四十話
今後の展望に頭を悩ませていた俺たち。そんな俺たちの耳に、ドアの叩かれる音が響く。そして、弱々しくドアが開かれ、その先にはメルの姿。
「どうした、メルちゃん?」
なにか問題でもあったのだろうか?
アスガルが出立する前の時点では、とくに何かあったとは聞いていないが……。
というか、この流れ。以前もあったような――。
「おにーちゃん、お客さん? うん、お客さんだよ」
なぜそこで疑問系? と、いうよりお客さん?
「マーネン商会の人かい?」
「ううん、違うみたい」
メルの否定に、俺とレグルスは顔を見合わせる。具体的に言うと、客知ってる? 知らない、とそんな感じに。
はて、本当に誰だろうか?
メルは黒鍬隊とも面識があるから、つまり、イオス公爵家でもないのだろう。と、なると本当に何者?
そこで、メルがはっ、と思い出したように言葉を放つ。
「でも、デフおじちゃんと知り合いみたい。仲良くお話ししてたよ?」
デフ、というと木こりの? あいつの知り合い? あれがここを紹介した、ということだろうか?
まぁ、なんにせよ。客人だというなら会うしかない。さて、今回はどんな面倒事なのだろうか。
来客用の間、そこにはガタイの良い男。村の木こりであるデフと談笑する妙齢の、年の頃は20代半ばに見える美女がいた。
薄紫の長い髪、メリハリのついた体つき。しかし、一番印象に残るのは切れ長の、肉食動物を思わせる目付き、だろうか。それが、彼女をただ者ではない、と思わせた。
「しっかし、連絡が途絶えたときはどうしたものかと思ったが、元気そうじゃないか。えぇ、デフ?」
「えぇ、そいつぁもう。イオネさま」
イオネさま。それが彼女の名前のようだ。
そして、イオネと呼ばれた彼女は俺たちが入ってきたことに目敏く気づく。
「これはこれは、ご領主さま。お邪魔させてもらってますよ」
「あぁ、すまない。盗み聞きするつもりはなかったんだが……」
「構いませんよ、そんなこと」
にこやかに、しかし牝豹のように笑う。
明らかに旧友へ会いに来た、という感じではなさそうだ。それに所作に隙がない。素人ではない、何らかの訓練、または実戦を潜り抜けた者の動きだ。
「じゃあ、自己紹介といこうか。アタシはイオネ。傭兵団、紫煙の蜻蛉団の団長だよ」
それとともに今度は獰猛な笑みを浮かべたイオネ。間違いなく、彼女もまたアスガルと同じように、実戦を経験した猛者、と理解するには十分すぎる出で立ちだった。
「つまり、なにか? 以前、デフはその……」
「紫煙の蜻蛉団」
「そう、その紫煙の蜻蛉団。傭兵組織の副団長だった、と」
「あぁ、そうさ」
にやり、と笑うイオネ。それがいかにも女傭兵。棟梁としての威厳を見せてつけていた。しかし――。
「デフ、お前。傭兵だったんだな」
たしかに、デフのやつは筋骨粒々でいかにもパワーファイターだ。両手斧でも握ってそうだ。
「えぇ、そうでさぁ。ですがね、ちょいとトチっちまって」
「あぁ、こいつ。怪我でまともに得物を振れなくなってね。退団する、なんて言い出してね。あの時はモメた、モメた」
なるほど、デフにそんな過去が。しかし、副団長ならわざわざ退団する必要もなさそうに見えるが……。
俺の疑問を補強するように、傭兵団の団長。イオネがデフへ話しかける。
「それで、デフ。アンタ、本当に戻ってくる気はないのかい? 武器振るだけが仕事じゃない、って言うのは分かってるだろ?」
「そりゃあ、そうですがねぇ……」
「それに、木こりで斧振るってるそうじゃないか。そこまで回復したんなら、元々の得物はともかく、ほかのはふるえるだろう? なにを躊躇ってんだい、アンタは?」
どうやら、彼女はデフに戻ってきてほしいようだ。熱心に口説き落とそうとしている。
……って、ちょっと待て。そこで口説き落とされても困るんだが。それに、それだけなら俺がここにいる理由もない。
「ちょっと待ってくれ、団長さん。そもそも、ここに何しに来たんだ」
「おっと、そうだった。すまないねぇ」
さも、いま思い出しました。とでもいいたげににやりと笑った。こちらをからかってるな?
デフも、あちゃあ。とばかりに頭を押さえている。
「いや、なに。デフの確認ついでにね。ここが噂になってたもんだから、さ」
「噂……?」
「あぁ、そうさ。新進気鋭のご領主さまが治め、発展している領地、ってね」
……どういうことだ?
少なくとも、この領地はようやく発展のための土台が出来たばかりで、噂が立つほど――。
そこで俺は噂の元凶に思い至った。おそらく、マイア夫人とマーネン商会だ。
とはいえ、砂金の情報共有をしてすぐこの広がり方はおかしい。おおよそ、もっと前の段階で仕込んでいたと考えるべきだ。
パルサ王国内で経済の怪物とも言える、かのマイア夫人に評価されていた、という点で面映ゆいが、同時に彼女から早い段階で目をつけられていた、ということでもある。
問題は、この女傭兵が夫人の首輪つきか、そうでないか、だが……。
俺は目の前の女傭兵。イオネを値踏みする――。
――これが後に俺が生涯を共にする連れ合いの一人。イオネとの初めての出会いだった。




