三十七話
「はぁ……」
感慨なしに眼前に広がる青空を見る。いつも、いつまでもそこにある景色を見て、わたしはかつて、同じ場で、同じような景色を見ていた人たちを思い出す。エレイン、アインくん、そしてアンリ……。
わたしはライナ、ライナ・パルサ。軍事国家、パルサ王国の姫の一人。……本当なら、この姫という肩書きは捨ててしまいたいほど、だけど。
近頃、お友達――というか幼馴染みの女の子。イオス公爵家の令嬢。エレインからお手紙が届きました。
それは彼女の近況、そしてアインくん。アイン・アルデバランの近況でもありました。
それを見てわたしは、ホッと安堵のため息が漏れました。まだ、二人とも生きてる。
「二人とも頑張ってるみたい……。ねぇ、アンリ――」
無意識に紡いでしまった言葉。帰ってくるはずもない言葉。胸がずきり、と痛みました。
誰かしらに殺された妹。その最後は覚えて、いえ。いまでもときどき夢にまでみます。
寒ざむしい開け放たれた窓。バルコニーに置かれていた飲みかけのミルクティーが注がれたカップ。
寝ているようにテーブルに身を預け、でも、唇から一筋。血を流して倒れていたアンリ。
なぜ、あの娘が殺されなければならなかったのか。まだ、8歳だったのに。
……分かってる、本当は。理由なんて。
王族、だったから。王位継承権を持っていたから。だからアンリは殺された。
犯人は継承者の誰か、それとも指示する貴族。そうでなければ説明がつかない。あの娘が殺され、でも捜査もされずに闇に葬られたことは。
それに、それはいまも続いている。
王宮も寂しくなった。だって、継承者の一部が消えているから。命の危険を感じて逃げたのか、それとも……。
「……篭の鳥、なんて言うけど」
ここは、そんな生易しいところじゃない。
見てくれだけで言えば、華美な意匠が施された家具が置かれた居室。唯一、わたしがわたしであることを許された部屋。
お姉さま。マイア姉さまはかつてここを、伏魔殿と言っていた。そして、姉さまがここから必ず連れ出す、と。
それに、アインくん。彼も――。
「あの時、彼は確かに助ける。そう言ってくれた」
アンリが、彼女が見つかって泣き崩れたわたしに、彼はいつか必ず救い出す。そう言ってくれた。
あの時は出来るわけない。そう諦めてた。でも――。
「いま、彼は……。アインくんは――」
実際に領地――あの、本来、王国直轄地。そこの領主となって頑張ってる。それもこれもイオス公爵家当主、エルファス公爵。エルファスおじさまとお父様が陰ながらアインくんへ領地を渡すよう動いたから。
ううん、違うかな。二人しか動けなかった。それくらい、パルサ王国の王権は弱まってる。どの貴族も信用できないくらいに。
お父様が病に伏せるようになってから、忠臣なんて呼ばれてた方々は一番上の兄さま、ダレス兄さまに鞍替えした。もう陛下は駄目だ。そう見限って。
野心的な貴族は二番目の兄さま、アクラ兄さまへ擦り寄った。自身の家が権力を握りたいから。
その二つが大勢力になった。
他にも細々とした派閥はあった。でも、わたしだけは派閥が出来なかった。ううん、作らせなかった。
あの娘、アンリが殺された夜。密かにエレインと、そして連れられるようにアインくんが来た。そこでアインくんはわたしにひとつの提案をした。
――王位継承権を手放す宣言をしなさい、と。
もちろん、宣言したところで実際に放棄されるわけじゃないし、わたしの中にも確実に王家の血が流れている。
でも、宣言することで少しでも危険を減らすことができる。そう諭されて、わたしは本当にお父様の前でお話しした。
それからだ。お父様が、アインくんを見る目を変えたのは。そして、お父様のアドバイスから、わたしも派閥を作らせないようにした。
だって、そうしないと危険だから。
実際、アインくんたち二人を夜、案内したわたし付きだった侍女は、翌朝。行方不明となった。生きてるなら良い、でも……。
そして分かった、やっぱり、わたしも安全じゃないんだって。
だからこそ、わたしは派閥を作らなかった。そして、誰の味方にもならなかった。それが危なかったから。そして、エレインもアインくんも王宮から遠ざけた。
そうしなければ、次に殺されるのは二人かもしれないから。
……そんなのは、嫌だ。もう、仲の良い人を失いたくない。
アンリは、母親こそ違ったけど、実の妹のように可愛かった。少なくとも、あんな最後を迎えていいはずがなかった。
そんなのは、もう起こしたくない。
次の国王は二人の兄さまのどちらか。そして、王位継承されれば、わたしは良くて結婚の道具に。悪ければ……。
「……っ」
ぎゅ、と唇を噛みました。ぷちり、と端が僅かに切れたように感じます。口の中に血の、鉄の味が広がりました。
「わたしは……っ!」
自身の無力が歯がゆくなります。でも、どうすれば……。
もう幾度となく己に対する問いかけ。しかし、その答えが帰ってくることは、ありません。
「アインくん……」
あなたなら、どうしますか?
そんな問いかけが頭の、口のなかへ消えていきました。




