九話
あたし、イオス公爵家令嬢。エレイン・イオスには夢がある。幼馴染みにして親友、ライナ・パルサ。パルサ王国の王女つきの騎士となること。
昔、あたしたち。ライナ、アルデバラン伯爵家四男のアイン。そして、アンリ。ライナの腹違いの妹とよく遊んでいた。あの時、二年前。アンリが何者かに謀殺されるまで。
それからライナは何かに、いえ。命を奪われるかもしれないことに怯えるようになった。
あたしは幼馴染みのなかで一番の年上だ。だから、お姉ちゃんとして皆を護る使命がある。ライナも、アインも。
騎士となるため、少しでも武芸を磨くため、日課の剣の素振りを繰り返していた時、あたしの耳に報告が届いた。
「……えっ? 騎士アスガルが来てる?」
「はい、お嬢さま」
汗を拭くための手拭いを手渡されながらの近習からの報告。アルデバラン伯爵家にその人あり、とまで謡われる騎士が?
頬が紅潮するのが分かる。あたしにとっても、騎士アスガルは目標にして、憧れの騎士。彼の清廉潔白さ、豪放ながら親しみやすい性格は、ひとつの理想だ。
しかし、伯爵家肝いりの騎士が単独で? 何故?
そんな疑問が出来たあたしは、いま、アスガルがいる場所を聞き出すとその場へ向かう。
「お父様!」
「これ、エレイン。はしたない」
「はっはっ、お久しぶりですな。エレインさま」
騎士アスガルがいる場所と教えられた小会議の間。謁見するほどではないが、重要な話し合いが行われる場合に使われる部屋へ、赤く長い髪を靡かせながら飛び込んだあたしの目に見えたのは、憮然としたお父様と、軽やかな笑みを浮かべるアスガルの姿だった。
そして、この場には弟。イオス公爵家の嫡男、どこか線が細く見える男の子、イクリルの姿もあった。
「なんでイクリルが?」
「僕からいうと何故姉さんが、だよ」
どこか責めるようなイクリルの声。なによ、お父様もイクリルも、あたしを責めるようなこと言ってさ。
だけど、次に開いたアスガルの言葉でなぜイクリルがここにいるのは分かった。
「我が主、そしてアマテルさまからの命で、ですな。お手紙を届けに来たのです」
「はぁ……?」
ただの手紙を? 騎士アスガルが?
それほど重要な手紙なんだろうか?
というか、いま。アスガルはアインが主と言った? どういうこと?
そう思っていたあたしの前で、お父様が重々しく口を開く。
「それで、騎士アスガル。この書状の内容は本当なのだな?」
「はい、間違いございません。公爵閣下」
「そうか。アインくんとアマテル嬢の連名で、か」
そうよ。そもそも、アインとアマテルさんの連名、ってどういうことなの? こういう時、普通は当主であるトラスおじさまが行うんではないの? まだ、アマテルさんはイクリルの婚約者だから分かるけど。
「……あぁ、だからイクリルがここにいるのね?」
「そうだよ。だから、ここにいる姉さんが場違いなんだよ」
なんというか、当たりが強いわね。今日のイクリル。まっ、それはそれとして。
「アインからの書状なんて、なにがあったの?」
「エレイン……」
「……姉さん」
な、なによ。二人して。しかも、あたしの顔見てため息なんて、さすがに失礼じゃない?
「お前は……。外に出ていなさい、と言っても聞く気はないようだな」
「あら、幼馴染みのことなら、あたしが知っていてもおかしくないんじゃなくて?」
胸を張って堂々としたあたしの返しに、お父様はもう一度ため息。って、そこまでため息吐かなくてもいいじゃない!
「アインくんが王より領地を賜ったそうだ」
「あら、そうなの?」
あいつが領地持ちに。それを聞いて、あたしの胸がドクン、と高鳴る。そっか、あいつも頑張ってるんだ。
「王の肝いりらしい。彼女、ライナ姫の推薦かもしれなんな」
「なるほど……」
お父様の言葉に納得する。あの娘、ライナは何だかんだでアインのことを兄のように慕っていた。
「それで、アインは就任の挨拶? アマテルさんはその介添え?」
「介添え、という意味ではそうであるな」
なんか、含みのある言い方ね。すると、お父様はアインの書状をあたしに手渡してきた。なになに……。
「えっと……えぇっ?! 領地として賜った代官が着服、行方不明。場所も辺境で、かつ人の往来もないから未整備。整備するために黒鍬を貸してほしい。お父様、これって……」
「そういうことらしい」
「……冗談でしょう?」
いくらなんでも、王の直轄領で? 命知らず、どころの話じゃないわよ。
直後、怒気が膨れ上がる。ぞくり、と背筋が冷える。
慌てて感じた方を向くと、そこには僅かに顔が歪んだアスガル。そうか、彼はアインが我が主、と言った。なら、その場にいてもおかしくない。
しかし、普段温厚な誰にでも人当たりの良い騎士アスガルがここまで激怒するのも珍しい。それほどの光景があったのかも。
でも、そうすると黒鍬を貸し出すだけでいいの?
「あの、騎士アスガル? こう言ってはなんだけど、公爵家は兵を、黒鍬を貸し出すだけでいいの? もっと、こう……。物資の支援、とか」
「……えぇ、そちらは大丈夫ですとも。支援に関しては伯爵家で受け持つ手配となっていますからな」
はっはっはっ、と先ほどまでの激怒を感じさせないアスガル。まるで、錯覚だったみたい。本当に怖かったのだけど。まぁ、それより。
「もしかして、アマテルさんの書状はそれ?」
「うん、そうだよ姉さん。支援はこちらで受け持つから、整備の方をお願いします、だって」
あたしの言葉を肯定するようにイクリルが告げる。それなら、連名も分からなくはない、かな? ついでに、アマテルさんから書状をもらうことで、公爵家を動かそう、という腹だよね、これ。
どちらの発案なのかな。アイン、それともアマテルさん。アインだったら、すごく頭でっかちのあいつらしいし、アマテルさんもこれくらいの腹芸はしそう。
まぁ、いっか。どちらにしても……。
「お父様、これ……」
「うむ、分かっておる」
先ほどまでの渋い表情からうって変わって、真剣な面持ちに。お父様は何だかんだで、アインのことをすごく評価してたから。なら、答えはひとつ、だよね。
だったら……。
「ねぇ、お父様。黒鍬を率いるにも将が必要よね? それも、それなりに格がある将が」
「……エレイン。まさか、お前」
お父様の顔が驚きに彩られていく。そんなお父様に、あたしはにっこりと微笑むのだった。




