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静かな夜、聖なる夜

 冬休みになっていた。朝から晩まで英語の勉強ができる。

 親には、あまり根を詰めたらダメだよ、と少し心配された。高校受験のときのことがあるからだろう。睡眠と気分転換はしっかりする、と約束した。

 クリスマスには漫研部の美見とお出かけした。駅前広場の大きなクリスマスツリーの前で吹部が野外コンサートをやるから聴きに来て、と葉月に誘われたのにつきあってくれたのだ。

 美見は私が特進科に落ちてからテスト上位に入るまでをマンガ化すると言っていた。けれど、やはりうまくいかなかったようで、人気ジャンルの部活物を描くと決意したところだった。

『私、運痴だけど、音痴ではないんだよね。幼稚園のころエレクトーンも習っていたし』

 ということで主人公を吹部に設定したそうで、マンガの参考になるからコンサートのお誘いはちょうどよかったらしい。

 コンサートは夕方の五時からだった。せっかく街に出るので駅ビルでお昼を食べてからビル内のシネコンで劇場版アニメを観ることにした。映画が終わるとそろそろコンサートが始まる時間で、コンサートのあと大通りのイルミネーションを見てから帰宅──という計画だ。

 アニメを観終わってシアターを出たところで杉村さんに会うとは、思ってもいなかった。ポップコーン売り場近くで大きな話し声と笑い声が聞こえ、何気なくそちらを見たら五人ぐらいの女子グループに杉村さんがいたのだ。

 一緒にいる女子の中に知っている顔はなかったから、高校でできたグループだろう。驚いて見つめてしまった私の視線に気づいたように、杉村さんがこちらに顔を向けた。

 目が合った。

 見つめ合ったのは、どのくらいだろう。二秒? 三秒?

「知り合い?」

 美見が不意に黙ってしまった私の視線を追ってから、たずねてきた。

「中学の同級生」

 私はただの事実を口にする。

 杉村さんの方も同じことをグループの女子に聞かれていた。知ってる子? と。杉村さんの答えは、

「前に話した、がり勉メガネ」

「え、あれが?」

「やばっ」

 そして、みんなでくすくすっと笑う。

 中学のときと似たようなグループをつくっているんだなあ、と思った。けれど、嫌がらせをされていたときの不快さも、空き教室で突き飛ばされたときの動揺も、『三年間がり勉して受験失敗おめでとう』という落書きを見たときの苦しさも、心には湧かなかった。

 ──綾原は間違ったことをしていない

 仲間たちに囲まれて、杉村さんは勝ち誇った笑顔で私を見る。私は凪いだ気持ちで杉村さんに視線を返す。不思議だ。颯大の言葉に支えられているというよりも、そう言ってくれた颯大を守りたいような気持ちだ。ここで私が傷ついたら、颯大の想いも損なわれてしまうような気がした。何を言われても、私は私の『好き』を目指すんだ。

 杉村さんが笑顔を消した。

「行こ」

 プイ、と顔を背け、仲間を促す。

「なに、あれ」

 と、美見。不穏な目つきで杉村さんたちを見送って、

「がり勉メガネ、って聞こえたけど」

「うん」

「私も陰で言われたことがある」

 思わず美見の顔を見た。そういえば、私たちふたりともメガネだ。特進科に入ったくらいだから、美見も勉強は得意なわけで。

 顔を見合わせて、ふふ、と笑った。並んで歩きだす。

「ほかにも、オタクとか陰キャとかも言われたなー」

「でも、好きなものはしょうがない」

「それ。がんばってマンガをアップしてもちっとも読んでもらえないけど、好きだからしょうがない」

 話しながら駅前広場に着いたときには、空は暗くなっていた。クリスマスツリーはピンクや水色に明滅し、藤白学園の吹奏楽部はすでにツリーの前に並んでいた。

 五時になると、防災無線のチャイムが流れる。ウエストミンスター寺院の鐘の音色だ。そのチャイムが鳴り止むと同時に、吹部の演奏が始まった。最初の曲は『きよしこの夜』、そしてジャズアレンジの讃美歌、J-POPや洋楽の定番クリスマスソング……。

 アンコールまで聴いて、スマホで感想メッセージを葉月に送った。好きな曲がたくさんあって楽しかった、ジャズアレンジが素敵で……云々。それから、美見とイルミネーションのきらめく大通りを往復して、駅でさよならした。美見の家は歩いて十五分ぐらいのところにあるらしい。今度遊びにおいでよ、と言われ、うなずいて手を振った。

「綾原」 

 と、声をかけられたのは駅のホーム。

 振り向いて、驚いた。

 蓮だ。

 杉村さんといい、今日は思いがけない人と会う。

 でも、蓮に会ったのは、理由を聞けば『ああなるほど』だった。蓮も葉月にコンサートのお誘いメッセージをもらったのだ。で、サッカー部の友だちとコンサートを聴きながらイルミネーションを見たり屋台で買い食いをしたりして、

「明日とあさって、部活オフだから、家に帰るつもりで」

 電車に乗ろうとして、ホームで私を見つけたというわけ。

 帰る方向は同じなのだから、一緒に電車に乗った。

 クリスマスの夜だからだろうか、電車は混んでいた。蓮は私をドアの前に立たせ、人混みに押されないように壁になってくれた。降りるのはとなりの駅だからすぐにぎゅうぎゅう詰からは解放されたけれど、

「ありがとう」

 駅を出て、ほっとひと息ついて、蓮に言った。

「何が?」

 とぼけられた。でも、感謝の気持ちは伝わったよね?

