三十六話
正直、姉さんが商談中の部屋に入ってきた時は、またか。と言うのが本音だった。
いったい、今度はなにをしでかしてくれたのか。そんな気持ちだったわけだけど……。
でも、今回に関してはとびきりだった。まさか、アイン・アルデバラン。彼を連れてくるなんて……。いや、連れてくる、というのは語弊があるか。父上に指示された、らしいし。
父上も父上だ。なにかとあの人を気にかけてるらしいけど、正直僕は納得していなかった。
だって、そうだろう。いくらお気に入りとはいえ、僕と同い年の、しかも伯爵家の四男。僕とは地位でも、権力でも天と地の差がある。
だけど、今日。直接会って少し、本当に少しだけど考えを改めようかと思う。
彼が最初、僕が呼び捨てでいい、というリップサービスに『イクリルくん』と返した時、正直鼻白むものがあった。でも、会話していくうちに違和感を抱いたんだ。
うん。あれはまるで、僕より年上の人と会話してるみたい、なんて。あり得ないのにね、彼は僕と同い年なのだから。
父上もそれを感じ取っていたのかな?
だからこそ、彼を。アインさんをお気に入りとしている。そう考えれば辻褄が合う。なにしろ、彼。アインさんは金鉱に関して、大幅な譲歩をしてみせた。
金鉱の所有は公爵家の所有とし、採掘の利益はマーネン商会の協力もあるため折半。それも公爵家が五割、子爵家三割、残りが領主である自身に、という話だった。
しかも、彼が強かなのはここからだ。
その代わり、領地発展のための協力を打診してきたんだ。
これだけなら、まぁ、そこまで変わらない。となるのだけど。問題は彼が金鉱、まさしく金脈を譲歩してくれたこと。
つまり、こちらが譲歩する以上、無法をしてくれるな、と釘を刺してきたわけだ。ディオスクロイ子爵夫人なんて、完全に顔を引き攣らせてたよ。
なにしろ金鉱がもし見付かったとしても、それを移動させるなんてことは無理なんだ。そして、彼はその権利をそっくりこっちへ流してきた。
そこで子爵家が手を出してきたら、それこそ公爵家へ喧嘩を売っているに等しい。間違いなく戦争だ。
いくら金融に強い、自前で傭兵も雇える子爵家であっても公爵家を敵に回すのは得策じゃない。こちらとしても、負けるつもりもない。もっとも、積極的に内乱を起こしたいわけでもないけど。
それは子爵夫人もそうだ。あの人の望みはアインさんの領地での権益拡大。だけど、それはあくまで無理のない範囲、でという話になる。
そんな彼女がこちらを積極的に敵対するのはあり得ない。
それに夫人は、他にもなにか思惑があるように見えた。その思惑がなにか、までは分からないけど。
それを調整できればパートナーとして歩むことは十分に可能だと思う。もちろん、アインさんとの調整も必要になるだろう。
何度も言うが、領地の金鉱は物理的に動かせない。彼の胸先三寸で採掘量を誤魔化される可能性もあるんだ。
もっとも、あの人と話した印象はそういうことをするようには見えなかった。やらない、というのも人が良いとかじゃなくて、そうすれば信用が失われる。その結果、自身が不利益を被る。それを理解しているからだ。
そんな人が、そこまで迂闊な行動をするとは考えられない。するなら、もっと巧妙に、気づかれずにやる。もしくは、こちらが不義理をすればこれ幸いと弾劾してくるだろう。そして、自身にもっと有利な条件を突きつけてくる。
「ふぅ……」
そこまで考えて、僕は座っていた椅子の背もたれに身体を預ける。ぎしり、と木が軋む音が鳴った。
アインさんもディオスクロイ子爵夫人も既に帰っている。一応の回答を得たからだ。
僕たちイオス公爵家の今後の支援は、これまでと同じように姉さんを指揮官とした黒鍬隊の派遣や、人員の誘致になるだろう。これは今後、金鉱の情報防衛を考えると、おいそれとあの領地に人をやるわけにはいかない。奴隷なんて、もっての他だ。
だから、子爵夫人の今後の支援は主に商品の販売、流通経路の確保が主流になるだろう。それもマーネン商会を使って。それが一番効率の良い支援になる。
もっとも、あの人がそのまま諦めるとは思えない。何らかの方法でシェア拡大を目指すだろう。その時、公爵家としてどう動くか……。
「ま、同調するのは無し、だよね」
シェア拡大、というのはつまりこちらの利益が減るということ。むろん、採掘量次第ではこちらの利益を減らさずに、ということも可能かもしれない。
しかし、そうだとしても。無理しなくとも利益を得られるこちらには旨味がない。
「……そういえば、姉さんは?」
二人は帰ったけど、姉さんはどうしたんだろう。少なくとも、すぐに黒鍬を再編成して出発、という訳じゃないんだけど。
勝手に部隊再編してる、とか言わないよな?
あり得ない、と思いながらも、僕はその考えが頭から離れなかった。




