ひそやかに秋
夏休みが終わった。私たちは以前と変わらず四人で帰る。部活がなくなって下校時間が早くなったので、辺りはまだ明るい。なので、みんなで公園に寄り道しておしゃべりするようになった。
暑い日が続いていたけれど、空はいつの間にか高く澄んで、ふと気づくと金木犀の甘い香りが風に混ざって。
その日は、ちょうど進路調査の紙が配られたので志望校の話になったのだった。私は藤白の特進科で葉月は音楽科。颯大と蓮もサッカー部から誘われて藤白が第一志望だと思っていたのだけれど。
蓮がため息をついて言った。
「スポーツ特待でも、もう少し成績上げてもらいたい、って言われた。特待がとれなかったら公立目指すんだけど、そっちはもっと成績が足りない」
「勉強、わからないところあるなら、教えるぞ」
すかさず颯大が言うと、
「いや、おまえ、教え方ヘタだから」
「まじで?」
「おまえに教えてもらって成績が良くなるんだったら、とっくに良くなってるぞ俺」
う、と颯大が詰まったところで葉月が口をはさんだ。
「礼夏はうまいよ?」
そうして、ぱっと顔を輝かせた。
「みんなで勉強するのは、どう? それで、みんなで藤白にいくの」
私たちは顔を見合わせる。──それすごくいい。
葉月は週に二回ピアノとフルートのレッスンがある。颯大と蓮は県トレセンの練習が十二月まで月二回ある。その日を避けて、週に二回くらい、みんなで集まって勉強することにした。
場所は蓮の家だ。理由は単純。蓮はお母さんとふたり暮らしで、夕方お母さんが居酒屋さんに出勤すると家の人が誰もいなくて気楽だから。授業料免除の特待がとれなかったら公立高校を受験する、と蓮が言ったのは、お母さんになるべく金銭的な負担をかけたくないからだった。
親孝行なんだー、と思っていたら、
「な、俺って親孝行だろ?」
蓮は自分で言ってきた。
「というわけで、綾原、点数アップよろしく」
うむ、ここはがり勉メガネの名にかけてがんばらねば。
がんばって──そして、テストが終わった。
「どうだった?」
まずはどきどきと蓮に結果をたずねた。すると、Vサインが返ってきた。サンキュ、って言葉と一緒に。スコアが特待条件をクリアしたということだ。よかった。お母さんも喜んでくれたそうだ。
颯大の成績も少し上がった。藤白ではスポーツ特待生はスポーツ科に入るものらしいのだけれど、颯大は普通科にいきたいと言っている。そして、二年次のコース分けで理系進学クラスを選択する。……ものづくりを目指したい気持ちはサッカーの特待で藤白にいくとしても変わらないみたいだ。
ちなみに、葉月と私の成績はいつも通り。
勉強会は楽しく続いた。テスト前にはクラスメイトや元サッカー部の仲間も参加してとてもにぎやかになることもあった。
でも、その日、蓮のアパートの玄関チャイムを鳴らすと、ドアを開けた蓮は驚いた顔をして言ったのだ。
「さっき、勉強会中止にして、って連絡したんだけど」
「えっ?」
急いでスマホをとり出した。確かに蓮からの連絡が入っている。
私の家は三人の中で蓮の家にいちばん遠い。いちばん早く家を出る。スマホを入れたバックは自転車のカゴの中だった。それで家を出たあとのメッセージの受信に気づけなかったのだろう。
「悪い。連絡、間に合わなくて。母さん、体調が悪くなって急に店から返ってきたから」
「え、大丈夫?」
「熱はたいしたことない。食欲がないって言うから、おかゆとかプリンとか買いに行こうとしたところ。ついでに綾原を家まで送るわ。颯大の姫だからな」
姫──蓮はこういう冗談を平気で言うところがある。最初のころはいちいち赤面していたけれど、慣れてきた。
