もしていない! 私が庄吉を殺したんだ!」
春之助が、静かに言った。
「清吉よ、お主は優しい。お仙を守ろうとしているのであろう。だが、その優しさが、かえってお仙を苦しめているのではないか? もし逆の立場だとするとどうだ、清吉。お仙がお主を庇って、お主の身代わりに首を切られたら、お主はどう思う? 嬉しいか?」
「嬉しい訳がない!」
清吉は、そう叫んだ後、ハッとした顔をして黙った。春之助が優しく言葉を継ぐ。
「そうであろう、清吉。お仙も同じ気持ちだ。なあ、お仙」
お仙が泣きながら頷いた。
「清吉にお仙、お主らは互いに想い合っておるのではないか?」
春之助の問いに、清吉とお仙がお互いに顔を見合うと、慌てて目を逸らした。二人とも頬を赤らめている。
春之助は、恥ずかしがる二人を見てクスッと笑うと、今度は堀端屋の主人の方を見て言った。
「ときに堀端屋、ここからは私の独り言だが、不法な行いに対して人を殺した場合は、原則として遠島、つまり島流しだ。もちろん、情状酌量による減刑の余地は多分にあるが……一方、妻と密通しようとした男を夫が切り殺した場合は、構いなし、つまり、罪にはならん。私が見る限り、清吉とお仙は、まるで仲睦まじい夫婦のように見えるがな」
春之助の独り言を聞いた堀端屋の主人が、春之助の意図を察して話し始めた。
「恐れながら申し上げます。わが娘お仙と清吉は、あの事件の前に夫婦となっております」
驚いた顔で清吉とお仙が後ろを振り返り、そしてお互いの顔を見た。
お仙がニコッと笑う。それを見た清吉が照れながら笑顔になった。
春之助が左後ろの父親の方を向き、緊張した顔で言った。
「私の取り調べは以上です」
春之助の父親は小さく頷くと、一同に向かって威厳のある声で言った。
「それでは、本日の取り調べはここまで。お仙については追って沙汰があるまで両親の預かりとする」
清吉とお仙、そして堀端屋の一同が頭を下げる。
春之助の父親が立ち上がり、後ろの障子を開けて部屋を出て行った。春之助と吟味方の同心が後に続き、小野もこっそりついていった。
「父上、あのような無茶をしてしまい、申し訳ありませんでした!」
取り調べの後、春之助は、廊下を歩く父親の前に走り出ると、正座して頭を下げて謝った。
「あの独り言は、褒められたものではないな」
春之助の父親はそう言ったが、顔は怒っていなかった。
「だが、無実の罪で刑に処せられるのを防いだのは良かったぞ。早く清吉が愛する妻のところへ戻れるよう、急ぎ手続を進めなくてはな」
春之助の父親は、そう言ってニヤリと笑った。
「はい!」
春之助が元気に返事をした。
† † †
その晩、いつものように食事と風呂を済ませた春之助が、自室に戻ってきた。行灯に火を点し、女中が持ってきてくれた炭を火鉢に入れる。
部屋で一人になった春之介は、辺りを見回しながら小声で囁いた。
「まだいらっしゃいますか?」
それを聞いた小野が、消えるくんのボタンを押して姿を現した。学生服姿にリュックを背負い、帰り支度を済ませている。
「帰られるのですか?」
「うん。もう安心だからね」
小野が笑顔でそう答えると、春之助が小野に頭を下げた。
「本当に色々とありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ本当にありがとう」
小野も頭を下げた。
「……あの、もしよろしければ、お名前をお教えいただけませんか?」
春之助にそう聞かれた小野は、自分の名前を伝えることにした。ここまで関わったのだ。名前くらい言っても変わらないだろう。
「小野だよ……小野篤」
「小野篤殿ですね。またお会いできる日が来るでしょうか?」
「春之助君があの世に来るときに、もしかしたらね」
そう言って小野が笑った。
「まだまだあの世には行きたくないですが、またお会いできる日を楽しみにしています」
春之助も笑った。
「それじゃあ行くね。春之助君、どうか素晴らしい吟味方与力になってね!」
「はい、必ず!」
力強い春之助の返事を聞いて、笑顔で頷くと、小野はタイムリモコンのホームボタンを押した。
† † †
「ただいま戻りました!」
第百二十八部門の執務室。小野はいつものように挨拶をした。
「お疲れ様。上手くいったかな?」
久場が自席から聞く。小野が笑顔で答える。
「はい、無事に清吉さんの冤罪を回避できました。流れで清吉さんとお仙さんが結婚することになりましたので、お仙さんも大丈夫だと思います。他の方の人生への影響が許容範囲内であればいいのですが。ただ……」
小野が心配そうな顔をして続ける。
「ただ、色々ありまして、私が冥官であることが春之助君にバレてしまいまして……」
「ああ、冥官であることを悪用してなければ問題ないよ」
久場があっさりと笑顔で答えた。良かった……小野は胸を撫で下ろした。
「それじゃあ司命様、春之助さんとお仙さんのその後を確認してみますね」
「ありがとう、よろしく」
久場の了解を得て、阿佐美がノートパソコンで調べ始めた。
「はい、お待たせしました。春之助さんは、その後も真面目に努力を重ねて、立派な吟味方与力になっています。八十三歳で老衰で亡くなっていますが、臨終時幸福度は暫定値で九十。文句無しの天国行きですね」
春之助は、後悔のない人生を歩んでくれたようだ。
「次にお仙さんですが、清吉さんが婿入りする形で結婚したようですね。堀端屋は繁盛し、幸せな人生を歩めたみたいです。六十歳の時に肺炎で亡くなりますが、臨終時幸福度は暫定値で八十六。こちらもクリアですね。他の方の人生への影響も許容範囲内です」
「おお、一つの並行世界で一気に二件クリアなんて、凄いじゃないか」
「ありがとうございます!」
久場の称賛に、小野は笑顔で頭を下げた。
† † †
小野達がいつものように執務室の応接セットで休憩がてらお茶を飲んでいると、阿佐美のタブレット端末の着信音が鳴った。
「第五百二部門から連絡が来ました。お仙さんは、無事に審査を終えて、これから天国へ向かうそうです」
あれ、春之助君は……? 小野は少し不安になった。阿佐美が話を続ける。
「春之助さんも天国へ行く予定だったのですが、閻魔様の呼び出しがあったそうです」
「閻魔様の呼び出し? と言うことは……」
小野が驚いて聞くと、阿佐美が笑いながら答えた。
「小野君同様、冥官に採用される可能性大ね」
「春之助君の配属先が決まったら、飲みにでも行こうか」
久場が笑顔で言った。
「はい、是非とも!」
まさか、こんな形で再会できるとは。小野は嬉しそうに何度も頷いた。




