三十四話
イオス城の一室。絢爛、とまではいかないが華美な装飾が施された室内。
公爵家当主の執務室で、俺はいま。公爵閣下と相対していた。
「久しいな、アイン坊」
「お久しゅうございます、公爵閣下」
深々と頭を下げる。それにしても、相変わらず威圧感。というか、存在感がすごい。さすがサルガス王の片腕として数々の戦場を渡り歩いた猛者だ。
「それにしても、迂闊なことをしてくれたものだ」
「……それは、申し訳ございません」
これは仕方ない。いつもの幼馴染みのノリで行動したが、さすがに、往来であそこまで未婚の淑女に近づいたのはやりすぎだった。苦言を呈させるのも当然だ。
ぎしり、と前で椅子が軋む音が響く。閣下が身動ぎしたか、それとも姿勢を正したか。
「頭を上げてよいぞ、アイン坊」
「……はっ」
閣下の許しを得て頭を上げる。そこには険しい表情の巌のような武骨な漢。エルファス・イオス閣下の姿があった。
だが、次の瞬間。彼の顔がくしゃり、と緩む。
「そのようなことをした、ということは娶る覚悟が出来た。ということかね?」
「あっ、いえ。それは……」
身を乗り出して聞きに来る閣下。この方は、なにかと俺とエレインをくっ付けたがる。なんとか、俺たちの関係を既成事実化させたいようだ。
「そうか、残念だ」
本当に残念そうに腰かける閣下。下手に言質を与えようなら、その日のうちに挙式を上げさせられそうだ。
くしゃり、と笑っていた閣下の顔が引き締まる。ここからが本番だ。
「それで? わざわざ、坊がここに来た。ということは何かあったのかね?」
「はい。至急、閣下のお耳に入れたき事柄が」
そう言って、気持ち閣下の方へ身を乗り出す。それに合わせて、閣下もまた、身を乗り出して来た。
なんと言うか、閣下。見た目は堅物なのだが、ノリは良いんだよな。それはともかくとして、いまは報告だ。
「……実は、お預かりしている領地で、砂金が発見されました。まだ、調査はしておりませんが、金鉱がある可能性がございます」
閣下の纏う空気が鋭くなる。お遊びで聞いて良い話じゃない、と判断したのだ。
「なぜ、調査をしていない。……と、言いたいところだが、なにか理由があるのだな?」
閣下から叱責に近い言葉が出てくる。さて、ここからだ。
「はい、申し訳ごさいませぬ。それというのも、少し、領地に出入りしている商会について――」
「マーネン商会、だな」
どくん、と心臓が跳ねた。なぜ、知られている?
いや、それより、どうする?
わずかに動揺が外に漏れでたのかもしれない。閣下は安心させるように破顔する。
「なに、心配するな。坊のことについて、あの女狐から書簡が来ておったからな」
あの女狐、書簡? なんのことだ?
そんな俺の疑問は、すぐに氷解する。他ならぬ閣下の手によって。
「ふむ、それだけではさしものアイン坊でも分からんか。ならば、マイア・ディオスクロイ、と言えば分かるか?」
……マイア姫! ここで繋がってきたのか!
なるほど。商会ならともかく、同じ貴族となったマイア姫なら、公爵家へ根回しもするか。しかし……。
「その、マイア姫はなんと……」
「なに、領地の利権に食い込みたい。そういうことだ」
やっぱり、そうなるか。あの財政、内政を重視するマイア姫がわざわざ根回しをするなど、利を得るため、としか考えられない。
ただ、そうなると。あの方にも領地が、辺境が魅力的に見えている、ということか。だが、どこまで掴んでいるんだ?
「しかし、あの女狐から砂金の話は聞かなんだ。つまり、直近ということだな?」
「……は、はっ」
鋭い、さすがは公爵家の当主。それにマイア姫はまだ掴んでいなかった、ということか。まぁ、それもそうか。知っているのなら、ヴァンも、マーネン商会も知っていたはずだ。
「それで、山師が欲しいと?」
「いえ、そうではなく――」
汗がじわり、と浮かぶ。迂闊、と言われればそれまでだが。
俺は閣下へ、マーネン商会から山師が派遣されていたこと。下手に隠して、痛い腹を探られたくなかったことから、彼らに金鉱について、それとなく伝えたことを報告した。
それらを聞いた閣下は、ふぅ、とため息を吐いた。
「なるほど、分かった。つまり、坊はわしに後ろ楯になって欲しい。そういうことだな?」
「はい、その通りで――」
「失態、だな」
「……面目次第もございません」
そう、間違いなく失態だ。しかし、あそこまでタイミングが悪い以上、隠し通すのは悪手だった。それでも、仕方ない。などと思いたくはないが。
「まぁ、良い――」
閣下の言葉で安堵しようとして。
「――が、失態については、己で拭ってもらおう」
「は……?」
まぁ、自分の尻は自分で拭くものであるが……。いったい、何を?
「この件、わしは直接関わらず、イクリルに任せておるアイン坊は、あれと話し合うが良かろう。それに、ちょうど都合と良いし、の」
「都合が良い?」
「いま、あれはディオスクロイとの折衝にあたって、交渉中だ。アイン坊もそれに混ざれ。当事者でもあるし、の」
「はぁ……。そういうことであるなら」
まぁ、確かに。閣下が言うようにこちらが混ざれるなら混ざった方がいい。こちらが知らぬところで利権の分配がされ、搾取される未来などごめん被る。
「では、向かうが良い。あぁ、案内はつけよう。……エレイン。エレインはいるか?」
「……はい、お父様? 呼ばれました?」
きっと近くで待機していたのだろう。さっ、とエレインが部屋へと入ってくる。
「アイン坊をイクリルのところへ」
「えっ? 良いの、お父様?」
「構わぬ。あれが文句を言ったら、わしの指示と言え」
「はーい。それじゃあ、アイン。行こっか」
「あ、あぁ……」
いったい、何が何やら。そう思っていた俺だったが、その考えは案内された応接室で吹き飛ぶことになった。
案内された部屋にいた人物のひとり。妙齢の、俺より少し上に見える女性。
「あら、あなたは……。もしかして、アイン・アルデバラン?」
「えぇ、そうですが。あなたは……」
「わたくし? わたくしは、そうね。マイア、マイア・ディオスクロイです」
なにしろ、そこにいたひとりは、マイア姫。マーネン商会のブレーンであろう、マイア・ディオスクロイ子爵夫人だったのだから。