「私は家まで自転車だけど、蓮はバス?」

 学園祭の代休に追試のための勉強をしたときは、そうだった。

「そのつもりだったけど。せっかく会えたから、少し話しながら帰らね? 門限とか大丈夫なら」

 スマホで時間を確認した。門限はないけれど、常識的な時間には帰りたい。まだ大丈夫だ。

 私のひく自転車を真ん中に、歩き始めた。

 話しながら、と言ったのに、蓮はしばらく黙っていた。私の心に、中三の秋、勉強会が中止になって蓮に家まで送ってもらったことが浮かんだ。あのときもこんなふうに並んで歩いた。それを杉村さんグループの誰かに見られて、杉村さんたちは颯大を空き教室に呼び出して……。夕日のオレンジ色に染まった教室の空気、私も蓮に送ってもらったことがある、と杉村さんたちに言った葉月の声……。

 少し胸が痛くなったのは、ただの感傷だろう。だけど、

「大畑、颯大もコンサートに誘ったの、知ってる?」

 不意に口を開いた蓮の言葉に、足を止めて蓮を見上げていた。

「知らない……」

「颯大、部の仲間と遊ぶ約束を先にしてたみたいでさ。そっちの約束の時間まで二十分くらいなら聴ける、って返事があったらしいよ」

 ……え、待って? 最初の二十分間、颯大も吹部のコンサートを聴いていたの? 広場でクリスマスソングに耳を傾けていた人たちの中に、颯大がいたの?

 去年のクリスマスは四人でイルミネーションを見た。葉月と颯大と蓮と、私。同じ四人が、今年も、同じ時間、同じ場所にいたの?

 少しじゃなくて、胸が痛い。

「大畑さ、颯大と綾原が偶然出会ったりすればいいのに、って言ってた。なんか、ほら、クリスマスの奇跡みたいな?」

 痛い、胸が痛い。私、一生懸命に演奏する葉月たちやきれいなイルミネーションばかり見ていたのだけれど、もっとよく周りを見ていたら、奇跡みたいに颯大を見つけられていたのだろうか。

 頬の表情筋に力を込め、笑った。

「会えなかったね。……会えても、特に何もなかったと思うけど」

 見上げる蓮の表情は、なぜか静かで、私は笑顔をキープできずに視線を落とした。

 頭の上から、蓮の声が降ってくる。

「でも、まあ、俺と会えたし?」

 ああ、そうだ、懐かしい友だちと会えた。会えて、話もできた。

 もう一度、今度はもう少しうまく、笑うことができた。

「同じ学校でも、科が違うとなかなか会えないものね」

 六月の学校祭で蓮が言ったセリフだ。蓮も微笑んだ。

「家まで送るよ。……の姫だから」

 聞き取れなかった、『姫』の前の単語。

 前に送ってもらったときは『颯大の姫』と冗談を言われた。また、そう言ったのかな。もう『颯大の姫』じゃないと思うけれど。

 ちょっと泣きそうな気分になった。いろんなことを思い出したせいかもしれない。

「ありがとう。でも、ここから自転車に乗る」

 ひとりで思い出の中に沈んでも、万が一泣いてしまっても大丈夫なように。

 蓮に手を振って、自転車に乗った。去年のメリークリスマスは颯大のハッピーバースデーも兼ねていた。私はミサンガをつくって颯大にプレゼントした。颯大は……。

 家に着いて自転車を降り、夜空を見上げた。去年のイルミネーションで使われていた『銀河鉄道の夜』の星座は夏のものばかりだった。今は冬。だけど、まだ時間が早いから、西の空に白鳥座が残っていた。山の上に立つ十字架のような角度で。頭上には秋の星座のペガサス、そして、東の空には冬の星座を代表するオリオン座が昇ってきている。

 すごいな。夏から冬の星座が全部見える。

 冬の夜空は冷たく澄んで、星を眺めているうちに体も心も冷たく澄んでいくような気がした。

 いろんなことがあった。たくさん後悔した。だけど、夢を思い出せた。目標ができた。星空を見上げられるようになった。

 葉月が願ってくれた奇跡は起きなかった。けれど、杉村さんと会って平静でいられたっていうのも、ある意味クリスマスの奇跡かもしれない。出会えなくても、四人が同じ場所で同じ音楽を聴いていたというだけでも。

 私は拳できゅっと目をこすった。

 私、また、がんばれる。──きっと。


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