「ありがとう、蓮」
ふつうにお礼を言って、送ってもらって……。
数日後の放課後、颯大と葉月と三人で昇降口に行くと、靴箱を開けた颯大が動作をとめた。取り出したのは靴じゃなくて小さな紙。紙面に目を走らせて、くしゃり、と丸めた。
「どうしたの?」
「ゴミ。捨ててくるから、蓮と先に公園に行ってて」
そう言って身を翻した。早足で階段へと歩き、上っていく。
え? ゴミを捨てるのに、わざわざ上の階へ? 戸惑って後ろ姿を見送っていると、昇降口の隅にいたクラスの女子三人が音もなく私たちに近寄ってきて、
「さっき杉村さんたちが靴箱に何かしてたよ。颯大来るかな、とか言ってたけど……」
「杉村さんたちって、二階の空き教室をたまり場にしてるよね……」
「私たちがしゃべったことは秘密にしてね。もう帰るから」
こそこそっとささやくと、走って昇降口を出ていった。
私は葉月と顔を見合わせた。──杉村さんたち。颯大来るかな。二階の空き教室。
西日の差し込む空き教室で、颯大は杉村さんたちと向き合っていた。廊下側の窓からその姿が見え、私たちはとっさに窓の下に隠れて聞き耳を立てる。
「……でもさ、颯大も綾原の浮気の証拠写真が見たいからここに来たんでしょ?」
浮気? 私も驚いたけれど、葉月も目を丸くして私を見た。ぷるぷると首を振ると、だよね、とうなずいた。
颯大の声が聞こえた。
「こんなことするな、って言いに来たんだよ」
「とにかく見てよ。おとといの夜かな、綾原と蓮がふたりで仲良く歩いてるところ……」
「それなら知ってる。蓮が綾原を家まで送ったんだろ」
家まで……? ああ、勉強会が中止になったときだ。え、浮気って、それ?
「だけどさ、カレシでもないのに……」
杉村さんの声が言いかけたとき、葉月が立ち上がった。
「私も蓮に家まで送ってもらったこと、あるけど? 別にカレシじゃないけど?」
私もあわてて立ち上がった。教室の中では、颯大と杉村さんたちがびっくりしてこちらを見ている。
顔を真っ赤にした葉月と杉村さんたちが数秒見つめ合って。
颯大が笑いだしていた。
「友だちだからそのぐらいする、ってこと。じゃあな、杉村」
ぼう然とする杉村さんたちを教室に残して、私たちはもう一度昇降口に降りていく。
「葉月、あんなこと言って、大丈夫? 嬉しかったけど……」
私に対する嫌がらせが葉月にも向いたらどうしよう、と心配したのだけれど、葉月はいっそ清々しく笑った。
「どきどきしてるー。でも、大丈夫。何かあっても礼夏がいるから。一年のとき、吹部の先輩に無視されてほかの部員もしゃべってくれなくなったときも、礼夏は仲良くしてくれたもんね」
「そんなこと、あったの?」
驚いたように、颯大。私はあいまいに笑うだけにした。小さなころからピアノとフルートを習っていた葉月は新入部員の『分際』で飛びぬけて演奏がうまく、それほどでもない先輩たちに『生意気!』認定されたんだった。私はそういうのが苦手で、ふつうに葉月と話していて……音楽に一生懸命な葉月ととても仲良くなっていったんだ。
颯大はそれ以上は聞いてこなかった。ただ葉月と私の顔を見て、
「俺も蓮もいる。何かあったら、言えよ?」
と、だけ。葉月がにっこり笑う。
「うん。大丈夫だよ。杉村さんたちとは、あと半年もないしね」
確かにそうだ。吹部での葉月に対する無視も、中心メンバーだった三年生が引退したらだんだんなかったことになって、今の葉月は吹部のエースで後輩たちのあこがれの先輩だ。
早く高校生になりたいなあ、と思った。四人で藤白に合格して。




